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第8話


カノアへ出発する日の朝。


ディランは、寝室のベッドに横たわったまま、黒い腕輪を手に取って眺めていた。

セバスから託された、不思議な腕輪――。


ライザ·クラウディアとの試合。そして、リゼとランのふたりに襲われた時。

どちらも、いつの間にか相手が戦意を失っていたのは、たぶんこの腕輪のせいだろう。


「コレって一体、何だろう……」


ディランは腕輪をつまんで持ち上げた。


ただの装飾品ではない。

たぶん魔装具。それも、かなり特殊な。


ライザが剣を振り下ろす瞬間から、突然、縦に横にぐらんぐらんと視界が揺れ、

そのあとにやってきたのは猛烈な吐き気。


何がどうなったのか、さっぱり分からないが、

ひとつ確かなのは、この腕輪のせいでひどく酔った、ということだけだ。


セバスがもし生きていれば、コレが何か聞けたかもしれないが、それも叶わない。


――リゼとランに聞いても分かんないだろうなぁ。


彼を殺したあのふたりも、セバスの名前すら知らなかったくらいだ。

この妙な腕輪のことを尋ねたところで答えは返ってこない気がした。


ちなみに、彼女たちがセバスを殺したことを、特に恨んではいない。


かつての家臣とはいえ、セバスとは顔見知り程度の仲だったし、ふたりが誰かの命令で動いていたことも理解している。

殺人に使われたナイフを責める者はいない。それと同じだった。


――9つのうちの9番目。セバスは確かにそう言っていた。……気がする。

“王の後継でなければ本来の力は発揮しない”とも。


ディランは一応、クインズヒル王家の後継者である。

ということは、この腕輪も王家にゆかりのあるものかもしれない。


城の地下にある書庫の話は、両親から聞かされていた。

でも、こんな装具の存在は知らない。


「ま、いっか」


ディランは腕輪を枕の下にしまい込んだ。


しばらくは護身用にと身につけていたのだが、――もういいや。

相手の攻撃を何でもかんでも避けるのは確かにすごい。

でも……気分が悪すぎる。

それは命をさらす危険と天秤にかけても、トントンくらいだった。


なにより、セバス自身もこの腕輪をつけたまま殺されたのだ。

効果にムラがあるのかもしれないし、頼りきるのは危険だ。


そのとき、コン、コンと扉がノックされる。


「そろそろ、準備できました?」


控えめに声がして、扉がすっと開く。

姿を見せたのはフィーネだった。


そして彼女は寝巻き姿のディランを見て、目を見開く。


「……ちょっと、まだ着替えてないんですか!? ディラン様っ!」


「うん、ごめんごめん。今から準備するよ」


のんきにベッドから立ち上がるディランを見て、フィーネは盛大にため息を吐いた。




✣ ✤ ✣ ✤ ✣ ✤




カノアへ向かう馬車が、王都近くの国境に近づいた頃。

ディランは座席に横たわり、半目でウトウトしていた。


一晩しっかり眠ったはずなのに、陽気な日差しと馬車の心地よい揺れが再び眠気を呼び込む。


「ふあぁぁ……平和だねぇ」


あくび混じりのつぶやきに、向かいのフィーネがじとっとした視線を向ける。


「あの……ディラン様、さすがにだらけすぎでは?」


「いいじゃない。誰が見てるわけでもないし」


「私たちが見てる」 無表情のランが即答する。


「君らは身内でしょ。 そんなとこまで気を使ってたら疲れちゃうよ」


「そもそもディラン様が気を使っているところを見たことがありませんが……」


返事をせず、ディランは「よっ」と起き上がった。


「ま、確かにちょっとだらしなかったかもね。そろそろカノアに入るし、もう少し王様らしくシャキッとするかな」


頼りない笑みを浮かべ、窓の外を覗く。


一面に広がる緑の丘、ぽつぽつと点在する石造りの家。

畑を耕す農夫とその家族――争いとは無縁の光景に、再びあくびがこみ上げた、その時。


「悪いな、くつろいでる時に」


御者台からリゼが顔を突っ込む。


「お客さんだぜ」


「お客さん?」


呑気に首を傾げた瞬間、先頭の馬が嘶き、馬車が急停止する。

フィーネが眉をひそめて外を見ると、カーキ色のフードをかぶった集団が馬車を囲んでいた。

武器を構え、明らかに穏便ではない。


また暗殺かな……――ディランは小さくため息をつき、例の腕輪を置いてきたことを少しだけ後悔した。


「殺したほうがいい? それとも生け捕り?」


ランが淡々と問う。


「生け捕りがいいかな」


できれば人が死ぬのは見たくない。だからディランはそう答えた。


「分かった。1人だけ生かして情報を吐かせる。残りは殺す」


「あ、待って――」


言い終わらないうちにランは馬車から飛び降り、スカートの中から短剣を抜いた。

そのまま、目の前の敵の首筋へ――刃が走った瞬間、鮮血が噴き上がる。


悲鳴があがる前に、ランは無音で一歩踏み込み、次の敵の喉を貫く。

一撃ごとに刃先の血を空中で振り払い、無駄のない動きで次々と命を刈り取る。


「おっと、こっちにもいるぜ?」


そこにリゼも乱入する。

大きく踏み込むや否や、逆手に握った短剣で相手の腕を斬り落とし、そのまま肘で鳩尾を撃ち抜く。

苦悶にうずくまったところへ、脳天めがけて踵落とし。頭蓋が嫌な音を立てて砕けた。


カーキ色の集団が一斉に武器を構えるが、ふたりの動きは止まらない。

ランは足元の血溜まりを滑るように移動し、回し蹴りで敵の膝を粉砕。

同時にリゼが背後から肩口へ短剣を突き入れる。


悲鳴と怒号が入り混じる中、ふたりの呼吸は妙に静かだった。


生き残った者は、その光景に一瞬すくみ上がる。だが、その一瞬が命取り。

ランが背後から首筋に刃を当て、軽く引くだけで声を奪った。


その光景を見たフィーネが顔色を悪くしてディランに問う。


「あのふたり……本当に雇って良かったんでしょうか……? たしかにこういう時は頼もしいですが……」


「味方で良かったねぇ」 ディランが苦笑した。


あっという間に、立っているのは1人だけになった。

その1人もリゼとランにじりじりと追い詰められ、ついに武器を捨てて膝をついた。


「さぁて、王様。どうする、コイツ?」


短剣を突きつけるリゼ。

ディランは馬車を降り、死体を踏まないよう気をつけながら近づいた。


「えーと……やあ、初めまして。君、どこの国の人? 誰に命令されたの?」


沈黙。


リゼが短剣の先でフードをめくると、中年の男の顔が現れる。

日焼けした頬に引き締まった表情――暗殺者というより熟練の兵士だ。


「お前……どっかで見た顔だなぁ」


リゼがつぶやく。


「カノア王室直属の近衛兵。この男は隊長」


ランが告げると、男は苦い表情を浮かべた。「……顔を知られているとはな……」


「王室の近衛兵がこんなところで? 僕らのこと迎えに来た……わけじゃないよね?」


「……決まってるだろう。貴様を殺しに来たのだ、凶王!!」


男が気迫のこもった声で叫んだ。

だがディランは動じる様子もなく、「それは良かった」と笑った。


そこでなぜ笑う?

男だけでなく、リゼとランも疑問を浮かべる。


命を狙われるなど、決して面白いものではないだろう。

淡々と感情を押し殺すのならば分かる。だが、笑うとは。


男は得体のしれないものを見たように、ごくりと唾を飲み込んだ。



――やっぱり暗殺の方だったかぁ。あっぶなー! これで『迎えに来たんです』なんて言われてたらヤバかったよ。ほとんどみんな死んじゃってるし――


ディランはホッと胸をなでおろしていた。


可能性は薄いが、万が一カノアが気を使って迎えを寄越したのだとしたら、それを問答無用で殺したことになる。それは洒落にならないが、暗殺者だったなら、勢い余って殺しちゃってもそれほど問題にならないだろう。

そう思い、安堵したのだ。



「……どうしてディラン様を害そうとしたのですか?」


ディランに続いて馬車から降りていたフィーネが男に尋ねる。


「どうしてだと? ふん、そいつに聞けば分かるだろう?」 男はディランを顎で指す。


「ええ? 分かんないけど……」 ディランが本気で首をかしげた。


ほかの暗殺者のように書庫の権限を得ることが目的なのかと思ったが、男の様子を見るに、なにか個人的な恨みが先行しているように見えた。


「余裕だな、凶王。もうサリア様を手中にした気でいるのか?」


男がディランを睨む。


「誰、サリアって?」


「とぼけるな! 薄汚い策略で我が国の王女を手籠めにするつもりだろう、凶王!! 貴様が何を企もうと、我々はっ……」


男が立ち上がりかけたので、とっさにランの蹴りが走った。

男の首が不自然に折れ曲がり、地面に沈む。


「……あーあ。ランは加減てもんを知らないからな」


リゼが肩をすくめた。


「ちゃんと加減した。コイツが脆いだけ」


ランが唇を尖らせる。


「どうしましょう……。襲ってきたとはいえ、カノア王室の近衛兵を殺すなんて……」


フィーネが困ったようにディランを見る。


ただでさえ、先日カノアに死体を持ち込んだ問題で呼び出されているかもしれないのに、相手の国の兵士まで殺したとなれば……。

普通に考えて戦争になってもおかしくない。

そうなれば弱小国のクインズヒルなどカノアの前にたちまち吹き飛ぶだろう。


「死んじゃったものは仕方ないね。せめて死体はカノアに持っていこうか。置き去りにしたら魔物が寄ってきちゃうし」


「また死体を運ぶんですか……?」


先日、ディランのその提案のせいで大変な目に遭ったのだ。

繰り返される発言に、フィーネは不吉な予感しかしない。


「ひい、ふう、みい……。さすがにこの人数は馬車に載らないぜ?」


リゼが額をかきながら言った。


そこへ、反対側からちょうど荷馬車がやってきた。

急いで駆け寄り、荷馬車を駆る農夫に事情をそれっぽく話す。


「盗賊に襲われた旅人をカノアに運ぶって言ったら、貸してくれました」


荷馬車を引いてやってきたフィーネの説明に、リゼがにやりと笑った。


「さすがあたいのフィーネ。抱っこして――」


「今はやめてください」


ピシャリと制し、フィーネはディランに向き直る。


「会見の時間も迫ってます。すぐ出発しましょう、ディラン様」


「うん」


こうして、全員でせっせと死体を積み込み、二台になった馬車で再びカノアへと出発した。




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