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魔女

翌日は魔法実習である。

午前中の座学では魔法理論を学んだが、ローラも北畠さんもあくびをしていた。勝太郎に至っては豪快に眠っていた。

代わりに昨日の剣術の授業では活躍していなかった勢が目を輝かせて授業に聴き入っていたのである。


そうか、彼らは魔術師志望か。

魔法学の先生の話によると、魔法の才能は入学当初には現れていなくても後から現れてくることがあるので全員に必修にしているのだそうである。


午後の必修の魔法実習は薬草をゴリゴリ砕いてお湯で煮出して濾過器で漉してできた液体に魔力を通して初級ポーションを作るものだった。

こういう実習はなんだか楽しい。


俺は結構熱中してポーション作りに挑んだ。

ガスコンロでポーション液を熱して煮出すと薄緑の抽出液が出来上がる。

それを濾過器で漉して抽出液をビーカーに入れ、あとはガラスの棒でかき混ぜながら少しずつ魔力を込めてゆくらしい。

でも少しずつ魔力を込めるってどうすればいいんだ?

仕方がないので最小限度でゆっくり魔力を流し込んでみた。

最初はなんの変化もなかった。それでも魔力を流し続けると、1分程していきなりビーカーが眩く光った。

驚いて魔力の注入を止めてビーカーを見ると、ビーカーの中の液は薄緑色からブルーに変色していた。


ちょっと呆然としていると、先生がやってきてビーカーを見て言った。

「お前さん、ちゃんとできたじゃないか。初回の実習でポーションを完成させた奴なんて数えるほどだからね。」そう言いながら先生は何かに気づいたみたいだ。

「うっふふ。お前さん、愛し子か。じゃあこれくらい訳ないか。少し追加授業だ。他の奴らはポーション作りに全力でポーションを作れ。」

先生は他の生徒にそういいながら俺の机にローソクを持ってきた。


「海崎君、お前はこのローソクに火をつけるんだよ。」


しまった、やりすぎである。魔法の先生に目をつけられてしまった。

俺はできないフリをしてローソクに火をつけることをサボタージュしようと試みた。

おそらくそういう小細工は先生にはお見通しだったのかもしれない。


「こら、海崎。ちゃんとやらないとあいつを氷漬けにしてやるぞ。」

そう言って先生は虚空を指差した。


大木の生徒には虚空にしか見えないだろうが、俺にはサフルがふわふわ浮いているのが見えているので先生がサフルを指さしているのがわかる。


「ちっ、仕方がないなあ。」俺はそうひとりごとをいうと、諦めてファイアの呪文を唱えようとした。その時にヤリと笑ったサフルが指をパチンとしたことには気づかなかったけれど。


俺のファイアは単にローソクに火をつけるだけのものに過ぎなかったんだけれど、炎はゴオッと天井まで噴き上げたのである。幸い、学校だけあって天井は難燃性の素材を使っていたらしく、延焼することはなかった。


けれども先生を見ると先生の魔女の帽子の前のつばの部分が燃え落ちていたし、多分、ご自慢の前髪は炎のせいだろう、チリチリに焦げてしまっていた。


「なっ、なっ、なっ!」

先生は何か喋ろうとしていたみたいだが、言葉にならない様子だった。


サフルの方を見たが、むしろツーンという感じである。他の生徒たちもそりゃ本心はこちらが気になるだろうが、先生のとばっちりを受けたくないからだろう。みんなポーション制作に熱中するフリをしていた。


ローソクは静かに火を灯し続けていたのである。


やあやあって教室のドアが開いた。そこにはローブを着たお目目のぱっちりした女の子が立っていた。


「宮本先生、お呼びですか?」


「ああ、ビアンカ、そこの男の子、海崎健斗というのだけど、私の研究室に連れていってちょうだい。」


ビアンカと言われた少女は深々とお辞儀をして「かしこまりました。」と返事した。


彼女はグッと俺の腕を掴んで引きずり始めた。結構力が強い。


俺をずるずるとドアの方に引きずってゆく。


その時、ローラが慌てたようにすっ飛んできて俺のもう片一方の腕に掴まった。


「にゃー!健斗をどこに連れてゆくのよ!」

おいローラ、慌てたのか知らないが「にゃー」はいかんぞ。

先生は「はあ?何しているの?ハルシュタットさん。海崎は私の研究室に連れてゆくだけよ。あなたはポーション作成を続けなさい。」と言う。教科担任としては当然の発言であろう。


けれどもローラは「いやよ。健斗を連れてゆくなんて認めません。」と言って俺の腕にしがみついている。

多分彼女の胸だろう。柔らかいものがフニフニと俺の腕に触れる。


驚いたことにビアンカさんは俺とローラの二人をものともせずに引っ張って廊下に引き摺り出してしまったもである。


「ビアンカさん、だっけ?ちゃんと歩きますから引っ張らないで下さい。」

俺はローラにも歩くようにいい、そのまま、宮本先生の研究室とやらに連れてゆかれてしまった。


宮本先生の研究室は奥の方の机にはうず高く書類が積み上げられているし、棚には奇妙な色の液体の入ったビーカーや骨っぽいものが入れられた瓶などやばそうなものが並べられている。

けれども、俺たちは入り口近くの趣味は悪くないソファに座るよう指示された。

ビアンカさんは少しするとお盆にティーカップを乗せて持ってきて俺たちの前のテーブルに並べた。

「もうすぐ宮本先生がお帰りになりますからそれまではお待ちください。」

ビアンカさんはあまり感情を込めない、抑揚のない声で俺たちにそういった。

ローラはビアンカさんを見て唸っている。

ビアンカさんがローラのことをほとんど気にしていないことは助かった。

先生が来る前に喧嘩になったら大変である。


15分程して、宮本先生は部屋に戻ってきた。


「お待たせ。で、お邪魔虫もくっついてきたのね。」

「私はお邪魔虫じゃないわ。健斗の番よ。」

ローラは警戒心がマックスになっている感じである。


ビアンカは宮本先生の分のティーカップも持ってきた。

宮本先生は紅茶を一口飲むと、少し笑いながらいう。

「別に取って喰ったりはしないわよ。ちょっと実験材料いや、調査に協力して欲しいだけかな。」

宮本先生はサラッと実験材料なんて口走っていなかっただろうか。


「ビアンカ、例のものを持ってきて。」

宮本先生がビアンカに頼むと彼女は研究室の奥の方に消えていった。

「あの子はねえ、人造人間ホムンクルスなの。だからあまり感情はないわ。恋愛感情もね。」

へえ、ホムンクルスって今の世界に存在しているんだねえ。


ややあってビアンカが水晶玉のような器具と放射状にクリスタルが並べられたような器具を持ってきた。


「じゃあ、海崎君、その水晶玉に少し魔力を流して。」

俺が水晶玉に魔力を流すと、水晶玉は眩く光り、下側の機械部分から少し煙が出た。煙が晴れると数字求かび上がっており、311と読み取れた。

「ははあ、結構優秀な魔力じゃない。あなた、このままでも第一級魔術師のライセンスが取れるかもしれないわよ。

宮本先生は嬉しそうな声をあげた。


実際の俺のMPは1311である。多分、数値は実際より1000少ない。もしかすると1000以上のMP値は想定外ということかもしれない。

けれども俺にしてみればあたいが少なく出たことはラッキーである。

俺は曖昧な笑みを浮かべるだけにした。


次に放射状のクリスタルがある器具にも魔力を込めるように言われた。

すると赤い線がマックスまで伸び、他の線は真ん中くらいまで光った。


「おやおや、これは。あなたは火妖精の愛し子だから火魔法にだけ適性があるのかと思ったらそうではないようね。これは驚いたわ。」

宮本先生は本気で驚いているようである。

彼女はローラにもその器具を使わせた。

ローラがやると、線は灰色の線一本だけが伸び、他の線は全く伸びなかったのである。

宮本先生がローラに「ハルシュタットさんは無属性魔法だけね。この魔道具はきちんと動いているわ。」という。


俺たちは何のことを言われているかさっぱりわからなかった。


少し意地悪そうな目をした宮本先生は「ローラさんのその帽子とヘッドホンは秘密を隠しているわけね。」と言って微笑む。

俺は焦ったが、「何のことを言っているのでしょう、先生。根拠のない話を触れ回られても困るのです。」と務めて冷静に言った。


「ふふふ、海崎君はハルシュタットさんのさしずめナイトといったところなのでしょう。もちろん私は何も言いませんわ。けれどもこれからあなたがたは魔法研究会に入ること。」

宮本先生はそういって楽しそうに笑ったのである。


俺たちが這々の体で教室に帰ったことは言うまでもない。

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