私は選ばれない
俺はルシーダの涙を見て心を決めた。
俺の婚約者はルシーダである。
朝顔ちゃんが少し可愛いからと言っても俺は浮気者の健斗とは違う。ルシーダ一筋である。
ということで、俺は翌日からはできるだけルシーダにだけ視線を送って笑顔を見せるようにしたし、逆に朝顔ちゃんには視線を向けないようにしたし、彼女が俺のそばに近寄ってきそうな時には目立たないようにさっさとその場を離れて物理的に朝顔ちゃんに接近しないようにした。
朝顔ちゃんの元気があまりなくなってきたし、顔色が良くないよねっていうことは俺もわかっていた。けれどもルシーダをこれ以上、泣かせるわけにはいかないじゃないか。
数日後に試練の準備が整い、早朝からみんなが集まった。
朝顔ちゃんはもう俺のそばにまとわりつくことはなく、少し離れたところに立っている。側には清子がいて、朝顔ちゃんに何か話しかけているみたいだ。
ルシーダも俺からやや離れて表情を消してスンとしている。俺が視線を向けてもニコリともしない。
きっと優しいルシーダだから朝顔ちゃんのことを気にしているのかもしれない。
むしろ、朝顔ちゃんが試練を辞退してくれればこういう嫌な雰囲気も無くなるんじゃないか。
俺は救いを求めてあたりを見たが、健斗はキャシーや瑠美ちゃんと楽しく会話しているし、タケヒビは鈴木くんと楽しそうに話をしている。俺の方など完無視である。こういう時に気を遣ってくれるのが友達なんじゃないのか?
咲耶や富士乃下高校の他の生徒会役員達は必死で準備の最終確認をしているみたいだ。
なんだか俺は世界で孤立しているような感じになってくる。
もう何分かすれば出発なのだろうが、そこまでの時間が果てしなく長い。
無限の時間を耐え抜いていると、やっと集合の合図である。俺はホッと息を吐いた。
清子は朝顔ちゃんから離れて健斗のところに戻ったようである。
朝顔ちゃんは一人で立ったままである。
俺はそっとルシーダの横に動いた。ルシーダは無表情のまま黙っている。俺はなんとなく安心した。だってここでルシーダに拒否られたら血の涙を流すしかないじゃないか。
でも手を繋ぐ勇気はなかった。
みんなが集まった前でおっさん達が何かを話している。どうやら、村の連中は試練の洞窟?の手前まで俺たちを連れてゆくだけでそのあとは俺たちだけで試練に参加するらしい。彼らの主な目的はその洞窟から出てきたらしい魔物を俺たちの力を借りて退治することらしい。
彼らだけでは犠牲が大きすぎて放置せざるを得なかったのが、俺たちの力を見て討伐に踏み切ったということだろう。
最後におっさんは朝顔を見て言った。
「それで、朝顔はこのマレビト達と試練の洞窟に入るということでいいな。」
えっ?そんな話聞いていない。
朝顔は顔色は相変わらず良くないがしっかりと頷いた。
「試練を受けるならもう村には帰れないぞ。」
おっさんはきっちり確認するが、やはり朝顔はしっかりと頷いている。
慌てて清子を見ると彼女はまるで慈母の表情をして温かく朝顔を見守っているようである。
ルシーダの方を盗み見ると彼女は変わらず無表情を崩さずに前を向いたままである。
心理的にはもう手足をバタバタ暴れさせている感じだが、日頃の修行の成果で、俺がやったことといえば視線をわずかに動かしただけである。なので俺の心の動揺は周りには気付かれていないはずである。
しかし甘かった。ケントだけはニンマリした目でこちらをスッと見たのである。
♢♢♢
村を出発して試練の洞窟があるという山の方に向かった。
俺はルシーダの横で黙々と歩いた。朝顔にはやはり清子がついていることが多い。
朝顔に清子が付いていたら朝顔もこちらに近づかなくていいかもって俺はぼんやりと考えていた。
お昼も俺はルシーダと二人で食べた。いつもならルシーダとなら色々話すことがあるのだけれど、今はどちらからも何も喋らなかった。黙々と二人で食べていたけれどなんとなくお互いに拒絶しているわけでもなく、なんとなく不思議な気分だった。
朝顔は清子達と一緒に食べているようである。清子達はみんな上機嫌に喋りまくっていたが、朝顔だけは少し頷いたりするだけで最低限しか喋っていない様子だった。
タケヒビは咲耶達のグループに混ざっている様子である。鈴木くんの横でしきりに話しかけていた。さすがの鈴木くんもタケヒビを持て余している様子である。
お昼休憩が済むとだんだん山並みが近く見えてきた。空はいつの間にか暗く曇ってしまっている。
「試練の洞窟の近くはいつもこんな感じなんだ。」
おっさんが言う。
「そろそろ魔物が出てくるから気をつけてな。」
わずかに上り道になってきたのは山に入ったと言うことかもしれない。
そんな中、おっさん達が小鬼と呼ぶ俺たちにはゴブリンにしか見えない魔物達が散発的に襲ってくるようになった。
まあ、初級クラスのモンスターなので奇襲攻撃さえ気をつければ難なく対処できる。
さらに行くと女性のような顔をした鳥が盛んに死骸のようなものを啄んでいる。
この鳥みたいな奴らはおっさん達によると「鳥辺野の鳥」なのだそうだ。
鳥辺野は京都の東山あたりの山で昔はそこで鳥葬をしていたらしい。鳥辺野の鳥は鳥葬の死体を啄ばむ鳥のことだそうだ。俺たちの知識ではこういう奴らは「ハーピー」である。
「あの鉤爪は生きた人間も引き裂くから気をつけろ。」
そこで、弓部隊が弓を射掛け始めた。
何羽かのハーピーが矢に当たって地面に落ちる。
初めは餌に夢中になっていた鳥達も流石に俺たちに気がついたようだ。
おっさん達が地面に落ちた鳥達のトドメを刺してまわっていたので、最初は鳥達はおっさん達を攻撃し始めた。
けれどもその鳥達が弓矢部隊の矢で落とされてゆくと鳥達の目標は弓矢部隊に変わった。弓矢部隊の清子や咲耶、朝顔が鳥に狙われるので、俺や健斗がその防衛にまわる。
鳥達は弓矢に狙われないためか、急降下して弓矢部隊の頭を狙い出した。
空中にいる鳥が誰を狙うのかは分かりにくい。それが急降下して短時間で頭を攻撃するのを防ぐのは大変である。ヘルメットでもかぶっていてくれればまだマシだったのかもしれない。けれども俺たちと同じ防具を使っている清子は頭をフードで守れるが、他の子達はみんな髪の毛が剥き出しである。
まともに当たったらその衝撃は大きいだろうし、下手したら髪の毛をむしられてしまいかねない。
ということで俺たちは弓矢部隊の頭部を守ることになった。
弓矢部隊の人たちには少し散開してもらい、それを俺と健斗、タケヒビ、鈴木くんで守ることになった。
弓矢部隊の面々には変わらず空中の鳥達を射落としてもらう。
そうして、急降下してくる鳥どもを俺たちが仕留めるのである。
俺は朝顔と鉢合わせしないように咲耶と部下の生徒会役員ちゃんを守ることにした。2人とも女子にしては上背があるのでギリギリのところで鳥を跳ね飛ばしてゆく。刀をバットに見立ててぐわんと殴りつける感じである。間違って切り付けてしまうと鮮血がドバッと弓矢の子達に注いでしまいかねない。
そりゃ鳥の血を頭から被っても死にはしないだろうが多分その子はそのあとは口を聞いてくれなくなるだろう。
ということでがんがん鳥を殴っていた。殴られた鳥達はだいたい意識を飛ばして伸びてしまうのでおっさん達や瑠美ちゃん達がトドメを刺してゆく。
と、その時、きゃっ!という悲鳴が聞こえた。振り向くと鈴木くんが鳥と格闘していた。その横で朝顔に別の鳥が襲いかかっている。どうやらコンビネーションアタックだったようだ。
俺は意識せず刀を投げつけていた。
俺の刀は朝顔に襲いかかっていた鳥を串刺しにした。
多分即死だったのだろう。朝顔に襲いかかっていた鳥はぼとりと地面に落ちて動かなくなった。
清子が「ひゅっ、やるね、勝太郎」なんて声をかける。
困る。
もう俺はルシーダ一筋って決めたのに。
刀を回収しに朝顔のそばに行った時、朝顔が小声で「ありがとう、勝太郎様」と言ったのが聞こえた。
俺は黙って鳥に刺さった刀を引き抜いた。なるべく朝顔と視線を合わせないようにして逃げるように朝顔のそばから離れた。
朝顔がしょぼんとしているのはわかるし、彼女を傷つけたという思いで自己嫌悪感で一杯である。胸がムカムカしていて吐いてしまったらどれほど楽だろう。けれども俺は男だ。こんなことで逃げてなるものかと素知らぬ顔で立っていることにした。
必死で吐き気をこらえてガクガクと倒れそうになる膝を叱咤しながら立ち尽くしていた時にふと違和感を感じた。風が生暖かい。微かに獣臭も混じっている。風の吹いてくる方を見てみると、妖しい緑色の光が見えた。光は結構急速にこちらに近づいてくる。
近づいてくると獣臭もひどくなり、光の玉の中に人影が見える。
ケバケバしいというかドギツイ化粧をしている女だった。
「おほほほ、こんなところに良質の負の感情があるなんて。たまには散歩もしてみるものね。さあいらっしゃい。」
彼女が手招くと朝顔が引き寄せられて光の玉の方に飛んでいった。
「ほほほ、さあ、どうしようかしら。頭から丸齧りしようか。」
「ひっひい!イワナガ姫が出たあ」
おっさん達は顔を真っ青にしているが腰が抜けたらしく逃げることもできない様子である。
「ふん!妾は男の声など聞きとうない。」
その瞬間、おっさん達は意識を失って倒れてしまった。
「ねえ、あなた、岩永ちゃんよねえ。生きていてよかった。」
咲耶がそんなことを言った。
「え?あの行方不明になったという岩永さん?」




