征服の能力③-019
第十九話
イラアは必死に逃げていた。
背後には――あのゼロウスの気配が迫っている。
「まずい……あいつが追ってきている。振り返ったら……目が合ったら終わる」
「――無駄なことですのよ。あなたは私に殺される、それが運命」
不気味な声が追いかけてくる。
イラアは一軒の酒場に飛び込んだ。
ゼロウスもそれを見逃さず、静かに店内へと足を踏み入れる。
「どこに行ったのですか、イラア様。出てきてくださいませ」
ゆっくりと、奥へ。
ゼロウスの視線が物陰を捉える。
「ふふふ……かくれんぼが上手なこと」
〝ザッ〟
ゼロウスが物陰に向かって魔法を放つ。
〝ドォォォンッ!!〟
爆風が吹き抜ける――しかし、そこにいたのは……
「……人形?」
店の装飾用に置かれていた大きな人形だった。
その瞬間、物陰から声が響く。
「――かかったな。《風のナイフ》!」
〝シュビッ〟
イラアが放った風の刃が、ゼロウスの目に向かって飛ぶ!
「――あらあら、刃物なんて危ないですわ」
ギリギリのところで逸れ、ゼロウスの額上をかすめただけだった。
「くそっ……目を潰せば勝ち確なのに……!」
「私の目を狙っていることなんて、当然分かっていますのよ」
ゼロウスが余裕の笑みを浮かべ、反撃の魔法を構える――そのとき。
〝スッ〟
イラアの手から、一輪の花が落ちた。
「……ん?」
ゼロウスの視線が花に奪われる。
「よし……さっき拾っておいた花、役に立った!」
イラアはすかさず次の魔法を詠唱する。
「《風のナイフ・ラウンド》!!」
全方向に風の刃を放つ、範囲魔法――!
〝シュバババババッ!!〟
酒場の酒瓶が割れ、酒が飛び散る。
無数の風の刃が、ゼロウスに襲いかかる――!
「……終わりだ!!」
だがその刹那――
「《ネアルド》」
〝ピタッ……〟
風のナイフのすべてが、その場で動きを止めた。
「……な、なんだと!?」
ゼロウスが静かに言った。
「私の能力は、目が合った対象を思った通りに動かす能力。
ですが……魔法でも、無機物でも、“目が合った”と認識すれば操れますのよ」
「……嘘だろ」
イラアが呆然としている隙を突いて、背後から住人が忍び寄り、イラアの身体を押さえ込んだ。
「くっ……いつの間に!?」
そして――
イラアとゼロウスの目が、再び合ってしまった。
「――これで終わりですわ、イラア様」
ゼロウスがにこやかに近づきながら言う。
「こんなお酒で床を濡らして……お召し物が汚れてしまいましたわ」
イラアの身体は硬直し、魔法すら使えない。
「ぐ……ぅ……」
「もう攻撃魔法は使えませんわね。なかなかしぶとい方でした」
住人が大太刀を手に取り――
イラアの首に向かって振り下ろそうとした、その時だった。
「――《ウォター・リヴァーサル》!!」
〝ドゴォッ!!〟
突如、床に広がった酒から拳が飛び出し、住人を吹き飛ばした!
「がっ……!? ど、どういう……こと……?」
〝ドサァッ〟
ゼロウスと住人が昏倒する。
イラアは、かすかに笑いながら言った。
「……もしも攻撃が失敗した時のために……酒で床を濡らしておいたんだ。
あとは、“水”から拳を出す魔法にかけるしかなかった……」
そして、イラアも力尽き、その場に倒れた――。
──つづく。