大人たち
相馬師匠と杉山さんが来たのは朝の7時過ぎだった。
俺は気配で目覚めた。
ローラは俺を膝枕していて、俺の頭の重みで膝が痺れて立てなかったので、俺がとにかく清子と瑠美を隣の部屋に運んだ。
師匠と杉山さんは知り合いみたいで一緒にやってきた。
「うむ、サッキュバスだ。」
「そうですね。魔族って本当に居たのですねえ。」
師匠と杉山さんは何かを始めた。
師匠は何かの結界を張ったらしい。
杉山さんは何かの魔法を掛けたようだ。
師匠も杉山さんも何も説明してくれないので俺たちはひたすら大人二人がやることを見ているしかない。
いつの間にか横田さんの姿は元の人間の姿に戻っている。
「師匠、何をしたんですか?」
「あ、いや、精神感応魔法でこの子のサッキュバスの部分を封じ込めたんだ。」
「それで解決になると?」
「いや、それはわかりません。」
杉山さんが答えた。
「今後は国の監視下に置くということですか?」
俺がそう尋ねると杉山さんは曖昧な笑みを浮かべた。
「日本国は本来は自由主義を標榜する国なんですよ。」
杉山さんは答えた。
校長がやってきた。
師匠が呼んだらしい。
校長によると横田夫妻は中央政界に影響力を持つ人でこの横田さんを可愛がっているらしい。それで彼女のことは簡単に排除するわけにはいかないらしい。
「横田先輩には別のサッキュバスが接触してサッキュバスに目覚めさせたそうですよ。」
「なに?学校の防御は完璧なはずじゃぞ。」
「本人が言っていたのです。」
「むむむ」
「魔族というのは我々も噂でしか知りませんでしたからね。我々の知らないスキルを持っていても不思議はありませんよ。」
杉山さんがフォローに入ってくれた。
「そうじゃな。学校に戻れば侵入ログを確認しなければならないようだ。」
校長もなんとか納得してくれたようだ。
そういう話をしていると騒がしかったのだろう。
隣の部屋に運んでいた清子と瑠美も起きてこちらに来た。
「あら、サッキュバスだったはずなのに元に戻っているわ。私の術がダメだったのかしら。」
瑠美は落ち込んでいる。
「そこの杉山さんに封印してもらったんだよ。」
俺がそういうと、杉山さんも「瑠美ちゃんって相馬の娘さんなのか?父親に似なくてよかったねえ。大丈夫だよ。破魔の術は綺麗に掛かっていた。」と勇気づけるように言ってくれた。
瑠美はにっこりと杉山さんにお礼をして「よかったあ」と言うと小さくため息をついた。
「えっ?ここはどこ?って言うかなぜこんなにたくさんの人が?」
横田先輩も目が覚めたようである。普通でなくパニクっているのがわかる。
「横田先輩おはようございます。ご気分はいかがですか?」
俺がそう言うと横田先輩が「健斗くんじゃない。というかどうなっているの?体も動かせないのよ。」と食い気味に話してくる。
「あ、あの、ここは俺の家です。昨日パーティに参加されましたよね。」
「そうだったかしら。なんだか記憶が曖昧だわ。」
「パーティの後、高柳会長とうちに来られて横田先輩だけうちに上がられたのですよ。」
どうやら横田先輩の記憶は随分曖昧になっているようだ。
「ローラも清子もいますし、こちらが俺の通っていた道場の相馬先生と娘の瑠美ちゃん、こちらが杉山さん。校長先生はご存知ですよね。」
「あっ、あうっ皆様はじまして。横田と申します。校長先生にもご迷惑をおかけしております。」
横田先輩はワタワタしながら挨拶した。
きっと師匠が結界を解いたのだろう、先輩の動きは随分スムーズになっている。
「では横田くん、わしの車で送るから乗ってゆくかい?」
校長は黒塗りの運転手付きの高級車で来ていたようである。
横田先輩は俺たちに何度もお辞儀をして校長の車で帰って行った。
「ふいーっ」
俺は横田先輩を乗せた車が見えなくなると思わず息を吐いた。
「これで解決かな。」
杉山さんはニヤリとしながら言う。
師匠は「聡も意地が悪くなったなあ。」と呆れ顔で言う。
「君はしっかりと次世代を育てたじゃないか。」
ニコニコして杉山さんは俺の方を向いた。
「あの横田さんも君のことを好いているようだし、海崎の息子くんが問題を解決すればいいんだよ。」
俺が何か言う前に「「はあっ?」」声を揃えたのはローラと清子である。
「お言葉ですが横田先輩は健斗くんの伴侶としては認めません!」
清子はきつい声で言う。
ローラも「正室として横田さんは側室には認めませんわ。」と言う。
杉山さんは「あの海崎の息子は結構なプレイボーイじゃないか。」と感心している。
「プレイボーイなんて柄ではありません。」
俺は素早く否定した。
師匠は「まあまあ。そんなにいきり立たないで」と仲裁に入ってくれた。
「でも健斗くん、この話がこれで解決するはずないからね。魔族なんて我々も見たのは初めてだが、介入はこれから本格化すると考えた方がいい。もう一つはローラやルシーダの国との関係だ。日本は平和な関係を望むが世界の国には『新たなフロンティア』を求めているところもないとは言えない。」
杉山さんは「そういうことがあるからあの経路は厳重に防護を敷いている。僕が早くから来て調査していたのもそのためだ。防御システムはほぼ完成したからこうしていられるのだけれど。」と言う。
ローラは懐から出した虹色に光る一枚のカードを示し、「これからはあのポータルを抜けるにはこのカードが必要だと聞きましたわ。」と言う。
「まあ、王女様は通常時なら顔パスで通れますけどね。他の人たちはちゃんとパスポートを作っておいてね。」
杉山さんは言う。
恐らくはパスポート以外に堅固な個人同定システムが入っているということなのだろうけれど、その詳細は秘密だということなのだろう。
「あの」
瑠美が口を開いた。
「どうしたの?」
俺が聞いたが、瑠美は俺を無視して杉山さんに向かって言った。
「あの、その経路には迷宮があるって聞きました。私もその迷宮で鍛錬したいのです。」
杉山さんはちょっと困ったような顔で言った。
「ああ、あのダンジョンの管轄は探索者ギルドなのです。なのでまずギルドに加入したらギルドマスターの許可を貰ってください。そうすれば利用できると思いますね。」
もう午前といっても昼が近くなっていたが、俺と瑠美で遅い朝食を作り、みんなで一緒に食べたのである。
午後からは杉山さんを送りがてら裏のダンジョンの様子を見に行くことにした。
あの洞窟っぽい雰囲気はすっかり消えていた。無機的な入り口がある。
入り口から入ると床も天井も壁面も全て自動発光式のパネルに敷き詰められていた。
そのまま奥まで他の部屋には入れなくなっている。全てパネルが敷き詰められていた。その奥にはまっすぐ行くと「ダンジョン入り口」と掲示されており、左手に「国境検問所」という掲示がある。
試しに「ダンジョン入り口」の方に向かってみたが「適切な権限がありません」という表示が出て扉は開かないようである。
「そちらの管理はもう探索者ギルドに移行しているから無理だよ。」
杉山さんが笑いながらいう。
「国境検問所」の方は入ると二つの扉があり、「入り口」と「出口」という掲示がある。
「入口」の方に入ると空港のような荷物検査場があり、その奥に出国審査のブースがあった。
「今はまだここは稼働していないから。」と杉山さんはさらに奥に俺たちを誘う。
その奥には出国ゲートが入国ゲートと合流しており、見覚えのある扉が見えた。
「この扉だけは動かせなかったんだ。」
杉山さんはちょっと悔しそうにいった。
杉山さんが扉を開けるとそこには猫獣人の衛兵が二人槍を持って立っていた。こちらも堅牢な石造の建物である。
獣人の衛兵たちはローラを見ると最敬礼した。
「向こうは入出国税を徴収するだけらしいけれどね。」
「いくらくらいですか?」
俺が聞くと銀貨一枚らしい。
それくらいなら払えるよ。というが、衛兵たちは「王女様の御一行からは税金など取れません。」という。
その建物を越えるとあのハルシュタット王国の風景だった。
師匠と瑠美は初めて景色に息をのんでいる。
王都までの辻馬車が運行しており、俺たちもそれに乗ることにした。
ローラは「久しぶりの里帰りだわ」と喜んでいる。
師匠と瑠美は猫獣人の言葉がわからないので清子が通訳している。
俺とローラは王族扱いなので綺麗な毛布の上に座らされている。
既に連絡が行っていたらしく、王都の入り口に王家の馬車が用意されていたのでそちらに乗り換えた。
沿道からは歓声が聞こえる。
「さすがローラは人気あるね。」と俺がいうと、ローラは「これはドラゴンスレイヤーのあなたへの歓声よ。」という。
師匠が「ああ、あの銅の鱗か」という。
馬車はそのまま王宮に入って行った。




