某機関/入学式の前
都内某所、某機関にて二人のエージェントの会話
A: 「獣人現るなんて話がありますが、本当なんでしょうか。」
B: 「お前、滅多なことは言うなよ、最重要機密情報だぞ。でも、聞くところによると妙齢の美人さんらしいぞ。」
A: 「ここには当直要員の僕とあなたしかいないじゃないですか。」
B: 「まあそうだが。壁に耳あり障子に目ありという諺もあるぞ。」
A: 「ここには障子歯ないですね。」
B: 「口の減らんやつだな。」
A: 「もしかすると獣人は集団幻覚という可能性もあるんじゃないでしょうかねえ。」
B: 「一応、何人かの人間が確認したらしいから幻覚ということはないと言う話だ。」
A: 「でも、高校に入学させるなんて上は正気なんですかねえ。」
B: 「中学に入れるよりはマシだろう。高校といっても迷宮科らしいから守秘義務は守られやすいはずだ。」
A: 「海崎渉外担当部長のお子さんが発見者あっていう話ですからそこでの囲い込みということでしょうか。」
B: 「確か海崎部長は都内居住ではなくて関西のど田舎に住んでいるという話だからなあ。」
A: 「部長って海外で仕事しているようなものだから東京に住む意味自体ないですものねえ。」
そのあたりで二人はコーヒーを淹れて飲むことにしたようである。
A: 「日本でこんなことが起こると大変だよなあ。米国も中露も獣人に限らず異世界人を追いかけているという話ですよね。」
B: 「ダンジョンの奥底が異世界に通じているから追っかけているという話だが、与太話にしか思えないよ。」
A: 「でも異世界が本当にあったらすごいよね。今の世界の問題の多くが解決されそうです。」
B: 「そんなにいいものでもない。日本人は平和ボケだから想像だにしないだろうが、世界の常識なら異世界の軍事征服が始まるだろうなあ。」
A: 「それは嫌な話ですねえ。」
B: 「ああ。だからこそ少なくとも日本発の異世界侵略は避けねばならん。だからこそそういう危険に繋がりかねない情報は絶対秘匿だよ。」
♢♢♢
瑠美は膨れっ面をしていた。
ローラが瑠美と一緒に中学に行かずに健斗と一緒に高校に行くと聞いたからである。
そんなの、ローラと健斗をくっつけるだけじゃないの。高校でローラと健斗がラブラブになったら私が割り込む隙間なんてなくなるかもしれない。
「わかったわ。それなら私は毎晩、健斗の家に行って夕飯を作ることにする。」
「は?それじゃあ俺は道場で一人寂しく夕食を取れっていうのか?」
さすがに亮太も険しい顔をしている。
「はあ、お父さんもそろそろ子離れをする時期じゃない?大丈夫。お父さんの分は私が作り置きしておいてあげるから。」
亮太は娘に何もいうこともできずに「はあ近頃の若者はどうしてこうなんだ」と定型的な文句をぶつぶついうだけになってしまった。
ローラ王女は亮太から健斗と一緒に高校に通うことになったと聞いて大喜びである。
急いで制服を注文すると、ギリギリ入学式には間に合うということだった。
そのほか、衣類は瑠美がにっこりとして買ってきてくれたし、それでも足りないものはネット通販で健斗と一緒に買うことになったのである。
瑠美は「私も来年は同じ高校を受けるからね。」と言って参考に見せてとローラ達にくっついている。
食事も健斗と瑠美が交代して作ることになった。
ローラは王女様なのでこれまで厨房に入ったことがないということなので、包丁の使い方から教えなければならない。今のところ戦力にはなりそうになかった。
瑠美はいい子なのでちょくちょく実家に帰っては父親のための食事の準備をする。
亮太は「いやあ、冗談で健斗くんにうちの婿になれと言ったけれど、逆に娘の方を取られてしまったようだ。」と自虐のようにいうようになっている。
瑠美は「ごめんねお父さん。でもここで手を抜くと健斗を完全にローラに取られてしまうかもしれないの。」と心の中で父親に謝りながら健斗の家に向かうのであった。
瑠美はそういうローラと健斗をしっかりとサポートしている。
ローラは腕は手首近く、足も足首近くまで体毛が生えているので、瑠美はローラのために長袖の服や長ズボンのパンツ、もしくは厚手のタイツを準備していた。
それを着るとローラの体毛はほぼ隠すことができる。
そのため、俺たちは周囲の住民にそれほど見咎められることなく歩くことができるようになった。
「瑠美、ありがとうな。」
俺がそういうと、瑠美は「お気になさらず。来年は私も健斗の後輩になるつもりだから。その時には覚悟してよね。」と済ました顔でいうのである。
こうして海崎家では健斗とローラと瑠美という奇妙な同棲生活が始まった。
まあ、瑠美は中学生らしく、夕食後は道場のある実家に戻るのだが。
俺たちは俺の実家で夕食を食べたり、道場で師匠と一緒に食べたりしている。
たまには道場でローラや瑠美、時には師匠と稽古をしている。
師匠を鑑定するとこういう感じである。
名前 相馬 亮太 種族 人間 レベル25 HP198/198 MP78/78 スキル 刀術Lv.5 剣術Lv.5 槍術Lv.3 弓術Lv.2 体術Lv.5 **** **** **** 称号 慈恩流免許皆伝、慈恩流道場主、****、****、****
レベル25なんて化け物ではないか。あと、伏せ字になっているところがいくつかある。これについてはよくわからないが、俺の方がレベルが低いので鑑定を受け付けないという事かもしれない。
俺とローラは以下の通りである。瑠美が来るようになって迷宮探索には行けていないのでレベルは1しか上がっていない。
名前 海崎 健斗 種族 人間 レベル18 HP108/108 MP1311/1311 スキル 刀術Lv.3 剣術Lv.4 槍術Lv.2 鑑定Lv.2 火魔法Lv.3 称号 慈恩流免許皆伝、火妖精との契約者、ローラ王女の番(仮)
名前 ローラ・ハルシュタット 種族 猫獣人 レベル18 HP143/143 MP59/59 スキル 短剣術Lv.4 剣術Lv.2 短弓術Lv.2 宮廷作法Lv.3 言語理解Lv2 称号 第一王女、二刀流短剣術の達人、海崎健斗の番(仮)
俺は鑑定がレベル2に上がったのでスキルなどに簡単な説明がつくようになった。例えば言語理解レベル1は「異なる言語の会話で意思疎通ができる」だし、言語理解レベル2になると「会話に加えて学生レベルの読み書きができる」という説明になっている。
ローラは言語理解レベル2になったので学校の授業は理解できるということだろうと思う。
瑠璃はこうである。
名前 相馬 瑠璃 種族 人間 レベル3 HP23/23 MP9/9 スキル 刀術Lv.1 剣術Lv.1 称号 慈恩流道場主の娘
俺が迷宮探検を始めた時くらいである。まだまだである。多分、迷宮探索に連れて行けばいいと思うのだが、ローラの異世界に繋がっている迷宮を不用意に教えるのは危険であると判断しているのでそこについてはローラにも固く口止めするように言っている。
そうこうしていると、本当に入学式の前の夜にローラの制服や体操服が届いたのである。
ローラは制服を着て、その上にブルゾンを羽織って体を隠し、さらに帽子を被り、ヘッドホンをかけることで偽装を完了する。
何セットかの偽装用の服装を試してみたのである。
学校側は体育の時には個室使用を許可するという連絡がすでに届いている。さすが聞き替えシーンを見られたら猫獣人であることを隠しようがなくなる。
そういう手配を素早くできる師匠は地域に影響力を持っているということかもしれない。
明日はついに入学式である。
師匠は保護者代理として入学式について行ってあげようかと言ってくれたが、俺は丁重にお断りした。
けれどももしかすると来賓などでしれっと参加しているかもしれない。そういう底知れないところがあるのがうちの師匠である。




