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第23話


二人の達人が雌雄を決しようとしていた、その少し前のこと。


ディランは、ライザの愛馬の上で退屈そうに大きなあくびをしていた。


凄まじい速度で繰り広げられる、ライザとクリュードの剣戟。

それを、何の戦闘技術もないディランに追えるはずもない。


見えているのは土煙と揺れる草木、そして残像のように動く二つの影。

耳に届くのは金属のぶつかる甲高い音だけだった。


もしその戦いを目で追えたなら、二人の至高の技に息を呑み、視線を逸らすことなどできなかっただろう。

だが凡人であるディランにとっては、ただ暇を持て余す光景にすぎなかった。


「早く終わらないかな……」


ちらりと城の方を思うが、今跨っている馬はライザのもの。

勝手に乗って帰るのも気が引けるし、歩いて帰るのも面倒くさい。

結局その場に留まるしかなかった。


そのとき、手持ち無沙汰にポケットを探っていたディランの指が、硬質な感触に触れる。

死んだ男から拝借した、あの魔石銃だ。


「そういえば、この銃……まだ弾は入ってるのかな?」


ずっしりとした重みと、機能美の結晶ともいえるそのディテールは、ディランの心を無条件にくすぐる。

しかし、弾倉らしき場所を見ても弾を込めるスペースは見当たらない。


彼は知らなかったのだ。

市井に出回っている火薬を使った銃と違い、魔石銃は、引き金を引くその瞬間に銃口で魔弾を生成する仕組みになっていることを。


「なぁんだ、弾切れか」


空っぽの銃だと信じ込んだディランは、むしろ安堵した。


素人が下手に武器を弄って暴発させるほど怖いものはない。

危険がないと分かれば、あとは子供の遊びだ。


ディランは草原の適当な場所に狙いを定め、銃を撃つ真似を始める。

馬上で体を揺らしながら、右へ、左へ。

気分はすっかり孤高のスナイパーだ。


そんなとき、ふと、離れた場所で繰り広げられていた残像の動きが止まった。


二つの影が、互いに距離を置いて対峙している。

何かとてつもない技を放とうとしている、その直前の静寂だった。


ディランは、何の気なしにその二人へ銃口を向ける。


他意はない。

弾など入っていないと思い込んでいたディランは、二人の戦いに擬似的に参戦しようと思っての行動だ。


引き金を引く。


何も起こらないはずだった。


しかし、魔石銃は(あるじ)の無知をあざ笑うかのように、唐突にその真価を発揮する。


パァアン!!


破裂音と共に、銃口に形成された魔弾が二人へと吸い込まれるように放たれた。


「あれ……?」


最も驚いたのは、ディラン本人だ。


出るはずのない弾が飛び出し、しかも二人の元へ一直線に向かっていく。


――やば……!!


血の気が引くディランの心配をよそに、弾丸は二人には当たらず、手元の剣だけを派手に弾き飛ばした。


ほっと胸をなでおろしながら、二人が呆然とこちらを見つめていることに気づき、まずは謝罪の言葉を口にする。


「……ああ、ゴメンね」


だが、偶然にも二人は武器を手放し、戦いは強制的に中断されている。

それに気づいたディランは、ようやく城に帰れるとばかりに、こう付け加えた。


「でも、これで気が済んだ?」


ディランの一言に、ライザもクリュードもしばし立ち尽くしたあと、複雑な顔をしながら剣を拾い上げる。


結果的に戦いは終息した。


――ま、結果オーライかな。


ディランはそう思う。





ディランを見つめるライザとクリュードの視線は、畏怖と困惑が入り混じった複雑な色をしていた。



ライザは、ディランが手下の男たちを容易く葬り去った事実を思い出していた。

その実力を踏まえれば、この神業も納得できる……。


しかし、もし自分が同じことをやれと言われても、成功する確率は五分五分。


時間の理を超えた精神世界で繰り広げられる、二振りの剣の交点。

その一点を、意識の外から寸分の狂いもなく撃ち抜くなど、もはや奇跡と呼ぶべき芸当だ。


それをこの少年は、何の気負いもなくやってのけた。まるで庭の石を蹴るかのように……。


タイミングも完璧だった。


普段であれば、銃口を向けられてそれに気づかないはずがない。

だが、あの瞬間、ライザの全意識はクリュードを屠るための一点に集中していた。


加えて、放たれた弾丸には、殺意や害意といった意志の力が一切込められていない。

それゆえ、反応が遅れた。


――つまり……。


ライザの背筋を、悪寒が走る。


「その気になれば、私も殺せていた……ということでしょうか」


ぽつりと呟く。


信じがたい結論だ。

歴代最強と謳われ、剣聖の名を戴くこの自分が、いともたやすく殺されるなんて。


だが、もしもディランが狙ったのが剣ではなく、自身のこめかみだったなら……。

おそらく、抵抗する間もなく意識は刈り取られていただろう。


見た目に何の変哲もない、小国の若き王が、この剣聖ライザを殺せる――


――ああ……。


ライザは天を仰いだ。


――彼の力は、マハト様に届き得るのですね。


脳裏に浮かぶのは、敬愛してやまない組織の最高指導者、マハト・アルディナス。

そして、ダリオの言葉が蘇る。


『ライバルもなく手に入れた玉座など、マハト様は喜ばない』


――なるほど。


ライザの口元に、暗く美しい笑みが浮かんだ。


「不本意ですが、あの言葉の意味が少しだけ理解できました……」


彼女はディランへと視線を戻す。


――盤上の駒が弱くては、ゲームはつまらない。ですが……


「きっとあなたなら……このゲームを、面白くしてくれるのでしょうね」


ライザの目が、爛々と金に輝いた。


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