再会
翌朝、起きたのはいつもと同じ時間だった。
道場での生活リズムはそう簡単に乱れない。体をほぐした後、朝食の準備をするのも変わらない。
茶碗の中で眠っていたらしいサフルも俺の朝食の準備でいい匂いがすると起き出してくる。
こうしていつもの朝が始まる。
サフルにベーコンのかけらをあげるとこれも喜んで食べてくれた。
サフルは常人には見えないらしく、スーパーに買い物に行く時にも築かれている様子はない。多分魔法的生物なのだろうと思う。それなのに金平糖やソーセージやベーコンを平気で食べているのはよくわからない。
こうやって悩んでいても答えは出ないけれど、サフルに聞いてもわからないのだろうと思う。
そんなことより問題は手槍である。あの数のクモ相手に戦うと、普通の包丁では1日でダメになってしまう。でも、だからと言って毎日スーパーで包丁を購入することになると、確実に変な人であろう。むしろヤバい人と言ったほうがふさわしいかもしれない。
ということはもう手槍は自作できそうにもないので、魔法と長剣でやれるところまではクモを削ってゆくしかないのかもしれない。
ファイアボール一発で50MPくらい消費している。それを考えると最大限打てるのは十五発ということになる。
後は長剣で攻撃するということになる。
剣も大量のモンスターを叩くと刃こぼれしたり曲がったりする危険がある。
家には包丁を研ぐための砥石があったので長剣を研いでみた。けれど、これがどれだけ効果があるものかは不明である。
探索者になって探索者ギルドに所属すると武器も購入できるらしいが、そもそも探索者になる方法が不明である。
ということで、手槍を諦めた俺は魔法と長剣でちまちまと地下一階の探索を進めることにした。
階段の前のボス部屋のクモも簡単に倒せるようにはなってきたが、宝箱には体力回復の初級ポーションしか出なくなったようである。周回しているようなものだから宝箱の中身がしょぼくなるのはある意味当然かもしれないが、俺としては武器が壊れた時の代わりがないので不安はずっと付きまとう。
大体1日6時間くらい迷宮に潜って夕方の16時前には帰宅するというペースで2日ほど続けた。
3日目の朝も変わらずに迷宮に潜った。
なんだか惰性になってきている気分である。
最初の高揚した気分はもうなくなっているのでのんびりと階段のほうに向かって進んでゆく。
突然、角から誰かが俺の左腕に飛び込んできた。
「ニャーニャー、ふぎゃふぎゃ」と言っているようだけれど、何を言っているのかはさっぱりわからない。なんだか俺の左腕に頭や顔を擦り付けている。
えっ?そういえばこの子って初日に会った猫娘じゃないの、久しぶりだなあ。
「やあ、久しぶり。」と言ったけれど、彼女はきょとんとしている。
多分、こちらのいうこともわかっていないのであろう。
ふと彼女が持っていたナイフを思い出してそれを返そうかと思ったのだけれど、そういえばあの時はそのナイフで襲いかかってきたことを思い出したのでナイフを返すのはやめにした。返したナイフで襲いかかってこられたら大変である。
俺は階段の方向を指差した。
彼女は俺の左腕にくっついたまま進むらしい。
そうしてあのボス部屋の扉の前に立った。
俺がドアを開けるといつものようにクモがいる。
ファイアの魔法で垂れ下がっているクモの糸を焼き払うと彼女は俺の方を目を丸くしてみたのである。
その後クモが奥から現れた。猫女はサッと2本のナイフを取り出し、それぞれ両手に持って構えた。
あ、そりゃそうか。新しいナイフを準備するよね。
俺も長剣を構えた。
動くのは俺が一番早かった。
クモが動き出す瞬間に俺はクモの眉間に長剣を突き刺したのである。
砥石で研いだ甲斐があって、長剣の切れ味は最高だった。
ちらっと横を見たら猫娘は驚いたようにクモの死骸を見ていた。それからナイフをしまい、俺の方を振り向くとしゃーしゃー言いながら抱きついてきた。
生まれて初めて女性というものに抱きつかれてしまった俺はもう理性がお空の果てに飛んでゆきそうだった。棒立ちのまま、カランと長剣を取り落としてしまう。
どうしたらいいんだ。
猫娘は俺の胸の辺りに顔を埋めてすりすりしている。
そこで全てを捨てて逃げ出さなかった俺をみんなは褒めてほしい。
最後の理性を持って猫娘の肩をポンポンと叩いた俺はそこに残されている宝箱を指差した。
顔を上げて宝箱を見た猫娘は「にゃー」と言って明らかに顔をキラキラさせた。
俺と猫娘は宝箱に近づいた。
でももうこの宝箱って初級ポーションしか出なくなっているんだよなあ。
宝箱を開けて落胆する猫娘の顔が脳裏に現れるが、今のこの緊急事態を脱出するには猫娘の興味を宝箱に向けるしかない。
「じゃあ宝箱を開けよう」
悪魔と化した俺は詐欺師のようにそう言って宝箱を開けた。
どうせ初級ポーションだけ…じゃない。」
中にはいつものポーションとスクロールが入っていた。
俺がスクロールを取り出して題名を見ると「言語理解」と書いてあった。
今考えるとご都合主義すぎてまるでラノベの世界のようだが、その時の俺はそんなことを考える余裕すらなかった。
(猫娘が失望しないでよかった)
それが隙だったのだろう。猫娘は俺からスクロールをひったくると、そのままスクロールを読んでしまった。
彼女に向かってスクロールの文字が降り注ぎ、スクロールはただの白紙になってしまったのである。
そうすると、俺はそれまでニャーニャー言っているだけの猫娘がいつも間にか「好き好き旦那様。さすが私の番だわ」と言っているように聞こえてきた。
意味はよくわからなかったが、好き好き言っているので俺にそれほど悪意は向けていないような気がする。
「大丈夫かい?」
俺が彼女に聞いてみると彼女はぴくん、と肩を振るわせた。
ややあって「大丈夫よ」と返事してきた。
(えっ、俺のいうこともわかるの?)
少しどころではなく驚いた俺だったが、これは進歩である。
「俺は海崎健斗。君の名前は?」
とりあえず俺は名前を聞いてみることにした。
「私の名前はローラよ。ローラ・ハルシュタット。ハルシュタット王国の王女なの。」
お、王女様なのか。
「で、王女様が何をしにここにきたの?」
「もちろんあなたと番になるためよ。旦那様大好き♡」
俺の脳内は真っ白になった。
「まあ。ここは若いお二人にお任せして我々はさっさと退場しましょうね。」
サフルはフラフラと飛んで行こうとする。
「貴様。何のつもりだ。」
俺がサフルを鷲掴みにするとサフルは甲高い声で「きゃあ、暴力反対!」と叫んだ。
思わずローラ王女の方をみると王女はうっとりと俺の方を見て、「強い人は大好き。さすが私の番ですわ。」と呟いている。
俺は本来の目標を思い出して、リュックから彼女のナイフを取り出して、「これ返すよ。」と手渡した。
「あ、私のナイフ。無くしたかと思ったけれど、ちゃんととっておいてくださったのですね。」
ローラはうるうるしている。
「今日はここから階段を降りて大繁殖しているクモ退治に行くんだ。君もついてくるかい?」
ローラはこくこくと頷いた。
落ち着いた俺はローラを鑑定することにした。
名前 ローラ・ハルシュタット 種族 猫獣人 レベル15 HP120/120 MP52/52 スキル 短剣術Lv.3 剣術Lv.2 短弓術Lv.2 宮廷作法Lv.3 言語理解Lv1 称号 第一王女、二刀流短剣術の達人、海崎健斗の番(仮)
ふむ、やはりナイフの達人であったらしい。第一王女は間違いないようである。けれども、海崎健斗の番(仮)ってなんだろう。
こういうことを不用意に聞くのも危険なので、黙って立ち上がって階段を降りていった。
ローラ王女も俺の後に続いて優雅に階段を下っていった。