卒業と新しい道
カクヨムで始めたものです。
こちらにも投稿します。
昨日は中学の卒業式だった。
俺、海崎健斗は卒業式には出席しなかった。
今日は道場で儀式がある。
中学校の3年間はもう初期の数ヶ月しか登校していない。いきなり中学でいじめにあった俺は登校することをやめたのである。
俺は親父の伝手で「慈恩流」という古武術の道場に入門した。
俺はその道場でほとんど学校には行かずに住み込んで修行していたのだけれど、フリースクール扱いにしてもらえたので道場への出席を出席扱いとして卒業を許可してもらったのである。
この道場での3年近くの修行の結果、免許皆伝を許されるということで道場に呼ばれている。
道場には道場主の相馬師範と娘の瑠美ちゃんが待っていた。
相馬師範はヒゲモジャの人の良さそうなおじさんである。瑠美ちゃんは俺の一年下の中2の子である。
すごく熱心な子で将来は道場主を承継すると言って目を輝かせる子である。
改めて見ると将来は美人さんになりそうな子だけれどほぼ毎日竹刀を交わして鍛錬に励んできたので女の子というより同門のライバルという気分が強い。
道場には三宝に載せられた三巻の巻物と木刀が置かれている。
相馬師範と瑠美ちゃんが上座に端座し、俺は下座に座った。
相馬師範が厳かに「海崎健斗」という。
俺は「はいっ」と平伏して返事した。
「その方、よく修練して精進し、奥義を極めたと認める。ここにその証として免許皆伝の巻物と木刀一振りを与える」
「ははっ」
俺はもう一度平伏して儀式は終わった。
相馬師範はいきなり足を崩して「ふーっ」吐息を吐いている。
俺はそっと巻物の中身を見てみたが単に今まで習い覚えた技の名前が列挙されているだけだった。
師範は「なあ、健斗、お前、うちに入婿になってこの道場を継いだらいいのに。」
「い、いやあいくらなんでも俺ってまだ子供ですからね。」
俺が必死で受け流しながらチラッと瑠美を見ると顔を真っ赤にして震えている。
「このバカ親父!デリカシーなさすぎ!そんなだから母さんも逃げたんだ!」
いきなり剣で師範に打ち掛かった。
「瑠美、ははは、まだまだ踏み込みが甘いぞ。」
師範は瑠美の打ち込みをひょいひょいと避けてゆく。
埒が開かないと一旦、攻撃の手を止めた瑠美はつっ、と持っていた木刀の先を俺に向けると「あなたもあなたよ。鼻の下を伸ばして、キモい!」
そう言いながら俺に向かっていきなり剣を打ち込んできた。
俺は拝領した木刀を咄嗟に掴むと瑠美の打ち込みを受け流した。
「うわーん、健斗のバカっバカっばかあー」と言いながらものすごい打ち込みを仕掛けてくる。俺が必死でその打ち込みを躱していると、師範は「アオハルだなあ。美しい」と言いながらさっさと道場を出ていってしまった。
何度も剣を打ち合っているとさすがに瑠美の息が上がってきている。
さっと足払いをかけて瑠美を道場の床に転ばせた。
彼女は道着を汗びっしょりにしてはあはあと喘ぐように呼吸している。道場の窓から差し込む光で照らされた瑠美の顔は確かに綺麗である。
思わず顔を覗き込もうとすると瑠美はぷいと顔を反対側に向けてしまった。
俺は思わず苦笑いする。
「ねえ、健斗、高校に行ったらもうこの道場には帰って来ないんでしょう?」
「いや、俺が行くのは『迷宮科』だからなあ。結構全国から剣の猛者が集まっているらしい。そんな中では師範と相談することもあるだろうからこれからもちょくちょく来させてもらうつもりだよ。」
「本当?」
瑠美はパッとこちらに振り返った。
「じゃあ約束して。」
「ああ」
こうして俺と瑠美とは指切りげんまんをしたのである。
♢♢♢
「迷宮科」は今から10年前に世界中に突然出現した地下迷宮について、その探索者を養成するために新しく作られたものである。ここで高校生たちは地下迷宮の探索についての知識や技能を学び、卒業すると迷宮探索者となって日本にもいくつもある地下迷宮の探索に挑むことになる。
地下迷宮の探索に当たっては銃器や爆発物の効果は大きくなく、軍隊を導入した多くの国も小規模パーティによる探索に方針転換している。ダンジョン内の魔物もしくはモンスターは銃器よりも刀剣類の方がより効果的である。
そのため日本でも武術の道場は探索者志望の若者で一気に隆盛を極めた。
(それを考えると相馬師範は商売っ気がなさすぎだな)
相馬師範の「慈恩流」はそんな流行など知らないかのように田舎の潰れかけの道場のままなのである。
健斗が「迷宮科」を選んだのは実技を重視するからということであった。田舎道場とはいえ、3年間みっちりしごかれてきたのである。その経験を生かさないと損である。
ということで彼は「迷宮科」を受験することにした。
試験は卒業式の一週間前にあった。
午前はペーパーテストで午後から実技ということだった。
ペーパーテストは基本的な問題がほとんどだったので学校に行っていない俺でもなんとか解答欄を埋めることができた。
問題は午後からの実技である。
最初に受験生は順番に水晶玉に触るように言われた。
水晶玉に触れると人によって光ったり光らなかったりした。強く光った人の時にはどよめきがあったのでやはり強く光る方がいいのだろう。
俺の番が来たのでその水晶玉に触れると結構強く光ったような気がした。周囲も少しおおっといったような気がしたが試験で緊張していた俺にはどうだったのかは判断できなかった。
そのあとは武術の試合形式の試験である。
試験官が参加するかどうか聞いてきた。どうやらあの水晶玉を強く光らせた人は武術試合をパスできるらしい。
俺はせっかく武術を学んできたので試合参加を希望した。
試合は3回勝ち抜きという形式だった。
事前の話では、2回勝ち抜けばほぼ当確らしい。
武器は学校に備え付けのものを選ぶことになっていた。
試合は一応は男女別になっているらしい。
初戦の相手は槍の使い手だった。
刀対槍では間合いの短い刀の方が圧倒的に不利である。
けれども相手も初戦で緊張していたのかもしれない。
彼が大振りした槍の隙を突いて悠々と間合いを詰めて彼の喉元に刀の切先を突きつけることができた。
笛が鳴り試合終了である。
次の試合は刀同士の対決になった。
相手は「きえぇえ!」と奇声をあげると、もの凄い勢いで右、左と切り付けてきた。
俺はやむなく後ろに飛び下がりながらその斬撃を避けてゆく。
彼の斬撃は早いのだけれど単純なので避けやすいのである。
瑠美相手だったら同じように無茶な勢いで切り付けて来るのをかわし続けて息が上がるのを待てば良かったが、この相手は桁違いのスタミナを持っているようでいつまで経っても息も上がらないし、疲労してくる様子も見られない。
仕方がないので相手が刀を振り下ろした瞬間に回避からカウンター攻撃で相手の刀に叩きつけた。
その打撃は彼の腕を痺れさせたようで、彼は自分の刀を取り落とし、俺は難なく彼の首筋に刀を突きつけることができた。
笛が鳴り、2勝目を挙げることができた。
これであとは棄権しても合格はできるはずである。
俺は棄権してさっさと帰ろうと帰り支度を始めていると「何をしている」という声を聞いた。
頭を上げてみると派手な白いジャケットを着た男がいる。
「ああ、ここの試験は2勝すると合格と聞いたので帰ろうと思っています。」
俺がそういうと彼は「それなら俺と試合をやって負けてゆけ」というのである。
彼の手下らしい男が数人で俺を囲んでいて逃げられそうもない。
「わかりました。やむを得ませんね。」
せっかくこちらが棄権するといっているのに訳がわからない。
俺が刀を握って試合場に戻ると、既にその白服の男と取り巻き連中は試合場に戻っており、取り巻きが「勝さん、布留那一刀流の凄さを見せつけてやってください。」とかいっている。白服はそういう言葉に「応」と答えて手をあげたりしている。思ったほど悪い奴というわけではないのかもしれない。
試合が始まると、彼は大言壮語していただけあって、もの凄い速さで打ち込んでくるし、攻撃も多彩で単調じゃない。
こちらもついつい体を捌ききれずにドタバタとかわしてしまう。紙一重で移動を最小限にしてかわすという師範の境地には到底辿り着けない。無様でもかわし続けて勝機を見出すのが慈恩流である。
その一瞬、俺は刀を一突きして「勝さん」の喉に擬した。
鋭く笛が鳴る。
「引き分け!」
みると「勝さん」の刀は俺の胴に沿わされていたのである。
試合後、彼は俺に手を差し出してきた。
「俺は布留那勝太郎。布留那一刀流宗家の嫡男だ。よろしく。君は?」
俺は答えた。
「俺は海崎健斗。慈恩流を学んでいる。」
「慈恩流?じおんりゅう。………もしかしてあの幻の?」
「えっ?何それ。」
「い、いや、勘違いかもしれないしね。いずれにしても入学したらよろしく。」
こうして俺は勝太郎と知り合うことになったのである。