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遠征へ

ホームルームで突然、担任が言った。

「今度、富士乃下高校との合同合宿が決まったのよ。これから選抜チームの人員を選ぶことになるわ。」

途端に教室がザワザワとした。


迷宮科の高校では時折り合同合宿をすることがあるらしい。特に今年は俺や健斗のことがあるのでいくつかの高校から合同合宿のオファーがあったらしい。その中で霊峰富士の麓にある富士乃下高校が合同合宿の相手に選ばれたらしい。


清子に聞くと「ああ、あそこには咲耶サクヤちゃんがいたんじゃないかしら。」という。

その名には聞き覚えがあった。中学の時の武道選手権の上位に名を連ねていた常連で、よく清子と試合をしていた子である。美人で有名な人で、男子からの人気も絶大だったような気がする。


そんな話をタケヒビとしていたらいつの間にかルシーダが横に座っていた。

「へえ、その咲耶ちゃんって子はそんなに美人だったの?」

「あ、ああ。いつも周りに男を侍らせている感じで大変そうだったよ…って、ルシーダ、目が笑ってない。」

一見、機嫌がよさそうに微笑んでいるように見えるルシーダであるが、その目は笑っていない。これは俺が疑われているということだ。俺ってその咲耶ちゃんとは言葉を交わした覚えもないんだけれど、言っても信じてくれそうになさそうである。


恐らくは異様な雰囲気に気がついたのだろう、清子が口を挟んでくれた。

「そりゃ勝太郎って見かけによらずヘタレだから咲耶ちゃんと話もしたことないでしょう。」

ちょっと蔑みの視線を感じる。けれどもルシーダには効果があったようだ。あからさまに『ホッ』とした雰囲気になってくれた。

「でもあの子って有象無象の男子から告白されまくって大変だって言っていたわよ。何でも一日に三人の初対面の男子に告白されたことがあって、断るのに大変だって言っていたわ。」

「それで東京じゃなくて富士山の近くの高校に行ったの?」

「咲耶ちゃんのご実家から近いっていうこともあるけれど、あそこはもともと女子高だったからね。今でも女子が多いから男子に付きまとわれたくなかったのかもね。」

女子が多いという言葉にルシーダがピクッと反応したが、そのレベルまで気にしていたらどこにも行けなくなる。

俺は話を変えることにした。

「ねえルシーダ、今度の休みには遠征に行く服を買いに行こうか。」

俺がルシーダにそういうと、たちまちルシーダの表情は明るくなった。

「そ、そうね。お、お揃いの服にしたいわ。」

硬派を自認する俺としてはペアルックなんてとんでもないと言いたいところではある。

けれども、ちょっと頬を赤くしてうつむき加減から上目遣いに見つめられてそんなことを言われたら「うん」というしかないではないか。

そういうことで俺とルシーダはペアルックで合宿に行くことが決定したのである。

そこ、タケヒビは笑わないように。


選抜チームということでは俺と健斗とタケヒビは他の男子を寄せ付けるはずもない。早々に選抜チームに入ることになった。女子の方では清子とキャシーがやはり強かった。

ルシーダは聖女枠である。

「まあ、順当じゃない?」

健斗は相変わらず呑気そうに言った。

残った数人の枠を巡ってクラス内では熾烈な争奪戦が行われている。


そうして最終的にクラスの半分が選抜チームに入ることになった。

他のクラスのタケヒビ親衛隊の女子たちも何人か選ばれていた。

「この合宿はチャンスよ。女子力を発揮して箟君に振り向いてもらわなきゃ。」

「もういっそのこと夜這いして既成事実を作っちゃおう。」

おいおいである。

ルシーダに言って親衛隊長に注意してもらわきゃね。

俺はそっとまだキャピキャピ話し続けている親衛隊の女子達から離れたのである。


♢♢♢


そうこうしている間に合宿の日がやって来た。

多くの生徒はバスを連ねて富士山の麓までゆくわけだが、健斗はローラと大使館の車で行くことになった。ローラ姫とルシーダ姫には正式に招待状が来たそうである。

ということで俺もルシーダと大使館の車で仲良く同乗している。


どちらの車もバスの後ろを走っているが、後部座席の窓にはスモークが張られているために健斗とローラの様子はわからない。

助手席には乳母に任命されたド・ヌーブ伯爵夫人が乗っていることはわかる。

健一君−ローラ姫と健斗の息子だ−は後部座席のチャイルドシートに乗せられていることだろう。

そろそろ生後3カ月を迎える健一君は笑顔を覚えたようで、健斗の家に遊びに行くと、ややぎこちないながらも笑顔で迎えてくれるのである。

健一君の笑顔に癒されに俺とルシーダももう何度か健斗の家に遊びに行っている。

ルシーダは健一君の笑顔に癒された後、握り拳を作って「よしっ、私も…」と小さく呟くことを見かけるようになった。

何を決意しているの?と聞いても顔をちょっと赤くしながら「な、何でもないわ」と言って教えてくれない。俺って婚約者のはずなのに。


ローラは本当は合宿に行くつもりは全くなかったらしい。

「そんなの家で健一の世話をしている方が良かったに決まっているじゃない。」

ローラはコロコロと笑いながら言っていた。

ローラの声を聞いたのか健一君の頭の上に付いている耳がピクピク動いているのが可愛い。

「でも、王女の務めなんだから拒否するわけにもいかないものね。」

ローラはほうっとため息をついた。


そんなことを考えているとバスは京都縦貫道から名神高速に入ったようである。

バスは大津のサービスエリアに入った。昼食である。

俺たちと健斗たちの車もバスに続いてサービスエリアに入った。

車を降りると、タケヒビが呆然と立ち尽くしている。

そばを見ると清子と瑠美ちゃんが親衛隊の女子たちを撃退しようとしていた。

俺はタケヒビに近づくと「よっ、元気?」と声をかけた。

タケヒビはげっそりした様子で「何とか」と答えるのがやっとだった。

親衛隊女子たちはルシーダの姿を見るとおとなしく退散したようである。

親衛隊の中では「抜け駆け禁止」の鉄の掟があるらしく、ルシーダに抜け駆けの事実を親衛隊長に悟られることは嫌だったのだろう。


そうしているうちに健斗一家も車を降りてこちらにやって来たようだった。

タケヒビのげっそりした様子を見たローラは「あら、タケヒビさん、お疲れのようね。健一の笑顔を見せてあげるから癒されて。」と言う。

健一君が母親の言葉を聞いたかのようにタケヒビに愛想を振り撒いた。

すると、タケヒビの顔がほんわかとして来た。

「本当だ。健一君の笑顔は魂に響くよ。」


健斗が「レストランを予約しているからみんなで一緒に食べよう。」と言って来たのでみんなでゾロゾロと上階のレストランに向かうことになった。

一面ガラス張りのレストランの席に座ると琵琶湖がよく見える。

元気を復活させたのかタケヒビが「さざなみの志賀の大わだよどむとも昔の人にまたも逢はめやも」と詠った。

清子が「何それ?」と聞くが、タケヒビは頭をかきながら「何だろうね」と微笑むばかりである。

獣人やエルフに日本の古い歌なんてわかるわけないし、俺たちにだってわかるわけないと思っていたら、注文を取りに来ていた白髪のおじさんが「よくご存知ですね。万葉集の歌ですね。」と言う。

「へーっ」

俺たちは間抜けな感嘆の言葉を発するほかない。

清子が「どういう意味の歌なのですか」と聞いた。

「ええ、上古にはこの近江の国にも都があったそうでして、その昔の近江宮の人たちに会うことはできないのだなあという歌だそうですね。」

みんな「はあ」というしかなかった。

近江牛のセットや湯葉定食を堪能した俺たちは目的地を目指して名神から東名へと走っていったのである。


一日遅れてすみません。

何とか書けました。

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