最も穢れなきもの
ほとんど清子を抱きかかえながら小川を遡ってゆく。
魔物には出会わない。おそらくあのハイオークやエルダーゴブリンたちの縄張りには別の魔物など排除されていただろうし、コパの大暴れの影響で魔物たちが逃げ出した影響もあるだろう。
だが、無人の小川沿いに歩いて行くと向こうに鈍い銀色をした巨人のような魔物が歩いているのが見えた。鑑定ではスチールゴーレムらしい。
向こうも鋼だしこちらの刀も鋼である。普通に激突させればゴーレムと刀は相打ちになる。
なのでスチールゴーレムを倒すためには「魔力の結び目」を見つける必要がある。
ゴーレムの魔力の流れを見てその濃淡を見つけ出し、刀でその魔力の流れを断ち切るとゴーレムの体を縛っていた魔力が切れてなくなって体が崩壊するのである。
そんなことを清子に言ったら呆れ果てた目で見られてしまった。ホントの事なのに。
それでスチールゴーレムの魔力をよく見てその結び目にやっ!と刀を突き立てるとゴーレムは一瞬にしてバラバラに崩れてしまった。
俺はその中から核を探す。ゴーレムは魔術師が創造した魔法生物なので普通の魔物のように魔石は持っていないが、魔術師が合成した魔核を持っている。それは次に俺がゴーレムを作る時に流用できる。
ゴーレムを倒して更に小川を遡ってゆくと恐らくは源泉なのだろう小さな池に辿り着いた。
俺だけでなく清子も感じたらしい。
「聖なる地ね。」
池の周りを探すと大理石みたいな岩に剣が突き刺さっているのがあった。
俺が何気なくその剣に触ろうとするとすると「バチっ!」と電気みたいなものが走って触れない。
俺に気がついた清子がやってきた。
「どうしたの?」
「この剣なんだが、俺には触れないみたいなんだ。」
「へえ。旦那様、触れないんだ。ちょっと待って。この台座に何か字が彫ってあるわ。」
古い大理石みたいな台座は長い年月のせいだろうか、随分と汚れてしまっていたが、清子のいうように字が彫られている。
「なになに?この剣は最も汚れなき者によって抜かれるべし?」
俺が字を読むと清子はぷっと吹き出した。
「旦那様って汚れていたのね。まあローラと口で言えないようなあんな事やこんなことをやって妊娠させちゃったんだものね。」
清子はそんなことを言いながら剣に手を伸ばした。
「バシッ!」
清子の手は俺と同じように衝撃を受けて引っ込められた。
「えっ?私がなぜ汚れているのよ。旦那様とは違うはず。」
ショックのあまりだろう、清子の双眸からはポロポロと涙がこぼれ落ちている。
俺はあまり言いたくなかったが言わざるを得ないだろう。
「あー、そのお、清子と俺は祝言の後、初夜を済ませているじゃないか。」
「はっ!」
清子の顔が強張った。
「そうだったわ。最近旦那様が淡白だからすっかり忘れていたわ。」
清子は「旦那様、ローラだけ妊娠させるのはずるいじゃないですか。私にもお・な・さ・け下さいよ。」
「キスだけね。」
俺は清子の唇に俺の唇を重ね合わせた。
清子は往生際が悪くジタバタしていたが、俺は「ここは聖地だからね。聖地で不埒なことをするのはダメですよ。」と偽善の極みと言われても否定できない言辞を弄していたのである。
そのまま、俺に優しく抱きかかえられながら眠りについた。
清子は健斗がスヤスヤと規則正しい寝息を立てている事を確認してから健斗のもとを抜け出して剣の封印についてそれを解こうとあれこれ試し始めた。
残念ながら清子の知っている方法では何をしても結界は破ることはできず、封印も外れることはなかった。
夜中ごろには魔物をたらふく食べて一回り大きくなったコパが機嫌良さそうに帰ってきた。清子はコパを撫でて寝かせてやると健斗の懐に潜り込んだ。
♢♢♢
勝太郎とルシーダはこの数日前、健斗たちが領主館に到着した頃にケルナートシティに到着していた。
彼らが心配していたような禁制はなく、入市料として一人銀貨一枚払うだけで素直にシティに入ることができたのである。
彼らは安宿を探し、一泊銅貨5枚の宿を見つけた。
その後、聖地とされる神殿に向かったのである。
神殿に安置されていたのは名も知れぬ古代の偉大な王と女王ということだった。
「あれ?ハズレだったかしら。」
神殿では王の事績を説明するツアーを募集していた。銅貨3枚のそのツアーに参加すると神官がこの王について説明を始めた。
それによると、この王は人間の偉大な王であったらしい。当時は人間や魔族がこの地にいて大魔王である邪竜ヴリトラが過酷に支配していたらしい。獣人である神官は声を震わせながら、「当時は我々獣人は奴隷としてこき使われていたのです。」と言う。
そこに聖剣を携えた若者が現れてエルフの王女を妻として大邪竜ヴリトラに立ち向かい、見事に大邪竜を真っ二つにして倒したのだという。けれどもその戦いで傷ついた若者は帰らぬ人となった。魔族や人はご主人様の大邪竜ヴリトラが滅びたのでこの地を去ったのだという。そのおかげで獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人たちは奴隷から解放され、自由を取り戻すことができた。
けれども英雄の妻だったエルフの女王は永遠の命を捨てて愛する英雄の横で永遠の眠りにつくことを選んだのだという。
残された獣人たちはここを聖地としてこの二人の棺を永遠に守り伝えることに決めたのだという。
結構脚色されているが、どこかで聞いたことのある話である。
「何かご質問はありませんか?」
誰かが「この英雄とそのエルフの女王の名前はなんというのですか?」と聞いた。
神官は悲しそうに「その名は秘されています。もし我々の元に入信し、秘密を知る立場になればわかるかも知れません。」という。
勝太郎が「その英雄が持っていたという聖剣はどうなったのですか?」と質問した。
神官は「剣は大魔王を倒した後に大地に呑まれたといいます。恐らくは神が次の英雄のために準備されているのでしょう。そちらに地下への入り口があります。奥にはレプリカですが聖剣が安置してあります。ご覧になりたい方は銀貨一枚で入場できますよ!」
ルシーダは「うーん、観光地ね。」と言う。
勝太郎はどうする?と言ってきた。そりゃレプリカでも聖剣を拝むしかないでしょう。
私たちは銀貨一枚ずつ払って地下の入り口を降りて行った。最初の方は魔物の人形が置かれていて出来の悪いお化け屋敷のようだった。
そのあとはあの神官が語ったような英雄の事績を再現しているジオラマを通ってゆき、一番奥に剣が飾られていた。
剣は残念ながら出来は良くなく、イミテーションの宝石で飾られていたが、抜いてみると刃すらついていなかった。
「まあこんなものね。」
勝太郎とルシーダはお互いを見て肩をすくめた。
もう夕暮れが近い。
宿に戻って安い食事をとると部屋に戻った。
ツインルームであるが、勝太郎はキス以上のことはしてこない。
大人しく自分のベッドで寝転んでいる。
少し不満がないわけではないが、そこが見境なしになれば健斗くんと何が違うの?ということになる。
私はこの人、勝太郎を選んだのは健斗くんとは違うから。
夜具にくるまって勝太郎にお休みを言うと勝太郎もお休みを言ってくれた。
翌朝は食事をとっていると何か騒がしい。いつもこういう感じなのかと思っていたが、ついに宿の人が「ドラゴンが出たので避難しなくてはならないかも知れません。」と言ってきた。
「どこに出たの?」と聞いてみると空を飛んでいるらしい。
宿の外に出てみると確かに遠くに小さなドラゴンが飛んでいる。
「あの方向には何があるの?」
私が宿の人に聞いてみると領主館だという。
「コパね。」
勝太郎も「うむ。十中八九そうだろう。」と頷いている。
宿の人は「今度来られるご領主様をご存知なので?」と首を傾げている。
「あ、ああ。確か竜殺しの英雄でしたっけ。王都では有名ですよ。」
私がちょっと誤魔化すと宿の人は「そうでしたか。それなら龍が出ても安心ですね。」とホッとした顔をしている。
その後、外出禁止をふれ回る役人が来たので私たちは宿の部屋に待機することを余儀なくされた。
その後、市長の名前であの龍は龍使いの奥方様の龍だから安全であるというおふれが出たので外出禁止は解かれた。
私と勝太郎はシティの冒険者ギルドに行って聖剣のありそうな場所について調べることにした。
昨日は夏バテでくたばってました。公開が遅れて申し訳ありません。




