龍退治
昼食会では勝太郎も清子もほとんど食べていなかった。
勝太郎は明らかにルシーダ王女に見惚れている。食事をするよりも王女を追い続けているのは明らかであった。
清子は明らかにコルセットに負けて何も口にできない様子である。運ばれてきた料理を睨んで、それを食べられない自分を恨んでいる様子だった。
昼食会が終わると、俺は侍女に頼んで清子が食べられずに残した料理を彼女の部屋に運んでもらった。
コルセットを外した清子はもう涎を垂らしそうな勢いで食べ始めたという。
「清子ってば。」
ローラはちょっと微笑むようにため息をついた。
勝太郎はちょっと重症である。
彼にも料理を部屋に運んでもらったが、彼は料理に一口も手をつけることもなく上の空のようである。
「おい、勝太郎?」
「あ、なんだ、烏天狗か。どうした?」
俺が呼びかけると少し反応があった。
「食事に手もつけずにどうしたんだ。」
「ああ、なんでもない。気にするな。」
「も・し・か・し・て、ルシーダ姫?」
「はっ?なになに?べ、別にルシーダ姫に惚れたってことはないんだぞ」
勝太郎も純情な高一ボーイである。勝手に自白しやがった。
「ああ、勝太郎、俺たち今からエルフのルシーダ姫のところにご挨拶に行くのだけれど、君も一緒に行くかい?」
「い、行かない。そんなのに行くもんか。」
「そうか、じゃあローラと二人で行ってくるよ。」
「勝手にいけば?」
俺は膨れっ面で拗ねている勝太郎を残してローラとあのドワーフの王子とルシーダ姫に挨拶することにしたのである。
ドワーフのギリド王子はローラとも旧知の仲だったらしく、爽やかな好青年だった。彼はここで戦闘術や宝石の研磨術を習っているらしい。俺たちが番いだと言うことを説明すると、彼も故国に婚約者を残してきているらしく早く会いたいと言うことを行っていた。
ギリド王子の部屋を出てルシーダ姫の部屋に行く。
すでに来意は告げていたため、ルシーダ姫はエルフ風の繊細なお菓子を用意してくれていた。
侍女がお茶を用意してくれる。
「ごきげんよう、ルシーダ姫。」
「初めまして、ローラ姫様、そしてご婚約者の健斗子爵令息。その武勇はこの城でお聞きしています。」
「うふふ、鬼退治の英雄ですからね。」
ローラは艶然と微笑んだ。
俺はどちらかというと「子爵令息」と言う呼びかけに目を白黒していた。確かにうちは元華族という話は聞いていたが、そんな80年も前のことを持ち出してどうするんだよ。戻ったら親父とサシで話をつける必要があるだろう。
俺の気持ちはお構いなしにローラとルシーダ姫の会話は続いていた。
どうやら人間の筋骨逞しい男がルシーダ姫の好みらしいのである。ローラは「そんなこと言われても健斗はあげませんよ。」とか言っている。
ルシーダ姫は「いえ、ローラ王女の大事な番様に懸想するなんて滅相もないことです。でもその隣にいらっしゃった爽やかな方はきっと名のある剣士様でしょう。」なんてことを口走っている。」
まさか勝太郎なのか?
ローラはよくわからずにきょとんとしている。
俺は「けれどもエルフ族は人間をあまり好んでいないとお聞きしておりますが。」と話に割って入った。
ルシーダ姫は目を震わせるようにして「そうなのです。それで私はエルフの里では胃に染まない男性との見合いを迫られていたのです。それから逃れるために諸国を訪ね歩いているのです。」と言ってその目を伏せてしまった。
俺はローラに「きっと彼女が言っている人間の若者は勝太郎のことだよ。」と言った・
「まあ。勝太郎様でしたら見事な剣士と言って間違いありませんわね。」
ローラが納得したようにいう。
ルシーダ姫の背中がピクっとしたようだ。
「彼の方は勝太郎様と申し上げるのですね。」
ローラは名案を思いついたという感じで言った。
「じゃあルシーダ姫も討伐隊に参加すればいいわ。そうすれば勝太郎と話す機会もあるでっしょう。:
♢♢♢
ドラゴンのねぐらまではおよそ三日の行程であった。
一行は俺たち4人とルシーダ姫、ドワーフのギリド王子、その随員ということだった。
最初にお互いに自己紹介をした。そこでルシーダ姫はルシーダ・エル・ソーフィルクというのが本名であることがわかった。ギリド王子はギリド・アースブル・ウンターブルデンという名前であった。確かに王族らしい厳しい名前である。
その後はルシーダ姫と勝太郎はむしろよそよそしい感じで挨拶だけを済ますと、そそくさと視線を逸らしあって離れていくのである。そのくせ、勝太郎は刺繍をしたりしているルシーダ姫をぼんやり見つめているし、ルシーダ姫は剣術稽古をしている勝太郎をうっとりと見つめたりしているのである。
ギリド王子でさえがあの二人ってラブラブ寸前ですよねって気がつくレベルである。
けれども二人ともお互いが相手に見られていることに気が付きもせずに相手を見ているのである。
せっかくお膳立てしているのに二人は何をしているのだ。
けれども着々と龍のねぐらに近づいてきた。
聞くところによるとそこにいる龍は銅のような色の鱗を持つ龍であるらしい。
結構気が立っているみたいで、ねぐらに近づくものは誰彼構わず攻撃してくるらしい。
俺と勝太郎は大きな盾を借りてドラゴンブレスに備えることにした。
勝太郎にはkatana of sharpnessを渡しておく。これは鋭い刀というものであり、ドラゴンの鱗も切り裂けるのではないか。
俺はいつもの侍の刀である。
龍は洞穴の中にいるということである。
「外に逃してしまえば飛んで逃げられてしまうかもしれない。洞穴の中で勝負をつけよう。」
俺たちはそういう作戦を立てた。
俺と勝太郎が先頭に立って洞穴に入った。
進んでゆくと、赤金色の鱗を持つドラゴンがすでにこちらを向いて立ちはだかっていた。
驚いた俺は咄嗟にファイアストームを唱えてドラゴンにぶつけた。
炎の塊がドラゴンにぶつかると轟音と共に煙がもくもくと湧き上がった。
まだ距離があったので俺たちには直接は被害はなかった。
煙が晴れて来ると、頭から血を流して憤怒の表情をしたドラゴンが見えてきた。
「やばい、散開しろ!ブレスが来るぞ!」
そう言って俺は一足飛びに横に飛んだ。
勝太郎も飛んだようだ。
その一瞬後、俺たちがいたあたりを炎のブレスが焼き尽くした。
「勝太郎、反撃するぞ!」
「応!」
俺たちはドラゴンの両側から刀で切り掛かった。
そこまでざくざく切れるわけではないがドラゴンの硬い鱗を刀は少しずつ切り裂いていった。
ドラゴンの方も丸太のような両腕で殴りつけてきたり、噛みついてきたり太い尻尾で打ってきたりするので避けるのも大変である。
戦況が膠着してきたので俺は「勝太郎!ドラゴンを惹きつけてくれ!」と叫んだ。
勝太郎は小太刀も抜いて二刀流になると「ドラゴンめ、こっちを見ろ!」とドラゴンに切り掛かった。
その好きに俺はバッグからあのドラゴンスレイヤーの槍を取り出すことに成功した。
いや、勝太郎はあちこちを傷つけられて出血していた。
「すまん、無理をさせた。」
「いいってことよ。」
勝太郎はニッと笑った。
俺はドラゴンの右目に向けてジャンプしながら槍を繰り出した。
俺の一撃は過たず、ドラゴンの右目を貫いた。
たまらずドラゴンはひっくり返って暴れ回った。
その隙に回り込んでいたローラがそのナイフを残った左目に突き刺したのである。
ローラはドラゴンに吹っ飛ばされたが壁に足をついてその勢いを殺し、優雅に着地した。
清子もドラゴンの脇の辺りの鱗が少ない部分に刀で切り掛かっている。
俺も再び刀に持ち替えてドラゴンに切り掛かっていく。
死闘が続き、俺たちも傷だらけになり、ドラゴンも緑色の血で染まっている。
ようやくドラゴンの動きが緩慢になった時、勝太郎はその刀でドラゴンの喉笛に突き刺しに行った。
狙い過たずドラゴンの喉笛に突き刺さった刀の傷口からは噴水のように緑色のちが吹き出し始めたが、勝太郎もドラゴンの最後の一撃の尻尾の一撃で吹っ飛ばされた。
壁に激突した勝太郎は力無く崩れ落ちた。
「キャア!勝太郎様!」
いきなり女性が勝太郎の方に飛び出していった。
「ルシーダ姫、危ない!」そういう俺の制止の声も耳に入らないように彼女は勝太郎の首を助け起こすようにかき抱いたのである。
まあ、ドラゴンからは離れているからいいか。
俺はドラゴンの方に意識を戻した。
ドラゴンからは既に大量の血液が流出しており、もう意識はなさそうだ。




