城へ
トランクに着替えなどを詰め込んだ俺たちはトコトコと裏庭のダンジョンの方に向かっていった。
清子と勝太郎はいつものダンジョンに入っていく俺たちを驚いて見ていた。
「空港に行くんじゃないの?」
「いや、ここで合っているよ。」
ということでスタスタとダンジョンの奥へと進んでいった俺たちは石壁のダンジョンのところで折れ曲がった。
少し行くと見覚えのある扉があり、そこを開けるとまだ薄暗い夜明け前の丘陵だったのである。
「そうなのか。ここが新しい世界なのか。」
親父はなんだか感極まったように呟いている。
清子と勝太郎も驚きで固まっている感じである。
俺はロドリーゴに「ここから徒歩で城に向かうの?」と聞いてみた。
「いえ、間も無く迎えの馬車が来るはずです。」
そうロドリーゴは答えた。
「ローラ、じゃあ少し待っていようか。」
「そうね。」
夜明け前の風はまだ冷たいので、ローラに風が当たらないようにする。
「ちょっと、健斗。」
清子が俺の方に向かってきた。
「これは一体どう言うこと?」
「どう言うことと言われてもなあ。ここがハルシュタット王国なんだよ。」
清子は納得できないという顔をしている。
「とりあえず、清子はまだ言語理解を習得していなかっただろう。」
俺はバッグから「言語理解」のスクロールを取り出すと清子に渡した。
清子はそのスクロールを読むと、文字が彼女に吸い込まれていった。
「何かが変わった気がしないわね。」
勝太郎と同じようなことをいう。
そんなことをしていると遠くからかぽっかぽっと言う馬の蹄の音が聞こえてきた。
近づくと2台の馬車がやってきている。
御者をしているのはロドリーゴ兄弟の兄の方である。
親父は「よしっ、ロドリーゴ君の馬車に俺も乗ろう。君たちは後ろの馬車に乗ってくれ。」と言ってさっさと馬車に乗り込んだ。
俺たちはロドリーゴ兄弟に手伝われてトランクを馬車に乗せてかr乗り込んだのである。
夜明けである。サッと陽の光が入ってきて、あたりが明るくなった。
その中を馬車はお城に向かって進んでゆく。
夜明けとともに獣人たちも動き出した様子で、あちこちで獣人の姿を見ることができた。
王都はややこぢんまりとしているが、石造りの建物が多く、欧州の古い街を見ているみたいである。
清子は結構見惚れていてローラに「素敵な街ね。」とか言っている。
ローラも満更ではなさそうで、「ここは私の自慢の王都と城だわ。」と微笑んでいた。
馬車は大通りを進み、そのまま王宮に入ってゆく。
俺とローラはいつもの客室に通された。
親父も清子も勝太郎もそれぞれ客間をあてがわれたらしい。
ややあって、侍女たちが部屋にやってきて、軽食を持ってきてくれた。
軽く軽食を摘んだあとは侍女たちによってお風呂に入れられて頭のてっぺんから足の先までピカピカに磨き上げられるという修行が待っている。
先にローラが入り、ピカピカに磨き上げられたようである。
そのあと、俺が入って磨き上げられる。
メインの寝室ではローラがコルセットをはめられている様子である。
うんうん唸っている様子である。
俺は控えの部屋で騎士服に着替えた。
そのままローラの準備ができるまで待つことにした。
ずいぶん経ってローラが姿を現した。
「久しぶりにコルセットをつけたから。似合っているかしら。」
「うんいつも通り綺麗だよ。」
侍女たちは俺たちには視線を合わせないでいてくれる。生暖かい空気が流れていた。
外に出ると同じようにコルセットを閉められたのであろう、清子がやや青い顔をして経っていた。勝太郎は俺と同じ騎士服姿である。
親父は紋付羽織袴姿であった。
「は?親父、大丈夫か?」
俺は思わず声を出してしまった。
「ははは、健斗め、こういう時には民族衣装が本来なんだ。」
親父は悠々と廊下を歩いてゆく。
案内のものが来て、謁見室の方に案内されてゆく。
♢♢♢
<王宮内の秘密の小部屋にて>
女王は大臣のパブロとロドリーゴと秘密の会合をしていた。
「どうするの?人間の国の使者なんて。また我々が差別されるかもしれないわ。」
「我が息子たちによるとローラ王女はご機嫌に人間の学校に通っておられるそうですぞ。」
ロドリーゴ外務大臣はいう。
「しかし、いざという時にはどうします?今ファーロンはあの龍との戦いで傷ついております。また、龍の方に戦力を割いていると、人間どもの軍勢が攻め寄せた時に対応できませんぞ。」
とパブロ財務大臣は心配そうにいう。
「来ると言ってもあの小さな扉からでは大軍は無理であろう。」
「いやいや、人間どもはズル賢いと聞きますからな。どんな手を使ってくるかわかったものではありません。」
「………」
3人の間に沈黙が落ちた。
ロドリーゴは言った。
「それでは友好条約の条件にあのドラゴンを討伐してもらうのはどうでしょうか。王女殿下の番い殿は少なくともファーロンを打ち負かした猛者です。他の面々も一騎当千であることは鑑定の結果からもわかっています。」
「それは名案じゃ。龍退治に送った兵士をあの扉の方に移すことができれば安心できる。」
「では。我々は友好を温めにゆきましょうぞ。」
3人は暗い笑みを浮かべながら謁見室の方に向かったのである。
♢♢♢
俺たちは謁見室の前にいた。
「どうぞ」と言う廷臣の声に親父を先頭に謁見室の中に入った。
中には女王陛下がおり、大貴族や大臣たちが群れている。
俺たちは中にはいると跪き、頭を下げた。
「苦しゅうない、面を上げよ、妾は女王カザリナじゃ。此度は人間の国からの友好の申し出と聞く。使者殿よ、口上を述べよ。」
親父が顔をあげるとハキハキと答えた。
「初めて御意を得まする。この度は謁見の誉を賜りありがたき幸せにござりまする。私は海崎健太郎子爵でございます。この度はハルシュタット王国の女王陛下にご挨拶するため、天皇の名代としてまかり越しました。」
そうして、二通の手紙を差し出した。
「これは天皇の親書と総理大臣からの手紙でございます。今後、末長く遊戯を結ばれることを期待しております。」
「ふふ、堂々たる使者ぶりじゃ。ふむ。貴国には我が娘ローラも世話になっておるしのう。返答は昼食会の後で良いか。」
「ははっ。」
こうして俺たちは食堂に呼ばれることになった。
食堂には女王とその王配、王子王女たち、大臣と錚々たるメンバーが並ぶ。そのほかにもドワーフの王子らしい小柄な男の子やエルフっぽい耳の長い女の子がいる。
いや、俺はローラに聞いてローラが教えてくれたわけであるが。
親父は女王のそばにいる。ファーロンの姿はなさそうである。
「でも変よね。あのエルフの王女、ルシーダはここにはいないはずだわ。ドワーフのギリド王子は以前からここに留学していたのよ。」とローラが教えてくれる。
ふーん、と思いながら周囲を見ると、勝太郎が魂が抜けたようにぼんやりしている。
(えっ?)
勝太郎の視線の先を辿るとさっきのルシーダ王女である。
ルシーダ王女は幸か不幸か勝太郎の視線には全く気がついていない様子である。
そのうち、俺たちのグラスにスパークリングワインが注がれた。俺たち未成年者には果実水が注がれる。
乾杯をする時に、女王は親父に「そういえば、最近龍が出たのです。エルフの王国と我が王国との境目あたりに。そのためにわが国を訪れていたエルフの国のルシーダ王女が帰国できなくなっているのです。」と言う。
急に名前を出されたルシーダ王女はビクッとして視線を下に向けてしまった。
勝太郎もそれに合わせて大きなため息をついた。
女王は続けた。
「それでお主の息子殿、我が娘の婚約者殿に龍退治をお願いしたいのじゃ。見事討伐してくれれば我が国民も大いに感謝するじゃろうし、友好にも近づくじゃろう。」
親父は俺の方に視線を向けた。チラと勝太郎を見ると、耳を赤くして期待に満ちた目で俺を見ている。
仕方なく俺は小さく頷いた。
それを見た親父は女王様に「きっと龍退治を成し遂げることでしょう。」と返事した。
出席者の間にも「オオォ」と言うざわめきが広がった。
女王は「これは素晴らしい返事を頂いたぞ。我が国と人間の帝国に友好があらんことを!乾杯!」とグラスを上げた。
皆が乾杯の唱和をしたのである。




