第20話
血の匂いが立ち込める廃墟で、
組織の幹部にして『剣聖』の二つ名を持つ彼女は、眼前の光景を静かに見つめていた。
彼女の本名はグルセナ。
だが、とある事情から、再びライザ・クラウディアを名乗っていた。
ライザは、中央に佇む少年からふいと目を逸らし、足元に転がる骸へと視線を落とす。
眉間を銃弾に貫かれた者。胴から切り離された首。
ある者は苦悶を顔に刻み、ある者は死んだことにすら気づかぬまま絶命。
凄惨な死のオンパレードだ。
彼女は再び、少年に視線を戻す。
あどけなさの残る顔。
しかしその両手には、びっしりと血の付いた剣と、硝煙の匂いを放つ魔石銃が握られている。
――……無傷で、返り血ひとつ浴びずにこの人数を。
ライザは表情を変えぬまま、内心にわずかな驚愕を刻んだ。
組織の末端とはいえ、相応の実力者たちだ。
特にリーダー格の男は傭兵として名だたる戦果を挙げたこともある。
簡単に命を落とすような相手ではなかった。
……そう、彼女は完全に勘違いしているのだ。
この殺戮絵図を描いたのが、目の前の少年――ディランであると。
ライザは思考を巡らせる。
どう動くべきか。
部下たちにディランを連れてこさせたのは、ある確証を得るためだった。
だが、もはや彼は拘束されておらず、武器を手にしている。
部下たちをまとめて始末したとなれば、なかなの手練なのだろう。
ましてや、目の前の少年はまだ底が見えなかった。
強者の放つ覇気も、武芸者特有の死の匂いも感じられない。
だが、それこそが実力を隠す仮面に違いない。
真の達人とは、獰猛な爪を易々と見せびらかしたりはしないものだ。
逡巡の後、ライザは口を開く。
「はじめまして。ディラン・クインズヒル王陛下」
「やあ、はじめまして」
ディランが警戒する素振りもなく、笑って応える。
拍子抜けするほど無邪気な返答だ。
まるで、自分がここへ来ることなど織り込み済みだったかのような反応に、ライザはわずかに眉をひそめる。
実際のところ、ディランは何も考えておらず、ただ反射的に挨拶を返しただけなのだが。
「この者たちは、私の命令であなた様をここへお連れしました。非礼の段、深くお詫びいたします」
まずは、ここへ連れてきたことを素直に詫びる。
許される保証はないが、このタイミングで戦いとなり手負いになるのは、彼女の目的において避けたい選択肢だった。
「ああ、君の部下なんだ? それは残念だったね」
ライザの謝罪に答えるようにディランが言った。
残念、というのは男たちの死に対する言葉だろうか。
――よく言う。自分が殺したくせに。
ライザは口の端を歪めた。
「まず、お伝えしたいのは――私に敵意はありません。……今は、ですが」
そう言って、ライザは両手を軽く上げて無抵抗を示す。
ライザがディランをここへ連れてきた目的はただ一つ、『9つ目のアーク』を手に入れることだった。
先日、カノア闘技場で弟子のサリアを打ち負かしたセバス・グウィナという男。
組織の調査では、彼こそ『9つ目のアーク』の所有者である可能性が高かった。
そしてセバスが試合のため闘技場に訪れたところへ暗殺者を放ち、確実に葬ったのだが、……なぜかそのあとにセバスは試合に出た。
――本当は生きていた?
……いや、彼の遺体は、組織の死体処理係が確かに処分している。
持っているとされたアークも結局は見つかっていない。
ならば何者かがセバスの名を騙り、試合に出場したのだ。
誰が、何のために?
ライザ独自の調査は、やがて一人の人物に行き着いた。
観戦していた貴族が偶然持っていた映像記録の魔道具。
そこに映っていたのは、ディラン・クインズヒル王の姿だった。
組織が収集した各国の王のリストには、顔付きで彼の名も載っている。
弱冠16歳にして『凶王』と呼ばれる、異質な王。
ライザは、ディランが『9つ目のアーク』をセバスから奪ったのではないかと睨んでいた。
一介の王が、チートもなしに弟子のサリアに勝てるはずがない、という確信からだ。
『9つ目のアーク』の能力は、エンリルの加護。
――あらゆる攻撃を無効化する力。
具体的な作用は不明だが、試合映像のディランは、サリアの猛攻を神業のごとく避けきっていた。
あれこそアークの力による「無効化」だと解釈するのが自然だった。
答え合わせをするため、ライザはゆっくりとディランの方へ歩み寄る。
「……あることを、確認させていただきたいのです。……よろしいでしょうか?」
「? どうぞ」
ディランが不思議そうに首を傾げる。それを横目に、ライザは懐に手を入れる。
胸元にしまいこんでいたのは、妖しくきらめく朱色の腕輪。
炎神の名を冠する『8つ目のアーク』、フレイムだった。
ライザは、ディランに見られぬよう注意しながら、そっとアークを観察する。
――共鳴反応は……なし。
ふぅ、とライザの唇から落胆の息が漏れた。
この男は、残念ながらアークを持っていなかった。
……少なくとも今は。
古代魔導文明の遺産であるアークは、互いの存在を感知して共鳴するように作られている。
人が会話できる程度の距離まで近づけば、呼応するようにそれぞれのアークが淡い光を放つ。
既に手に入れた複数のアークで実証済みの性質だ。
しかし今、ライザの持つ『8つ目のアーク』は沈黙を保ったまま。
ライザは理解していた。
一度でもアークの力を手にした者は、その魔力に魅了され、二度と手放すことがなことを。
アークの力は、凡人を驚愕させ、屈服させる。
何も知らない人々はそれを魔装具の力とは思わず、使い手を神格化し、畏れ、崇める。
『8つ目のアーク』の所有者もそうだった。
フレイムの持つ炎を創り出す力で人々を支配し、敵を焼き尽くした蛮族の王。
一度でもそんな力に身を委ねてしまえば、もうアークを手放すことなどできはしない。
非力な自分に戻ることを恐れ、眠る時さえ肌身から離せなくなるものだ。
これまでアークを所有していた者は、誰もが例外なくそうだった。
まして命を常に狙われている凶王が「攻撃を無効化するアーク」を手にしたならば、それを手放すことなど万が一にもあり得ないはず。
――今アークを持っていないならば、……彼は初めから持っていなかった可能性が非常に高い。
ライザの中で、そう結論が出た。
つまりこの少年は、アークの力に頼ることもなく、己の実力のみでこの惨状を生み出したのだ。
――『凶王』の名は伊達ではなかった。
「……申し訳ありません。どうやら私の勘違いだったようです」
感情を消した声で、ライザが告げた。
「もう確認は済んだの?」
「はい。何ら問題はありませんでした」
「ふーん。用が済んだなら僕は帰るね。この人たちのこと、任せてもいい?」
踵を返し、入口へ向かう。
「……はい。この者たちは、こちらで処理いたします。ですがお待ちを」
ライザはディランを引き止めた。
「我々がここへお連れしたのです。責任をもって、王城までお送りいたします」
「あ、そう? それは助かるよ」
ディランが人懐っこく笑った。
もう少し、この男を観察する必要がある。
ライザはディランへの警戒レベルを一段階引き上げていた。
その気になれば、男たちが現れた時点で皆殺しにできたはず。
なのに、わざわざ捕らえられたフリをしてここまでやって来た。
そして、自分が訪れるこのタイミングを見計らったかのように、部下たちを屠ってみせた。
おかげでこちらの計画は狂い、力でねじ伏せる選択肢も消えた。
そんな、駆け引きに長けて実力も秘めた男が、自分たちと同じくアークの情報を求めているとしたら?
見過ごせない脅威となり得る。
見極めなければ。
敬愛するボスの、障害となり得る存在かどうかを。
ライザの金色の瞳に、静かな殺意が宿った。
「そういえば、君の名前は?」
不意にディランが尋ねた。
「……? 名前、ですか?」
「そう。君は僕を知っているみたいだけど、僕は君を知らないだろ? そこにいる彼にも聞いたんだけど、教えてくれなかったんだよねぇ」
そう言って、ディランは血の海に沈むリーダー格の男を指さした。
「ああ……。私の許可なく、名を明かすことは禁じておりましたので」
「そうなんだ。へぇ」
それが皆殺しの理由? ――ディランの表情から真意を読み取れず、ライザは眉根を寄せた。
「今はライザ、と名乗っております。……以後、お見知りおきを」
「ライザさんだね。よろしく」
「それと……不肖ながら、このたび陛下がご婚約なされたサリア・フィル・カノア王女殿下とも懇意にさせていただいております。よろしければ一度、ご挨拶の機会をいただけませんでしょうか?」
探るには、懐に入るのが一番だ。
ライザはサリアとの面会を口実に、王城内部へ足を踏み入れる決断をした。
「サリアの知り合いなの? いいよ、ぜひ会ってあげて」
ディランは、深く考えるそぶりもなく、あっさりと頷いた。
――『剣聖』と『凶王』
奇妙な組み合わせの二人は、こうしてクインズヒル城への帰路につくこととなった。




