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サッキュバス

それからは横田先輩がベタベタくっついて来るようになった。

朝も俺の教室に来ておはようを言いに来るし、昼休みには当然俺の教室にやって来るようになった。

お弁当を食べながらもジェスチャーの大きな横田先輩はその豊かなバストをグリグリと押し付けて来る。


いや、俺も男なのでそのグリグリと押し付けられる横田先輩のバストはすごく嬉しい。

けれどもその度にローラと清子の顔が般若の形相に変わってゆくのである。

だからといって横田先輩を邪険にするわけにもいかないではないか。

ローラと清子が少しくらいこっちに話しかけてくれたら俺もなんとか対応のしようもあるのだけれど、彼女たちは黙々と自分のお弁当を食べ続けるだけなのである。

横田先輩は二人のことに当然気がついている。気がついていて挑発するように俺に胸を押し付けて来るわけである。

俺はもう聖人君子のように煩悩を鎮め続けるという修行を毎日しているようなものである。


夜にローラが別の部屋で寝ると言い出したらどうしようかと心配していたが今の所、一緒に寝ることは嫌がっていないようである。


裏山の道路工事は進み、幾つかの機材が既にダンジョン内に運び込まれているようである。

ロドリーゴ兄弟は既に新しいハルシュタット大使館に移っている。初代大使は彼らの父親であるロドリーゴ外務大臣が就任するということで一度こちらにも挨拶に訪れている。ロドリーゴ兄弟は俺の家に住んでもうかなり経つので近所の人たちも実は気がついていて猫男ちゃんということで受け入れられていた。


俺たちが東京に行った後にソーフィルク王国とも国交が樹立されたようである。ソーフィルク王国の名誉大使はルシーダ姫である。実務はゴールドウィン卿というエルフが次席大使として行うため、既に赴任している。

ソーフィルク王国とハルシュタット王国の大使館はそれぞれ山あいの休耕田に目立たないように今建てられつつある。今はハルシュタットもソーフィルクも近所の空き家を借りている。


ソーフィルク王国ではルシーダ王女と打ち合わせがあるということでルシーダ姫がこちらに来ることも増えた。そうなると恋人兼用心棒として勝太郎が来るし、清子もついて来ることが増えた。


清子は横田先輩のいないうちの家が余程よかったようで、ルシーダと勝太郎が仮の大使館に行った後に、ここなら安心して健斗様といられるわと言ったり、瑠美に横田先輩についての愚痴をこぼしたりしていたのである。


瑠美も清子の話を聞いて「そんなのちょっとやりすぎですよね。健斗はみんなの健斗なのだから独り占めは良くないです。」という。

瑠美は「健斗、よくがんばりました。もし私がその方にあったらちゃんとお説教してあげますね。」と俺の頭をなでなでした。


瑠美のお説教のチャンスは意外に早くやってきた。


町長が非公式にハルシュタットとソーフィルクの大使たちと町の名士たちとの顔合わせのためのパーティを開いたのである。町からは町長や町役場の幹部、町会議員、主だった商店の店主や相馬師匠、俺などが呼ばれ、他に高校の校長や生徒会役員が呼ばれていた。

そう。横田先輩もこの中に入っていたのである。もちろん、ハルシュタットとソーフィルクの大使館の人たちも呼ばれている。

塩見町長の長い挨拶の後、立食パーティーが始まった。

各国の大使や町議会長などが挨拶に立った。ローラとルシーダ姫もしゃべっていた。

俺はセーフだった。

ローラはパーティでは踊らないの?と聞いて来る。

「ああ、日本のダンスは盆踊りだよ。」

「夏祭りの時のボンオドリね!あれはエキサイティングだったわ。」

そんな話をしていると「あら、健斗、お昼ぶり。」と言って近づいてきた。

無論、横田先輩である。

彼女は豊満なバストを強調するようなドレスを着ていたので町会議員の爺さんの視線を一身に集めていた。

そのバストで俺にぶつかるように腕に押し付けて来るのである。そりゃそのぽちゃぽちゃした感触は捨て難いのであるが。

やっぱりローラは顔を強張らせている。

煩悩退散煩悩退散である。

横田先輩は俺の耳に口を近づけて「いい加減に落ちなさいよ。他の女の子なんて忘れさせてア・ゲ・ル」なんて囁いて来る。

俺は必死で煩悩退散を心の中で唱え続けたのである。


すると瑠美がやってきて「お父さんが呼んでいるわ。きてくれる?」と俺の手を引いて脱出させてくれた。

師匠のところに行くと何も知らない顔で「よお」と手を挙げて挨拶してくれた。

俺は横田先輩の誘惑に耐え抜いたためにげっそりしている。

「ど、どうもです、師匠。」とやっとのことで声をだした。

師匠は給仕からジンジャーエールのグラスを取って俺に渡してくれた。

「ありゃサッキュバスだな。」

「へ?」

俺がつい横田先輩の方を見ると師匠は「あっちは見るな。」と言う。

横田先輩は舌舐めずりして俺の方を見ていた。

「実は瑠美に破邪のスキルが目覚めたようでね。今回は対処を瑠美に任せてはくれないか。」

「それは全く構いませんが。」


パーティが終わった後、高柳会長と横田先輩が俺の実家まで来て挨拶してくれた。

「先輩、お茶でも飲んで行かれますか?」

「いや、挨拶だけのつもりなので失礼するよ。」

「じゃあ私だけお茶をいただいてもいいかしら。」

「横田君はお茶を飲んでゆくのだね。じゃあ僕はここで失礼するよ。」

ローラもルシーダ姫もそれぞれの大使館の人たちと集まりがあるということで今は俺一人である。


俺が鍵を開け、「じゃあお茶を入れますから先輩は座っていてくださいね。」とキッチンでお茶を淹れていると先輩にいきなり後ろから抱きつかれた。

「ねえ、先輩じゃなくて佳枝でしょう?もう他の女のことは忘れて私のものになりなさい。」

やばい、このままだとR18にグレードアップしてしまう。

けれども後ろから抱きついてきた横田先輩は人間離れした筋力で俺を締め上げた。振り解けない。


その時、「オン、アムリタ、ソワカ!」という声が玄関の方から聞こえてきた。

横田先輩の力が緩む。

俺はその隙をついて逃げ出した。


トテトテとやってきたのは瑠美だった。

「健斗、遅れてごめん。」

「いや、ありがとう。助かったよ。」


瑠美は頭襟を着け、梵天の付いた結袈裟を首にかけて錫杖を持ち、まるで山伏の格好である。

「さあ、正体を表しなさい!」

瑠美は次々と真言を唱えた。

しばらくは耐えていた横田先輩だったが、瑠美の真言パワーに押されて耐えられなくなったのか、「グハッ」とうめく様に言うと、その姿は薄緑色の皮膚をした顔は美人でダイナマイトボディをした、先日、ダンジョンの奥底で見たあの魔族の姿によく似ている。


「あら、正体を現したじゃない。」

瑠美は楽しそうに言った。

俺は念のためバインドの魔法で横田先輩の手足を縛った。

「ハッ。私は男性を誘惑する以外の力はないのに手足を縛ってどうすんのよ。まさかそういう趣味の人だったの?」

横田先輩は俺を挑発したいのかもしれないが、俺は完無視しておいた。


「何が目的で健斗に近づいたの?」

瑠美は冷たい目で横田先輩を睨みつけている。

「健斗君に惚れたから、って言っても信じてくれなさそう。」

「当たり前です。サッキュバスが男に惚れるなんておかしいでしょう。」

「えっ?それって酷いじゃないですか。サッキュバスには恋も許されないの?」


俺は頭痛が酷くなってきたので二人を止めた。

「横田先輩、知りたいのはなぜ今なんですかってことですよ。」

「健斗君は佳枝って呼んでね。前から好きだったのよ。でもなかなか言い出せなかったのよ。」

「彼氏いない歴=年齢の人にしては結構、性急じゃなかったですか?」

「というよりサッキュバスの力がここまで通じないとは思わなかったわ。」

「あはは」


まさかずっと煩悩退散と唱え続けていたとは知るまい。

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