親父の襲来
そういうことであとは迷宮はあっさり探索されてしまった。
最後の地下5階のボスはミノタウロスだった。
それまでに比べてちょっとレベルがかけ離れているが、俺とローラの前では敵ですらなかった。
いや、もう裏庭のダンジョンの方ではミノタウロスと何度も戦っていたのである。
ミノタウロスの斧攻撃は確かに強力で危険なのだが、ローラはそれをするりと交わしてミノタウロスの二の腕にナイフを突き立てたのである。
いきなりの痛みに斧を取り落としてしまったミノタウロスに俺は侍の刀で切付けた。
袈裟懸けに刀で深く切り込まれたミノタウロスはどうと地面に倒れてしまった。
最後は勝太郎と清子にトドメを刺してもらったのである。
その奥には宝箱があった。開けてみるとポーションと数十枚の銅貨が入っていた。
さすがにミノタウロスを倒してこれは少なすぎないか?
俺は探索を使って周囲を丁寧に走査し始めた。
すると、部屋の奥にもう一つ小さな空間があるのを見つけた。
その空間とこの部屋を隔てる壁を注意深く探ってゆく。
少し探していると、壁の反応が少し違う部分を見つけた。グッとその部分を押してみると、人ひとりがようやく入ることができる空洞が現れた。そこを潜って中に入ると、そこは小さな部屋で、奥に小さなポストのような箱がある。
部屋の真ん中には立派そうな宝箱が置いてあったのである。
「これが本命かな?」
勝太郎は期待に満ちた表情をしている。
探索技能では罠もないただの箱と出ているが、ちょっとイタズラ心を起こした俺は「トレジャーモンスターかもしれないよな。」と呟いてみた。
トレジャーモンスターは宝箱に擬態して冒険者を貪り食う陰険なモンスターである。
勝太郎はギョッとした顔をしたが口では「嘘だろう?」と言って「早く開けようぜ。」と俺を急かすのであった。
仕方なく俺が箱を開けると、グッと身を乗り出して箱の中を見た勝太郎は「なんだ槍か」とつまらなさそうに顔を上げた。
俺が手に取って鑑定をかけると「ドラゴンスレイヤーの槍」ということがわかった。
「これ、ドラゴンスレイヤーの槍かもしれないぞ。」
俺がそういうが勝太郎は「俺には槍は使えねえ。」というだけだったので、ありがたくその槍は俺がいただくことにした。
そのほかに小さな銀色に輝くコインが一つ入っていた。
特に装飾などは彫られていない。
いろいろ試していると、そのコインは奥のポストのような箱にぴったり入るようであった。
「じゃあ入れてみるね。」
俺はそのコインをポストに入れた。
その瞬間、部屋中に魔法陣が浮き上がり、七色に輝くと、俺たちは地上の迷宮入り口に立っていた。
そこには古城先生と高柳先輩が立っていた。
古城先生は俺たちの姿を見るとギョッとした顔をしたが、「も、もう戻ってきたのね。」と居住まいを正しながら言った。
高柳先輩は「やあ、もしかしなくても歴代最速タイムの更新だな。」と爽やかに笑いながら言った。
先輩は「それで最後の宝箱の中身はなんだった?」と聞いてきた。
俺は「槍です。」と答えた。
先輩と古城先生は目を丸くして驚いている。
「どうかしましたか?」
「いや、ドラゴンスレイヤーの槍は滅多に出ないからね。これで君たちも将来のドラゴンスレイヤーか。」
そんな日が来ても困るよね。
古城先生にはもう後者の方に戻っていいと言われたので俺たちはお昼ご飯を食べた後に校舎に戻ることにしたのである。
学校ではF級のギルド証とギルドショップの場所が書かれた冊子が配られた。
これからはギルド証を示せばギルドが利用できるようになる。
ここから近いギルドは舞鶴にあった。
今度時間ができたら行ってみよう。
あとは夏休み前の期末試験が始まる。
期末試験の最中に親父から日本に帰るというメールが届いた。
特に日時は書いていなかったが親父がメールした一週間後くらいに帰ってくることが多い。
俺は瑠美に連絡して親父の迎撃体制を取ることにした。
期末試験中だったけれど家の掃除である。
ロドリーゴ兄弟も呼び出して家中掃除することになった。
俺と瑠美とでとにかく掃除を完了させた。
♢♢♢
<都内某所にて>
「ふええ、内閣まで動かすかねえ。」
「まあ、異世界の王国相手だからなあ。」
「しかし、ダンジョンの中にそんな猫獣人の異世界があるなんて知りませんでしたよ。」
「そうだな。けれども、そんなところに大国に腕を突っ込まれたら大変だよ。その前にこちらで対処しなきゃならないということなのだろう。」
「それで渉外部長が出張るっていうことなんですか。」
「そりゃダンジョンについてはエキスパートだからねえ、あの人。」
「歴史的瞬間の立会人ってことですね。」
「そろそろ黙って仕事をしようか。」
彼らは口をつぐむと目の前のPCのモニタを見つめて何やら仕事を再開したのであった。
♢♢♢
期末試験が終わった。俺たちが上位であることは変わらなかった。勝太郎は英語のおリスニングの試験ではいきなり全て理解できたらしく、その時は興奮していたようである。
勝太郎は4位になり、俺たちのパーティで上位4位までを独占したことになった。
俺たちの学校では期末試験の順位は校内に掲示される。
俺たちはそれを見て、教室に帰ろうかと思って後ろを振り向くと、ビシッと蜜揃えのスーツを着たおっさんがニコニコしながら立っていた。
「久しぶり、健斗。」
親父である。
「なぜ校内にいるんだ。」
「はっはっは。驚いただろう。」
「そりゃ驚くわ。」
いつも親父はこういう調子である。
俺を驚かして楽しんでいるのだろうと思う。
そしてローラの方を見ると、「こちらがローラ・ハルシュタット王女ですね。初めまして、私は海崎健太郎と言います。このケントの父です。」と言い握手の手を差し出した。
ローラは「健斗様のお父様でいらっしゃいますか。この度は健斗様と婚約致しましたローラ・ハルシュタットと申します。」と親父と握手を交わしている。
周囲の見知らぬ生徒が「え?婚約?」と口々に言っている。
あ、終わった。俺の学生生活はここで終わりだ。結構短かったな。
ちょっと俺が真っ白に燃え尽きていると、親父はそんなことを気にした様子もなく、「今日は『勝ばた』で夕食はどうだ。相馬も呼んでいる。その辺にお前の友人も誘っていいぞ。」と上機嫌にいう。
「勝ばた」は古くからある一見さんお断りの料亭である。なんでも支店を祇園に出しているという。通好みの店である。
俺たちは常連客扱いなので小さい頃からよく利用しているのである。
「清子、勝太郎もどう?いや、もし別の用事があれば無理にとは言わないんだが。」
清子も勝太郎も「喜んでお呼ばれいたします。」という。
そういうことで親父は実家に向かったようだし、俺たちは教室に戻ることにした。
「あ、ロドリーゴ兄弟がいたんだっけ。」
親父と鉢合わせして騒動になってなければいいが。けれどももう遅い。
なるようになれだな。
授業が終わり、宮本先生の研究室に行って清子に水魔法が発現したことと、俺に風魔法が発現したことを報告した。先輩方は「きゃー君たちエリートじゃない!」と黄色い声をあげた。
横田先輩は「さすが健斗くんね。」と俺に抱きついてきた。次の瞬間、ローラと清子に両腕を握られた横田先輩は俺から数歩の距離に離れていた。
「私たちの許可なしに健斗に触らないでくださいね。」
ローラは横田先輩に重々しくいい、横田先輩はこくこくと頷いているのであった。
研究室を出た俺たちは勝太郎と合流してタクシーで家に向かった。
自宅に入るとなんだか笑い声が聞こえる。
奥をのぞいてみると、今で親父とロドリーゴ兄弟のうち3人が缶ビール片手につまみを頬張りながら笑って話をしているのだった。
「おお、健斗帰ったか。すまんなあ。お前らはまだ未成年だから酒は無理だ。」
いや、飲みたいとも言ってませんが。
相変わらず太平楽な親父である。
「ロドリーゴ兄弟の他の二人はどうしたの?」
俺が尋ねると、親父は「ああ、女王陛下に俺たちが訪問するからって先触に言ってもらったんだよ。」という。
え?獣人の国に行くの?初耳である。
「北畠くんと布留那くんもどうだい、一緒に来ないかい?」と親父はいう。
清子と勝太郎はお互いに顔を見合わせると「「行きます」」と二人とも即座に答えたのである。
そうこうしている間に相馬親子もやってきたので俺たちはロドリーゴ兄弟を留守番役に『勝ばた』に向かうことになった。
ちょっと公開が遅くなってすいません。




