4.聖女失格
王子──エルネストとの婚約は、王家にとって極めて意味のある政略だった。
聖女という存在は希少であり、近年の神殿に力が戻りつつあるという状況に、王室は敏感になっていた。アリーシアを婚約者として迎え入れ、その力を王室の中に取り込めることは、政治的にも大きな価値を持つ。
「王家の血筋に聖女の力を取り入れる。それは、神の加護を正しく継承することだ」
王の言葉は確かに正しかった。
だが、その理想は、すぐに綻びを見せた。
王都に呼び寄せられたアリーシアは、確かに神の力を宿していた。
だが、王宮の誰もが違和感を抱いた。
その瞳は冷たく、決して誰にも心を開かない。
聖女の力は確かにあったが、どこか“威圧的”で、“癒し”とは程遠かった。
「本当に、神の愛を受けた者なのか?」
「選ばれたのではなく、単に力が強いだけでは?」
「神殿が力を取り戻したくて、都合よく仕立て上げたのではないか?」
そんな噂が、徐々に宮廷内を浸食していく。
始まりは些細な疑問だった。
しかし、アリーシアの無表情さと徐々に孤立していく立場が、それらを現実味あるものへと変えていった。
王家が期待した“聖女の光”は、王宮では“聖女らしくない不気味な存在”へと変貌していったのだ。
そして、代わりに注目を集めていたのは──義妹、ベリンダ。彼女は、誰からも愛された。
「由緒正しき公爵家の娘」
「誰にでも優しい、慈しみの乙女」
「王子の心を癒す、美しい娘」
彼女は皆の前では「お姉様」と慕い、アリーシアの立場を気遣っているように見せかけた。
だが、その仮面は二人きりになった途端に剥がれる。
「本当に不思議ね、お姉様。それほどお強いのに、どうして誰も近づかないのかしら?──ふふ、気味が悪いからよね」
ベリンダは笑う。
毒を含んだ笑みを、香水のようにふりまきながら。
しかし、彼女の裏の顔を知る者はアリーシアだけだった。
王子の関心も、民の人気も、廷臣の評価も──すべて、彼女が攫っていった。
そして、いつしか人々は思い込むようになった。
「ベリンダのほうが、よほど“聖女らしい”のではないか?」
真の信仰とは、“人々の心に宿るもの”だ。
ならば、誰に愛されることもなく、神にすがることしか知らないアリーシアなど、すでに聖女ではないのではないか──と。
そしてある日、密かに決定が下された。
「“失われた加護”を王家に持ち込む必要はない」
「神の寵愛を受けぬ者は、聖女の名に値しない」
それは、彼女の存在そのものを否定する決定だった。
舞台は整えられていた。
アリーシアという“偽りの聖女”を、堂々と踏みつけ、断罪するための。
──それが、あの日の婚約破棄劇だった。