試練へ
俺たちは特に何もなく狩りから帰ってきたが、村のおっさんたちは黙ったままだった。
俺の横では俺にくっつきたがる朝顔をルシーダが恐ろしい勢いで追い払っている。
健斗たちはのほほんとした感じでいつも通りである。
まあ、健斗や清子にしてみればこれくらいの狩りなど準備運動にも満たなかったと言えるだろう。
富士乃下高校の連中はさすがに咲耶は落ち着いているが、他の生徒会役員達はこそこそと話し合っているようだ。どうやら、俺たちが咲耶と同じレベルかそれ以上かということに気がついたようで、ざわざわしている。
そんな感じで村にたどり着いた俺たちはかまどの方に行った。
俺たちを見た女達は「え、獲物なし?」と驚いた顔をしている。おっさん達が黙ってうつむき加減に帰ってきたので村の女達は最悪の予想をしてしまったのかもしれない。
「あ、朝顔ちゃんがついていたから大丈夫だと思っていたんだけれど、まあそういう日もあるよ。気にしない気にしない。」
女達はすでに慰めモードに入っている。
「お、おい、健斗。」
俺は健斗の脇腹を突いた。
「あ、そうだった。忘れてた。」
健斗はのんびりと言うと、マジックバッグから鹿や猪、熊など、今日の獲物を無造作に取り出した。
いきなり目の前に現れた獲物を見ておっさん達を慰めようとしていた女は「ヒェッ」と言って尻餅をついてしまった。
「い、一体どこからこんな獲物が出てきたのよ!」と震える声で言いながら出てきた獲物を指差した。
後ろにいた女達も一様に目をまん丸にしている。
「わ、わしらもよくわからん。手妻みたいなもんだ。」
おっさんは何故かヤケクソのような声で言う。
手妻って何のことかわからないが語感的には手品みたいなものかもしれない。
「そ、そうなの。て、手妻なんだ。」
尻餅をついた女はまだ起き上がれずにいて、やはり震える声で言った。
それから独り言のように「危なかったわ。漏らすところだったわ。」と小声で言うのが聞こえてしまった。
その人の年齢はよくわからないが少なくとも俺よりは上だろう。そんな人が漏らすなんて悲劇である。
その女性は腰が抜けちゃっていたみたいで起き上がることができなかった。それで、女性はおっさんにおぶわれて屋敷の方に屋敷の方に運ばれて行った。
女性を運んでいったおっさんは村の狩人のリーダーみたいな人で、どうやら運ばれて行った女性は女達のリーダー的存在だったらしい。その二人がいなくなったのでみんなどうしていいかわからずに沈黙していた。
「おい、勝太郎」
そんな中でいきなり健斗が俺を呼んだ。
「誰も解体しないなら俺たちで解体すか。」
健斗は結構ウキウキで解体用のナイフを手に取っている。
「応」
俺は短く答えてナイフを手に取り、獲物の解体を始めた。
俺たちが黙々とやっていると、「お前ら解体もできたのか」と慌てて解体に参加し始めた残ったおっさん達が聞いてきた。
俺は小さく頷いた。
実際は学校の授業で解体の実技をやったのである。ダンジョンで獲得した魔獣の素材を持ち帰るためには解体の技能は必須なので俺たちだけでなくルシーダもできる。多分、咲耶達もできるはずである。
ルシーダは「わらしも勝太郎様の隣で解体する!」と言う朝顔ちゃんの首根っこを捕まえていた。
「解体作業をするのは男の仕事でしょう。」
ルシーダはよくわからない理屈で朝顔ちゃんを説得しているが、タケヒビはニヤニヤと笑って2人を観察しているだけだし、咲耶達の生徒会の男子も参加していないので説得力は皆無である。
朝顔ちゃんは全力で抵抗しているがルシーダが離さないので動けなくなっている。狩場ではルシーダは容赦なく朝顔ちゃんを投げ捨てていたが、村の中では多くの村人の目があるためか、押さえるだけにしているようだ。
俺たちの解体作業が進むと村の女達は「あらあら、まあまあ」と言いながら肉を受け取って焼肉として焼けるように切り分けてゆく。
清子達や咲耶達は切り分けられた肉を次々と焼き始めた。
誰も何も言わないのに優れたチームワークである。
焼き上がった肉は瑠美ちゃん達が次々にお皿に乗せてゆく。
あっという間に宴会の準備が整ってゆく。
そうして準備が整うと前日の様な宴会が始まった。
俺の横には当然ルシーダが座っている。反対側には知らないにいちゃんが座っている。
今日はルシーダと朝顔の激闘はなさそうだと俺はちょっとホッとしていた。
けれども、もちろん俺の考えは甘かった。
最後まで肉や皿を配っていた女たちが段々と座り始めた時、聞きなれた声が聞こえたのである。
「あ、スミト、そこ、私の席だから代わってね。」
途端にルシーダの顔に稲光がまとわれる。
いや、実際には稲妻が出ているわけではないけれど。
「スミトさんかしら。そんな無作法な女のために席を代わることはありませんわ。無作法な方は大人しくどこか隅っこの方で目立たぬ様に食事をすればいいのです。」
ルシーダの言葉は容赦ない。
「は?私と勝太郎様は真実の愛で結ばれているわ。悪役令嬢のルシーダ様こそ引っ込みなさい。」
は?朝顔ってこっそりと悪役令嬢もののラノベでも読んでいたというのだろうか。
いや、そんなことがあるはずがない。ここでそもそも印刷された書物というものは見たことがない。
恐らくは言語理解スキルの過剰な翻訳だったんじゃないだろうか。いや、きっとそうに違いない。
俺はドキドキする胸を鎮めて何食わぬ顔をしようとした。
ルシーダと朝顔の舌戦のボルテージはどんどん上がっている。
俺でも対応するのが大変なバトルである。もう真っ青な顔をして脂汗を流していたスミト君は「じゃあ、オラは用事があるから。」とかなんとか言って脱兎の如く席を立って走っていってしまった。
ルシーダは「そこはスミトの席じゃない」とか言うが、朝顔は「やっぱり真実の愛なのよ。」と言って空いた席にどっかりと腰を下ろした。
もう二度とスミト君が帰ってくることはないだろうと思いながら、俺は朝顔に「スミトが帰ってきたらちゃんと席を代わるんだよ。」と言うしかない。
ルシーダは俺の方までキッと睨みつけた。
「勝太郎は甘すぎよ。こんな泥棒猫はさっさと捨ててくるべきだわ。」
誰が聞いてもめちゃくちゃ怒っている。
救いを求めて辺りを見回してもタケヒビは咲耶や鈴木君と話をしているし、健斗は相変わらず清子やキャシーとイチャイチャしている。
俺の視線に気がついたのか、健斗は俺の方に手を振ると、「よう、勝太郎。お前も奥さん二人で幸せそうじゃないか。」と言いやがった。
それを聞いたのだろう、ルシーダの方から冷気を感じたのである。
ルシーダはもう目から殺人抗戦でも出ているのではないかという勢いで健斗を睨みつけていた。
朝顔はルシーダのことなど眼中にないようで、「えへへ、勝太郎様の手を握りたい。」と言いながら俺の手を掴んできた。
健斗を睨んでいたルシーダは朝顔の暴虐に気がつくと反対側の俺の腕を掴んで「勝太郎の婚約者、許婚は私なのよ。」と弱々しくいう。
「いや、そうじゃなくて、両手を掴まれたら俺が食べられないじゃないか。」
俺はわかってくれない二人に泣きそうだった。
それを聞いてさっと箸で肉切れを掴むとルシーダが「はい、あーん」というので俺が口を開けるとルシーダは小さな肉片をポイっと口の中に放り込んでくれた。いや、ルシーダはそんなに勝ち誇らなくてもいいけれど。ルシーダはニコニコしている。
それを見た朝顔ちゃんは「私だって負けないもん。」と言うと無理やり俺の口に巨大な肉の塊を押し込んできた。
「むぐぐ」
俺は巨大な肉を押し込まれて目を白黒させざるを得なかった。必死で噛み切って飲み込もうとするが、どうやらクマの肉だったらしく硬い。
そりゃ無理だよと思いながら必死で噛み砕き、ようやく飲み込むことができた。
「てへっ、ちょっと失敗しちゃった。」
朝顔は可愛く笑って誤魔化そうとする。
ルシーダは「は?私の大事な勝太郎を殺そうとしないでっ!」ってお怒りである。
朝顔ちゃんはルシーダの剣幕にじわっと涙が溢れそうになってしまった。
「まあ、俺も大丈夫だったから。朝顔も以後気をつけるように。」
俺はそう言うしかない。
そんなこんなで食事が終わる頃、村長がヨボヨボと立ち上がって言った。
「お客人には試練に挑戦してもらう。ダイゾウの報告では十分な実力を示した。」
ルシーダは「これでやっと朝顔とはお別れだわ。これからはまた元のように私と勝太郎様のラブラブが続くのよ。」と急にニコニコし出した。
俺もルシーダと朝顔の戦いが無くなるのはちょっと寂しいが、いや、嬉しい。
と、その時、長が言った。
「なお、試練には朝顔も同行してもらう。」
「ぐえっ」
食用蛙を踏み潰したような謎の音が聞こえた。音のした方を見てもルシーダしかいない。
まさかルシーダに限ってあんな声は出さないだろう。
反対側では朝顔が「やっぱり私と勝太郎様は真実の恋。神様が守ってくださるのよ。」と呟いている。
おーいタケヒビ、出番だぞ。
ルシーダが静かなのでもう一度見ると彼女は座ったまま微動だにせず涙を流していた。




