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合宿

バスが東名を降りて富士山の方に向かって走ってゆく。俺たちの車もそれについてゆく。

富士山の麓には富士五湖というのがあって、風光明媚な観光地として知られている。

富士山をぐるっと半周して右側に富士、左側に湖の表示が出てくると、バスはぐっと山の中、原生林が生い茂る方向に入ってゆく。

多分、原生林の方は青木ヶ原樹海であろう。

ルシーダに青木ヶ原樹海について話すことにした。

「なあ、ルシーダ。ここは昔から帰らずの森と言われていてね。迷い込んだら森から出られずに命を落とす人が多かったんだ。」

「まあ、私の国にも良くありましたわ。」

あ、そうだった。彼女の方が修羅場を潜っているのだった。

彼女によるとエルフの国の森では、木の精に良い木の精と悪い木の精がいるらしい。

良い木の精はエルフたちに恵みをもたらしてくれるが、悪い木の精は森中をうろつき回って人やエルフを襲うらしいのである。

「多分、日本の森にはそんな悪い木の精はもう生き残っていないはずだよ。」

俺は少し不安に思いながらそう言った。

瀬織津姫やタケヒビという神代の神様が普通に出てきてしまっているのである。森にもヤバいのが復活していないとも限らない。

ルシーダは「そうね。ここはそれほどヤバい奴はいないから安心だわ。」と微笑んだ。

俺も無理やり微笑を作ろうとしたがうまく行ったかどうかは分からない。

ルシーダはさらに「勝太郎がいるから悪い奴が出てきても聖剣で切り倒してくれるよね。」なんて言ってくるものだから、俺も根性を決めて「ああ、任せろ」というより他なかった。


バスは山の中腹と言って良い場所にある瀟洒な造りの校舎の学校に入っていった。

グラウンドにバスと俺たちを乗せた車が止まる。

降りてみると、おそらくは校長らしい、いかにも女子校の熟女教育の猛者とも言えるキリッとした細身の女性と多くが女子生徒、恐らく8割の女子生徒と2割程度の男子生徒が全員で200名足らずが整列して出迎えてくれた。よくみるとあちこちに教師らしき人も見える。

バスを降りてきたクラスメートたちも整列している相手を見て三々五々並び始めた。我々の学校はあまり整列などしないので見た目は良くない。


引率の責任者は宮本先生だったので、前に出て「よろしくお願いします」と挨拶した。

我が担任の古城先生がはい、みんな挨拶挨拶、と促すと、男たちは不承不承頭を下げたのだが、ローラとルシーダは優雅にカーテシーをして頭を下げたのである。

ちょっと向こうの校長らしき人を見ると、驚愕して二人を見つめていた。

「んまっ。なんて素敵なカーテシーでしょう。さすがは王女殿下。我々凡百のものとは違いますわっ。」

彼女は興奮気味に語ったが、そこで我に返ったと見えて、居住まいを正して言った。

「私はこの富士乃下高校の校長を務めております田中と申します。この度は合同合宿においでいただきありがとうございます。」

そして一人の女子生徒を手招きして呼んだ。

「こちらが生徒会長の木花咲耶と申します。皆様の宿泊場の案内等は彼女にお願いしておりますので彼女の指示に従ってください。」

その女子生徒の顔には確かに見覚えがあった。中学の時に清子と競い合っていた女子である。

「皆様、木花と申します。今から宿泊場にご案内しますので荷物を持ってついてきてください。」

うちの生徒会長は俺と健斗が辞退したことから清子がやることになった。

「お久しぶりね、木花さん。私が扇ヶ岳高校迷宮科生徒会長の北畠よ。合宿、よろしくね。」

木花さんはかすかに微笑むと少し手を振って合図をした。

すると数名の、恐らくは生徒会役員なのであろう男女が現れた。

「この人たちに案内してもらいますからついていってください。」

清子も「はい、みんな荷物を持って割り当てられた宿泊場に行ってください。」と声を張り上げる。

そのうち、みんなゾロゾロと案内に従って動き始めることになった。俺とルシーダ、健斗とローラは別室である。俺たちには木花さんが案内についてくれた。

健斗は木花さんのことを知らないはずなので俺が話すしかない。

「やあ、中学の選手権以来だよね。」


俺が話しかけても木花さんはツンとしたまま返事すらしない。やはり男嫌いは相当なものなのかもしれない。

と、いきなり臀部にギュッとつねられた痛みを感じた。

「ぎえっ。」なんとかそれが声にならないように抑えて振り向くとルシーダが膨れっ面をしている。

「何よ。浮気者。」

「ま、待て、ルシーダ。こいつは昔、同じ武術大会に出ていたんだよ。俺の友達と言うより清子の友人だ。」

ルシーダが何を勘違いしたのか俺に噛みついてくる。俺は言い訳に必死である。

こういう時、健斗は我関せずで乳母が抱いている健一君とじゃれあっている。


俺がルシーダの攻撃にタジタジになりながらなんとか機嫌を直してもらおうと奮闘していると、いつのまにか咲耶が笑いを堪えている。

「なんだよ。何が面白いんだ。」

「いえ、中学の時は女の子なんて寄せ付けないようなクールな硬派を気取っていたあなたがこんなになっているなんて。」

「う、うるせえ。俺は今でもクールで硬派だよ。」

「明らかに姫君の尻に敷かれているじゃない。」

「………」

いきなり喋り出した咲耶にルシーダも驚いているみたいだ。

「姫君、私とこの男の間には何もありませんからご心配なく。恐らく彼は不器用にも社交辞令を述べようとしただけなのです。」

「あ、あら。咲耶さんというのでしたね。大丈夫ですわ。私の勝太郎ですもの。そんなに気を遣わないでわくださいませ。」

「まあ、それはそれは。でもお二人のことでしたら愛の結晶が生まれるのも遠いことではないでしょうね。」

ルシーダはなんだか顔を赤くして俺の方にへにゃりと体重を預けている。

「え、えへへ。早く学校を卒業して勝太郎と結婚式を挙げたいのですわ。」

ルシーダは結構煽てられるのに弱いのかもしれない。

咲耶はしてやったりと思ったのか、やや得意げに前を歩いてゆく。俺はほとんどルシーダを支えながら部屋まで歩いていった。荷物は大使館の人任せである。

部屋に入った後、ルシーダが珍しくキスをせがんできたのでちょっとムフフな状況になった。とはいえ、元女子校ではあまり不埒な真似もできないだろう。

少しすると、大使館の女性が入ってきて、ベッドに座ってくっついていた俺たちはパッと離れることになった。

生暖かい目で俺たちを見たそのエルフは「では今からお着替えとお化粧を始めますね。」とビジネスライクに告げた。俺は部屋から追い出されたわけである。

健斗も追い出されたらしく、健一を抱きながら所在なさげにぶらぶらしていた。

俺たちは噴水のある中庭とベンチを見つけてそこで健一君と楽しく遊ぶことにしたのである。

少しすると二人が準備ができたらしく、よそ行きのドレスを着て校庭に出てきた。

二人は両校の生徒に対してご挨拶をしたのである。

優雅なスピーチを聴きながら田中校長は感涙を抑えきれず「これは完璧な淑女だわ。」と感激しながらハンカチで涙を拭くことになったのである。


清子と咲耶は少し離れたところで何やら話をしていたようだが、俺たちとは離れていたので何を話していたのかはよく分からない。

スピーチが終わるとみんなで基礎運動の時間になった。

タケヒビを見つけると彼は何故だかニコニコしていた。何がそんなに楽しいのか聞いてみたが「いずれわかるよ」と言って教えてくれない。


そうこうしていると、清子が瑠美ちゃん達を連れてやってきて咲耶が凸凹ランニングルートを教えてくれるという。タケヒビと連れ立って清子達に着いて行くと、そこには咲耶達と健斗が来ていた。

咲耶は「本当は副会長の岩永ちゃんがいるんですけれど、ちょっと最近行方不明で私一人で案内しなければならなくなって。不行き届きですみません。」とちょっと頭を下げると、「さあ、ランニングしに行きましょう。」と言ってみんなを引き連れて学校の校門の外に出ていった。

さすが山である。アップダウンのきつい鍛錬できそうなコースを教えてくれた。

俺は副会長が行方不明って平然と言って、探さなくてもいいんだろうかと不思議に思ったが、走り出すと、健斗が速度を増して行くのでそれに着いて行くのに必死になって副会長のことは頭から抜けてしまっていた。

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