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第2話


クインズヒル王国の大部分は、草原と森、そして湖から成り立っている。

王都の周囲には点在するように小さな農村があるだけで、人口も少なく、目立った産業もない。


一部の貴族や富裕な商人が保養地として別荘を構えてはいるが――それでもこの国は、大陸全土から見れば「何もない国」と評されていた。


その「何もない国」の王、ディランに命が狙われている理由はただ一つ。

この王国の王城――いや、正確にはその地下に眠る“あるもの”の存在だった。


かつてこの地は、大帝国ゼノアスに属していた。

大陸全土を支配していたその帝国は、建国当初より世界中の貴重な文書や遺物を集め、封じ、隠してきた。

その保管場所こそが、この地に建てられた中央書庫だ。


帝国が秘中の秘としていた、あらゆる歴史書、古代魔法の書、失われた呪具の製法書、禁忌とされた術式、そして国家機密の数々。

それら数万におよぶ文書群は、現在のクインズヒル王城の地下――帝国時代には『王権書院』と呼ばれていた書庫に、今なお封印されている。


この王城は元々、書庫の管理者や歴史家が一時的に滞在するための施設として建造されたものだった。

やがて、書庫の管理を任されていた人物――つまりディランの何代か前の先祖が、この地全体の統治権も与えられるようになり、帝国の崩壊と共にそのまま国家として独立を果たしたのだ。


そして今――この巨大書庫の鍵は、ディランただ一人の手に委ねられている。


書庫の扉は古代魔法によって施錠されており、それを開ける術はクインズヒル王家の正統な管理者のみに継承されるよう、自動的に設定されている。


ディランの両親は、この書庫を固く閉ざし続けた。

他国の為政者たちが、帝国の知識を求めて何度となく開放を申し出たが、そのすべてを拒み続けた。


なぜなら、そこに眠る文書の中には、あまりに危険なものも多く含まれていたからだ。


禁断の魔道具の製造法、非人道的な古代魔法、歴史から消された帝国の闇。

もしそれらが大陸に流出すれば、再び戦乱を呼び起こす火種となりかねない。

そのため、クインズヒル王家は長い間、書庫の存在そのものを大陸の歴史から秘匿してきた。


だが、それも長くはもたなかった。

他国で見つかった文書の中に、『王権書院』の記述が見つかったのだ。


以降、帝国の知識を喉から手が出るほど欲する各国は、こぞって書庫の存在を問いただし、扉の開放を迫るようになった。

しかし、それでもなお門は閉ざされたままだった。


しびれを切らした列強の国々はついに直接的な手段に出る。


各国の諜報部が調べた情報により、

書庫の管理権限を持つクインズヒル王とその後継者が命を落とした場合、代理統治者に権限が移譲されることが分かった。

――つまり、王家の血筋を途絶えさせてしまえばいい。


すぐさま暗殺者が送り込まれ、ディランの両親は命を落とした。


そして次はディランだ。

今もなおその命を狙って、刺客が次々と送り込まれている。

 


✣ ✤ ✣ ✤ ✣ ✤



――ここは、カノア王国・王城の一室。


深く刻まれた額の皺に立派な白ひげを蓄えた男と、白金の長髪を持つ美しい若い女が、向かい合ってソファに腰かけていた。


男はカノアの王・ディクラム。

女はその娘であり、第三王女のサリアである。


「クレヴァスも随分と焦っているようだな。先に潜入させた間者は王の暗殺に失敗し……それどころか、返り討ちにあったのだから」


ディクラムは白ひげを撫でながら、ゆったりと語る。


「ええ。情報によれば、つい先日も“使者”を装って密偵を送り出したようです。……おそらく、もう接触している頃でしょうね」


サリアは落ち着いた声でそう言い、ティーカップに口をつけた。


「クレヴァスに、“凶王”を崩すことができると思うか?」


「どうでしょうね」 サリアは目を伏せる。 「“凶王”というのは、いささか信憑性の薄い呼び名に思えます」


ディクラムはじっと娘の顔を見つめた。


「だが、三人の暗殺者が失敗したのは事実だ。そのうち一人は、我が国が潜り込ませた者だった」


「それは……」 サリアが、いたずらっぽく口元を緩める。 「お父様の人選の問題ではなくて?」


それを聞いたディクラムは、わずかに目を細めて笑った。


「ふふ……我が娘ながら、不敬なやつだ」


だが次の瞬間には真顔に戻り、低く呟く。


「……とはいえ、クレヴァスに書庫の鍵を渡すのは避けねばならぬ。もう一度間者を送り込むしかないか」


サリアが静かに考え込む。


「……警戒されているでしょうね。雇用者の素性は徹底的に調べ上げるはず」


「ならばクレヴァスのように、使者のふりをして接触を試みるか。……いや、後追いでは意味がないな」


「それでしたら――」 サリアが顔を上げる。 「私が、クインズヒル王家に嫁ぎましょう」


「なに……?」 ディクラムが驚き、ソファから身を乗り出す。 「凶王と、婚姻関係を結ぶと?」


「書庫の鍵を得るには、最も確実な手段ですわ」


「だが……」


「王家に世継ぎは必要です。たとえ私が第三王女でも、カノア王家が正式に婚姻を申し出れば、クインズヒルが断る理由はありません。書庫の管理権限は、王とその正妃に継承されるのですから――我が国は、一滴の血も流すことなく、鍵を手にすることになります」


「凶王がお前を生かしておく保証はあるのか?」


「お父様、私は暗殺をしに行くのではありませんよ?」


ディクラムは深く眉を寄せたまま、言葉を返せずにいた。


そんな父を見て、サリアがにこりと笑う。


「それに私は、一介の暗殺者よりも腕に覚えがありますわ。もし“凶王”が理不尽に牙を向けるのなら、その牙を折るだけです」


ディクラムは苦笑しながら目を細めた。


「……なるほど。お前の変わった趣味も、たまには役に立つものだな」


サリアはいたずらっぽく微笑み、ティーカップを静かにテーブルに戻した。




✣ ✤ ✣ ✤ ✣ ✤



――王宮でそんな話が行われたその日の午後。

カノア王都の入り口では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。


検問中の守衛が、商人風の二人組が乗る馬車の荷台を調べたところ、積荷の中から死体が見つかったのだ。

しかもその死体は、顔にマントを被せられており、そのマントには他国――クレヴァスの紋章がはっきりと刺繍されていた。


驚いた守衛が馬車の持ち主らしき二人を拘束しようとしたときには、すでに姿はなく、死体を載せた馬車だけが、ぽつんと門前に残されるかたちとなった。

 

クレヴァスでは、罪人の遺体にマントをかける風習がある。

ならばこの遺体は犯罪者なのか? それをなぜ、わざわざ検問で発見されるように運び込んだのか?そして、あの二人はいったいどこへ消えたのか?


状況はあまりに異様だった。守衛たちは事態を重く見て、ギルド長と王室衛兵団へと緊急連絡を入れた。

 

――何事かと王都の門前が騒然となる中。


その混乱の波を縫うように、人混みを逆行し、足早に立ち去る二つの影があった。

マントで顔を覆い、目立たぬよう歩くその二人。一人は小柄な子供のような背格好。もう一人は細身の長身だった。


やがて裏路地に入った途端、小さい方が足を止め、勢いよくマントを脱ぎ捨てる。


「ディラン様、さっさとマントを外してください! 早くしないと衛兵団が来ちゃいますってば!」


「ええ~? さっきは“顔を隠せ”って言ってたじゃん」


のんびりした声でディランがマントから顔を出した。


「さっきはさっき、今は今です! 今頃、衛兵たちは“マント姿の不審者”を探してるはずですから、マント姿じゃかえって目を引くでしょう?! ほら、早く!」


フィーネは、手にしたマントを裏路地脇の小川に投げ捨てる。

ディランもそれに倣い、名残惜しそうにマントを放り投げた。


「それと、どうして死体を馬車から降ろさなかったんですか!? 準備してくる間に降ろしておいてくださいって、お願いしましたよね!?」


足早に歩きながらフィーネが非難の言葉を口にした。


およそ臣下が王に向ける口調ではないが、ふたりはディランが生まれたときからの付き合いだったし、またそんな礼儀を気にしているほどフィーネは冷静でもなかった。


「ごめん、持ち上げようにも重くてさ。荷台のすみっこに置いときゃ大丈夫かと思って」


「カノア王都では、入都時に荷物検査があるって言いましたよね!? 言いましたよねぇぇぇ!?」


「うん、ごめんよ。次からは気をつけるよ」


「次があればいいですけどねぇ!!」


ヒートアップするフィーネ。

とはいえ、あの死体を馬車に積み込んだときは二人がかりだったし、それを降ろすだけとはいえ、ディラン一人に任せた自分にも責任はある――と、内心では分かっていた。

それだけに強く非難できず、悶々と怒りを胸に溜め込んでいた。


「……それに、馬はどうするんですか!?あの2頭しかうちには残ってないんですよ!? 馬車が無ければクインズヒルにだって帰れないじゃないですか……」


だんだん声が涙混じりになっていく。

ディランは困ったように笑い、フィーネの頭をぽんぽんと撫でた。


「大丈夫だよ。きっと何とかなるさ」


――フザケンナ。

その無責任すぎる一言と、子供扱いする手のひらに怒りが再燃する。


「……とりあえず、ギルドに行こうよ。馬車持ってる商人とか出入りしてるかもしれないし。交渉次第で、馬だけでも譲ってくれるかもよ」


「お金は? お金はどうするつもりですか!? 馬車に置いてきましたよね?」


「大丈夫、僕がクインズヒルの王様だって言えばツケで売ってくれるって」


「……逆に誰も売ってくれないと思いますけど」


フィーネはうなだれたまま黙り込んだ。


「……あ、てことは――ケーキも買えない?」


「……また今度にしてください」


盛大なため息とともに、フィーネは肩を落とした。





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