聖剣の探索
王様は俺たちをランチに誘ってくれたが、おそらくルシーダの忍耐力が切れたのだろう。ルシーダは王の誘いをすげなく断って城の外に出ることになった。俺たちは今、ルシーダ曰く王都の高級レストランに来ている。
メニューを見たけれどどれを選んでいいのかわからなかったので、みんな「シェフの特別料理」というものにしている。
料理が運ばれ出して俺たちはとにかくお腹を満たすことに集中した。
野菜と野鳥が主体のヘルシーな食事だったが、味付けは悪くない。
メインディッシュも済んでドルチェが運ばれてきた時、清子が勝太郎に言った。
「それで、聖剣探索は構わないのだけれど、どこか行くあてはあるの?」
ドルチェのバニラ・アイスクリームを食べていた勝太郎は顔を上げると答えた。
「あのエルフ王の言っていた聖地に行こうと思う。」
おずおずとルシーダ姫が言う。
「あの、勝太郎様。ケルナートは確かに古代の聖地ですけれど、聖剣があるなどと言う噂はないのですが。」
「そこに聖剣がなければ別の場所を探せばいいじゃないか。」
「勝太郎、それを行き当たりばったりと言うのよ。」
清子が頭を抱えていた。
俺は言った。
「ねえ、ルシーダ、他に聖剣がありそうな場所ってあるの?」
「聖剣については様々な噂はありますが、先代勇者が活躍したのは千年前ですから我々、長命のエルフ族でもはっきりとはわからないでしょう。」
そこで理性的に判断した俺たちはエルフ族の長老に聞きに行くことにした。エルフの長老ならば千歳を超えている。勇者のことも知っているに違いない。
ルシーダの知っている長老の庵にみんなでやってきた。
長老はもうほとんど訪ねてくるものもないんじゃよと言いながらいそいそとお茶の準備をしてくれる。
まあいそいそと言ってもゆっくりであることは間違いないのでイラッとしたらしい清子が手伝いに入っている。
そうしてやっと出てきたお茶を味わいながら、長老がここに来た理由を尋ねてきた。
ルシーダが語る。
「実は我が父王が私と婚約者殿との結婚を認めるには勇者になれと言う無理難題を言ってきたのです。」
長老は「セイルートのやつは拗らせておるな。」と笑う。
ルシーダはへにゃっとなっている。
「勇者様は人間だったがよく鍛え上げられた美しい体をしていての。わしもそのお姿を見た時には震えが止まらんかったぞよ。」
長老は空中を見つめながら今にもよだれを垂らさんばかりだった。
「恍惚の人ね。」
清子が冷たく言い放つ。
ルシーダ姫は長老の体を揺さぶって「長老殿、勇者の聖剣について何かご存知ならばお教えください!」と必死である。
ややあって我に返った長老様は「では勇者の歌唱を聴かせてやろうかい。ちょっと長いがしっかり聞くんだぞ。」と言って吟遊詩人のように歌を歌い始めた。
歌といってもじいさんの長歌みたいなものである。古語も多いし聞いていると催眠効果があるみたいだ。
「………健斗、旦那様起きてください。」
俺は清子に体を揺さぶられている感触に目が醒めた。
「うん清子のおっぱいかわいい」
「旦那様、嬉しい、じゃなかった。歌の最中に寝ないでください。」
「い、いひゃい、いひゃい」
清子に口の端をつねられた俺は意識をはっきりさせた。
歌はまさにクライマックス。魔王と戦った勇者が魔王に致命傷を与え、最後の力を振り絞った魔王の反撃で勇者の心の臓が破壊されて魔王の消え去った大地には一人勇者が骸となって横たわったのである。
愛する姫が勇者をかき抱くがもはや勇者に呼吸はなく、役目を終えた聖剣はそのまま地に飲み込まれて消えてしまった。
勇者はケルン・アルテの地に葬られ、死ぬまでその地に留まった姫は勇者の隣に葬られたという。
見るとルシーダ姫がボロボロと涙を流している。清子もグスグスと言っている。
どうやら長老の歌は女性たちに大きな感銘を与えたようである。
「ケルン・アルテ」か。確かにケルナートと響きは似ている。調べに行く価値はあるのかもしれない。
涙を流している清子の脇腹を突くと彼女は我に返ってくれたようである。同じように我に返ったルシーダ姫と清子が長老にお礼を言ったので長老も満足そうだった。
俺は長老に「ケルン・アルテ」とはどこなのか聞いてみたが予想通りよくわからないようだった。
長老の庵を辞したあと、俺は清子がウインドウを眺めていた宝石屋に入った。ウインドウに飾ってあったピンクダイアモンドの石が入った指輪を出してもらう。
「え、これを私に?」
「うん。結婚指輪を渡してなかったから。」
「えへ、嬉しい。」
清子は指輪を左手の薬指にはめて喜んでいる。
「さて一度ハルシュタット王国の王宮に戻りましょう。
♢♢♢
ソーフィルクから帰ってきた俺たちをローラは熱烈に歓迎してくれた–筈だったのだが。
二人になった時、プンと口を膨らませて言われた。
「清子のあのピンクダイヤモンドの指輪は何?」
「あ、あの、清子には指輪を贈っていなかったから。」
「私にも指輪なんて贈ってもらっていないわよ。」
「えっ?君には女王陛下から送ってもらった指輪があるじゃないか。」
「あなたに贈ってもらいたいのよ。」
「………わかった。」
ローラはいきなり満面の笑みを湛えて「よかった。じゃあケナルートに行きましょう。」と言う。
「は?」
「私はケナルートの特産のエメラルドで指輪を作って欲しいのよ。」
「そりゃ君のエメラルドの瞳と指輪がよく映えるだろうね。」
「フニャーン、いきなり口説かないでよ。好きよ、旦那様。」
ちょっとキスして話が止まる。
ローラも俺に会えなくて寂しかったのかもしれない。結構しつこくキスしてきた。
見た目でははっきりとはわからないがローラにくっ付くとお腹が少し大きくなっているのが感じられる。
「うふふ、少しずつお腹も大きくなっているの。」
「うん、触ってみたらわかった。」
「えへへ」
結局俺たちはその日はそんなことだけして過ごした。
翌朝、ルシーダは「それではまずはケルナート伯爵に探索の許可をもらいましょう。」と言う。
あっ、そうか。ケルナート伯爵って俺のことか。
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます。では勝太郎様、参りましょう。」
そう言ってルシーダは無理やり勝太郎を引っ張っていき、出発してしまったのである。
俺と清子が呆れ返って見送っていると、ローラはやや冷たく「清子様もあのエルフと一緒にお行きになればよろしかったのに。」と言う。
清子は「私の旦那様は健斗様ですから。」と言う。
ローラは清子をなんとも言えないような目で見ると「まあいいですわ。」と言う。
「清子め、自分だけ結婚指輪をもらうなんて悔しい。」と小さな声で言うローラは可愛いけれどやきもちを焼きすぎである。
俺はローラを優しく抱きしめて「俺たちも出発する?」と聞いた。
するとローラは「そうです、紹介しなければならない人が。」と言う。
彼女は侍女を呼ぶと「エーミルを連れてきて。」と言う。
エーミルって誰だ?
しばらくしてやってきた風采の上がらない猫獣人がエーミルだった。
「元々ケルナートには母上が代官を任命して徴税事務をやらせていたの。どうせ定期交代の時期だったのだけど、次に赴任する予定だったエーミルをお母上から借り受けたのよ。」
「伯爵様、エーミル・ザラタン男爵と申します。代官として任命されております。よろしくお願いいたします。」
「健斗だ。よろしく頼むよ。」
「伯爵様にはこれから領地にお越しになるとのこと。領地の概要、収支報告をしっかり理解してもらいます。」
「ひええ」
「旦那様は領地に行ってものんびり聖剣なんて探している暇はないわよ。」
「伯爵夫人、仰せの通りでございます。」
清子が「ガチの領主様になるのねえ」って感心している。
ローラは「おーっほっほ。貴族を、領主を舐めないでいただきたいわ。」と胸を張っている。
そういうことでローラの馬車に乗ってケルナートの領主館に向かうことになった。




