侵入(2)
俺たちは「王国回廊」の中に入った。
奥に進むと王国との国境への扉は全開になっていた。
中に入ると事務員の人が倒れている。
ルシーダ姫は「ゴム弾ですね。命に別状はありません。」という。
さすがに日本の公務員様を殺したり傷つけたりするのは国際問題になり得るからな。彼らも最低限の配慮は行ったということだろう。
その時再び奥の方からドンという爆発音がした。
俺たちが慌てて奥に進むとハルシュタット王国とのドアの向こうに作ってあった王国側の砦が大きく爆破されている。中に入ると獣人たちが傷ついて呻いている。既に意識がないものもいる。
ルシーダ姫が必死の治療にあたっている。
俺たちは通路を抜けて外に出た。辺りには空薬莢が散乱しており、多くの警備隊員が血を流して倒れている。
「うぐっ」
モンスターを叩き切っているので少々のことにはなれていると思っていた俺も思わず呻いてしまった。
おそらく乱雑にぶっ放したのだと思う。
多くの隊員は致命傷迄は至っていなかった。
「動くな!」
必死に俺の方に寄ってくる隊員たちに俺は言った。
「今、ルシーダ姫が中の人を治療している。それが終わったらお前らも治療するから大人しく待ってろ。」
俺がそう言っていたら中から小さい獣人が瓶の入った箱を持ってきた。
「英雄様!ポーションです!」
清子と勝太郎がポーションを受け取ると傷ついた人に渡してゆく。
守備隊の隊長は俺も顔見知りの男だったが、目に涙を溜めていた。
「まあ、間に合ってよかったよ」と俺がいうと彼は「王城!賊どもは王城に向かっているはずだ。」と言う。
ルシーダ姫はどうやら魔力切れのようである。
見に行くともう簡易ベッドに寝転んでいてあとはよろしくとハンカチを振っていた。
勝太郎はどうする?と聞いたけれど勝太郎よりルシーダ姫が先に「勝太郎様、ローラ姫のお城を救いに行って!」と言う。反対側には
勝太郎、付き合う前から尻に敷かれている。
ルシーダ姫を残して三人でコパに乗って飛び上がると王都の城壁と王城の壁に大穴が開いているのか見えた。
「これはもう王宮の中庭に降りた方がいいね。」
俺はコパに謁見室の大広間に近い中庭に強行着陸してもらった。
下から何か反応があるかと思ったが既にそれどころではなさそうである。
コパから降りて急いで大広間に入ると、女王の周りを近衛騎士が取り囲んでいた。
反対側には小銃や短機関銃を持つ迷彩色の軍服らしきものを着た十数名の人間らしきものがいた。
そいつの中で指揮官らしい男が「我々は魔王軍だ。この城にある『魔王の首飾り』をいただくぞ。亜人は絶滅させるのは正義だから悪く思うなよ。」と言いながらさっと手を振ると銃器を構えていた奴らが一斉射撃を始めた。
いくら近衛騎士と言っても武装は剣と騎士服くらいである。鉛玉を食らった騎士たちは次々と倒れてゆく。その間に隊長らしい男と数名の隊員がここから離れたのは見えたのだが優先されるのは女王の命だろう。
俺は「魔王軍」と女王の間に飛び込んでとにかく機関銃の弾を弾き返すことにした。
勝太郎も一緒に小銃の弾を弾き返してくれている。勝太郎は鉄砲の弾を切るのはなかなかいい訓練だなんて笑っている。なかなか緊迫感のない奴である。
俺たちが防いでいる間に生き残った近衛たちは女王を奥の間に引き摺り込んでくれた。とにかくは安心である。
その間に清子はコパにその首を大広間に突っ込ませていた。「魔王軍」の一人がコパに気がついたけれどももう遅い。コパのドラゴンブレスが「魔王軍」の連中を焼き尽くした。
コパはまだ小さいのでブレスの範囲が小さいのがいい。
そう思いながら焼けている敵を見ると、まるでバターのように溶けて小さくなっている。しまいには骨一本残さずに綺麗に消えてしまった。残されたのは無骨な銃器だけである。
不幸にも王配が鉄砲の玉に当たっていたみたいで女王の悲鳴が響いた。
俺が頭を下げて王配を守れなかったことを女王に謝罪すると女王は「お前たちはこの女王の命を守ったのです。謝罪など不要じゃ。むしろ褒め称えるべきじゃよ。それより『魔王の首飾り』を守ってくりゃれ。」と言う。
俺と勝太郎は慌てて宝物庫の方に向かった。
宝物庫の前で迷彩服の人たちが出てくるのにばったり出会した。さっき指揮官らしかった人の手には首飾りが握られていた。
俺が全力で指揮官を襲い、首飾りを奪い返した。
すると小柄な体格の隊員が剣を抜いてものすごい勢いで攻撃してきた。
俺は刀を抜く暇もなく必死にその攻撃を避け切るしかない。
攻撃を避け切って着地したところに手榴弾が投げ込まれていたようである。ものすごい衝撃が足元に起こり、本能的に右足をすくめたけれど爆発の勢いで俺の体は壁に叩きつけられた。
ずるずると壁から滑り落ちる手から首飾りが奪い取られるのがわかる。
「ヤバい、ここで倒れている場合ではない。」
俺は必死の気力でポーションを取り出して飲んだ。
既に勝太郎は賊を追いかけているようで姿は見えない。
足は激痛があるがなんとか吹っ飛ばされずにくっついているようだ。
もしかすると狭い室内で使うために火薬の量を少なめにしていたのかもしれない。もう一本ポーションを飲んだ。体の痛みはまだ全身を駆け回っている感じだがなんとか立ち上がれそうだ。
3本目のポーションを飲んでも副作用なんて出ないだろうなあ。
俺はそう思いながらポーションをぐい呑みしてから必死で歩いて城の出口に向かったのである。
城の出口まで行くと、城の前の広場で勝太郎が迷彩服に包囲されていた。
勝太郎の手にはあのネックレスが握られている。
あの小柄な隊員が勝太郎に向かってゆくのが見えた。勝太郎じゃ対抗できない。俺のいる位置と勝太郎のいる位置は絶望的な距離がある。
俺は急いでファイアボールをその小柄な剣士に打ち込んだ。
「ギャン!」
勝太郎に刃が到達する直前に火の玉がぶつかったのでその小柄な剣士は悲鳴をあげて仰向けに倒れた。
その甲高い悲鳴はもしかして女?と言うことを疑わせた。まあそれどころではないのであるが。
けれどもその隙に勝太郎にアタックした体の大きい黒人が勝太郎の手から首飾りをもぎ取ると一気にダッシュした。俺たち二人では追いつくことすらできない。
彼らは王都の外に出るとそこに乗り捨てていたのであろう魔導スクーターに乗り込んで一気に走り去ろうとする。
「これは無理か」と天を仰ぐとドラゴンの姿が見えた。
清子がコパに乗って王宮から出てきてくれたのである。
「あいつらを追おう」
俺もいい加減限界近かったのだがポーションを三本飲んだブースター効果もあったのだろう。必死で鱗を掴んでコパの背中に登ることができた。勝太郎はもう限界なようで、首を横に振っている。
コパが飛び上がると眼下に5台のスクーターが疾走しているのが見えた。
彼らは銃を乱射しながら国境のあのドアに向かってスクータに乗ったまま突っ込んでゆく。俺たちはコパに着陸してもらい、後を追おうとしたがとてもじゃないが無理だった。
何とか回廊を抜けて日本の俺の裏山に出てきた。
そこにいた獣人達に状況を聞くと、コパが焼いた軍用トラックも後から出てきたスクーターの一団も米軍?のような一隊が来て全て接収していったという。
警察も来てくれたが、全て接収された後では証拠も何もないですねということでさっさと帰られてしまった。
杉山さんに連絡を取ると、杉山さんも襲撃に遭っていたらしく頭に包帯を巻いていたが、内閣府も外務省も「ああ、それは獣人どもの破壊工作でしょう。」と証拠もなしに決めつけてきたのだという。
杉山さんがいくら言っても政府は知らぬ存ぜぬしか言わなくなってしまったという。
日本側施設については発注元不明の建設業者が補修工事を始めたらしい。
杉山さんは局長から「あーこの工事は黙って受けて。下手に探らない方がいいよ。もし命が惜しければね。」という意味のアドバイスを受けたそうである。




