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第22話


クリュードが抜き放ったのは、黄金に輝く剣だった。

星の欠片たる隕石『アスラルゴ』を、精霊の炎で打ち鍛えた至高の一振り。

魔法の触媒として最高の性能を誇りながら、その刃は岩さえもバターのように両断する。


対する剣聖ライザの大剣は、漆黒に輝く『ネクロディール』製。

墓地や戦場跡から掘り出され、死者の魂を吸い込んで強度を増す――禁忌の金属だ。


性質の異なる二つの伝説が、刹那、激突する。

火花が星屑のように舞い、草原に束の間の夜空を描き出した。


ライザの剣技は、重力という理を忘れさせた。

巨大な黒鉄(くろがね)の塊がしなり、的確かつ無慈悲にクリュードの急所を狙う。


一方のクリュードは、その死の舞いを黄金の剣で防ぎ、あるいは回避し、嵐の合間を縫うように鋭い反撃を繰り出していく。


凄まじい剣戟(けんげき)が生む風圧に、ライザの愛馬はたまらず(いなな)くと、ディランを乗せたまま安全な距離まで駆け出した。

馬上から二人の戦いを眺めるディランは、感心したように、しかし半分は呆れたように呟く。


「なんでいきなり斬り合ってるんだろうねぇ……。出会ってすぐに戦闘開始って、ちょっと頭おかしいよね」


それは本心からの言葉だ。


ライザと名乗った女が剣を背負っていた時から、戦いを好む人間なのだろうと察していたが、予想を遥かに上回る喧嘩っ早さだ。相手の男もしかり。


――倫理観どうなってんだろう、あの人たち……。


サリアを王妃に迎え、共に平和な国を築くと誓ったあの日から、ディランは「平和」について深く思索を巡らせていた。

結局、その明確な答えは見つからないままだが、少なくとも、こうして人が剣を交えて争う光景が「平和」にふさわしくないことだけは確かだ。


先ほど自ら殺し合った男たちも含め、近頃出会う者たちが、あまりに自他の命を軽んじすぎていることに、ディランは少々辟易(へきえき)した。


……もっとも、ディラン自身も人の死という光景に感覚が麻痺しつつあることを自覚していたが、その事実はそっと心の棚に上げておく。



戦いは、新たな局面を迎えていた。

剣と剣が奏でる鋼の音色に、魔石から放たれる魔法という不協和音が加わる。

草原が(えぐ)れ、木々が裂け、住処を追われた鳥たちが一斉に空へと逃げ惑った。


そして、ふと、嵐のような剣戟にわずかな空白が生まれる。


距離をとったライザは、荒々しく肩で息をする男を値踏みするように見つめた。


――なかなか強い。少なくとも、サリアよりは。


かつての弟子を思い浮かべ、目の前の男の才能とセンスに内心で感嘆の声を漏らす。


だが、それだけだ。

あくまで「サリアよりは」強いというだけで、剣聖の牙城を崩すには、まだ及ばない。


一方、クリュードの胸中を支配していたのは、ただ一言。


――強すぎる。


想像を、遥かに超えていた。

対峙した瞬間に抱いた「負ける気がしない」という自信は、完全なる慢心だったと思い知らされる。


彼女は、その本当の実力を、底なしの深淵に隠していたのだ。

その強さの片鱗に触れた今、己の敗北は揺るぎない事実として肌に突き刺さる。


だが、面白いとも思った。

全身の血が沸騰するような、未だ経験したことのない感覚。


恐怖、怒り、悔しさ、そして歓喜。

あらゆる感情が混ざり合い、脳内に未知の物質を分泌させていた。


このような辺境の地で、己の全てを賭してもなお届かぬであろう強者と出会うとは。

人生という名の運命に、クリュードは感謝した。


戦いの中で死ぬことこそ、北の蛮族の末裔たる彼の本望。

これほどの相手ならば、命を賭すに値する。


体の奥底で眠っていた、未だ解放したことのないリミッターを外す。

己の寿命と引き換えに、肉体を極限まで強化する力だ。


玉砕を覚悟し、恍惚の笑みさえ浮かべるクリュードの変貌を、ライザは心底不思議そうに眺めた。


彼女には到底理解できない。

勝てないと悟ったのなら、即座に武器を捨て、土に頭を擦り付けて命乞いをするか、あるいは尻尾を巻いて逃げ出せばいいのに。

見逃すつもりはないが、少なくとも生き延びる確率は上がるだろう。


しかし、この男はまだ向かってくる。

絶対的な「死」が待ち受けていると知りながら。


「……これがダリオの言う、男の“ロマン”というやつでしょうか」


諦めたように息をついたライザの眼前に、再加速したクリュードが肉薄する。


ライザは静かに剣を構え直した。


神経を極限まで集中させ、超人の域へと踏み込む。

世界の時間が引き伸ばされ、迫り来るクリュードの動きが、まるで水の中を進むかのように緩やかに見えた。


命を捨て、剣聖と最後まで向き合った男への礼儀として、最高の技で葬り去る。


風を穿つ雨(スピラ・イヴェル)


剣技と魔法を融合させた、回避不能の絶技。

無数の風刃(ふうじん)が敵を八つ裂きにし、相手は自分が死んだことさえ認識できずに絶命する。


二人の剣が再び重なり合い、互いの死力が激突する――その刹那だった。


パァンッ――


湿った破裂音と共に、飛来した“何か”が二人の剣戟の中心に割り込んだ。

ライザとクリュードの思考が、同時に凍りつく。


――魔石銃の、弾……?


時間の理を超えているはずのライザでさえ、目で追うのがやっとの速度。

銀色に輝くそれは、魔石銃によって生成される最高硬度の魔弾に相違なかった。


予測不能な角度から撃ち込まれた凶弾は、まるで磁石に吸い寄せられるように二振りの剣の交点に突き刺さる。


アスラルゴと、ネクロディール。

ふたつの金属が折れることはなかったが、凄まじい衝撃に耐えきれず、主の手から弾き飛ばされた。


相手を塵芥(ちりあくた)と化すはずだったライザの必殺技は、剣と共に霧散する。


寿命さえも力に変えたクリュードの最後の一撃もまた、虚しく空を切った。


宙を舞った二振りの剣は、回転しながら草原に突き刺さり、まるで墓標のように静かに佇む。



水を差されたように殺気が掻き消え、二人は弾丸が飛んできた方向へと目を向けた。

そこには、ライザの愛馬に跨ったディランが、硝煙の立ち上る魔石銃を片手に微笑んでいた。


「……ああ、ゴメンね。でも、これで気が済んだ?」


一瞬の沈黙の後、ライザが抑揚のない声で応じる。


「ええ。私はもう、十分です。……あなたは?」


問いかけられ、クリュードは視線を外し、自嘲気味に息をついた。


「……ああ、俺も十分だ。あんたの実力も分かったし、それに――」


クリュードはその先の言葉を飲み込んだが、ライザには彼が何を言わんとしているのか、手に取るように分かった。


おそらくこうだ。

――“それに、凶王の恐ろしさも十分に分かった” と。


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