襲撃
パーティを登録した後は魔石や素材を買取に回した。
猪頭さんは「いや、未踏破ダンジョンを踏破したというから当たり前と言えばそうなんだろうけれど凄いなあ。」と感嘆の声を上げていた。
真奈美さんも声を出すことを忘れているみたいである。
鑑定の間には、パーティを組めたので各人の電子マネー口座をパーティに紐付けできるようになった。それで、今俺の口座に残っていた電子マネー200万円分を40万円づつ分配した。
今後はパーティ共有口座に半分入れて残りをパーティメンバーで等分するというルールにした。
清子はコパを従魔として登録した。真奈美さんは本物の龍を見てビビっていたがきちんと登録の手続きはやってくれた。
登録が終わってから真奈美さんは「あのーつかぬことをお伺いしますが、このコパちゃんは卵から孵ったんですよね。じゃあその親ドラゴンはどうされたのですか?」と聞いてきた。
もっともな疑問である。
けれども俺は人差し指を唇に当てて「ああ、それは秘密なのです。」と言ったのだった。
その後、俺たちはショップの方に行ってローラとルシーダのためにミスリル・チェインを体にフィットしてもらうようにお願いした。
その間、俺と清子は魔法書を見に行った。清子は水魔法の修練がしたいからと初級編の水魔導書を買った。俺は火魔法ならば中級魔法まで使えるので風魔法の魔導書を買うことにした。どちらも十万円である。
痛い出費ではあるが、これで攻撃の幅が拡がれば多くの魔物に対応できる。
その後はギルドの修練場を借りて魔法の練習をしていた。
勝太郎は剣の素振りをしている。
その時、ヒュッとナイフの飛んでくる気配が《《見えた》》探知のスキルである。俺は咄嗟に今まさに練習していた風の壁の魔法を掛けた。
ナイフは風に阻まれてガチャリと地面に落ちた。
「ここは今俺たちが使っているのですが。」
俺がそういうが、3人の冒険者ぽい男たちは「はっ新米が舐めやがって。」とこちらに近寄ってくる。
1人の男が「そこのかわいい姉ちゃんを寄越してくれや。仲良くやろうぜ。」というのを聞いて清子はキレた顔になった。
「清子、殺したらダメだぞ。」
俺はできるだけ小声で言ったのだが向こうには聞こえてしまったようだ。
「小僧め!ふざけやがって!」
彼らは真剣を抜き放ってこちらに駆け寄ってきた。
いきなり剣を振り抜いてくる。
「何をするんです。危ないじゃないですか。」
俺がそういうと男たちは3人がかりで俺に切り掛かってきた。
いや、全部見切って避けるのは簡単なのだけれど。
俺が絶体絶命を演じているのに勝太郎の奴は冷笑してみているだけである。
「おい、友達だろう。俺を手伝うとかギルドの人を呼んでくるとかないのかよ。」
「烏天狗のくせに自分で解決できるだろう。」
全くひどい友人を持ったものである。
俺が仕方なくその3人とじゃれ合っていると、そのうち1人がいきなり清子の方に駆け出そうとした。それは危ない。
清子の居合で胴を真っ二つにされたらどうするんだ。
仕方がないので俺は飛び上がって残ったうちの1人の頭を踏み台にしてジャンプして清子の方に向かった男に追いついてその剣を蹴飛ばしてグニャッと折り曲げてやった。折れ曲がった剣は男の手を離れて向こうの壁の方に飛んで行ったので、その男は呆然と立ちすくんでいるし、清子も丸腰の相手を切ったりはしないだろう。
向こう側に残していた二人のうち一人が「こいつ舐めんな!」と叫んで剣を大上段に振りかぶったまま突っ込んできた。
もう隙だらけである。
そこに衝撃を与えると剣が粉砕されるという"剣の目"の部分をよく探しておいて彼が剣を振り下ろした瞬間にそこを思い切り殴ってやった。
剣はぱきりと真っ二つに折れて、信じられないものを見たという表情になったその男は俺の一瞥を受けると猫に睨まれたネズミのように硬直してしまった。そのままへたり込んだ彼は失禁している。
残った一人は「うわああ」という叫び声を上げると出口の方に駆け出していった。ドアを開けようとした時に外からグラサン男が入ってきた。
「ギルマス!」
その男はいきなりギルマスに抱きつこうとしたが、ギルマスは「ええい、邪魔だ。」と彼を扉の向こうに投げ飛ばしてしまった。
「なんなんだ?一体。」
ギルマスは立ちすくんでいる男と折れた剣を握りしめたまま座り込んで失禁している男を見つめた。
「ああ、烏天狗とじゃれ合っていたみたいですね。」
勝太郎はこともなさげに言う。
「ふふん」
ギルマスはなんだか笑ったようだがグラサンの奥は見えない。
「まあいい。とりあえず失禁しているのは清掃の必要があるな。それと魔石の鑑定ができたそうだぞ。」
ギルマスはそれだけ言うと修練場を出ていった。入れ替わりに入ってきた清掃部隊の人たちが「今から清掃しますので部屋を出てください。」と言っている。
俺たちはじゃあ行こうかと部屋を出ることにした。
清子は「久しぶりに旦那様の烏天狗ぶりを見られましたので眼福でございました。」なんて言う。
「あまり大したことはしていないんだが。」
「ええ。旦那様ならそうおっしゃるでしょうね。」
まあ、清子の機嫌がいいから構わないかな。
解体倉庫の方に行くと猪頭さんが待っていた。
「さすがですね。あんなに良質の魔石を見るのは久しぶりです。」
ニコニコしている彼が数字の書いた紙を差し出してきた。
は?32,057,300だって?三千万オーバー?
ちょっと俺の脳みその回転が停止しそうだった。
「よろしければ電子マネーでお支払いしますので、サインをよろしくおねがいします。」
サインの用紙には買い取りの内訳が書いてあった。それを見ると直径10センチから15センチの魔石に一個100万円くらいの値が付いていた。
それを30個近く出したのだからそれくらいの値段になるわけだ。
「これはどういう用途で使われるのですか?」
「ここまで大きいと航空機の動力くらいですかねえ。小さなエネルギープラントにも使えますね。」
かつては化石燃料を燃やしまくって地球温暖化を招いたそうだが、現在は魔石からの魔力を利用することでクリーンなエネルギーを使えるようになっている。
夏は暑いのだが最高気温は30℃を超えないことが多い。
「じゃあ送金しますね。」
猪頭さんはそそくさとタブレットを操作した。
パーティの共通口座に三千万以上の金が入金された。
俺は金額を確認するとそこからパーティメンバーに300万づつ送ってゆく。
普段扱わない金額なので手が震えそうである。
なんとか全員に金を配ると俺はローラのところに行った。既に勝太郎たちもいる。コパは何故か赤いベストを着てシルクハットをかぶっていた。
清子はコパを抱きながら「かわいいでしょう。」という。
俺は頷くしかなかった。
こういう局面で独自の意見を述べるならば地雷を踏みかねない。
ローラとルシーダは既にミスリル・チェインのフィッティングを終えている。
「どう?」と聞いてきたので「よく似合っている。」と答えた。
これは本心からである。その気持ちが伝わったのかローラは胸を張って得意げである。
勝太郎とルシーダはお互いに黙っているし視線も合っていない。けれども二人ともそれで安定している不思議なカップルである。二人とも俺たちと会話する時には普通に受け答えするのに。
俺はみんなに分配金のことを言った。
その後、俺は勝太郎と清子にある鎧を指差した。
それは革鎧で、バイソンの皮とジャイアントスネークの皮を使って作られたものであり、四種の精霊の加護を加えているので物理だけでなく対魔法防御力も高い。軽くて動きやすいので刀を振るうのにも魔法を唱えるにも便利である。
ただし、値段は二百万円である。
今ならなんとか買えるだろう。
店の人に聞くと色違いがあるという。
俺は緑の鎧にして勝太郎は青の鎧にしたようだ。
清子はピンクにしたらしい。
プレタポルテなので体格に合わせて少し手直ししてもらった。
買い物を終えた俺たちは帰ろうとロビーに戻ってきた。
ロビーには数人の冒険者がいたがみんな露骨に視線を背けてきた。
あの叩きのめした3人組のことかもしれないがこちらから聞くわけにもいかないのでさっさと出てゆくことにした。
真奈美さんは愛想良く「またきてくださいね。」と手を振ってくれた。
さあ、もう夏休みも終わりだ。新学期が始まるのもすぐだ。




