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第1話



――いっつも、こうなるんだ。


ディランは深いため息をつきながら頭を押さえた。


目の前では、隣国クレヴァスからの使者が床にうつ伏せになって気絶している。

ディランが何かしたわけではない。


使者の男がディランに飛びかかろうと足を踏み出したその瞬間、ツルンと滑って勝手に自滅したのだ。


たしかに、そこにアイスをこぼしたのはディランだ。

甘いバニラが床で溶けるのに気づいていながら、掃除が面倒で放っておいた。


だから男が転倒した原因の一部はディランにある。そこは認めてもいい。


だが納得がいかないのは、この使者がまたしても暗殺者だったという点だ。


懐に忍ばせていた短剣には、おそらく毒が塗られていた。

転倒した際に自分の腕を誤って斬りつけたらしく、見る見るうちに顔色が変わり、今では口から泡まで吹いている。


この男もたいがい不運だな、とディランは思う。


もっとも、自分ほどじゃない。

なにせ、暗殺未遂はこれで四度目。王国の跡継ぎになってから、身内が次々と裏切ったのだ。

両親の死だって、ただの事故とは思えない。


最初の暗殺者、奉仕係ジョアンは食事に毒をまぜた。

「今日のスープ、しょっぱいね」

毒をごまかすためだろうか味が濃く、しかもディランはあまり空腹ではなかった。

残すのは忍びなかったので、そばにいたジョアンに「よかったら食べてよ」と差し出した。

ジョアンは断れりきれず、震えながらスープを飲み干し、――そして死んだ。

「おのれ……いつから気づいていたのだ……」

それが最期の言葉だった。


次の暗殺者、親衛兵レナードは、崖際でディランの乗った馬車ごと葬る計画を立ていた。

馬車の中でディランは、噛り終わったリンゴの芯を外に放り投げた。

たまたま、横を伴奏していたレナードの馬は無類の果物好きだったため、崖下に転がったリンゴをめがけて跳躍し、レナードを乗せたままダイブした。

ディランの馬車が慌てて止まった瞬間、レナードが車輪に仕掛けていた火薬が爆発した。

驚いた他の馬たちまで崖に飛び込み、かろうじて生きていたレナードを上から押し潰した。


さらに次の暗殺者、従者ハンス。

ディランの寝室に忍び込みナイフを振り上げた彼の股間に、寝返りを打ったディランの拳が偶然ヒット。

痛みで手を滑らせ、ハンスは自分の太ももに刃を突き立てた。

後退した先には老朽化した衣装ダンスがあり、ガタリと倒れてその下敷きに。

「くっ……わざとおびき寄せたのか……」

呪詛のような声を最後にハンスは絶命した。

後にかけつけた医師は「失血死か、窒息死か、判別つきませんな」と首をかしげた。


そして、今日。四度目の暗殺未遂。


ディランは倒れた男をうんざりと眺めた。

さっきまで痙攣していた体も、今ではすっかり静かになっている。


「失礼します……ひいいっ!」


そっと扉を開けた女使用人が悲鳴を上げた。


大きな音を聞いて様子を見に来たのだろう。

この謁見室には本来、護衛や従者が控えているべきだが、今は人手が足りない。

訪問者と二人きりになることも珍しくないため、不審なことがあればすぐに入ってくるよう伝えていた。


「ああ、ちょうど良かった。この人死んじゃったみたいなんだけど片付けを……」

「い、いやぁああ!!」


ディランの笑顔も虚しく、使用人は絶叫して走り去った。


「……あーあ」


ディランは木製の玉座にもたれ、ずるずると腰を沈めた。

きっと彼女も仕事を辞めるだろうな。これで何人目だっけ?


彼女は城に残った最後の人間だった。

他にはドワーフの料理番と、ハーフリングの雑用係がいるだけ。

残りは全員、逃げるように去っていった。


理由は明白。

暗殺がことごとく失敗し、逆に仕掛けた側が命を落とす――そんな現場を見続ければ、誰だって恐ろしくなる。

ディランにしてみれば相手が「勝手に死んだだけ」なのだが、周囲はそう思わない。


若くして即位した王、ディラン・クインズヒル。まだ16歳。

細身の体にくしゃくしゃの黒髪、表情は薄いが人当たりはよく、理不尽な命令もしない。

滅多に怒らず、穏やかで、優しすぎる。それゆえ為政者には向かない頼りない王。


――そんな周囲の評価はここ最近で一変した。


無能を装い、穏やかな笑みの裏で罠を仕掛ける油断のならない男。

罠にはまった相手を死に引きずり込む凶星の王――略して『凶王』


その名は国外にまで広がった。


『凶王の下では、彼の気まぐれで命を落とす』

そんな噂まで広がれば、誰がそばに残ろうとするだろう?


「叫び声が聞こえましたけど何かあったんで……おおぅ!!?」


次に駆けつけたのは、ハーフリングのフィーネだ。

扉を開けて目に飛び込んできたのは、床に転がる新たな死体。


フィーネは眉をひそめて言った。


「……また返り討ちにしたんですか?」


「僕は何もしてないよ」


玉座にもたれてだらしなく座るディランが肩をすくめてみせる。

だがフィーネから見れば、そんな言い訳は無意味だ。

眼前の結果がすべてを物語っているのだから。


「……暗殺を仕掛けてくる方もどうかしてますけどね。でもディラン様なら、生け捕りにすることもできたでしょう?」


「だから、僕は何もしてないってば」


ディランが何度繰り返そうと、フィーネはため息ひとつで聞き流した。

もうすでに、死体の処理方法について頭を働かせている。


フィーネは数少ない“ディランを恐れない臣下”のひとりだ。


ピンクブロンドの巻き毛に、丸い瞳、エルフのように尖った耳。

小さな手足と相まって、まるで少女のような外見をしているが、実はディランが生まれる前から仕えていた古株である。


周囲がディランを“凶王”と恐れようと、彼女にとってはただの「ちょっと残念な王子」に過ぎなかった。それに、人の良かった先王夫妻から「この子を頼む」と託されたのだ。

そう簡単に見捨てられるはずもない。


「それにしても……。またクレヴァスですか。懲りない連中ですね」


フィーネが小さくつぶやくと、ディランが眉をひそめた。


「また?」


「奉仕係のジョアンも、クレヴァスの人間でしたよ。ご存じなかったんですか?」


「へぇー」


感情のこもらない返事に、フィーネは内心で苦笑する。

知らなかったはずはない。あれだけあっさり返り討ちにしたのだから。


「じゃあ、ジョアンと一緒にクレヴァスへ送り返そうか? いちいち埋めるのも面倒だし」


ディランが床の男に目を向けながら言った。


「ジョアンの死体なんてとっくに腐ってますよ。そんなもの送り返して、クレヴァスにケンカ売りたいんですか?」


「そんなつもりじゃないけど、クレヴァスの人間ならそっちで埋葬したほうがよくない? 家族だっていたかもしれないし」


その発言が人の良さからくるのか、それとも挑発なのか、フィーネには判別がつかない。

肩をすくめるしかなかった。


「ディラン様がそうしたいなら止めませんけどね、ジョアンの方は諦めてください。腐った死体を掘り返すなんて私はゼッタイに嫌です」


「それは僕も嫌だなぁ。じゃあ、このおじさんだけにしようか」


「私ひとりでは馬車に積めませんよ? 手伝ってもらいますからね」


「げぇえ、そっか。……しょうがない」


渋々立ち上がったディランは、男のマントを剥ぎ取り、目を見開いたままの顔に被せた。


ディランにしてみれば恨みがましい表情を隠すためにしたことだったが、その仕草を見て、フィーネはまたひとつ、ため息をつく。


――ああ、やっぱり“挑発”か。


クレヴァスには、極刑に処された犯罪者の遺体にマントをかぶせる風習がある。


かつては霊が戻らぬよう遺体を布で封じていたのだが、今は「地位ある者が死んでも、罪は消えない」ことの象徴として、地位の象徴であるマントを使うようになった。


王であるディランが、それを知らないはずがない。


つまり――「この男は極刑相当の悪党だ」と、クレヴァスを罵っているのだ。


(どこまで本気でやってるんだか……)死体を運びながら、フィーネはやれやれと首を振った。




「さて、フィーネ」使者の男を馬車に積み終えてディランが言った。


「この城はついに、僕と君と、グリムドルの三人しかいなくなったわけだ」


フィーネは先程聞こえた使用人の叫び声を思い出してうなずく。


「ええそうですね。それで?」


「この死体をクレヴァスに送り返そうと思ったけど……考えたら、馬車を動かす人がいない」


「私が動かしますよ」


「でも君がいないと、城を掃除する人がいないし、僕の話し相手もいない」


クレヴァスは、馬車で往復二日はかかる距離だ。その間、広い城に独りきり。


もちろん、料理番のグリムドルもいるにはいる。


だが彼は基本的に厨房にこもりきりで、火元から一歩も離れようとしない。食料庫の片隅に寝床を作り、ほぼそこで生活しているのだ。


つまり――暗殺者の次なる手を警戒しながらひとりで過ごさなければならない。


「死体を送り返そうと言ったのはディラン様ですよ?」フィーネが呆れた目を向ける。


「送り返すさ。でも今すぐじゃなくて、誰かフィーネの代わりにクレヴァスに行ってくれる人を雇おうよ」


「雇う?」 フィーネの声がうわずった。 「いまどき『凶王』のもとで働きたい者がどれだけいると思ってるんです?」


その言葉に、ディランはウッと口をつぐむ。


「誤解だって……。なんでそんな呼ばれ方されてるのか、ちっともわからないよ」


(あれだけ分かりやすく暗殺者を処理してたら、そりゃあねぇ……)フィーネはそれを飲み込んだ。


「まあ、人手が足りないのは確かですし……ギルドか教会に行って、仕事を探している人を見つけてきますよ」


「じゃあ、僕も行くよ」


「いやいや」 フィーネが少し苛立ちながら言った。「……王が軽々しく国を空けないでください」


「行き先はカノアでしょ? ギルドも教会もあるし」


カノアはクインズヒルと国境を接する隣国で、人口数万の大都市。

しかも道が整備されており、馬車で数時間の距離だった。


「先月できたケーキ屋があるんだ」


「……私が買ってきますから、城でおとなしく待っていてください」


「ダメだよフィーネ。自分で選ぶから楽しいんじゃないか」


ディランの甘いもの好きは筋金入りだ。

週に一度はフィーネにアイスを作らせているし、新しいスイーツの話を聞けば、目を輝かせて飛びつく。

こうなったディランは、どうせ何を言っても聞く耳を持たないが、それでも一応、フィーネなりに説得を試みる。


「いいですか? 小さな国とはいえ、あなたはクインズヒルの王なんですよ? 王が他国に訪問するとなればまず正式な文書を送ってそれから……」


「やだなぁ、お忍びに決まってるじゃん。変装しちゃえばバレないバレない」


フィーネが頭を抱える。


突拍子のないことを言い出すのはいつものことだ。

そういう無自覚な行動が暗殺者の付け入る隙になると分かっているのだろうか。


……もしかしたら、分かっていて暗殺者をおびき寄せている可能性も否定はできないが……。

最近のディランが何を考えているのか、フィーネにはますます分からなくなっていた。


「じゃあ……帰りが遅くならないように、さっさと出発しますよ」


「ほんと? ありがとう、フィーネ!」


満面の笑みを浮かべるディランを見て、フィーネは今日何度目かのため息をついた。



✣ ✤ ✣ ✤ ✣ ✤



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