第11話
カノア王都の中央通りを、使用人姿の二人の女が歩いていた。
端正な顔立ちに、清楚で品のある所作――まるで高名な貴族に仕えるメイドのようだ。
通りすがりの男たちは思わず視線を奪われ、すれ違う淑女たちは、若さへの嫉妬と羨望をため息に乗せた。
「つーかよ、この格好で街歩くの、普通に恥ずかしくねぇか? ラン」
清楚な外見とは裏腹に、リゼは遠慮のない口調でぼやく。
「そう? 私は平気。むしろクセになる」
前を向いたままランが淡々と答える。
「クセになんのかぁ……やっぱお前って変だよ」
「褒め言葉として受け取っておく」
向かう先は、最近王都にできたばかりのケーキ屋だ。
本来なら、さきほど迎えに来たカノア国王の案内で城へ行く予定だったが――。
* * *
「リゼとランにさぁ、買い物をお願いしてもいい?」
「買い物? ……このタイミングでかよ」
馬車に乗り込もうとしていたリゼが、呆れた顔で振り返る。
彼女たちは死体を積んだ荷馬車をカノア親衛兵に預け、城へ戻った王たちの後を追うところだった。
「今じゃなきゃダメな買い物?」とランも首を傾げる。
「そう。今がいい。遅くなると店が閉まっちゃうからね」
「……ったくめんどくせーなぁ。何を買ってくりゃいいんだよ?」
「ベル・クレームって店でケーキを買ってきて。種類は何でもいいから」
その店名を聞いた瞬間、リゼとランの動きが止まった。
「……ケーキを買うだけでいいのか?」とリゼ。
「うーん、状況次第かな。任せるよ」
「……了解」
二人は無言で頷くと、真剣な顔のままその場を離れた。
「……あの、ディラン様。なぜ今、二人をケーキ屋に?」
2人が去ったあと、フィーネが恐る恐る尋ねる。
「うん? ああ、その店人気らしくてねぇ。夕方には全部売れちゃうんだって。王様と会見してからじゃ間に合わないでしょ?」
「……そこまでして食べたかったんですね?」
「もちろん! 前回来たときは食べられなかったし、次いつ来れるかも分からないし」
「そうですか……。ところで、さっきリゼさんが“ケーキを買うだけでいいのか”って聞いてましたけど、あれは?」
「さあ? ケーキ以外も買っていいかって意味じゃない? アイスとかパフェとか、もしかしたら売ってるかもしれないし」
「……なるほど。それで“任せる”って」
「そうそう。ああ、ようやくケーキが食べられる。楽しみだなぁ」
* * *
こうして、リゼとランは二人きりで王都のケーキ屋へ向かったのだが、――その場所はディランが思う以上に、彼女たちにとって意味深な場所だった。
「しかしアイツ……。今まで一度も、あたいらを雇ってた組織について聞かなかったくせに、しっかり調べてやがる」
「ポーカーフェイスに騙された」
「ベル・クレーム……まさかまた行くことになるとはな。憂鬱だぜ」
「悪党がケーキ屋を隠れ蓑にしてるなんて、カノアの王様でも気づいてない」
「そもそも組織の存在自体、知らねぇ可能性もあるな」
店に近づくと、店先には若い女性たちの長い行列ができていた。
隠れ蓑とは思えぬほど、商売は繁盛している。
「あたいらは裏口だろ?」
列に並ぼうとするランを、リゼが腕を引いて止める。
「ケーキは買わない?」
「あれはただの隠語だ。周りに親衛兵もいたしな。証拠に、あたいが“ケーキ以外も買うのか”と聞いたら、任せるって言ってただろ?」
「……状況を見て動け、ってこと?」
「そうだな。今度はクインズヒルの駒として情報を取ってこいってことだ」
「なるほど。ディランは意外と知略家」
「“凶王”だからな」
二人は裏口から入り、厨房脇の小部屋へ。
地下へ続く薄暗い階段を静かに降りていく。
階段を下り切ると、通路の先に扉。
開けると、褐色の肌に黒革の鎧を纏った白髪の男がカウンターに寄りかかって煙草をくゆらせていた。
「……誰かと思えば。よく顔を出せたな、嬢ちゃんたち」
「よぉ、ダリオ。あたいらをクビにした挙げ句、報酬も踏み倒しやがって」
「ふっ、プロの仕事をしない奴に金はやらない。当たり前だろう」
ダリオは煙草を灰皿に押し付けた。
「だからよ、闘技場の死体の件は行き違いだって……まあいい、今日は別件だ」
「ほぉ?」
「新しい雇い主が情報を欲しがってる」
「もう飼い主を見つけたか。“拾ってください”と顔にでも書いて歩いたか?」
「不快な男」とランが殺気を放つが、リゼが制止する。
「で? 何の情報が欲しい?」
――あれ、そういやディラン、何も指定してなかったな。
それとも、どんな情報を選ぶかも含めて任せると言ったのだろうか。
「……とりあえず、遺物に関する情報だ」
ダリオの眉が動く。
「遺物ねぇ……。組織が追ってるもんだと、分かって言ってるのか?」
「アンタは中立だろ? 金を払えば売れるはずだ」
「なるほど……俺の忠誠心も安く見られたもんだ。……だがまあ、お前の言うことも間違いではない。必要とするやつがいるから商品が売れる。そして俺の懐に金が入る。それ自体は悪くない」
そして新しいタバコに火を付ける。
「だが条件もある。まず、お前らの雇い主を教えろ」
「なんでだよ。客を見て商品を売るか決めるのか?」
「そりゃそうさ。リスクのある相手に情報は売らない。これまでもずっとそうしてきた」
ふうっと煙を天井に向けて吐き出す。
リゼは迷ったが、隣でランが 「リゼ。言っても大丈夫だと思う。彼はそんなこと気にしない」 と促した。
確かにそうだろうとリゼも思う。
「クインズヒル王だ」
ダリオが固まる。
「……なんだと?」
「情報を欲しがってるのはクインズヒル王本人だ。あたいたちがお前ら組織に雇われていた過去も知ったうえで、あたいらを雇った」
「……なるほど……凶王か。大胆不敵だな」
「雇い主を言ったぞ。さあ情報を出しな」
「……まあいい。売ってやるさ。そこで待ってな」
背後の部屋に消え、念写式タイプライターの音が響く。
そして十分後、ダリオは紙束を手にして戻ってきた。
「現時点で掴んでいる情報だ」
「全部か?」
「九割五分だ。残りはボスに殺されるレベルの鮮度だからな」
リゼは紙束を確認し、金貨の入った革袋ごと差し出す。
「気前がいいな。凶王はどっかの国王でも揺すったか?」
「さあね。情報は確かにもらった。じゃ、行くぞ」
きびすを返すリゼたちをダリオが呼び止める。
「待てよ。代金に色をつけてもらった礼だ。店のケーキも持っていけ」
「はぁ? お前らの作ったもんなんて……」
「ディランは甘いもの好き。きっと喜ぶ」とラン。
ダリオは笑う。「ならたくさん持たせてやる。城まで届けようか?」
ディランの滞在は、当然筒抜けらしい。
「……ちっ」 ダリオを睨みつけたまま、リゼが舌打ちで答えた。
* * *
ディランを乗せた馬車が、ゆっくりとカノア王城の城門をくぐった。
御者席にはカノア親衛兵の一人が座っているため、車内はディランとフィーネの二人きりだ。
「いやぁ、やっぱり大きいね。僕らの城とはまるで別物だ」
城を見上げながら、ディランが感心したように声をあげる。
「カノア王城は、帝国崩壊後に要塞として造られたものですから。対してクインズヒル城は、もともと書院の研究者たちの宿泊施設だったと聞きますし……。そりゃ、規模も造りも違いますよ」
フィーネの説明に、ディランは「うんうん」と相槌を打つが、その視線は外の景色に釘付けだ。
本当に話を聞いているのかは、正直あやしい。
――やれやれ。こうして見ると、本当に“凶王”なんて呼ばれる人物には見えない。
フィーネは彼の横顔を眺め、密かにため息をついた。
それと同時に、胸の奥でじわじわと不安が広がっていく。
あの時、死体を彼らに渡したのは……やっぱりまずかったのではないか。
近衛兵の亡骸など、ひとまずどこかに隠しておけば良かったのだ。
そうすれば少なくとも、すぐにクインズヒルが関与を疑われることはなかっただろう。
――それを、正直に「襲ってきたから殺しました」だなんて……。
今いるのは敵国の真っただ中だ。
もし報復されても、助けに来てくれる味方などいない。
そう思えば思うほど、馬車が城の奥へと進むにつれて、不安は膨らんでいった。
やがて馬車が停まり、外にいた兵士がキャビンの扉を開く。
そこには、先に到着していた第三王女サリアの姿もあった。
「ようこそ、我が城へ。さあ、こちらですわ」
優雅な所作で促され、二人は城へ足を踏み入れる。
広いエントランスの両脇には、ずらりと使用人たちが並び、一斉に深く頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、クインズヒル王陛下」
声が重なり、壮観な響きとなる。
「おお、これはいいね。うちの城でもお客さんが来たら、こうやって出迎えたいものだねぇ」
ディランは子どものように楽しそうに笑い、辺りを見回す。
その無邪気さを、フィーネは少し羨ましくさえ感じた。




