夏祭り
お盆の三日を清子の実家で過ごした俺たちは俺の自宅に帰ってくることにした。
勝太郎はまだ実家の用が残っていて帰ってこられないということらしく、ルシーダ姫はしょぼんとしている。
瑠美もなんだか元気がない。
どうしたのと聞いてみても瑠美は何もないと答えるばかりである。
ローラと清子は顔はにこやかに笑い合っているが、足はお互いに蹴飛ばし合っている。
そういう中で瑠美とルシーダの波長が合うのかよく二人で話をしている。
「ここでは夏祭りというイベントがあるそうですね。」
ある時ルシーダが言った。
盆踊りと花火大会はこの小さな町の夏の終わりの名物である。
そういえば昔はよく瑠美と行ったよな。
しかし、現実を考えるとこの女の子4人を制御する自信はない。
勝太郎だ。
「ルシーダ、行くのはいいんだけれど勝太郎も呼ぼう。」
途端にルシーダの顔が曇った。
「あの、その、勝太郎さんはなかなか来れないって。」
ルシーダはもう小声で途切れ途切れに言った。
「清子、お前、勝太郎を呼び出せる?」
「はいな。旦那様のためなら。」
向こうでローラと喧嘩していたのかじゃれあっていたのかよくわからない清子は奥の部屋に携帯を取りに行った。
ややあって清子は俺にちょいちょいと合図した。
俺が清子の所に行くと清子は小声で「勝太郎の奴はもう寮に戻っているらしい。で、ルシーダにどんな顔をして会えばいいかわからないからこちらには来ずに寮の部屋に隠れているんだとさ。」
「はあっ?」
俺は思わず叫びそうになって慌てて口を押さえた。
ヘタレにも程がある。
「明日、寮に行って勝太郎を引き摺り出そう。」
「うふふ」
清子は謎の微笑を浮かべた。
♢♢♢
翌朝、俺たちは駅に来た。
ローラがどこに行くの?と聞いてきた。
「ああ、学校だよ。」
俺は何の気無しに答えた。
「えええっ!」
ローラは全身で驚きを表現しやがった。
「今日は雹でも降るのかしら。」
「そこまで言わなくても。俺だって公欠以外の欠席はないぞ。」
清子は後ろで笑っているだけである。
そうこうしていると列車が来たのでみんなで乗り込んだ。
久しぶりの学校は新鮮である。
普通科のグラウンドではいくつかの運動クラブが練習をしていた。
我々、迷宮科は普通科のクラブへの参加は禁止されている。俺たちのようにレベルを上げてしまうと普通の高校生では対応できなくなるのは当然である。
俺たちは普通科を通り過ぎて迷宮科の建物に向かった。
まずは寮監のところに行ってルシーダ姫の部屋の鍵をもらった。
清子の隣の部屋がルシーダ姫の新しい部屋だという。
中に入ろうとしたが俺は「乙女の部屋に男は入るな!」と言われてしまった。
3人の乙女!は部屋の中に入ってしまったが、除け者にされた俺は一人寂しく扉の外で待つしかない。
ずいぶん待ったが、やっと3人は出てきた。
ルシーダ姫の両側にローラと清子が挟むように立って、「頑張るのよ」とか言っている。
「じゃあ男子寮に行くぞ。勝太郎を引き摺り出そう。」
「おう!」
女子たちはご機嫌でついてくる。
もちろん、寮は本来なら異性の侵入は禁止だが、今日は寮監から許可をもらっている。
男子寮の中に入り、勝太郎の部屋の前に行った。
俺が大人しくノックをしたけれど反応はない。何度かノックをしたけれど反応は全くなかった。
「居留守を使っているのかしら。」
清子は笑顔を絶やさずに言った。
「こら、勝太郎!いるのはわかっているんだ。出てこなければ私の旦那様にお願いしてこの扉を焼いてもらうわよ!」
いや、そんな話は初耳なんですが。
後ろではローラが「は?健斗様は私の旦那様よ!何であいつの旦那様なのよ!」って暴れているみたいだが今は無視である。
けれども、清子の叫びは効果があったようで、ガチャリと鍵が開く音がすると、勝太郎が顔を覗かせた。
「清子、お前、冗談にも言っていいものと悪いものがあるんだぞ。」
そう言いながら後ろにいるルシーダ姫に気がついたようだ。
「あ、あの、夏祭りに一緒に行きませんか?」
ルシーダ姫の声は少し震えていたがしっかりと聞こえるものだった。
勝太郎は扉を閉めようとしたが、そうさせまいとすでに俺が靴をドアの間に差し込んでいる。
ローラが言う。
「でどちらなのかきちんと返事をしなさい。このヘタレ男め。」
勝太郎は顔を赤くしたり青くしたりしていたが、遂にはがっくりと項垂れて小さく「はい」と言った。
ローラがルシーダ姫に「ほらね。」と嬉しそうに言っている。
ルシーダ姫は顔を赤くして俯いている。
清子は「じゃあ今から浴衣を見に行くから勝太郎もついておいで」という。
勝太郎は「今から行くの?」と抵抗しているが、清子に「どうせ何もすることはないのでしょう。」と言われて撃沈したようである。
近くのスーパーの浴衣売り場で女子たちはキャアキャア言いながら浴衣を選んでいる。
俺と勝太郎で男物の浴衣を選んでいると勝太郎が俺に「老師と仕合ったんだってな。」と言ってくる。
最初は誰のことかわからなかったが多分、清子の祖父のことだろう。
「お前、免許皆伝の老師と相打ちってどういうことなんだ。俺は親から散々に言われたんだ。」
「そんなことを言われても。俺だって慈恩流の免許皆伝だよ。相手が老師だからと言ってもそう簡単に負けられないよ。」
「そうだったな。お前も免許皆伝者だった。俺も剣の道をもっと極めなければ。」
勝太郎はへにゃっと眉尻を下げた。
「ルシーダ姫もきっと待っているよ。」
俺がそういうと勝太郎はいきなり酸欠になった金魚みたいに口をパクパクし始めた。
「旦那様も勝太郎も何たそがれてるのよ!」
「私たちが見にきてあげたわよ!」
「あ、あのー」
三人娘がキャイキャイと姦しく騒ぐ。
「旦那様はこっち。勝太郎はルシーダが見てあげなさい!」
「は、はい。」
俺はローラと清子に手を引っ張られてゆくが、勝太郎とルシーダ姫はお互いに顔を赤らめて俯いているだけで動こうともしていない。
「ローラ、清子、ちょっと待って。後ろ後ろ。」
俺がそう言うと後ろを振り向いた二人は微動だにしないルシーダ姫と勝太郎を見てあちゃーという顔をしている。
清子が行って「あんた達何してんの?早く浴衣を見に行きなさい。さあ手を握って。」というが「ぎゃあ!勝太郎、何で私の手を握るのよ!相手が違うでしょう!」と大変そうである。
ローラはこの隙に俺の手を引いて二人で見に行きましょうという。
男物の浴衣売り場でローラが鼻歌交じりで俺の浴衣を選んでいると、いきなり現れた清子に首根っこを掴み上げられた。
「こんの猫娘が!」
「にゃん」
清子の来た方を見ると勝太郎にルシーダ姫が浴衣を合わせている。
「うまく行ってそうだね。」
「もちろんです。」
清子は胸を張った。
♢♢♢
夏祭りの日、瑠美は可憐な朝顔の浴衣を着て現れた。
清子がルシーダ姫と勝太郎を連れてやって来た。
「じゃあ行こうか。」
「勝太郎、わかっている?ルシーダ姫を迷子にしちゃダメよ。」
「うん」
祭りは近くの神社の境内で行われる。既にたくさんの屋台が並んでいる。
ローラと清子はキャーキャーはしゃぎながらリンゴ飴や綿飴を買っている。俺と瑠美は地元では美味しいと有名なベビーカステラを一袋買って歩きながら口に放り込んでいる。
いつの間にか勝太郎とルシーダ姫ははぐれてしまっている。
ローラと清子は「踊ってくるわ」と言って盆踊りの輪に入っていってしまった。
そろそろ花火の時間である。
俺と瑠美は誰も帰ってこないので仕方なく花火の方に移動した。神社から見下ろせる川沿いから花火が打ち上げられるのである。
日も暮れて来てポツポツ花火が打ち上がり始めている。
俺たちはそこにあったベンチに腰掛けた。
「何だか瑠美と来るのも久しぶりだね。」
瑠美は黙って俺の方に体を寄せて来た。
「私三番目でもいいから。」
「へっ?」
「私三番目でもいいから健斗の横にいたい。」
うーん、どう見ても俺が浮気者の立場である。現実的にローラと清子がいるので瑠美一人だけだよとは言い難い。
「うう、俺は構わないんだが、瑠美は本当にそれでいいの?」
ポッと俺の頬に温かいものが触れた。どうやら瑠美が俺の頬にキスしたらしい。
「私は健斗のこと好きだから。」
その時、後ろから「みいつけたあ」という声がした。
振り返らなくてもローラと清子である。
「私たちもベンチに座らせてよ。」と二人は強引にベンチに座って来た。
「花火、きれいね。」
「で、瑠美ちゃんまで健斗は毒牙にかけちゃったわけね。」
「い、いや、どちらかというと俺の方が捕まった………」
「瑠美ちゃん、大丈夫よ。あなたは私たちの可愛い妹だもの。みんなで健斗様の妻として仲良くしましょうね。」
俺は呆気に取られる他はない。
瑠美は二人のマシンガントークにただこくこくと頷くだけだった。
やがて二人の話はどちらが正妻かといういつものいがみ合いになってしまったので、粛々と花火を鑑賞することにしたのである。




