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王国へ

「勝ばた」の料理は薄味の京風でいわゆる豪華料理ではないが味わい深いものだった。

親父二人は地酒を酌み交わしながら機嫌よく喋りあっている。

俺たちはソフトドリンクを飲みながら「美味しいねえ」と食べていたのである。

ふと横を見ると、瑠美が緊張している様子であった。

「どうしたの?」

「い、いえ、去年の全中の男女の優勝者が前にいるんだと思うと緊張してしまいまして。」

瑠美が敬語を使っている。

ちょっと異常事態を察知した俺は瑠美の背中をさすってあげた。

瑠美はちょっと力を抜いた感じで俺に体を寄せてくる。


その時、ローラと清子が俺のところに来て「瑠美ちゃん、どうしたの?」と聞いてくる。

「あ、ああ。ちょっとこういう席には慣れていないからなあ。」

俺がそういうと、清子が「じゃあお姉さんとお話ししましょう。」と言ってローラと二人で瑠美を連れて行ってしまった。

テーブルの反対側でローラと清子がぺちゃくちゃ喋り、顔を真っ赤にした瑠美がそれに答えている。

ポツンと取り残された俺は、同じく取り残された勝太郎に情けなさそうに笑みを向けた。

勝太郎は言った。

「健斗は無自覚に人たらしをするけれど、さすがに時と場所を考えるべきだと思う。」


俺は何も言わずに運ばれてきた料理を口に運ぶだけだった。


ややあってローラと清子が瑠美を連れて戻ってきた。

「大丈夫よ。あなたは《《私たち》》の妹なんだから堂々と健斗の横に座っていいのよ。」

「瑠美ちゃんも来年うちの高校を受験するんですってね。」

「妹ができたのだから嬉しいわ。」

「私と清子と瑠美はもう姉妹ですものね。」

ローラがそういうと瑠美は顔を赤くしたままちらっと俺の方を見て顔を赤くしたまま俯いている。

どういうことだ。ローラのやつ一体何をやったんだ?


「おい、大丈夫か瑠美?」

俺がそう聞いても瑠美は「は、はい」というだけである。

ローラや清子の方を見てもあからさまに視線を逸らされてしまう。


そんな時、親父が俺たちに向かって言った。

「それではロドリーゴ兄弟が帰還したらハルシュタット王国の女王陛下に謁見に伺うが、行きたいものはいるか?」

俺とローラは行くことがほぼ内定しているので黙っていた。

清子と勝太郎は家で同じことを聞かされていたけれど、やはり具体的に行くとなると不安があったらしい。

「えっ、行きたいですけれど、パスポートとかを用意する必要があるのですか?」

親父は「はっはっは。パスポートなどいらん。」と鼻で笑う。

勝太郎は「期間はどれくらいかかるのでしょうか。」と聞いた。

「そうだなあ、一週間から十日くらいかな。来るというなら君たちの両親には許可を取っておくよ。」

親父はニコニコしながらそう言った。

瑠美は受験があるからと言って断った。


夕食がお開きになって帰宅するときに、瑠美は俺の胸にギュッと自分の頭を押し付けて、俺にだけ聞こえるように小声で「私も健斗のお嫁さんになるんだからね。」と言って師匠の方に走って行って二人でタクシーに乗り込んだ。俺たちは大型タクシーである。

乗り込むとローラと清子に両脇を固められた。


勝太郎は親父の横である。

「勝太郎、親父の相手をさせてすまん。」

俺がそういうと、勝太郎は気にするなというように腕を上げて手のひらをひらひらさせると俺たちのことを完全に無視して親父と剣術の話やなんだかわからない政治経済の話をし始めた。

さすがに御曹司である。


そう思っていると、両脇を固めている二人が「はいっ、そろそろ瑠美ちゃんのことは頭から追い出して。私の方を見ればいいから。」と両側から言ってくる。

まさか親父の後ろで痴態を晒すわけにもいかない。そんなことをすれば10年、いや20年はさまざまな場で俺がどうしたこうしたということを言い続けられる危険は十分にあるのである。


俺はまっすぐ前を向きながら二人に「ここはタクシーの中です。酔っ払ったようなことを言うんじゃありません。」と言うしかなかったのである。


帰宅すると、居間には親父と勝太郎の布団が敷かれており、俺の布団は客間に敷かれていた。正確に言えば俺とローラと清子の分である。


「はっ?俺も居間で寝る。」とは言ったのだけれど、ローラに「今更でしょ」とピシャリと言われてしまった。あっ、うーん反論できない。

清子も「私もあなたと強い赤ちゃんを産まなくちゃ。」なんて言っている。

は?俺たちまだ高校生ですよ?早すぎ、早すぎ。

と言うことで俺はもう逃げるように風呂場に入ると中から鍵をかけたのである。

ドアの外からは二人が「もう、健斗入れてよ。」とか「背中をお流ししたいのですわ。」なんて言う声が聞こえるがそういう声は完無視して俺はシャワーを浴びた。

一人で浴びるシャワーはどれだけ気軽であることか。

そうしてさっぱりとしてきちんと着替えて風呂場から出ると二人の美女がぶうたれていた。

「ねえ。私たち一緒に洗いっこしましょうね。」「せっかくの美女二人とお風呂に入るのを断る唐変木な旦那様なんて無視よ」なんて俺に聞こえよがしに言ってくるが、俺は聞かなかったことにした。


30分ほどして二人が風呂から出てくると、ローラは俺のスウエットを着ているし、清子は俺のTシャツを着ている。

「「うふふ、旦那様の匂いに包まれているわ。」」

二人してなんてことを言うんですか。

勝太郎はローラを見て「ローラ、おい、お前、耳、耳」とその頭を指さして譫言のように繰り返している。

清子は「は、今まで気がつかなかったの?勝太郎って旦那様と同じで鈍感すぎじゃない?」と勝ち誇ったように言う。

「さすがに俺はローラの耳のことは知っていたぞ。」というと清子は「だから旦那様は鈍感なんです。ちょっと黙っていてください。」と言うので俺はしゅんとして黙ることにした。


親父は清子に「でもいいのか?内縁関係にしかならないよ。」と言う。

清子は「もちろんですとも。私はすでに全中学武道大会で優勝しましたから武門の面目は保つことができました。あとは強い後継者を得ることなのです。健斗様となら我が無想神念陰流にふさわしい子供が生まれるに違いありません。」と言う。


やっぱり俺って種馬扱いなのか。中学のときにいじめられて不登校になった俺も立派な種馬に成長したと言うことなのだろう。

なんだか目に水が、と思ったが親父は機嫌よく言った。


「あいつも渺たりとはいえ、慈恩流剣術の免許皆伝者だからなあ。」

「はい、存じております。我が陰流の祖ですよね。」


なんだか慈恩流が誉められているようである。あとで師匠に伝えたら喜ぶかもしれない。


勝太郎の方を見るとまるで悟りを開いたような顔で「ああ、健斗、頑張ってくれ。俺は自分の家の一刀流を守らなければならないからな。」と言う。

そうか間違って勝太郎と清子がくっついた日にはどちらかの流派がもう一方に吸収合併される危機に瀕するわけか。


親父は明らかに諧謔を含んだ顔で「そうだ、お前、瑠美ちゃんのことも忘れるなよ。あそこも後継者難だからな。」と言う。


俺は短く「は」と言うことしかできなかった。


もうこれは競馬育成ゲームの種牡馬の種付けである。

俺はその日からやむなくローラと清子に抱きつかれて眠ることになってしまった。


朝から4人で裏のダンジョンに潜ることにした。もうローラが獣人であることはバレてしまったわけであるし、ローラの国に行くときにはどうせこのダンジョンを通っていくのである。


最初は慎重にゆっくり進んだが、だんだんいつものスピード探索に戻ってしまった。

それで地下7階まで攻略したときに清子と勝太郎の実家から随行可の許可が届いたのである。


「では行く準備をしよう。」

親父はそう言ってみんなを急かすのだった。

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