後は野となれ
逃げてきて扉に到達した俺とタケヒビを見て健斗はサムズアップした。それを見て清子もグッと親指を立てた。
大広間の中では急速にホロゴンたちが隊列を組み始めている。
大広間から通路に出てくる時に大人数が乱雑になってしまえば、そこで将棋倒しになりかねない。
「あまり時間がないな。」
健斗はルシーダと瑠美ちゃんに大広間から通路への出入り口に結界を二重に張るように言っている。
ルシーダは黙って頷くと俺たちが出てきたところに結界を張った。その後、瑠美ちゃんが錫杖を鳴らしてもう一重の決壊を貼ったのである。
「これで奴らも出て来れまいよ。」
健斗は満足そうにあごに手をやると清子に「行けるか?」と聞く。
清子が「準備万端よ。」というのを聞くとサッと居住まいを正した健斗は「メテオ!」と叫んだ。
すると大広間の天井から直径10mはある恐らくは石が真っ赤に焼けて落っこちてきた。
確かに隕石は空から落ちてくるわけで、天井から落っこちてくるのはおかしいわけである。
地面に落っこちた「隕石」は爆発して四方八方を赤く染めた。爆発の後にはけれどもホロゴンたちはその外殻を赤く輝かせたまま立っている。
健斗は「見える限りのエビやろうは熱されたようだな。」と満足そうに言った。
清子は「じゃあ次は私の番ね。『ブリザード』!」と呪文を唱えた。
結界の向こうでは雲みたいなものができておそらく雪が降るはずだったのだろうけれど、中のすざまじい熱のためにどんどん蒸発して行っているようである。おそらく水蒸気のためであろう、中はほとんど見えなくなった。
おそらく結界を張った出口の扉から「カンカンカン」という音が聞こえてきた。その時、扉の金属の枠と洞窟の岩との隙間からピーッという音と共に大量の煙が吹き出してきた。
「触るなよ。多分それは水蒸気だ。」
健斗がそんなことを言うので俺たちは慌てて後ろに下がった。
扉の枠に貼った結界は魔法によく持ちこたえたが、肝心の扉の枠が魔法の熱と水蒸気に耐え切れたかったということである。
扉の枠も水蒸気に熱せられたためか赤く輝きを持ち始めた。
けれども、次第に扉の枠のの輝きは収まっていった。
「おっ、清子の冷却が効いてきたか。」
今は水蒸気のせいか洞窟の通路は真夏の暑さになっている。けれども、幸いなことにそれ以上気温が上がることはなかった。
俺たちは少し遠巻きにして大広間を眺めながら暑さに耐えていたが、少しづつ気温が下がってくるのを感じた。というか、寒い。
俺はもう一度、扉のところまで行ってみた。
扉の金属には明らかに霜が降りている。結界を通して見ると地面が白くなっていた。
(もしかして、雪?)
後ろでは「おい、清子、大丈夫か!」という健斗の声が聞こえた。
振り返って見ると清子が意識を失って倒れている。
健斗が普段は見ないような取り乱し方をしている。
「どうした?」
俺が聞くと健斗は「清子のやつ、魔力を放出し切ったようだ。魔力の使いすぎだと思う。」と存外落ち着いた声で答えた。
「魔力の譲渡はやったのか?」
「ああ、今からやるつもりだ。」
健斗は清子にかかり切りになっている。
「じゃあ、俺がこの扉の枠ごと倒すけれど、中に生き残りがいたら今度は岩の壁に結界を張ってくれ。」
俺がそういうとルシーダと瑠美ちゃんは黙って頷いた。
タケヒビはすでに抜刀してスタンバイしている。咲耶や弓が使える連中は矢をつがえていつでも撃てる体勢にしている。
「じゃあ行くぜ。」
俺はガタガタになった扉の枠を結界ごとガンと蹴飛ばしてやった。
扉が奥に倒れると、大広間の中から極寒の風が吹き出してくる。天井からは雪がしんしんと降ってきており、床は白く雪が積もっているようである。
辺りを見るとホロゴンたちはその外殻にひびを入れてすでに生気なく倒れていた。タケヒビが何か呪文を唱えると、大広間の中央に大きな光る球が出現した。
辺りを見ても立っているホロゴンは一匹もいなかった。ただし、部屋の中央には奇妙な紫色の四角錐のモノがある。各側面からは一本づつ腕のようなものが突き出しており、底面にはおそらく足であろう。二本の棒状のものが突き出ていた。
俺が近づくとそいつは各側面の腕の上に目があったみたいで、パッと目を開けるとよちよちと短い棒のような足で逃げ出そうとした。思わず刀で切りつけたが、全く切れない。カンと跳ね返されてしまった。
どうしようかと後ろを振り返ったが、健斗は「すまねえ。今は援護できねえ。」と頭を下げるのみである。
清子のことが大変だから仕方がないか。
となると俺にできることは聖剣を抜くことくらいしか残っていない。
けれども、あの怪物を本当に切れるかどうかはわからない。
だが、えい、ままよ!
俺はすらりと聖剣を抜いた。
「HGR-25型聖剣、個体名『デュランダル』対龍対魔王特化型インテリジェンスソード再起動します。確かな攻撃力と信頼性のクラインケベック工業です。」
以前初めて聖剣を抜いた時と同じ電子音が流れた。
「お久しぶりです、マスター」
聖剣の意思が直接頭に流れ込んできた。
俺も意識を引っ張られないようにしっかりとしておかなければならない。
「あの紫色の化け物を倒せるか?」
「少々お待ちください。」
「……解析完了。大丈夫ですよ。さあ行きましょう。」
聖剣の答えがあまりに軽いので少し疑念はあるが、今のところは聖剣に頼るしかない。
「じゃあ頼むよ。」
「対星の精調節完了。エネルギー発現最適化。」
聖剣が唸りをあげて行くのがわかる。
何とか意識を持っていかれずに済むようだ。そのまま剣を振りかぶって振り下ろした。
バターを切るように滑らかな感触があるだけだったので本当に切れたかどうかはわからない。
けれども、あの紫色の化け物は見事に両断されていた。
「状況完了。アイドリング状態に遷移。」
♢♢♢
清子は意識は取り戻していたものの一人で歩くことはできなかったので、健斗がおぶってゆく。
ホロゴンや星の精は聖剣で片っ端から倒してゆく。
意識は維持しながら剣を振るっていると、聖剣はまるで歌っているようだった。
進んでゆくと、星が煌めくような部屋に出た。
部屋の中にはイワナガ姫が激怒した様子で立っている。
よく見ると朝顔ちゃんらしい人影が寝転んでいる。多分意識はなさそうである。
「どうしてここまできたのよ!」
「朝顔ちゃんを返してもらおうと思って。」
「はあ?星の精を人間如きが切り捨てるなんてそもそも間違っているわ。」
イワナガ姫の言葉を聞いて聖剣が少し震えて俺に念話を送ってきた。
「この方はクラインケベック工業を馬鹿にしています。聖剣の基本性能として星の眷属ごときを倒せないわけないではありませんか。」
俺は聖剣を撫でながら、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやだよ。あれは本物を知らないだけだよ。」と小声で話しかけた。
イワナガ姫は俺にビシッと指をさして「あなた、私のこと無視するなんてふざけているわ。男はみんなそう!私を選ばないような男どもは絶滅すればいいのよ!」
「男だって色々な好みの奴がいるんだからそりゃあなたを選ぶ男もいるはずだよ。」
「う、うるさいわね。とにかく、私は選ばれなかったの。選ばれたのはそこの咲耶よ。」
いきなり話を振られた咲耶は心外という顔をして言った。
「は?何のこと?私は男嫌いなの。私は選ばれたなんてふざけたこと言わないで!こっちからお・こ・と・わ・りよ!」
タケヒビはあちゃーという顔をしている。
「そりゃ前世の記憶は普通は封印されているからね。知りたかったら開けてあげるけれど。」
「は?どういうこと?何のことかわからない。」
「咲耶ちゃんはね、神代にはコノハナサクヤ姫だったんだよ。イワナガ姫はお姉ちゃんであなたが妹だったんだよね。」
「どういうことかわからないわ。じゃあその封印を開けてちょうだいよ。」
タケヒビはチラッと俺の方を見た。
俺は頷くしかないじゃないか。
タケヒビは「じゃあ封印を解くね。封印よ、解けろ!」と叫んだ。
「何よ、単なるインチキおじさんじゃない。」
咲耶は俺に小声で囁いた。
「いや、あれは神様なんだよ。」
「全く信じられないわ。」
そんなことを言っているうちに咲耶の黒目がグルンとひっくり返ると彼女は座り込んだ。
その上にぼんやりと髪の長い美人の姿が浮かんでくる。彼女はイワナガ姫を睨みつけると言った。
「お姉さま、ふざけすぎよ。いい加減に落ち着きなさい。」
「はあ?モテる人が被害妄想を言わないで!」
イワナガ姫も負けてはいない。
コノハナサクヤ姫はため息をつくと言った。
「じゃあその後どうなったのか教えてあげるわ。あのニニギの大バカは結婚した初夜にみごもった私を浮気で子供ができたのだと責めまくったのよ。処女で初夜を迎えた私がどうやって浮気できるのよ!おかげで私はお産の時に建物に火をつけて生まざるを得なかったのよ。本当に親子で焼け死ぬかと思ったわよ!」
取り敢えずその話を聞いた周りの人たちはドン引きである。
「ニニギって天照大神の孫の瓊瓊杵尊のことだよね。そんな人だったんだ。」っていう囁きが飛び交う。
「そ、そんなこと関係ないわ。あなたはそれでもニニギ様の正妻、私は捨てられたのだから。」
イワナガ姫は随分トーンダウンしているが、それでも自分の主張を変えようとはしない。
「今、咲耶が男嫌いになっているのは私の体験が止めようもなく滲み出しているからなな。この子には悪いことをしたと思っているわ。」
「ぐぬぬ」
イワナガ姫は絶句しているが、それでも自分は被害者だとブツブツと言っている。
その時、鈴木くんがふっと座り込んでその上にボーイッシュな美人の姿が浮き上がってきた。
「鈴木くん?」
もちろん鈴木くんの意識は既にない。
「私は弟橘です。私は日本武尊様の妻だったのです。日本武尊様が走水の海を渡られた時に大嵐が来て遭難されそうになった時に私は海の神に生け贄として捧げられたのです。」
イワナガ姫は「はあ?そんなの別の女を生贄にすればよかったじゃない。馬鹿じゃないの?」と吐き捨てるようにいう。
弟橘姫は言った。
「それは、もちろん、私が生贄になれば日本武尊様はミヤズヒメ様と幸せに暮らすことは間違いなかったのです。私はそこに居場所はなかった。けれども、日本武尊様が遭難されてお亡くなりになればそもそもそこで話は終わるのです。なので私は私のできることをやるべきだと感じてそうしたのです。私はそのことに何の後悔もないのです。」
タケヒビは何故だか呆然とした様子である。
その時、朝顔ちゃんがフッと目を覚ました。
「私も勝太郎様をお慕い申し上げていました。けれども、勝太郎様にはルシーダ姫様がいらっしゃったのです。勝太郎様がルシーダ姫様を推したいされていることは明らかでした。なので私は身を引くことに決めました。選ばれなかったイワナガ姫様と私で永遠の地獄を彷徨いましょう。」
そんなことを朝顔ちゃんが言う。
イワナガ姫は顔を覆って何も言えない様子である。
その時、ルシーダが言った。
「朝顔、私はそんなことは許しません。あなたはまだまだ修行が足りません。地獄を彷徨うなどという責任放棄など決して許しません。」
朝顔はピシっと背筋を伸ばしている。
ルシーダは「そんなこともわからない愚か者だからこそ修行しなさい。」と言う。
「私は生きていていいのですね。」
ニッコリした朝顔ちゃんはそのまま目を閉じて再び倒れてしまった。
イワナガ姫は「そりゃ助けがある人はいいわよ。私はどうすればいいと言うの?」と叫ぶように言う。
「そんなの自分で見つけ出すしかないのですよ。」
弟橘はちょっと突き放すように言った。
イワナガ姫は「そ、それは、天乃甕星様がこの世を滅ぼすために星の精をどんどん攻め込ませるところなのよ。」と言う。
弟橘は「イワナガ姫様。何をすべきかはご自分でお分かりですよね。」という。
「この世とあの世の穴を私が塞ぐ。」
俺は思わず言った。
「そこには友人はいるの?」
「もともと友人はいないわ。」
「それじゃあ別の方法を考えよう。友人もいないところに君を行かせるわけにはいかない。」
「私は岩よ。岩は友達がいなくても悠久の時を過ごしていけるものなの。あなたが私のことを友人と言ってくれてありがとう。」
そう言うとイワナガ姫はフッと飛び上がってあっという間に見えなくなってしまった。
程なくして空の向こう側でものすごい爆発が起こった。
その爆発の勢いがものすごいスピードで俺たちのところに到達し、逃げようもなかった俺たちはみんな吹き飛ばされてしまった。




