狩猟
翌日は夜明け前に叩き起こされた。
おっさんどもがニヤニヤ笑っている。
「ふん、色気付いたガキどもの性根を叩き直してやる。」
あの、それは健斗だけですから。
朝食はすでにできていたようで、寝ぼけ眼でお粥のような食事をとった。
「はっはっは。朝は食べておかないと途中でバテるぞ。」
「お前らがバテても助けないからな。だから朝はしっかり食っておけ。」
おや?おっさんども、口は悪いが結構優しそうである。
そんなこんなで朝も早いうちから猟の準備をして出発である。といっても、弓矢による狩のようなので俺たちがやることは多くはなかった。
咲耶たちと俺たちを引き連れたおっさんたちは意気揚々と出発した。
「俺たちのスピードについてこられないようならば置いていくぞ。」
おっさんはそんなことを言うが、実際にはそれほど早くは進まないようだった。
おっさんたちのなかには「結構ついてくるな。」とちょっと独り言を言う人もいたが。
進みながらおっさんに聞くと、獲物は猪や鹿らしい。
「お前らがひょろひょろしていたら熊が出てきて食われちまうぞ。」
おっさんは俺たちを怖がらせたいのかそんなことを言う。やっぱり怖がってあげないといけないのだろうか。
清子と咲耶はすでにマイ弓を背負っている。
俺も健斗もあまり弓は使わない。
おっさんたちはちょっと馬鹿にしたように「何だ弓を使うのはおなごだけか。」と言う。
俺はちょっとムッとしたが、「そうですね。彼女たちは器用なので。」と話を流すことにした。
と、その時後ろから「あら、あんたら私に弓矢の腕では勝てないのに偉そうね。」と言う声がした。
おっさんたちは「げっ、朝顔じゃねえか。お前は狩に参加しちゃならんと長が言っていただろう。」としたり顔で言う。
「ふん、私も勝太郎様にいいとこ見せなきゃ。」
そう言うと、朝顔ちゃんは遠くを指さした。500m程向こうに鹿の群れがいるのが見える。
朝顔は弓を取り出して仰角を上げてスッと矢を放った。
数秒の後に粒のような鹿が倒れるのが見え、鹿たちがパッと四方に散った。
「あっちゃー」
おっさんたちは嘆きとも何ともいえないような声を出した。
「朝顔ちゃんに来られたらおじさんたち、かたなしだよ。」
と、その時、清子と咲耶が無言で矢をつがえて弓を引き絞った。朝顔と同じように仰角を上げた弓から放たれた矢はあっという間に別の鹿をそれぞれ射抜いたのだった。
さすがに鹿の群れは逃げ出したようである。
俺たちが近づくと、群れがいた場所には三頭の立派な角を持つ鹿が見事に急所を射抜かれて倒れていたのである。
おっさんたちはちょっと青い顔をして黙っていた。咲耶の生徒会の面々は「あんなことできるのは咲耶さんだけかと思っていたけれど、世の中広いのね。」なんてひそひそと囁きあっていた。
健斗は「これからまだ他の獲物を狩るんだよな。三頭運ぶのは大変だよ。」と言いながら鹿をマジックバッグに入れていた。
おっさんたちは「えっ?鹿はどこに行った?」とキョロキョロ探している。
鈴木くんは「もしかしてマジックバッグを既にお持ちなんですか。凄いですねえ。」としきりに感心していた。
朝顔ちゃんは「あーあ。私と同じくらいの腕を持つ人がいるのか。何だか目立たなくて悔しい。」とぶつぶつ言っていたが、ここはまあ生暖かく無視しているべきだろう。
驚いたことにルシーダが「あまり気を落とさないで。ここの連中はちょっとおかしいのよ。」と朝顔に話しかけていた。
朝顔を励ましているのか俺たちを貶しているのかちょっとよくわからない。
おっさんたちも少し気を取り直したみたいで、「うむ。鹿はあの三頭で十分だろう。今度は猪を狩りに行くぞ。」と言っている。
ボタン鍋は食べたことがあるが、猪狩りは初めてである。
「瓜坊を連れている母親は狩っちゃだめだぞ。」とおっさんはベテランらしく説明する。
猪の子供は縞々模様があって俗に瓜坊と言われている。出産期が終わった猪は今は子育て真っ最中らしいのである。
そんなことを話しているうちに少し開けた場所に出た。
「この向こうに猪どもがいるからな。」
大きな猪が歩いているのが見える。
横で生徒会書記の子が弓をつがえている。
「あっだめ。あれは子連れ。」
おっさんがそう言ったが、生徒会会計の女の子はその拍子に指からツルを離してしまった。
ヒュッ。
放たれた矢はお母さん猪に向かって飛んでゆく。
「チッ」
俺は全力でダッシュしてその矢を掴んだ。なんとかお母さん猪に当たる前で掴めたので、俺はホッとして後ろを振り向いた。
みんな声もなく俺を見ているようである。
あれっ?ちゃんと矢を捕まえたんだけれどなあ?失敗はしていないはず。
俺がみんなのところに戻って来ると、ルシーダが「お母さん猪を守ったのは偉い偉い。」と言って頭をなでなでしてくれた。
朝顔ちゃんはほわっとした顔で「走って矢を捕まえるなんて素敵。」と俺の顔を見つめていた。
ルシーダは朝顔に「はいはい、勝太郎を見るのは禁止。見たら減ります。」と言って俺と朝顔の間に入って朝顔が俺を見るのを邪魔していた。
結局、猪は大物を見つけてみんなで矢を射かけたのだけれど、それではゴワゴワの皮を通らなかったようで、暴れ回る猪を俺がグッと首を絞めて意識を落とした後に頸動脈を刀で切ってトドメを刺した。
おっさんたちはまた声を失っているようである。
簡単な血抜きの処置をした後、健斗がマジックバッグに猪を収納した。
「狩りがこんなに簡単なことって初めてだよ。」
おっさんたちは喜びとも投げ方もつかない声で言った。
さらに数頭の猪を狩った後、おっさんたちが「森の恵みを取りすぎてはいけない。」と言うのでそろそろ狩を終えることにした。もう午後も少し遅くなっている。
おっさんたちは獲物を運ぶ苦労がないのでホクホク顔である。
帰り道に、少し岩場になっているようなところを通ろうとしていた時に、急に鈴木くんが転んだように見えた。
ハッとしてそちらを見ると1.5mほどの高さの真っ黒い毛皮で首の辺りに白い模様のついているやつがいた。これはきっとツキノワグマだ。
よく見ると左目は刀傷のような傷で潰れており、あちこちに古傷らしい傷跡が残っている。
手負のクマらしい。
「コイツは益荒男だな。」
どうやら二つ名を冠せられた有名グマらしい。
「どんな奴だ。」
「ああ、人喰いグマでな。先月五兵衛も殺されたんだ。五兵衛の仇だ。」
おっさん達のの顔からは笑顔は消えて真剣な顔になっている。
「コイツは凶暴だからな。油断するとこちらがやられるぞ。」
そう言うおっさんの声を無視するように健斗がフラフラとクマの前に出て行った。
健斗はクマの鼻面に素早くパンチを当てた。
殴られたクマは激昂したらしく凶暴さを隠そうともせずに重低音の唸りと共に吠えた。
「フッ」
健斗は怯えるどころかワンツーで素早くパンチをクマの顔面にお見舞いした。
クマはたまらず仰向けにひっくり返った。
クマは仁王立ちをやめて四本足で健斗に突進して噛みつこうとした。
そのタイミングで健斗は強烈なアッパーカットをお見舞いした。おそらくクマの口が切れたのだろう。クマは大量の血を吐き出してひっくり返った。明らかに意識はない。
「おい勝太郎、クマにトドメをさしてくれ。」
そう言うと健斗は「手にクマの血が付いちまった。」と言ってマジックバッグから取り出した水筒の水で手を洗い始めた。おっさんだけでなく咲耶達もシンとしてしまっている。
俺はクマの前に近づいた。顎は完全に変形している。多分折れているのだろう。
一刀でクマの頭を切り落としてトドメを刺した。
クマの死骸をマジックバッグに収納してもらって俺たちは改めて帰路に着いた。




