表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/27

第11話


カノア王都の中央通りを、使用人姿の二人の女が歩いていた。


端正な顔立ちに、清楚で品のある所作――まるで高名な貴族に仕えるメイドのようだ。

通りすがりの男たちは思わず視線を奪われ、すれ違う淑女たちは、若さへの嫉妬と羨望をため息に乗せた。


「つーかよ、この格好で街歩くの、普通に恥ずかしくねぇか? ラン」


清楚な外見とは裏腹に、リゼは遠慮のない口調でぼやく。


「そう? 私は平気。むしろクセになる」


前を向いたままランが淡々と答える。


「クセになんのかぁ……やっぱお前って変だよ」


「褒め言葉として受け取っておく」


向かう先は、最近王都にできたばかりのケーキ屋だ。

本来なら、さきほど迎えに来たカノア国王の案内で城へ行く予定だったが――。



* * *




「リゼとランにさぁ、買い物をお願いしてもいい?」


「買い物? ……このタイミングでかよ」


馬車に乗り込もうとしていたリゼが、呆れた顔で振り返る。

彼女たちは死体を積んだ荷馬車をカノア親衛兵に預け、城へ戻った王たちの後を追うところだった。


「今じゃなきゃダメな買い物?」とランも首を傾げる。


「そう。今がいい。遅くなると店が閉まっちゃうからね」


「……ったくめんどくせーなぁ。何を買ってくりゃいいんだよ?」


「ベル・クレームって店でケーキを買ってきて。種類は何でもいいから」


その店名を聞いた瞬間、リゼとランの動きが止まった。


「……ケーキを買うだけでいいのか?」とリゼ。


「うーん、状況次第かな。任せるよ」


「……了解」


二人は無言で頷くと、真剣な顔のままその場を離れた。




「……あの、ディラン様。なぜ今、二人をケーキ屋に?」


2人が去ったあと、フィーネが恐る恐る尋ねる。


「うん? ああ、その店人気らしくてねぇ。夕方には全部売れちゃうんだって。王様と会見してからじゃ間に合わないでしょ?」


「……そこまでして食べたかったんですね?」


「もちろん! 前回来たときは食べられなかったし、次いつ来れるかも分からないし」


「そうですか……。ところで、さっきリゼさんが“ケーキを買うだけでいいのか”って聞いてましたけど、あれは?」


「さあ? ケーキ以外も買っていいかって意味じゃない? アイスとかパフェとか、もしかしたら売ってるかもしれないし」


「……なるほど。それで“任せる”って」


「そうそう。ああ、ようやくケーキが食べられる。楽しみだなぁ」




* * *




こうして、リゼとランは二人きりで王都のケーキ屋へ向かったのだが、――その場所はディランが思う以上に、彼女たちにとって意味深な場所だった。


「しかしアイツ……。今まで一度も、あたいらを雇ってた組織について聞かなかったくせに、しっかり調べてやがる」


「ポーカーフェイスに騙された」


「ベル・クレーム……まさかまた行くことになるとはな。憂鬱だぜ」


「悪党がケーキ屋を隠れ蓑にしてるなんて、カノアの王様でも気づいてない」


「そもそも組織の存在自体、知らねぇ可能性もあるな」


店に近づくと、店先には若い女性たちの長い行列ができていた。

隠れ蓑とは思えぬほど、商売は繁盛している。


「あたいらは裏口だろ?」


列に並ぼうとするランを、リゼが腕を引いて止める。


「ケーキは買わない?」


「あれはただの隠語だ。周りに親衛兵もいたしな。証拠に、あたいが“ケーキ以外も買うのか”と聞いたら、任せるって言ってただろ?」


「……状況を見て動け、ってこと?」


「そうだな。今度はクインズヒルの駒として情報を取ってこいってことだ」


「なるほど。ディランは意外と知略家」


「“凶王”だからな」


二人は裏口から入り、厨房脇の小部屋へ。

地下へ続く薄暗い階段を静かに降りていく。


階段を下り切ると、通路の先に扉。

開けると、褐色の肌に黒革の鎧を纏った白髪の男がカウンターに寄りかかって煙草をくゆらせていた。


「……誰かと思えば。よく顔を出せたな、嬢ちゃんたち」


「よぉ、ダリオ。あたいらをクビにした挙げ句、報酬も踏み倒しやがって」


「ふっ、プロの仕事をしない奴に金はやらない。当たり前だろう」


ダリオは煙草を灰皿に押し付けた。


「だからよ、闘技場の死体の件は行き違いだって……まあいい、今日は別件だ」


「ほぉ?」


「新しい雇い主が情報を欲しがってる」


「もう飼い主を見つけたか。“拾ってください”と顔にでも書いて歩いたか?」


「不快な男」とランが殺気を放つが、リゼが制止する。


「で? 何の情報が欲しい?」


――あれ、そういやディラン、何も指定してなかったな。


それとも、どんな情報を選ぶかも含めて任せると言ったのだろうか。


「……とりあえず、遺物に関する情報だ」


ダリオの眉が動く。


「遺物ねぇ……。組織が追ってるもんだと、分かって言ってるのか?」


「アンタは中立だろ? 金を払えば売れるはずだ」


「なるほど……俺の忠誠心も安く見られたもんだ。……だがまあ、お前の言うことも間違いではない。必要とするやつがいるから商品が売れる。そして俺の懐に金が入る。それ自体は悪くない」


そして新しいタバコに火を付ける。


「だが条件もある。まず、お前らの雇い主を教えろ」


「なんでだよ。客を見て商品を売るか決めるのか?」


「そりゃそうさ。リスクのある相手に情報は売らない。これまでもずっとそうしてきた」


ふうっと煙を天井に向けて吐き出す。


リゼは迷ったが、隣でランが 「リゼ。言っても大丈夫だと思う。彼はそんなこと気にしない」 と促した。

確かにそうだろうとリゼも思う。


「クインズヒル王だ」


ダリオが固まる。


「……なんだと?」


「情報を欲しがってるのはクインズヒル王本人だ。あたいたちがお前ら組織に雇われていた過去も知ったうえで、あたいらを雇った」


「……なるほど……凶王か。大胆不敵だな」


「雇い主を言ったぞ。さあ情報を出しな」


「……まあいい。売ってやるさ。そこで待ってな」


背後の部屋に消え、念写式タイプライターの音が響く。

そして十分後、ダリオは紙束を手にして戻ってきた。


「現時点で掴んでいる情報だ」


「全部か?」


「九割五分だ。残りはボスに殺されるレベルの鮮度だからな」


リゼは紙束を確認し、金貨の入った革袋ごと差し出す。


「気前がいいな。凶王はどっかの国王でも揺すったか?」


「さあね。情報は確かにもらった。じゃ、行くぞ」


きびすを返すリゼたちをダリオが呼び止める。


「待てよ。代金に色をつけてもらった礼だ。店のケーキも持っていけ」


「はぁ? お前らの作ったもんなんて……」


「ディランは甘いもの好き。きっと喜ぶ」とラン。


ダリオは笑う。「ならたくさん持たせてやる。城まで届けようか?」


ディランの滞在は、当然筒抜けらしい。


「……ちっ」 ダリオを睨みつけたまま、リゼが舌打ちで答えた。




* * *




ディランを乗せた馬車が、ゆっくりとカノア王城の城門をくぐった。

御者席にはカノア親衛兵の一人が座っているため、車内はディランとフィーネの二人きりだ。


「いやぁ、やっぱり大きいね。僕らの城とはまるで別物だ」


城を見上げながら、ディランが感心したように声をあげる。


「カノア王城は、帝国崩壊後に要塞として造られたものですから。対してクインズヒル城は、もともと書院の研究者たちの宿泊施設だったと聞きますし……。そりゃ、規模も造りも違いますよ」


フィーネの説明に、ディランは「うんうん」と相槌を打つが、その視線は外の景色に釘付けだ。

本当に話を聞いているのかは、正直あやしい。


――やれやれ。こうして見ると、本当に“凶王”なんて呼ばれる人物には見えない。


フィーネは彼の横顔を眺め、密かにため息をついた。

それと同時に、胸の奥でじわじわと不安が広がっていく。


あの時、死体を彼らに渡したのは……やっぱりまずかったのではないか。


近衛兵の亡骸など、ひとまずどこかに隠しておけば良かったのだ。

そうすれば少なくとも、すぐにクインズヒルが関与を疑われることはなかっただろう。


――それを、正直に「襲ってきたから殺しました」だなんて……。


今いるのは敵国の真っただ中だ。

もし報復されても、助けに来てくれる味方などいない。

そう思えば思うほど、馬車が城の奥へと進むにつれて、不安は膨らんでいった。


やがて馬車が停まり、外にいた兵士がキャビンの扉を開く。

そこには、先に到着していた第三王女サリアの姿もあった。


「ようこそ、我が城へ。さあ、こちらですわ」


優雅な所作で促され、二人は城へ足を踏み入れる。

広いエントランスの両脇には、ずらりと使用人たちが並び、一斉に深く頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました、クインズヒル王陛下」


声が重なり、壮観な響きとなる。


「おお、これはいいね。うちの城でもお客さんが来たら、こうやって出迎えたいものだねぇ」


ディランは子どものように楽しそうに笑い、辺りを見回す。

その無邪気さを、フィーネは少し羨ましくさえ感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ