領地巡視
俺が準備して出てきた時にはもう先ぶれの早馬は出発したという。
グレゴリーとエーミルと話をするが、やはり竜殺しの英雄と第一王女という組み合わせは領民にとってはファンタジーらしく、早く顔を見たいというニーズは高いらしい。
「じゃあコパを連れて行った方がいいか。」
俺がそういうとグレゴリーは「コパとは何ですか?」と聞いてくる。
「ああ、討伐した竜の子供だよ。竜を討伐したら卵があったので清子が孵したんだ。」
何やら息を呑む感じがする。
「本来の大きさは俺たち四人くらいが乗れるけれど、いつもは小さいから清子の頭に乗るくらいだな。」
「第二夫人は龍使いだったのですね。」
エミールは青白い顔で言う。
「先日の王宮での魔王軍の襲撃の時に龍が出たという噂があったのは本当だったのですね。」
「あいつらを追跡するのに龍に乗ったからな。」
「あの、家畜は食べないのですよね。」
「清子はダンジョンに放して魔獣を食べさせていたよ。」
「それなら黒森にいる魔獣退治に協力してくれるでしょうか。」
エーミルは驚いた目でグレゴリーを見るがグレゴリーの目は真剣である。
「そうだね。清子に聞いてみないとわからないがコパは大食いだから喜んで食べそうだと思う。どこかに魔獣被害があるの?」
「それが最近、魔獣に家畜がやられる被害が報告され始めているのですよ。」
「魔獣の討伐なら俺もやるよ。」
エーミルは「どうぞよろしくお願いします。」と俺にお辞儀をした。
少しすると清子がメイドと一緒に出てきた。俺が清子に魔獣退治の話を言うと、清子はコパの寝袋を開いて「コパ、出ておいで。」と言う。
するとコパが出てきて辺りを優雅に飛び始めた。
グレゴリーとエーミルは腰を抜かしたのか尻餅をついている。
「は、は、伯爵様!」
「本物のドラゴンだなんて!」
「ははは。本物だって言ったじゃないか。」
「旦那様。少しコパを散歩させますね。」
ローラが出てくるまでコパは城の上空を舞い続けた。
俺は機嫌良く降りてきたコパに魔法の袋に保存してあったオーク肉を食べさせた。
かなり大量に食べたのでそろそろ補給が必要である。
コパは少し眠くなったのかおとなしく寝袋に入ってくれた。
「本日はち、近場の巡視ですので森の方はありません!」
エーミルは少し声を裏返すように言った。
「エーミル、報告ありがとう。今日はまずはシティだよね。」
俺はそう言ったが、出発しようにも馬がコパに怯えて動けなくなっていたので出発までには更に半時間ほど必要だった。
やっと出発できた訳だけれど、シティまではほんの数分である。
主に貴婦人たちを歩かせないために馬車を使う訳である。
そういうことで俺たちはシティにあるブリリアンテ宝飾店にやってきたのである。重厚な作りの店に入ると上品な服装をしていた。
「ようこそいらっしゃいました。」
ローラは「ええ、ケルナート特産のエメラルドを見せてほしいの。」という。
「どういったご用途でしょうか。」
「せっかくケルナートの伯爵夫人になったのですから、結婚指輪として夜会などにつけて行ってエメラルドをアピールしたいのよ。」
「し、承知いたしました。」
少し経つと初老の男が汗を拭き拭き出てきた。
「私が当宝飾店総支配人のギングリッジでございます。この度は新しいご領主様、夫人様方にお越しいただきありがとうございます。」
そういってきっちりとお辞儀をした。
彼は俺たちを奥のソファに案内した。
支配人はテーブルに数々のエメラルドを広げた。
「こちらは今、当方の所持する最大のエメラルドでございます。けれども流石に指輪の石としては大きすぎなのです。」
そりゃそうだろう。子供の握り拳くらいある緑色の塊である。指輪にするならば、少しの衝撃で台座から外れてしまいそうである。
ローラも流石にこれは大きすぎということは理解できたようである。
次に支配人が見せてきたのは親指くらいのエメラルドである。
一見して丁寧に研磨していることがわかるくらい輝きが強い。
「これはスターエメラルドでして、特別なエルフの研磨法を使っておりますので輝きが強くなっております。」
ローラの目もキラキラしている。
総支配人はそれからも次々と宝石を出してきて説明してくれた。
およそ1時間にわたって説明されたローラは結局、「これ!」と二番目に出されたスターエメラルドを指差した。
「さすが王女様、お目が高い。」
総支配人はローラのヨイショに余念がない。
「で、これはいくらするのだ?」
俺は支配人に尋ねた。
「はっ、はい。石だけで金貨2500枚、指輪に致しますと細工料込みで金貨3000枚になります。」
俺が話に割って入ったので総支配人は少し緊張気味である。
「うむ。この宝飾店は我が妻のお気に入りのようでな。今後とも長く付き合いたいと思うのだが。」
総支配人はニヤッとして「旦那様、ご贔屓にしていただいてありがとうございます。旦那様もこの地に伯爵として任ぜられたというお話ですし、ここはお祝いの意味を込めて金貨2000枚と旦那様のタイピンをお付けしてということでいかがでしょう。」と揉み手をして言う。
俺はチラッとエーミルを見たら軽く頷いたので総支配人に「よし、それで頼む。」と笑みを見せて言った。
「ハイッ、ありがとうございます。細工が出来上がるまでに数日はかかりますので完成次第お館にお持ちいたします。」
総支配人の揉み手が加速した。
ローラのニコニコ顔を見るのはこちらも幸せになる。
エーミルは「ようございました。今日はお昼を食べたら巡視に参りますからね。」と釘を刺してきた。
店を出たところに老紳士が部下らしき護衛を連れて立っている。
俺を見ると一礼して言った。
「初めまして、私はこのケルナート・シティの市長をしておりますクロード・ゴア子爵でございます。この度は緊急の要件がありますので失礼を承知で罷り出ました。」
エーミルは優しい口調で「私は今度、このケルナートの代官になるエーミル・
ザラタン男爵です。どうされましたか?」
「実は今朝、ドラゴンが飛んでいるのが目撃されたのです。これは討伐の必要があるのではないかと愚考いたしまして失礼を顧みずまかり越した次第でございます。」
俺はちょっと情けない顔をして清子を見た。
清子はツンとしている。
「クロード市長、ごきげんよう。私はこの度、ケルナート伯爵を拝命した健斗・海崎だ。」
俺はちょっと威厳をつけようとして偉そうに喋った。
「はっ、ケルナート伯爵様。初めて御意を得ます。私は当ケルナート・シティの市長でございます。」
市長は俺に深々と頭を下げた。
「その、実はあのドラゴンは大丈夫なのだ。心配をかけてすまん。」
「と、申しますと?」
「あれは卵から孵ったものでな。我が妻の清子が育てておるものじゃ。今朝も少し散歩させようとしたが、馬が怯えてしまって大変なことになっての。龍はそこに隠れておるのじゃが見せることができなくてすまん。」
「は?あの?第二夫人様が龍使いでいらっしゃるので?」
市長は驚きのあまりであろう、口をあんぐりと開けている。
「ごめんなさいね。うちの龍のコパは魔物しか食べないのだけれどちょっと大きくなったから普通の動物も驚くようなのよ。」
清子がなんでもないことのように言う。
市長はかわいそうにダラダラと汗をかいているのが丸わかりである。
「わ、わかりました。あの龍様は何も問題ないと言うことを早速領民に報告させていただきます!」
そう言って市長とその部下たちはくるっと回れ右をすると駆け足で市庁舎の方にもどっていった。
俺たちは午後いっぱい領地の巡視を行ったがすでにドラゴン使いの話は広まっていたらしく、領民たちの方はどこか俺たちの方を畏怖している様子だった。




