勲章
動くようになると体力も回復してきた。
瑠美も再び俺の家に来るようになり、俺のリハビリに協力してくれている。
落ちた筋力の復活にはまだ時間がかかりそうなので魔力で誤魔化している感覚なのだが、いい具合に力を抜けたので以前の力任せの動きに比べると動きはスムーズになっている実感がする。
全体的には筋力半分、魔法半分である。
魔力の循環に慣れてくると体の一部を硬化させることで防御力の向上も行えるようになった。鉄の棒で殴られてできるような打ち身や打撲傷にも耐えられそうである。
冬休みの終わりには道場で師匠の前で瑠美と演武の試合をしたが、師匠も「健斗くん、更に一段登ったな。」と言ってくれた。無属性魔法については師匠にも言っていないので師匠の認識は「一段登った」という表現になるらしい。
師匠は「免許皆伝の更に上の境地なんて前人未到じゃないか。」とうっとりしている。残念ながらキャシーは無属性魔法使いなので俺と同じことができるはずである。
瑠美も「健斗と練習できたのは自信になるわ。」と入試の実技試験には手応えを感じているようである。もう受験が近づいているので瑠美には雑音を聞かせることなくしっかりと合格に向かってほしい。
三学期が始まるが、相変わらず車通学である。雪が急に降ってくる事もあるのでスタッドレスは履いているらしいが、通学に使う道路は融雪装置がついているので立ち往生する事は滅多にない。
始業式の日には、勝太郎とルシーダ姫の挙動が不審だった。いつもは大体そっぽを向いている二人なのだが、朝から二人で見つめあっては顔を赤らめてそっぽを向き、また見つめあってはそっぽを向くという異常行動を繰り返していたのである。
俺とローラは目を丸くして彼らを見つめてしまったが、他のクラスメートは意図的に視線を合わせないようにしているようである。
ローラが「ルシーダ、勝太郎、あけましておめでとう。」と言うと二人揃って「ローラ姫、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と挨拶するので二人の仲がおかしいわけでもなさそうである。
その時、俺は二人がお揃いのリングを左手の薬指に付けているのを発見してしまった。
「おい、勝太郎、その薬指の指輪って………」
俺の声にローラも「まっ!」と思わず口を手で塞いでしまう。
勝太郎もルシーダ姫も真っ赤になって俯いてしまう。
いつのまにか俺のそばに来ていた清子が「そうよ、ついにこの二人は婚約したの。」と言う。
それを聞いて勝太郎とルシーダ姫はますます顔を赤くしている。
「まあ君ら二人なら時間の問題だったものね。」
俺がそう言うとローラも「お似合いのカップルだものね。」と言う。
清子も「破れ鍋に綴じ蓋というか、やっと収まるところに収まってくれたっていう感じよね。」と生暖かい言葉をかけた。
そんな話をしていると担任の古城先生が入ってきて「はい、お正月ボケはさっさと治してね。ホームルームを始めるわよ。」と言って新学期が開始されたのである。
放課後には保健室に行った。保健室には早川先生がいる。この人は人間のふりをしているが実はサッキュバスのオーセさんである。
「あ、あら、新学期早々どうしたの?」と早川先生は言うがその目は泳いでいる。
「大した話ではないのですよ。あの魔王軍の襲撃の顛末を知りたいだけなんです。」
「あ、ああ。その話なら、キャシーはこの学校に転校の希望を出しているらしいわよ。なんでも『真実の愛』を見つけたんですって。」
不意に頭痛が痛みを感じた。
「却下してください。」
「いえ、決めるのは私ではないわよ。」
「そんなこと言わずに。即刻却下です。」
俺の頭は痛みを増してきた。話題を変えるべきだ。
「そんなことより襲撃で奪ったネックレスはどうなったのですか。」
「ああ、あれねえ。」早川先生はニヤニヤして言う。
「魔王の召喚に失敗したんだって。」
「は?」
「私も詳しいことは知らないのよ。やり方が間違えていた可能性もあるけれど、既に魔王が顕現している可能性が取り沙汰されているわ。既に魔王が生まれているのに魔王を召喚しても何も起こらないのが当然でしょうから。」
「………」
俺は返す言葉を失ってしまった。
「もし魔王様を見つけたら魔王軍に連絡してね。」
そう言われた俺たちは呆然と保健室を出るしかなかった。
その後は生徒会室で高柳会長に挨拶して家に帰ることにした。
勝太郎とルシーダはソーフィルク王国の大使館の車でソーフィルクの大使館に向かうらしかった。
俺たちと清子は俺の家に行くことになった。
「久しぶりに瑠美ちゃんに会いたいもの。」
清子はそう言って瑠美の携帯に伝言を送っていた。
運転手さんは侍女さんに封蝋で封じられたハルシュタット王国からの手紙を渡し、「王配閣下も回復されたので皆さんをご招待されるようですよ。」と教えてくれた。
♢♢♢
王配閣下の快気祝いには俺たちの他に勝太郎とルシーダも呼ばれていた。
恐らく年末年始も必死の復旧作業が続けられていただろう国境の回廊は何とか通れるようになっていた。
杉山さんも頭の包帯が取れていて、「ハルシュタット王国との友好をよろしくお願いします。」と手を振られてしまった。
馬車で王宮についた俺たちは正装を求められたので俺たちは騎士服に着替え、女性たちはイブニングドレスを着ることになった。もっとも、お腹が少しずつ大きくなってきたローラはマタニティウェアである。
ドラゴンの剥製のある一番大きな大広間には大量の貴族連中が集まっていた。
奥には女王と王配閣下が立っている。
俺たちの名が呼ばれ、まずルシーダ姫には大旭日友好勲章が贈られた。次に勝太郎と清子に名誉近衛騎士団勲章が贈られた。
最後に俺である。
いきなりケント・カイザキ子爵呼びをされた。俺は子爵令息のはずなのだが。
更に大ドラゴン騎士団勲章を贈られた後、女王陛下は俺を伯爵に陞爵すると宣言した。元々王領であったケルナート地方を領地として与えてくれるらしい。女王は俺の肩に剣をペタペタ当てて「我が王国と我が王家に変わらぬ忠節を尽くせ!」と言う。
「はい、忠節を尽くします。」と言うしかないじゃないか。その後、誓えと言われて「誓います。」という儀式を経て俺は解放された。大広間中から割れんばかりの拍手が送られた。
その後、女王は「これでケルナート伯爵夫人には王位継承権が与えられる。」と宣言した。俺の形だけの子爵様だとローラの王位継承権は認められなかったらしい。今回の功績でローラだけでなく、生まれてくる俺とローラの子供には王位継承権が与えられることになる。
これはローラに対する実質的な褒美ということだろう。
続けて女王は言った。
「この度賊に奪われた宝物は魔王召喚のための触媒である。幸い現在まで魔王の出現は報告されておらぬ。しかし、魔王出現の危機は去っておらぬ。そのためには聖剣の探索を全ての騎士、戦士、冒険者たちに命じる。平民でも構わぬ。正しく聖剣を獲得したものは勇者に認定しよう。」
大広間中がどよめいた。
その後、大広間では舞踏会が行われ、俺の伯爵就任のお披露目会が行われた。
女王陛下も俺とローラを寿いでくれたし、孫の誕生を待ち望んでくれているようであった。王配閣下はとにかく命を救ってくれたことへの感謝が強かったようである。そりゃ特殊部隊みたいなのに短機関銃と小銃で集中砲火を浴びたわけなので行きた心地がしなかったのは理解できる。
その他多くの貴族たちの挨拶を受けたし、近衛騎士たちも命を助けてもらったことへの感謝を告げにきたのである。
清子は「旦那が土地持ちの伯爵になったのなら食いっぱぐれなしじゃないか。」とニマニマしていた。
勝太郎は「聖剣を探しに行くという名目でソーフィルク王国に行ってルシーダ姫のお父上である国王陛下に挨拶しなければならない。」という。
俺たちについてきてほしいらしい。
「身重のローラは連れていけないよ。」
俺はそう言ったが勝太郎はそれでいいという。
清子は行くというので勝太郎とルシーダに俺と清子の四人で行くことになった。
ローラは新しい領地の検分と管理をやりたいらしい。
そういうことで俺たちはローラを残してソーフィルク王国に向けて出発したのである。




