聖域のダンジョン
全員が洞窟内に入ると、探索を開始した。少し進むとフラフラと赤い火の玉がいくつも彷徨っている。
それを清子と瑠美ちゃんが片っ端から倒していっている。
メインは瑠美ちゃんで錫杖を振って「破邪!」と気合をかけると火の玉がぽすんと消えてゆくのである。清子は瑠美ちゃんが不意打ちをくわないように周囲を警戒している感じである。
瑠美ちゃんが小気味よく火の玉を消していくので俺たちは手持ち無沙汰になったまま、瑠美ちゃんと清子の後ろをゾロゾロついてゆくだけというちょっと締まりの悪い感じになってしまっている。
俺のそばにもたまに火の玉が近寄ってくるので手で握ってみると炎は上がっているけれど対して熱くはなかった。ギュッと握るとぽすんと火の玉は消えてしまった。
それを見てルシーダは「私も聖女ですから火の玉を消すことくらいはできるのです。でもあんなに瑠美ちゃんが喜んでいるのですから、頑張ってもらう方がいいですよね。」と俺に向かって微笑んでくれた。
別に慣れていないわけじゃないが、不意にルシーダのそんな微笑みを見るとついドギマギしてしまった。
プレイボーイのような気の利いた返しも思いつかなかったので、俺は「うん」とちょっと下を向きながら返事をした。
多分清子なら「はあ?勝太郎?礼儀ってものを知ってるの?女の子に返事するときは姿勢を正してちゃんと相手の目を見て返事するものでしょう!」とか教育的指導をしてくるかもしれないが、ルシーダはそういうことはしない。
「うふふ、勝太郎ったら。照れなくてもいいわよ。」と言って俺の腕を掴んできたので、ちょっとギクシャクと歩き続けることになった。なぜって、そんなにギュッと腕に抱きつかれたらルシーダの体の柔らかいところを感じずにはいられないじゃないか。
ルシーダはあまり話さないんだけれど、黙ったままずっと俺の方に顔を近づけてきたりするので対応に困ってしまうのである。顔が近づきすぎると間違えてキスしそうになるじゃないか。
顔が近づくたびにそういういらないことを考えるとドギマギしてしまう。ルシーダは多分俺のそんな顔を見るとからかってくるに違いない。
それで俺は近くをふらふら飛んでいる火の玉にパンチをくれてやって消すふりをして顔を横に向けるのである。
健斗はキャシーと冗談を言い合っているのが聞こえる。奴もここがダンジョンの中だってことがわかっていないかのように不埒な会話を交わしているわけである。
あんまりふざけたことを言っていたら清子と瑠美ちゃんが火の玉じゃなくて健斗に攻撃し始めるんじゃないかと思うけれど、健斗はそういう会話には慣れているみたいでキャシーの際どい会話をうまく逸らしているのである。
俺は健斗みたいな会話のスキルは持っていない。だから無骨に黙ってしまうしかない。
時々はルシーダが健斗の方に行ってしまったらどうしようという不安がよぎることがある。
けれども、俺がルシーダを見るとルシーダは俺のことを嬉しそうな目で見てくれるからまだまだ大丈夫だという気分になるのである。
それでチラッとルシーダの方を見るとルシーダもニッコリして俺の方を見返してくる。
それで二人で見つめ合いながら歩いていたら、急に上から錫杖が降ってきた。
「痛えっ!」
俺が思わず頭を抱えると、清子が「瑠美ちゃん、もっとガツンと殴ってやれば良かったのよ。勝太郎なんて石頭だから少々強く叩いても大丈夫なんだから。」と瑠美ちゃんに言っていた。
瑠美ちゃんは「はわわ、勝太郎先輩にそんなことできません。」とか焦っている。
清子は俺に向かって「いい加減にしなさいよ、このバカップル!ダンジョン内でイチャイチャするバカがいますか!」とビュンとくる声で言ってくる。
俺が「健斗だってイチャイチャしているじゃないか。」というと清子は「あっちは単なる社交でしょう。勝太郎みたいにお互いを見つめあって警戒せずにいたら魔獣の奇襲でやられちゃうじゃないの。」と言い返してきた。
困った。いつものことだが、清子とこういう状況になると、売り言葉に買い言葉で険悪な状況になってしまう。
ダンジョン内で喧嘩するのも御法度である。
健斗のやつはまじめくさった顔でまっすぐ前を見ている。もちろん、奴の心の中ではニヤニヤが止まっていないことは間違いない。
俺は浮かぬ顔のまま先の方を見た。気まずい沈黙がパーティを支配している。
「もう下に行く階段があるのか。その手前はセーフティみたいだから休憩すべきだな。」
俺は強引に話を変えることにした。
清子は「ふっふっふっ。バカップルと決着をつけるときね。受けて立とうじゃないの。」とか戦闘準備を着々と進めている。
バカか?清子の奴は一向に話題を変えようとせず、こちらに突っかかってくる様子である。瑠美ちゃんはさやかを止めようとしているみたいだが、ほとんどストッパーとしての役には立っていない。
そのとき、スルッとルシーダが俺の腕を離れて清子の前に出て行った。
「そうねえ。じゃあ私も次の階からは火の玉退治に参加するわ。瑠美ちゃんもフロアの火の玉を一人で退治して大変だったでしょう。」
「そ、そんな、ルシーダお姉様。私は大丈夫ですわ。でも、お姉さまと一緒に火の玉退治ができるならば私は嬉しいです。」
瑠美ちゃんはいい子である。ちょっとポッと頬を赤らめて上目遣いにルシーダを見る瑠美ちゃんが健斗の毒牙に散らされるなんてこの世界は不条理極まりない。
あっ、別に俺が浮気したいということではない。健斗が浮気者というだけのことである。俺はルシーダ一筋である。
それを見ていた清子はまた「ふっふっふ」と君の悪い笑みを漏らした。
清子は俺を指さし、「じゃあ、ルシーダちゃんはいただくわ。勝太郎、あなたはルシーダがいないから一人寂しくついてくればいいのよ。」と勝ち誇ったように言ったわけである。
それでも喧嘩になることを避けられたのはルシーダグッジョブである。俺は形だけ申し訳なさそうにかしこまって一人でトボトボと歩くふりをした。
清子が瑠美ちゃんと機嫌よく前を向いて歩き出すと、ルシーダはパッと俺の方を振り返ってニッと笑って小さくサムズアップした。
俺も清子にバレないように小さくサムズアップした。
次の階はやはり火の玉だったが、赤い火ではなくて狐火みたいに青い炎の火の玉だった。多分魔物の方のレベルが上がっていたのだろう。瑠美ちゃんの破邪では中々消せなくなっていたようなのでルシーダの聖なる祈りが有効になったようである。
ルシーダが消せなかった狐火は俺も暇だったのでガンガン殴って消すことにした。青い火の玉も赤い火の玉と同じように触っても大して熱くなく、殴るとポンと消えてくれたのである。
さらに奥の方に行くと、火の玉ではなくて小鬼の集団が出てきたので、俺と健斗、清子が刀で小鬼を叩き切ることになった。
キャシーと清子はキャットファイトをしていた。どうやら健斗の横の座を争った様子である。結果的に殿を務めることになったキャシーは般若の形相で清子を睨みつけていた。
俺はニコニコ顔で健斗の横にいる清子を視界に入れないようにしてひたすら小鬼退治をしていたのである。瑠美ちゃんとルシーダはパーティの真ん中で護衛されている形になっていた。
キャシーも不承不承、後ろからくるモンスターを叩いてくれたのでちょっとは安心である。
もしキャシーがストライキを起こすようならばキャシーを前衛に持って行くことも考えたのだが、そうなれば健斗の横の座を巡って清子とキャシーの間で仁義なき戦いが始まってしまう危険が高く、パーティ壊滅の危機に陥ってしまっただろうから、俺としては自分が前衛にいることは重要だと考えている。
そのまま何とか次の階に降りる階段が見えた。




