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ケルナート

ケルナートは王宮からそれほど離れてはいない。

馬車で朝に王宮を出るとお昼過ぎには着いてしまった。

ケルナートにも領主館があり、女王から任命された代官が事務をしているらしい。


馬車が館に着くと使用人一同が前庭で俺たちを待っていた。俺が馬車を降りてローラと清子をエスコートして降ろした。

すると使用人が一斉に「お待ちしておりました、我が主人よ。」と言って歓迎の礼をしてくれた。玄関の前まで来るとちょっとヤンチャそうな男と老紳士が待っていた。ヤンチャそうな男は俺に一礼して言った。

「お待ちしておりました。私はグレゴリー・ライノー男爵です。今まで女王陛下の代官としてこの地を治めてまいりました。この鍵をお渡しいたします。良き治世を。」

そう言って大きな鍵を俺に渡してくれた。

鍵を受け取った俺は何か気の利いたことを言わなければならないのだろうが何も思いつかない。

「今までこの地を平和に治めていただき感謝します。領民のため、女王のためこの地を全力で守ってまいります。」

俺はやっとのことで挨拶を絞り出した。


「伯爵様、よろしく頼みますよ。エーミルもしっかり補佐しろよ。」

俺の挨拶はグレゴリーには好評だったようだ。よかった。

横の老紳士が「初めて御意を得ます。私はこの館の執事であるサイモンと言います。伯爵様におかれましては何かありましたら遠慮なくお使いください。」と挨拶してくれた。

「なお、こちらがメイド長のハンナでございます。不肖私の妻でもあります。」

そうか、サイモンさんとハンナさんは夫婦なのね。

グレゴリーさんは「先に帳簿の引き継ぎをしましょう」と言う。


サイモンさんに中の案内をしてもらった。

一階は大広間や食堂厨房がある。客間もあった。

二階が主な生活の場ということになる。

三階が執務室であり、大量の帳簿類が大きな机の上に置かれていた。


「さあまずは帳簿類のチェックです。よろしいですか?」

「ひええ」

帳簿の中身は小遣い帳みたいなもので単純だったが、何しろ量が多い。

ひたすら足し算の結果が合っているかのチェックである。

俺は携帯の電卓機能をフル活用することにした。

グレゴリーとエーミルは呆気に取られていたようだが、「あ、魔道具ですね。」ということで納得することにしたようである。


電卓のおかげで大幅に時間短縮できた俺たちは夕食前に現物確認することができた。

ローラと清子もデイドレスに着替えた後は執務室に来てくれて俺と一緒に電卓を活用してくれた。

ローラは「王立学校ではめちゃくちゃ難しいやり方で帳簿の付け方を習ったのだけど、電卓があれば一瞬ね。」と満足そうである。

清子がニヤリとして「表計算ソフトがあればこういうのは自動化できるわよ。」と言う。

「ヒョウケイサンソフト?何かの魔法かしら。」

ローラは理解を放棄した様子である。


夕食前には執務室にある秘密の階段から地下に降りて大金庫の確認をしたのである。

大金庫のを開けると金貨の詰まった袋や金の延べ棒が置いてあり、グレゴリーとエーミルは満足そうにその数を数えて帳面に書き込んだ。


エーミルはその金貨の袋を一つ取り出すと「これは当座の奥様方の予算ということで良いでしょう。奥様方も領主家族らしく立派に装ってもらわねばなりません。」と言う。

グレゴリーはニヤニヤしている。

エーミルは俺の方を向くと「旦那様はご婦人方が美しく装われるように精一杯お勤めくださいませ。もちろん私も全力でお支えする所存でございます。」と力強く言われてしまった。

俺はもう帳簿のチェックで疲れ果てていたので頷くことしかできなかった。


金庫の暗号を新しくして欲しいと言われたので新しい暗号を設定した後、金庫を閉じて俺たちは執務室に戻った。

「こんな時間に帳簿のチェックが終わるなんて今度の御領主様は随分と有能な人ですよ。」とグレゴリーはいう。どうやら褒めてくれたようである。

執事のサイモンが夕食を告げに来た。


サイモンは全ての帳簿が閉じられているのをみて驚いている。

グレゴリーは「今度の領主様は有能みたいだぜ。」と言ってサムズアップしていた。


食堂に行くとしっかりとテーブルクロスがかけられてカトラリーも準備されている。そばにコック帽を被った犬獣人が立っていた。

サイモンが「彼はコック長のマッシーです。料理のレパートリーは豊富ですのでぜひお楽しみください。」と紹介すると彼はコック帽をとってお辞儀をしてくれた。


その後に出された食事はやや濃い味だったが絶品と言えた。空腹もあったが俺たちは出された食事を結構食べた。

ドルチェが出てくる頃にはもう随分お腹がいっぱいになっていた。

ローラと清子はドルチェを食べるかどうかで真剣に議論していた。


俺は執事のサイモンにルシーダ姫と勝太郎が来たかどうか聞いた。

サイモンはかぶりを振った。

「本日は領主様御一行以外はどなたもお越しになられていません。」

「じゃあシティの方はどう?」

「それは数日経てばシティの方から出入りした者の情報が来ます。」

「すぐにはわからないか。」

「そうですね。凶悪犯の情報であれば速やかに連絡が入るのですが。」


「伯爵様。明日はシティじゃなくて耕作地の視察に行くべきです。」

エーミルは言う。

グレゴリーも「御領主様を待ち侘びている領民に伯爵様のお顔を見せていただく方がいいですよ。シティは後回しでいい。」と言う。


それを聞いたローラが膨れっ面になった。

「私は旦那様と一緒にシティの宝石屋に行きたかったのに。」

エーミルはローラのわがままを聞いて「むむむ」と悩んでいる。


ローラに「宝石屋にこの館に来てもらうのはどう?」と言ってみた。

けれどもローラはどうしても明日に俺と宝石屋に行きたいと言ってきかない。

「じゃあ、領地視察を二日に分けよう。明日は近場を回って、夕方にシティの宝石屋に行く。明後日は遠い領地を見に行こう。」


グレゴリーは「それは良い考えですね。」と言って二日に分けて領地視察する計画を立てて先ぶれを出すことになった。


ローラのご機嫌も治ったのでホッとした。


翌日はそのため、朝一番で宝石屋に行くことになった。

ローラはもう朝食の時からワクワクしている。

そそくさと朝食を終えると侍女と着替えに入ってしまった。

清子には若いメイドをとりあえずあてがってもらっているが、宝石屋に行くために着飾ること自体、歓迎していないようである。

「動きやすい服の方がいいじゃない。」

現代日本の女子ならそう言うかな。

「私はドレスより着物の方がいいのよ。ドレスは堅苦しくて。」

本音はこの辺りかもしれない。


「ここで伯爵夫人になったら留袖になるよ。それってまだないでしょう。今は領主館のドレスで我慢して。」

どうやら清子は結婚したら留袖になると言うことを今更認識したみたいだ。

「そっか、私は旦那様の妻だよね。」

「こっちではね。日本ではまだ『婚約者』のままだから振袖を着ていていいと思うけれど。」

「ううん。私も既に健斗に結婚指輪をいただいた身ですもの。実質は旦那様の妻よね。領主の妻として恥ずかしくない格好をしなくてはね。」


清子はちょっと面映そうにして俺に抱きついてきて「着替えてくるわ。」と言った。

俺から離れた清子は後ろに控えているメイドに「アンヌ、外出の準備をしましょう。案内してちょうだい。」と言ったのである。

アンヌと呼ばれたメイドはホッとした様子で清子を連れて行ってくれた。

さて俺も着替えるか。

俺が部屋に戻ると既に数人のメイドが待ち構えていた。

騎士服を着るだけだから一人でできるよねと言う甘い目論見は許されようもなかったのである。

徹底的に磨かれて騎士服を何人もの手で着させられた俺は玄関でのんびり止まっていたグレゴリーとエーミルを見て少しだけだが殺意にも似た感情を抱かざるを得なかったのである。

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