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野外演習(1)

城から帰宅するともう日付が変わる頃だった。

今日はローラのお母さんの女王様と話をしたことで精神的にゴリゴリ削られている上に、ファーロンとの試合で肉体的にも疲れている。

そういえば布団は庭に干しっぱなしだったなあ。

もう布団を取り込みに行く元気はなかったし、取り込んだとしても新しいシーツをつけないと使えないのでもういいやと諦めてしまった。


一つだけ布団を敷いてそこに寝転ぶと、ローラも一緒に入ってきた。

喉をゴロゴロさせたりするので本当に猫っぽいところがある。


「旦那様と私はもう婚約したから一緒のお布団よねえ」

ローラはご機嫌である。


俺の頭にはたくさんの言い訳が浮かんだが、どれもローラに却下されそうだったので、結局は何も言わずにローラに任せることにしたのである。


朝、目が覚めるとローラは俺の腕の中にいた。小さく丸まって眠っているローラはやはり可愛いのである。同時に外に気配を感じた。


俺はローラが起きないようにそっと起き上がると、炒り大豆を何個か掴むと、「隠れているつもりの」奴らに豆まきの要領で投げつけてやった。

豆を当てられて「ふぎゃっ」と言っている猫獣人たちを縁側に集合させる。


さすがにドタバタしたためであろう、ローラも起きてきた。

「旦那様、朝から何を騒がしいのですか?」


ローラの顔を見るといきなり猫獣人たちが5人ともかしこまっている。

「王女殿下にはご機嫌麗しく」と一番年嵩らしい猫獣人が挨拶する。俺のことは無視のようである。


「お主らはロドリーゴ侯爵家の息子たちか?」

ローラがそう尋ねると、彼らは頷いた。

どうやら彼らは王女殿下をこっそり護衛するように女王に命令されたが、俺に見つかってしまったということのようであった。


「人間に見つかるとは猫獣人として面目次第もございません。」とロドリーゴ兄弟に言われると、見つけてしまったのが悪かったような気分になる。


「ホホホ、旦那様なのだから見つかっても仕方ないわ。お前ら、気にしなくていいわ。」

ローラはなぜか満足げである。


ロドリーゴ兄弟は顔も猫の顔で、手には肉球がある。見えないけれど多分足にも肉球があるはずである。こういう奴らが見つけられたら大騒ぎになるかもしれない。ということで使っていなかった2階の部屋を開放してこいつらを住まわせることにした。


ということで朝ごはんを作ろう。

冷凍のサバを解凍して目玉焼きとトーストとを添えた。


彼らロドリーゴ兄弟は「こんな食事は見たことがない」とまんまるい目をさらに丸くしている。


その時、おはようという声がして瑠美が入ってきた。

で、ダイニングテーブルを占領するロドリーゴ兄弟と顔を合わせてしまった。

「健斗、あの人たち誰?猫?人?」

瑠美は震える声で尋ねる。

ロドリーゴ兄弟たちも「え?誰?人間?」とか騒いでいる。


その時俺は気づいた。言語理解のスキルを持っていない瑠美にはロドリーゴ兄弟の言葉はただにゃーにゃ言っているだけに聞こえるだろうし、瑠美の言葉はロドリーゴ兄弟には意味不明に聞こえているはずである。


それで俺は瑠美に「こいつらはローラのお母さんの女王陛下に任命されたローラの護衛だよ。」と説明した。ローラはロドリゴ兄弟たちに「瑠美は俺が修行した剣術道場の道場主の娘で俺の側室になる。」と説明している。


すると、ロドリーゴ兄弟はルミの前に跪いて「道場主様の娘御でございましたか。よろしくお願い申す。」なんて言っている。

俺はそれを瑠美に伝えたが、瑠美も理解できないみたいで目を白黒させている。

俺にも猫獣人がなぜ道場主を尊敬するのかはよくわからない。


俺たちはロドリーゴ兄弟に家から出ないように言い残して学校に向かうことにした。


学校に着くと、勝太郎は切り傷だらけで全身バンソーコーや包帯だらけであった。

それでも彼は笑顔であり、俺の顔を見つけると、「お前には負けないからな!」と言ってきた。


クラスの話題は来週に行われる野外演習のグループ分けであった。

どうやら野外演習のグループ分けは自由編成で行われるらしい。

俺は特に誰と組もうということはなかったのでローラと、「誰と誰が組むんだろうねえ」なんてのんびりと言っていた。


問題が起こったのはお昼休みである。

今日は解凍しすぎたサバを消費するためにお弁当にしてきた。そのため学食には行かずに教室で食べることにしたのである。


お弁当を食べようとすると、黒井という男が近づいてきた。

こいつは政治家一族という触れ込みで親族には総理大臣も輩出しているというらしい。本人はキザで他人を上から目線で見下すような奴である。

俺はそういう姿にどうしても中学の時のいじめっ子の姿がダブってしまうのでできるだけ近寄らないようにしていたのだ。向こうもこちらに近づこうとしてこなかったはずなのに。


彼は俺の存在をまるっと無視してローラに「ローラ殿下、こちらにステーキ重があるのですが一緒に食べませんか?」と言ってきたのである。

ローラの目が「肉」の文字になりふらふらと立ち上がった。

黒井はしめたとばかりに「ローラ殿下、東京のお話をしましょう、原宿は若者の最新流行が集まっているんですよ。」と言い出す。

ローラは東京のことも原宿のことも何も知らないので」「トーキョー?ハラジュク?」と戸惑っている。


俺が「おいローラ食い物に惑わされるんじゃない」と言って彼女の手を掴もうとしたら黒井のやつ「おい庶民、高貴な方に触ろうとするんじゃない!下がってクズでも拾ってろ!」と上から目線で言ってローラを連れてゆこうとした。


すると騒ぎを聞きつけていた北畠が「あら、海崎くん、別にいいじゃない。ローラがいなければ私とペアを組めばいいのよ。」と言って俺の隣に座ってきた。

「どうせこれだってローラが作ってきたんじゃないのでしょう?私だったら毎日あなたのお弁当くらい作ってきてあげるわよ、え、何?何すんのよ、いふぁいいふぁい」

いつの間にかローラが北畠の横に立っていて北畠の口の端を捻り上げている。

「私の愛しい旦那様を誘惑しているのはどの口かしら。もしかしてこの口?」

北畠はやっとのことでローラの手を振り解いて、「ローラ?あんたねえ、ステーキ重を食べに行くんじゃないの?」という。

俺も心の中で「うんうん」と頷かざるを得ない。


ローラは済ました顔で「まあっ、私と旦那様、健斗様とはやっとお母様から正式の婚約をお許しいただいたのですよ。その旦那様に言い寄る女を放置できるわけないじゃないですか。」と言い出す。

そうしてローラは女王陛下にもらった左手の薬指にはめた指輪を誇らしげに見せたのである。

北畠は俺に「あのローラの言っていることって本当なの?」と聞いてきた。


俺は「基本的には正しい」と言わざるを得ない。


ローラは「もちろん私の旦那様は英雄ですから多くの女性が私の旦那様に懸想するのはやむを得ないのです。なので、私を正妻と認めて尊重するなら私の旦那様の側室になることはかまいませんわよ。」と言って高笑いしている。


ふとみると黒井の姿は既にどこかへとかき消えてしまっていた。


北畠は「じゃあ、私が側室でもいいと言ったら私が健斗くんと付き合ってもいいというのね?」とローラに言っている。

おい、お前ら何を言い出しているのか。

焦って俺は勝太郎の方を見たが、包帯とバンソーコーだらけの勝太郎は俺に「ヒューヒュー、よっ、色男、色男は憎いねえ。」とか言い出している。

諦めてローラの方を見ると、ローラと北畠の見るからに笑顔の二人が目の奥だけは笑っておらずにお互いに相手を褒めあっている。


「俺は弁当を食う。」

そう宣言した俺は、もう誰も視界に入れることなくひたすら弁当を食べることに専念したのであった。

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