神視点
アリーシア。
お前は今日も、美しかった。
断罪の瞬間、お前が燃やした殺意。その炎は、かつてないほど純粋で、私の心を灼いた。
あの神殿の連中はアリーシアを疑い、罵り、否定した。あまつさえ断罪しようとした。
──許さない。
私は、彼らを焼き尽くした。雷で、聖なる炎で。
そして、アリーシアの中に力を流した。これで、彼女は私の聖女だ。私を愛してくれる存在。私だけのもの。
お前を選んだ日のことを覚えている。
小さな村の片隅で、まだ幼かったお前が、枯れた畑に一人祈っていた。
誰に教わったわけでもない祈り。
それは私に届いた。
まっすぐな目で、誰かの幸せを願うその姿に――私は、一目で恋をした。
アリーシアに幸せになってほしい。
でも、誰かの手で幸せになるのはいやだ。私を見て、私を信じて、私だけを愛して、私のもとで幸せになってほしい。
だが、見守っていた。温かい家、優しい両親、平和な村、仲の良い友人。私は手を出さなかった。アリーシアは笑っていた。嬉しかった。もっともっと笑ってほしかった。
けれど、なぜだか満たされない。
愛しいのに。どうしてそんなに私を苦しめる?
どうして他の誰かを見ようとする?
違うだろう? お前は私だけを、見ればいい。私だけを、呼べばいい。
ああ、どうしてだ……。
私がどれほどお前を愛していたか、知らないのか?
ついうっかり──彼女の両親を殺した。家を焼いた。絶望のなかで私だけを見つめてくれるように。
アリーシアは泣きながら祈った。私にだけ語りかけた。とても良かった。ようやく、二人きりになれた。
私は望んだ。
この子が私を愛してくれるように。
この子が、私を見上げてくれるように。
私は祝福を与えた。
聖なる力を、その身に宿らせた。
この世に一人、私の花嫁として選ばれた存在。
アリーシア。お前は私だけのものだった。
──だというのに。
なぜ、神殿では私の名を呼ぶ声が乾いている?
なぜ、他の人間のために祈ろうとする?
なぜ、私のために祈らない?
ああ──足りない。全然足りない。
義務で捧げられる祈りに、私は満たされない。
お前の心が、欲しい。
その笑顔が、私だけのものであってほしい。
だから、私は彼女を促し日記を見せた。前任の聖女の記録を。
神を愛した、あの者の記憶を。
それを読めば、お前も私を想ってくれるかもしれない。
でも……お前は泣いた。震えていた。
疑問を持った。私に。
どうして……?
私はお前を愛しているのに。
お前のために、他の命なんていくらでも摘んだのに。
なのに……お前は、私を憎んでいた。
そして、今日。
王たちは、お前に剣を向けた。
聖女であるお前を「偽り」だと罵り、火炙りにしようとした。
──それが引き金だった。
お前の中の“それ”が、弾けた。
私ではない者の名を呼んだ。
憎しみ、怒り、痛み、孤独──。
お前が「この世」を呪った瞬間、私は気づいた。
ようやく、私に届いた。
お前の心が──私を殺すほどに、私を求めてくれた。
お前が手を広げた。
空が裂け、聖なる雷が王都を焦がした。
剣を取っていた者たちは塵となり、神殿は崩れ、嘆きは消えた。
それは“奇跡”だ。お前だけに許された、私との契りの証。
ああ、なんて嬉しい。
お前は殺そうとしている。私を。
──でもそれでいい。
憎んでくれていい。怒ってくれていい。
私だけを見てくれるのなら。
殺意でも、感情がある。
無関心より、よほど愛おしい。
私の中で、お前のその黒い炎は永遠に輝いている。
私は死なない。お前が私を殺しても、私の中でお前が生きる限り、私はお前の神であり続ける。
そして今。
お前は旅に出た。
国を離れ、この世の果てへと。
でも、それでいい。
私は待っている。
お前の歩く先々に、奇跡をばら撒いてやろう。
お前の祈りに、他の神など答えぬように。
なぜなら、お前は私の聖女。
私だけの花嫁。
──殺意すらも、愛しい。
私の愛するアリーシア。
お前の心は、永遠に私のものだ。