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妊娠

先生はモニターの付いた機械をゴロゴロと引っ張ってきて、「海崎君はこのモニターの方を見ていればいいよ。」という。

先生はその機械の電源を入れるとモニターには英字で多分機械のメーカーのロゴが浮かび上がった。


その後、ローラの白いお腹に透明のローションを付けた。ローラは冷たかったらしく、「ひやっ」と叫んだ拍子に尻尾をピンと立てた。

「ははは。人間にも尻尾の名残の骨はあるんだよ。」などと言いながらいくつかのプローブを試してゆく。

俺にはよくわからないが、白黒の模様のようなものが次々にモニターに映し出されてくる。

先生はその度に画像を止めてトラックボールのような丸い器具に手をやって多分大きさの計測を行なって、それを印刷機の部分からプリントアウトさせてゆく。

先生は嬉しそうに「内臓の位置や大きさは人間のものとだいたい同じだね。」という。

そして手早くローラの下腹にプローブを当てていった。

すると丸い白い輪っかのような構造物が浮かび上がってきて、それがかすかに動いている。

先生は相変わらずあちこちを計測して印刷しながら「よかったね。赤ちゃんの心臓はしっかりと動いているよ。」と言ってくれた。

先生はその中で心臓が動いている写真を一枚切り取ってローラに渡した。

「よかったね。おめでただよ。9月くらいから月のものは止まっているでしょう。」

ローラは顔を真っ赤にして「はい。」という。

「あなたはもうお母さんになるんだから体に気をつけて無理をしないように。つわりが出るかもしれないけれど、それはこの時期には普通にあることだからね。」

「つわりってなんですか?」

俺が先生に聞くと、先生は「あなたもお父さんになるのだからローラさんの体調をしっかり見てあげて。」という。

「つわりっていうのは妊娠の初期に原因はわからないんだけれど、気分が悪くなったり吐きそうになったりするものだよ。妊婦さんはいつも食べていたものが食べられなくなったりするから食事にも気をつけてあげて。」

「はい。」


「確かにここ数日はすごくムカムカしたりしていたわ。あれはつわりだったのね。」

ローラがいう。

「先生の言うことを聞いてしっかりと赤ちゃんを育てなきゃね。」

「そうね。もうこの体は私一人のものじゃないものね。そして健斗はお父さんになるのよ。」

ローラはそう言って俺の手を握った。


俺はローラに「そうだね。」と答えたが、「お父さん」と言う言葉がガンガンとリフレインしていた。

そうだった。俺はお父さんになるのだ。赤ちゃんが産まれたらオムツ代とかミルク代とかどうしよう。もしかして俺は高校を辞めて働かなきゃならないだろうか。


「海崎君?海崎君?」

はっと我に返ると、先生に呼びかけられていた。

「すいません。先生。」

「まあ、彼女の妊娠で驚く気持ちはわかるわよ。でも一番重要なのは彼女と赤ちゃんの健康よ。少し多めに妊婦健診に来てもらうけれど構わないかしら。」

「ええ。」

「あなたの保護者にもよく相談すること。早まったことはしないように。まずは報告、連絡、相談、ね。あとはできるだけ早く保健所か町役場に行って母子手帳を交付してもらってきてね。」

「わかりました。」

「今はあなたがしっかりしなくちゃいけませんから。」

「はい。」

とりあえず説明されたことの半分も意味がわからない。役場に行って母子手帳をもらうということだけが理解できた。

能面みたいに無表情だった看護師さんは「多分初めてのことでわからないことだらけでしょうが、わからないことはなんでも聞いてください。遠慮とかは不要です。」といった。

そして驚いたことにローラに向かって「これからはあなただけではなくお腹の赤ちゃんと二人三脚ですからみんなでしっかりと支えていきましょう。」と言ってにっこり笑いかけたのである。

ローラも看護師さんに「はい、よろしくお願いします。」としっかりとご挨拶をした。

先生はコンピュータを操作して、何かを入力するとプリンタが動作して次回予約が記入された紙が出てきた。

どうやらこの女の先生は産婦人科の花木先生というらしい。

「本来ならこの時期なら妊婦さん一人で来てもいいですが、旦那さんも一緒に来られるなら来てもいいですよ。私が主治医をしますので。」

花木先生は俺たちを安心させるように言った。


会計で支払いを済ませ、俺たちはローラが空腹を訴えたので病院の近くで軽く夕食を済ませた後に帰宅することにした。もう外は真っ暗である。

「校長先生こんなに遅くまですみません。」

俺はスマなさそうに校長先生に車の送迎のお礼を言ったが、校長先生は「気にしなくていいよ。」と言ってくれた。

帰宅の車の中ではローラは俺に寄りかかって安心したように目を閉じているが、俺はローラの妊娠出産費用をどう捻出しようとか、子供が生まれたら生活費を稼ぐにはもう学校を退学して職業探索者となるべきなんだろうかなんてことを結構真剣に考え続けたのである。


俺の家に近づくと、家には灯りが付いていた。瑠美には食べて返ることを伝えていなかったので、もし知らずに瑠美が待っていたらどうしよう。俺は瑠美に謝らなければならないかも、と思いながら家のドアを開けた。


「おめでとうございます。」


待っていたのはロドリーゴ大使とメイド服を着た若い獣人の女性が数人だった。奥の方に瑠美も居た。


ロドリーゴ大使は「ご懐妊のお知らせが届きましたのでとり急ぎ女王陛下に奏上いたしましたところ大層お喜びでございました。つきましてはとりあえず侍女を遣わすということでこちらに案内させていただきました。乳母も必要なら遣わすということでございます。」という。

3人の侍女は優雅に進み出て、ジュリアにございます、ケイトにございます、アンにございますと一人づつ自己紹介を済ませた。

ロドリーゴ大使が「ローラ王女様、至らぬところもあるかと存じますがどうぞ遠慮なくお使いくださいませ。」と最敬礼をした。


どうやらジュリアとケイトは元々ローラの専属侍女であったらしく、ローラも再開を喜んでいる様子である。

それ以外に専属料理人が大使館から出張するということであった。

ロドリーゴ大使はニヤッとして「それ以外に近衛一個小隊を警護のために遣わすということでしたが、それはお断り申し上げました。」という。


校長はロドリーゴ大使と挨拶して両国の親善友好のためですから日本国からも最大の支援をお願いしておりますなんていうと帰っていった。


板間の部屋を見るとベッドやタンスなどが運び込まれている。

「ほっほっほ。マタニティウエアなどは用意しておきませんとな。」

ロドリーゴ大使は自慢げに言った。


「ローラ、とりあえずそこで寝てみる?」

俺がそういうと、ローラも「私は病人じゃないけれどね。」と笑っていた。


キッチンを見ると獣人の料理人がいたが、今日は病院が遅くなってしまったので外食したというと残念そうだった。


侍女さんたちはテキパキと動き、俺も他の男たちもローラのところからは追い出されてしまった。

校長先生は「では私はこれで。」と帰って行ったし、ロドリーゴ大使は「女王陛下にご報告しなければ」と言って料理人と一緒に帰って行った。


少しして侍女さんが「もう大丈夫ですよ。」というので板間の部屋に入ると、ローラがマタニティウエアに身を固めてベッドに腰掛けていた。

「私ってちょっとつわりがあるけれど病人ではないのにね。」と微笑んだ。

俺の手を握ったローラ俺の耳元で「キスして」とキスをせがんだ。


俺が彼女の唇に軽くキスすると、「よかったわ。安心したもうねるわね。」と言ってベッドに入ってしまった。


板間の部屋を出ると侍女たちが侍っている。

俺が「ローラはもうベッドに入ったよ。」というと3人は「ありがとうございます」と言いながら再び部屋に入っていった。


手持ち無沙汰になった俺はリビングに行くと、瑠美が一人でソファに座っていた。


「ねえローラさんが妊娠したって本当なの?」

俺は頷かざるを得ない。

「妊娠何ヶ月なの?」

「だいたい2ヶ月って産婦人科の先生が言っていたよ。」

「それで、やっぱり父親は健斗なの?」

「そういうことになるのかなあ?」

「フケツ。」


瑠美の一言に俺は撃沈した。

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