野外演習(5)
そうこうするうちに、”鬼”の体は地面に吸い込まれるように消えた。
後に残ったのは大きな魔石とあの鬼の使っていた棍棒である。
鑑定しても「鬼の棍棒」って出てくるから間違いはない。
鬼の魔石などを袋に入れてからその奥に行くと、いつもより大きめの宝箱が出てきた。
後ろを見てももうローラが勝太郎を連れて行ったためだろう。人の気配すらしない。
「もしこいつがミミックだったとしても宝箱に食われそうになるのは冒険者のロマンって誰かが言っていたよな。」
俺はそんな独り言を言うと、えいって掛け声をかけると宝箱の蓋を開けた。
幸い、宝箱には罠もかかっておらず、ミミックでもなかったので素直に蓋があいた。
中には古い金貨や銀貨と共に古ぼけた革製らしいバッグが入っていた。
鑑定してみると「異次元空間を持つバッグ」というものらしい。
(あれか?あれなのか?)
試しに箱の中の金貨銀貨を全部入れてみたが、あっさりと全部入ってしまい、しかも重さも感じない。
出そうと思うと頭の中に金貨2393枚、銀貨1875枚というヴィジョンが出てくる。
その後「セキュリティ強化しますか?」と言うアラートが見えたので「はい」と念じると使用者:と言うプロンプトが出てきた。
俺の名前を念じると、俺の名前がハイライトされ、「他の人は許可なく触れられません」というイメージが出てきた。
どう言う気候かはわからないが、セキュリティが強化された様子である。
鬼の棍棒も入れておいた。
他には何もなさそうだったので俺も入り口の部屋に戻ることにした。
勝太郎の右腕は折れてしまっていたらしく、ローラが副え木を当てていた。
北畠は「健斗、命を助けてくれてありがとう。でも立って歩くのはまだ苦しいわ。」となぜか顔を真っ赤にして言う。
あ、そういえば彼女には解毒剤をマウスツーマウスで流し込んだのだった。でも緊急時だったからセーフだよね。
ローラも「私と健斗でこの二人を学校まで連れて帰るのは大変だわ。」と言う。
「そうだね。こういう時にあのGPSの救難信号が役に立つのかな?」
俺は洞窟の外に出ると、救難用キットを取り出してスイッチを入れたのだった。
数十分して、教師たちと上級生からなる救難隊が到着した。
彼らは洞窟の前に散らばるオーグルの死体を目にして顔面蒼白だった。
「この洞窟の中はどうなんだい?」
う、本当のことを言うべきかどうか悩む。
けれども優等生のローラがさっさと「洞窟の中には蠍と”鬼”がいたんです。」とバラしてしまった。
「君たち。遭難したのならそれ以上の危険に陥る前に救難信号を使いたまえ。」と教師が苦言を呈してきた。
「ごもっともです。けれどもオーグルがこの洞窟から外に出ていたのでスタンピードの危険を考えたのです。」と俺が言う。
スタンピー度というワードに周囲のものがピクンと反応した。
「それで君たちはその、大蠍と鬼を対峙したというのだね。撃ち漏らしはある?」
「一応、出会ったものは殲滅しました。」
「はあ、一年坊主が殲滅なんて言っても信用はならないよ。確認が必要だ。討伐隊を編成しよう。」
ややあって教員と上級生からなる討伐隊が編成された。勝太郎と北畠とローラは別働隊の人に同行されて学校に戻ることになり、俺だけは討伐隊に同行してもう一度洞窟の中に入ることになった。
最初の部屋で大蠍が出たことを説明した。
彼らは大蠍の部屋をよく調べて奥に大蠍の卵を発見した。彼らはそのうち数個をサンプルとして持ち帰るらしい。
「国立魔獣研究所で卵とか幼獣を欲しがっているからねえ。」と先生はいう。
「残りはどうするのですか。」
「ああ、ガソリンでもかけて焼いてしまおう。」
「じゃあファイアボールで焼きますよ。」
「あっ、君は日の魔術師だったね。」
なんだか「ほう」という感じの雰囲気の中で俺は蠍の巣に向かってファイアボールを放った。
大音響と共に、蠍の巣は燃え落ちた。
その後、巣の状態を確認した上級生が「完璧に燃え落ちている」というので俺たちは次の部屋に向かった。
そこにはオーグルの物品が散乱していた。俺はほとんど気に求めていなかったが、オーグルの寝床らしい藁敷きが7つある。
「外にオーグルが五匹いてここに二匹いたので寝床の数は合いますね。」
「そうだね。他にもオーグルがここで生活していたに違いない証拠は出てきているよ。」
教員は謹厳実直にそんなことを言った。
そして”鬼”の部屋である。
注意して入るとそこには”鬼”
がいた。けれども先ほどにいた”鬼”と比べて体のせんも淡く、現実感に乏しい。
討伐隊の一斉攻撃であっさりと倒されてしまった。
そんなに弱かったのだろうか。
奥の宝箱にはポーションとスクロールが入っていた。
「ポーションは初級ポーションで、スクロールはボディウオッシュですね。」
「ボディウオッシュがあればダンジョン内でシャワーがなくても体の汚れを取れるから便利と言えなくもないが。」
教員は苦笑している。
「じゃあスクロールを探そう。」
(スクロール?)
俺は何のことかわからなかったが、全員で部屋の中でスクロールを探しているようである。
ややあって白紙のスクロールが見つかった。
「やはりね。」
教員が満足したように呟いた。
「やはりねってどういうことですか?」
「ああ、さっき倒した鬼はスクロールで召喚されたやつだったということだよ。」
「スクロールで召喚?」
「ああ、スクロールで召喚したモンスターは一度倒してリスポーンすると一気に強さが減衰するのだよ。だからバレバレになる。」
俺は開いた口が塞がらずに「そうですか。」と間抜けな感想を残すしかなかった。
「それにね、ここに来るのに標識の方向が変えられていたし、山道も本来はここに来る道ではなかった。つまりは人が手を加えていた可能性が高い。」
「えっ?」
「普通は鬼に勝つような一年坊主はいないし、オーグルにだって勝てないだろうから完全犯罪が成立すると考えるのも当然だろうからねえ。」
「勝っちゃったから………」
「ははは」
教員は皮肉そうに笑った。
「レベル20越えって迷宮科卒業レベルだからね。まさかそんな猛者を相手にしているとは思わなかったんだろうね、犯人の方も。」
「はあ」
きっとこの人、鑑定で俺のことはバレバレなんだろうなあ。
そうすると、討伐隊だった生徒の一人が俺に近づいてきた。
「俺は生徒会長の高柳だ。君のような逸材にあえて幸せだよ。落ち着いたら是非ローラくんと一緒に生徒会室に遊びにきてほしい。」
「は、はい、光栄です。」
いきなり彼は俺に向かって手を差し出してきて握手させられた。
なんだか陰キャが無理やりスポットライトを浴びせられた気分である。
帰りに先生も「迷宮科で教えることは弱者が無茶をしたら死ぬぞっていうことなんだよ。強い奴は自分ができる範囲でやればいいんだ。」なんて不穏当なことを言ってくるのである。
俺が「俺ってただの一年坊主ですから。」と言っても取り合ってくれなかった。
教室に戻るとローラがいた。北畠と勝太郎はすでに病院に運ばれたという。
特に俺たちに対する沙汰はなかった。
翌日からは不思議なことに黒井の姿もなかった。
いつも黒いとつるんでいた奴に彼はどうしたのかと聞くと、両親のいる東京の高校に転校になったのだという。彼にもそれ以上の詳細はわからないようだった。
翌週に宮本先生の研究室に行った時にそのことについて聞くと宮本先生は「ああ、あれは政治家案件だからねえ。でも紛い物は本物に勝てなかったということさ。」とわかるようなわからないような微妙な答えしかしてくれなかった。
先輩の女子たちは「あなたは生徒課長のお気に入りになったんだからちゃんと生徒会に行くんだよ。」と言ってきた。
うへえである。
おそらくそれが顔にであたのだろう。彼女たちはコロコロと笑いこけていた。
うう、人のことだと思って。
ローラは「そうなのですか?では私も生徒会に行きましょう。」と言う。
しまった。ここにも優等生がいた。




