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落語【声劇台本書き起こし】

古典落語「竹の水仙」

作者: 霧夜シオン


古典落語「竹の水仙すいせん


台本化:霧夜シオン


所要時間:約35分


必要演者数:最低3名

      (0:0:3)

      (2:1:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


左甚五郎ひだりじんごろう:京都にて左官ひだりかんを朝廷から頂戴ちょうだいした当代一の大工・彫刻師。

     1600年の20~30年前後に活躍した人物。

     日光東照宮にっこうとうしょうぐうの眠り猫をるなど多くの逸話があるが、

     歌舞伎かぶきや講談など、それらの逸話いつわが独り歩きし、複数の人物像

     が重なって左甚五郎ひだりじんごろうという人物が生まれたのではないかという

     説もある。

     このはなしの他にも「三井みつい大黒だいこく」、「ねずみ」、「叩きがに」にも

     登場する。


大黒屋金兵衛だいこくやきんべえ旅籠はたご大黒屋だいこくや亭主ていしゅ

       自他じたともに認める欲の深そうな名前だが、本人はそこまで

       欲が深くない。

       甚五郎じんごろうに金が無いと知るや、罵ったりなどの態度を取るが

       、左甚五郎ひだりじんごろうと知るや手の平くるりんぱ。

       わりと憎めない人物。


おかみ:金兵衛きんべえの妻。

    こちらも左甚五郎ひだりじんごろうと知るや手の平クルックルワイパー。


綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろう細川越中守ほそかわえっちゅうのかみの家来。

      竹の水仙すいせんの価値や作者の事を知らなかったばかりに、

      あやうく主人の越中守えっちゅうのかみから切腹、お家断絶いえだんぜつを命じられかけて

      しまう。


細川越中守ほそかわえっちゅうのかみ:この頃の肥後熊本細川家ひごくまもとほそかわけは、三代目当主の細川綱利ほそかわつなとしであった

      と思われる。石高はおよそ五十五万五千石ごじゅうごまんごせんごく

      赤穂浪士あこうろうし事件の際、大石内蔵助おおいしくらのすけらの身柄みがらお預かりをした事で

      も知られる。


藤兵衛とうべえ:江戸は表駿河町おもてするがちょう三井八郎衛門みついはちろうえもんのところの番頭ばんとうで、甚五郎の元へ大黒

    様を彫ってほしいとの依頼を持ち込む。


女中じょちゅう神奈川宿かながわしゅくの呼び込み女中じょちゅう

   ご隠居いんきょ様ご一行いっこう…言うまでもなく例のあのお方たちですな。

   じーんせーい、らーくーあーりゃ(rya


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


甚五郎・綿貫:

亭主・藤兵衛・越中守:

おかみ・女中・語り・枕:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:世の中には名前を残した方というのは数多くいらっしゃいますが、

  何か発見、発明をして名前を残した方、あるいはこの善行ぜんこうを積んで

  名前を残した方、あるいは自分で建てた寄席よせを自分でつぶして名前を

  …これはちょっと残し方が違いますけども、大工だいくさんのほうで、

  それもり物で名前を残した方にご案内の通り、甚五郎利勝じんごろうとしかつという

  人物がいらっしゃいまして、飛騨山添ひだやまぞえの住人だったそうでございます

  。十三の時に弟子でし入り、二十才のおりには師匠ししょうが目を見張みはるばかりの

  上達をげておりました。

  もう教える事は何もない、京の玉園たまぞのの元へ行って修行にはげむがよいと

  添状そえじょうを渡されます。

  京の伏見ふしみに住んで日々働いていたところ、朝廷ちょうてい御所ごしょから何か珍しい

  ものをこしらえろとご下命かめいを受ける。

  甚五郎じんごろう腕試うでだめしというので、竹で水仙すいせんをこしらえて献上けんじょうした。

  これが認められて目通めどおりの上、大層たいそうめの言葉をいただきました。

  この時に左官ひだりかんさずけられ、左甚五郎ひだりじんごろうと名乗ることとなったそうです。

  彼の名はまたたく間に日本全国にほんぜんこくつつうらうら々にパーっと広がりました。

  しかしもともと変わった人ですから、そういう事を鼻にもかけず、

  相変わらず伏見ふしみでぶらぶらしていたところ、ある日、一人の男が

  やって参りまして。


藤兵衛:ごめんくださいまし、ごめんくださいまし!


甚五郎:はぁい?なんだい?


藤兵衛:ちょっとおうかがいを致しますが、左甚五郎ひだりじんごろう先生のお宅はこちら

    でございましょうか?


甚五郎:ああ、甚五郎じんごろうのうちはここだよ。


藤兵衛:恐れ入りますが、甚五郎じんごろう先生にお目にかかりたいのですが。


甚五郎:お目にかかりたい?

    もうお目にかかってるよ。  


藤兵衛:あ、あなた様が有名な左甚五郎ひだりじんごろう先生で?


甚五郎:そうだよ。

    何か不審ふしんな事があるのかい?


藤兵衛:いえ、そうではございませんで、大変失礼をいたしました。

    実は手前てまえ、江戸は表駿河町おもてするがちょう三井八郎衛門みついはちろうえもんのところの番頭ばんとうで、

    藤兵衛とうべえと申す者でございます。

    このたび、あるじがさるおかたから運慶うんけい先生のこしらえました、

    恵比寿えびすを一体手にいれました。

    しかしどうも恵比寿えびすだけでは具合ぐあいが悪い。

    それで、このたび左官ひだりかんを許されました甚五郎じんごろう先生に、

    大黒だいこく様をっていただきたいのでございます。

    運慶うんけい先生の恵比寿えびす甚五郎じんごろう先生の大黒だいこく一対いっついにいたしまして、

    商売繁盛しょうばいはんじょうの神として残したいのでございます。

    このむねぜひともお願い致したく、うかがった次第しだいでございます。


甚五郎:運慶うんけい先生のこしらえた、恵比寿えびすを手に入れた…?

    お前さん、そこにもってきてるのかい?


藤兵衛:はい、ここにございます。


甚五郎:ちょいと、こっちへ見せてもらうよ。


    【二拍】


藤兵衛:どうぞ。


甚五郎:これかい?

    はあぁぁ…さすがに運慶うんけい先生だけの事はある。

    いい出来できだなぁ…お顔がいい。

    ふくぶく々しいお顔をしていらっしゃる。

    …よし、わかった。大黒だいこく様をろうじゃないか。


藤兵衛:お引き受け下さいますか!

    ありがとう存じます!

    それで、失礼ではございますが、お代はいかほどで…?


甚五郎:ああ、百両ひゃくりょうだな。


藤兵衛:えっ、あの、大黒だいこく様一体で百両ひゃくりょうでございますか?


甚五郎:高いと思ったらよしたがいいよ。

    私のほうかららせてくれと頼んだわけじゃない。

    お前さんのほうからってくれと頼んできたんだからな。

    しかしお前さんに一つ聞くが、三井みつい百両ひゃくりょうの金で土台どだいがぐらつく

    のかい?


藤兵衛:いえいえ、とんでもない話でございまして。

    それではなにぶん、よろしくお願いいたします。

    して、手付けはいかほど置きましたらよろしゅうございましょう

    ?


甚五郎:そうだな、三十両さんじゅうりょうもらっておこうか。


藤兵衛:承知いたしました。

    …ここに三十両さんじゅうりょうございますのでどうか、おおさめのほどを。

    百両ひゃくりょうのうちから手付けに三十両さんじゅうりょう、残りの七十両しちじゅうりょうはできあがりまし

    たら、お届けにあがりますので。

    それで、いつごろできますでございましょう?


甚五郎:それはわからないな。


藤兵衛:では手前てまえ、できますまでこの地に逗留とうりゅういたしまして、

    できあがりましたら江戸に持って帰りたいと思います。


甚五郎:そりゃあ無理だ。

    一年先になるか、五年先になるか…。

    だいいち、この京でできるか江戸でできるか、

    奥州おうしゅうでできるかどこでできるかわからない。

    できた時にはこっちからそっちへ知らしてやるから、

    お前さんのほうからそこまで取りにおいで。

    もしできなかった時にはこの三十両さんじゅうりょう

    香典こうでんだと思ってあきらめてくれ。


藤兵衛:これは恐れ入りました。

    それではなにぶん、よろしくお願いをいたします。


甚五郎:ああ、道中どうちゅう気を付けてな。


    …京の町も見飽みあきてしまってたとこだ。

    いま繁盛はんじょうを極めている、江戸の見物にでも行って来ようか。


語り:三十両さんじゅうりょうの金が手に入りました甚五郎じんごろう先生、

   玉園たまぞのへこの事を相談しますと、「何事なにごとも修行の為だ。のんびりと

   と行ってこい」と許しが出ました。

   さっそく身支度みじたくを整えておいおい江戸にまでくだって参りましたが、

   もともと呑気のんきな人であるためまっすぐ江戸には入らず、

   あっちに見物してふらーっ、こっちで遊んでぶらーっ、とやってい

   るうちに、あと一歩で江戸という神奈川の宿しゅくにかかりました時には

   、嚢中のうちゅう無一文むいちもん素寒貧すかんぴん

   着ている着物もあかじみて汚れ放題、猫の百尋ひゃくひろみたいな帯をめて、

   り切れた草鞋わらじを引っかけているという有様ありさま

   昔の宿場しゅくばというものはれ方になりますと、道の両側に

   宿やど客引きゃくひ女中じょちゅうという者が立ち並びます。

   赤い前垂まえだれを掛けて顔へ真っ白に白粉おしろいりまして、

   お神楽かぐらのお面のような顔をしてさかんにお客を呼び込むわけです。


甚五郎:はあ、だぁれも俺に声をかけねえのな…。  


女中:もし、そちらのお客様、お泊まりではございませんか?


甚五郎:お。俺の事かい?


女中:いいえ、うしろのご隠居いんきょのご一行いっこう様で。


甚五郎:…嚢中のうちゅう一文いちもん無しなのがけて見えてんのかねえ…?

    早く声かけてくれねえと、宿しゅくを出ちまうぞ…。

    また野宿のじゅくになっちまうのかね…呼んでくれたらそこへもぐり込んじ

    まうんだが…はえぇとこ呼んでくれねえかなぁ…。


大黒屋:もし、そちらのお客様!

    お泊まりではございませんか!?


甚五郎:!俺の事かい?


大黒屋:へえ、さようでございます。


甚五郎:【手を一回叩いて】

    しめた!


大黒屋:?なんでございます?


甚五郎:ぁいやいや、よく呼んでくれたよ。

    そちらの宿に厄介やっかいになろう。


大黒屋:こらぁどうも、ありがとう存じます!

    どうぞこちらへ!


    おぉい、お客さまだよ!

    おすすぎのお支度したくをして!


    ようこそおいでをいただきまして。

    え~手前てまえ当宿とうやどあるじ大黒屋だいこくや金兵衛きんべえと申します。


甚五郎:大黒屋だいこくや金兵衛きんべえ…欲の深い名前だね。


大黒屋:その代わりと言っては何ですが、手前てまえどもは奉公人ほうこうにんをいっさい

    置きませんで。家内かないと二人、親切をむねとしてやっております。


甚五郎:そうかい、私はね、そういううちが大好きだ。

    事によるとね、当分ここに厄介やっかいになるよ。


大黒屋:ありがとう存じます。

    ごゆっくりお過ごしくださまし。


甚五郎:私は酒が好きでね、飲ましておくれ。


大黒屋:えぇどうぞ、お召し上がりくださいまし。


甚五郎:ちなみに、一日いちにち三升さんしょうだよ。


大黒屋:えっ、三升さんしょう


甚五郎:朝に一升いっしょう、昼に一升、夜に一升、私はね、一日三升の酒を飲まな

    いと、二日酔いになるんだ。


大黒屋:そうですか、いや、たんと召し上がってください。


甚五郎:ここは神奈川だ。

    美味うまい魚はいくらでもあるだろう。

    亭主ていしゅに任せるから、美味うまい魚を食べさしてくれ。


大黒屋:承知いたしました。


甚五郎:それからね、茶代ちゃだいだの紙代かみだいだの、いちいち出すのは面倒だ。

    まとめてでいいだろう?


大黒屋:ええどうぞ、お気づかいなく。

    手前てまえどもの宿やどでは、何十日お泊まり下さいましても、

    おちになります時に、まとめて頂戴ちょうだいをさしていただいておりま

    すので。


甚五郎:そうかい、それを聞いて安心したよ。

    あぁそれからね、怒っちゃいけないよ、いいかい?


    お前さん達を決してうたぐるわけじゃない。

    実はね【腹をポンと叩いて】このふところのものだ。


大黒屋:へえ、大層たいそうふくらんでますな。


甚五郎:重くてしょうがない。


大黒屋:さようでございましょうな。


甚五郎:帳場ちょうばへ預けなくてはいけないんだが、私は自分の物は自分の身に

    つけてないと心が落ち着かないんだ。

    これはひとつ、勘弁かんべんしてくれ。


大黒屋:それもお客様のご自由でございます。

    ただ、十分お気を付けになってくださいまし。


甚五郎:それからね、色んなことを言ってすまないが、

    静かなとこの好きな人間だ。静かな部屋に入れてくれるかい?


大黒屋:【ポンと膝を叩いて】

    ちょうど良い部屋がございます。

    二階のこの一番端いちばんはしに、上段じょうだんというのがございますので。


甚五郎:冗談じょうだん

    ふざけながら入るんだな?


大黒屋:え、何です?


甚五郎:冗談じょうだん


大黒屋:こらどうも、恐れ入りました。

    どうぞ、ごゆっくり。


語り:なんてんでさぁ甚五郎じんごろう先生、朝一升あさいっしょう、昼一升、夜一升と

   三升さんしょうの酒を毎日毎日呑んで、部屋でゴロゴロゴロゴロしております

   。

   日数ひかずつにつれまして、台所をあずかっているおかみさん、これが

   黙っちゃいないわけでして。


大黒屋:今日も今日とて、よくまあこう毎日毎日酒をむもんだね…。


おかみ:ちょいとちょいと、ちょいとお前さん!


大黒屋:な、なんだよ。

    急に大声出すんじゃないよ。


おかみ:なんだい、あの二階の客は!


大黒屋:二階の客てな、どの客だ?


おかみ:なに言ってんだいこの人は。

    うちには今、一人しか泊ってないじゃないか!

    毎日毎日、酒をんで部屋でゴロゴロゴロゴロして…!


大黒屋:いいじゃねえか。

    客が宿屋の二階で酒呑さけのんでゴロゴロしてる事の、

    それのどこが悪いんだよ。

    これが醤油しょうゆ飲んでゴロゴロしてるんだったら気味きみが悪いけどな。


おかみ:なに言ってんだい、本当にもう…!

    酒の支払いがとどこおってんだよ!?

    食べる魚だってそうだよ!贅沢ぜいたくなことばっかり言ってさ!

    たいやヒラメやタコやイカって、竜宮城りゅうぐうじょうみたいなこと言ってんだよ

    !

    お前さんの前だけどね、あの人はそんな贅沢ぜいたくなこと言えるような

    身分じゃないと思うよ。

    着ている着物をごらんよ、着ている着物を。

    ありゃ正宗まさむねだよ!


大黒屋:なんだい、着物が正宗まさむねってのは。


おかみ:さわると斬れるよあれは。

    ああいう着物は正宗まさむねってんだよ!

    それに泊まってから一文の宿賃やどちんも入れないでさ!

    台所の物はみんな切れちまったんだよ!

    米は切れるし麦は切れるし砂糖は切れるし塩は切れるし味噌みそ

    切れるし醤油しょうゆは切れるしまきは切れるし

    炭は切れるしさ!

    切れないのは包丁ほうちょうと二人のくさえんだよ!


大黒屋:よくしゃべるねお前は…。


おかみ:どうもこうもないよ!

    半分だけでもいいから、宿賃やどちんもらっといでよ!


大黒屋:それがダメなんだよ。


おかみ:どうしてさ。


大黒屋:あの人が泊まる時に、

    「何十日お泊まり下さいましても、おちになる時にまとめて

    頂戴ちょうだいします」って言ってるからな。


おかみ:言ったかもしれないけどさ、さぐりを入れてみるんだよ!


大黒屋:なんだいその、さぐりを入れてみるってのは。


おかみ:「毎日ゴロゴロしていたんではお退屈でございましょう。

    いかがでございます。金沢八景かなざわはっけいでもご見物なさいませんか?

    いま時分ですと、兜島かぶとじまがたいそう綺麗きれいに見える頃でございます。

    なんでしたら、こちらでご案内申しあげてもよろしゅう

    ございますから」ってさ。

    行かないってったら…危ないんだからね。

    それか、

    「実はこのごろ神奈川宿かながわじゅくで決まったことでございますが、

    どんなお馴染なじみのお客様でも、五日に一ぺんずつはお勘定かんじょうをいた

    だくようになりましたから」

    ってさ!

    背に腹は代えられないんだから、

    そう言ってもらっといでよ!


大黒屋:だから、お前が言ってくればいいだろ。


おかみ:お前さんが行きなよ!


大黒屋:お前が行けよ。


おかみ:お前さんが行きな!


大黒屋:だからお前が行けって。


おかみ:お前が行けよ!

    …あたしの目をごらん。

    本気の目だよこれは。

    優しく言ってるうちにーー


大黒屋:【↑の語尾に喰い気味に】

    ~~行くよ!行けばいいんだろ!


    …おっかねえかかあだなぁ…家にとついできた時はもっと可愛かっ

    たのになぁ…!

    人の顔を見りゃギャアギャアギャアギャア言いやがってよう…!

    昔の無口は無い口で、今の口は六つの口ってなもんだよ。

    よくしゃべるよほんとに…。

    きっと名前がわりぃんだ、富士子ふじこってんだからな…。

    あいつがグダグダグダグダ言うから、「富士子ふじこる」って言葉が

    生まれたんじゃねえのか…冗談じゃねえよ本当に…。


    ごめんくださいまし、ごめんくださいまし!


甚五郎:おぉ、ご亭主ていしゅか。

    まぁまぁこっちお入りよ。

    汚い部屋だが私のうちだから、ここは。


大黒屋:【大きな声で言いかけて】

    いや私のうちだよ。

    っゴホン。


甚五郎:それにしてもここはいいね。

    私は綺麗きれいな宿ってのはどうもしょうに合わないんだが、その点、

    ご亭主ていしゅのとこはいいね、汚い。

    それもただ汚いんじゃなくて小汚い。小汚いというのはいいね。

    わざとらしくない、自然に、何気なにげなくそれとなく汚いってのは

    いいよ。国破くにやぶれて山河在さんがありなんて事いうけど、あの障子しょうじをごらん

    。障子しょうじ破れてさんばかり、結構けっこうだねえ。


大黒屋:ははは…恐れ入ります…。

    【声を落として】

    言いたい放題だなおい…。


甚五郎:あと私はあまり人に世話を焼かれるのが好きじゃないんだ。

    この宿はその点、ほっときゃほっときっぱなしだ。

    結構けっこうなもんだよ。布団ふとんの上げ下ろしくらい自分でやるからね。


大黒屋:時に、毎日そうやってお部屋でゴロゴロゴロゴロなすっていては

    、退屈でございましょう?


甚五郎:いや?退屈しないな。

    この窓から下を見てると面白おもしろいな。

    女は通るし男は通るし、犬と猫は追っかけっこするし、退屈しな

    いよ、面白おもしろいね。


大黒屋:っいかがでございましょう?

    金沢八景かなざわはっけいでもご見物なすっては?

    いま時分ですと、兜島かぶとじまがたいそう綺麗きれいに見える頃でございますが

    。


甚五郎:あー、絵で見てるからいい。


大黒屋:ぇ、絵で!?


甚五郎:絵の方が腹が減らないし、くたびれないな。


大黒屋:【つぶやくように】

    …危ねえな、どうも…。


    っじ、実はですな、近ごろ決まった事でございますが、

    当神奈川宿とうかながわじゅくでは、どんなお馴染なじみのお客様でも、

    五日に一ぺんずつはお勘定かんじょうをーー


甚五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    くれるのかい?


大黒屋:いやそうじゃございませんで!

    その、頂戴ちょうだいをする事になったんでございますが。


甚五郎:勘定かんじょうか。

    そろそろそれを言ってくるころだと思った。

    だいぶさっきから下のほうで、キーキーキーキー黄色い声が

    聞こえてきたからな。

    で、いくらになったんだい?


大黒屋:ありがとう存じます。

    書き付けをこちらへ持って参りましたんで。

    ただ今までのお勘定かんじょうが、しめて二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅでございますが。


甚五郎:二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅ間違まちがいないかい?


大黒屋:ええ、間違まちがいじゃございませんで。


甚五郎:安いね…安すぎるよ。

    あれだけんで食って二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅってのは安いよ。

    こんな安い宿は初めてだ。


大黒屋:ありがとう存じます。

    お客様本位で、ぐっと勉強させていただいておりますので。


甚五郎:しかし、二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅというのは半端はんぱだ。

    どうだ、そこへ私が一朱いっしゅして、三両さんりょうにしてご亭主ていしゅに渡そう。

    それでいいだろ?


大黒屋:これはどうも、ありがとう存じます!


甚五郎:ん、ご苦労様。


大黒屋:え…いやあの、お勘定かんじょう二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅでございますんで。


甚五郎:だからさ、そこへ私が一朱いっしゅして、三両さんりょうにしてご亭主ていしゅに渡そう。


大黒屋:ありがとう存じます。


甚五郎:それでいいだろ?


大黒屋:はい、結構けっこうでございます。


甚五郎:ん、ご苦労様。


大黒屋:…ぇッ…、お金が出ませんな?


甚五郎:金かい?


大黒屋:ええ。


甚五郎:金は、ない。


大黒屋:ははは……無いィィィ!!?

    てことはあんた何かい、一文いちもん無しかい!?

    からっケツかい!?


甚五郎:なんだいそのからっケツてのは。

    無いんだよ。


大黒屋:無いんだよって、落ち着いてんなおい!?


甚五郎:何を言ってるんだい。

    落ち着いてなんかいないよ。

    人前ひとまえでもって男が金がないなんてことを打ち明ける、これほど

    恥ずかしい事は無いんだ。私はいま、恥をしのんで打ち明けて

    いるんだよ?


大黒屋:じょ、冗談言っちゃいけねえ!

    今年であんたを入れて二十人目だよ、一文いちもん無しを泊めたの!

    どういうわけか客引きゃくひきすると金を持ってない奴だけ引っかかるん

    だ。おかげでかかぁが大分だいぶへそ曲げちまってんだ!

    あんた、商売は何だい商売は?


甚五郎:商売か。

    番匠ばんじょうだ。


大黒屋:なんだいその番匠ばんじょうってのは?


甚五郎:江戸で言う大工だいくだな。


大黒屋:大工だいく!ぁそう、だったらなんだな、

    宿賃やどちんの代わりにどっか痛んでるとことか、

    直してもらおうじゃないか。

    そうだ、ためしにこの辺に、ちょいとたなってくれよ。


甚五郎:やめた方がいい。

    俺のったたなは、物を乗せると落ちるぞ。


大黒屋:やな大工だいくだねおい。


甚五郎:そうガタガタ言わなくてもいい。

    裏にだいぶ立派な竹藪たけやぶがあるな?


大黒屋:おう、ありゃうちの自慢の竹藪たけやぶだよ。

    春先になるってェと、良いたけのこがピコピコ飛び出すんだ。


甚五郎:すまないが、よく切れるのこぎりを一丁いっちょう持ってきてくれ。


大黒屋:どうすんだよ?


甚五郎:のこぎりを持って、一緒に竹藪たけやぶの中に来てくれ。

    そこで宿賃やどちんを払う算段さんだんをする。


大黒屋:のこぎり持って竹藪たけやぶって…俺をバラバラにするつもりだな!?


甚五郎:バカな事を言うな。

    ご亭主ていしゅ宿賃やどちんも払わないで怪我けがをさせようなんて、

    そんな下らねえ事は考えてないから、早く持って来な。


大黒屋:ぅわかったよ!!


    【二拍】


    おっかぁ、おめえは目が高い。

    アレは一文いちもん無しだった。


おかみ:そうだったろ?

    どうも目つきの悪い嫌な奴だと思ったよ。

    本当にお前さんは、ろくな客を引っ張り込まないね!?

    どうすんのさ!


大黒屋:俺もどうすんだって聞いたよ。

    そしたらよく切れるのこぎり一丁いっちょうを持ってこいってんだよ。


おかみ:のこぎりなんかどうすんのさ。


大黒屋:のこぎり持って、裏の竹藪たけやぶの中へ一緒に来い。

    竹藪たけやぶの中で宿賃やどちんを払う算段さんだんをする。


おかみ:のこぎり持って、裏の竹藪たけやぶへお前さんが、一緒に?

    …どうも二、三日前から影が薄いと思ったんだよ。

    お前さん、バラバラにーー


大黒屋:【↑の語尾に喰い気味】

    おぉい待て待て、変なこと言うなよ、ったく…。


    【二拍】


    おい、一文いちもん無し!


甚五郎:いちいちそう一文いちもん無しと言うなよ。

    のこぎりは持ってきたかい?


大黒屋:持ってきたよ。


甚五郎:よし、じゃあ裏の竹藪たけやぶへ行こうか。


    【二拍】


    おぉ、良い竹がそろってるな。


大黒屋:さっきも言った通り、自慢の竹藪たけやぶだからな。

    これはみんな孟宗竹もうそうだけってやつだ。


甚五郎:ちょいと待っててくれ。


    うむ、決めた。

    この竹とこの竹を二本、長さを三尺さんじゃくくらいにそろえて切っておくれ

    。


大黒屋:自分で切りゃいいだろ自分で!


甚五郎:私が算段さんだんをするんだから、ご亭主ていしゅが切ってくれ。

    人間、体を動かさないとなまるぞ。


大黒屋:おめえにそんな事言われるとは思わなかったよ。


    【ぶつぶつこぼす】

    ッ…ッ…なんでッ、俺がッ…ッ…ッ…こんな事ッ…ッ…ッ…。


甚五郎:切れたか?

    ちょいと待っててくれ。


    ああ、これがいいな。

    ここに細めの竹がある。これも長さをそろえて切っておくれ。


大黒屋:それもかよ!

    ッ…ほんとにッ…とんでもッ、ねえなッ…ッ…ッ…!

    ほら、切れたぞ!


甚五郎:切れたかい?

    じゃあそれを部屋まで運んでくれ。


大黒屋:いやせめて自分で運べよ!


甚五郎:だから、私は算段さんだんをする、そういうのはご亭主ていしゅの役回りだ。


大黒屋:まったく…何が役回りだよ。

    とんだやくが回って来たようなもんだよ!


甚五郎:そう言わずに。

    じゃ、そこへ置いてくれ。

    ご亭主ていしゅ宿賃やどちんを払う算段さんだんが付いたら呼ぶから、それまでは決して

    中をのぞいてはいかんよ。

    もしのぞいたら、私は支払いの算段さんだんしないからね。


大黒屋:~~のぞかないよ!

    俺にはそういう趣味はねえんだから、早いとこ算段さんだんしとくれよ!


語り:ご亭主ていしゅ、ピタリと障子しょうじを閉めて下へ降りていく。

   じっとそれをながめていた甚五郎じんごろう先生、おもむろにふところから取りいだし

   ましたるは、最初の晩にご亭主ていしゅが金と勘違かんちがいした皮包かわづつみ。

   開けると中から出て来ましたのは、飛騨ひだの国をつ時に師匠から

   ゆずられた、命よりも大事なおおのみのみ。

   目の前に置かれた竹を手に取り、

   心魂しんこんを込めて、コツコツカリカリコツコツカリカリ何かやり始めま

   した。

   そのかん食事も水も酒もらず、やがて夜もけて真夜中近く、

   終わったのか甚五郎じんごろう先生、声高こわだかに呼び立てます。


甚五郎:【以下リズム良く】

    【手を二回叩く】

    ご亭主ていしゅ

    【手を二回叩く】

    これよ!

    【手を二回叩く】

    ご亭主ていしゅ

    【手を二回叩く】

    文無もんなさがしの名人!


大黒屋:うるせえ!変なあだ名に変なふし付けんな!

    文無もんなしのくせに威張いばってやがる…!

    人がせっかく寝かかったってのに大きな声で呼びやがって。

    まったく、変な客を引っ張り込んじまったなぁ…。


    なんだ一文いちもん無し!


甚五郎:いちいち一文いちもん無しと言うなよ。

    算段さんだんが付いたから、こっちへお入り。

    汚い部屋だがーー


大黒屋:そっちこそ汚ねえ汚ねえって言ってるじゃねえか!

    …なんだよ。


甚五郎:できたよ。


大黒屋:何が?


甚五郎:宿賃やどちん算段さんだんだよ。

    ほら、これだ。


大黒屋:?…なんだいそりゃ?


甚五郎:なんだいそりゃって、見て分からないかい?


大黒屋:竹っぺらの先に何だか丸いもんがぶる下がってるね。

    竹の団子だんごかい?


甚五郎:竹の団子だんごという奴があるか。

    竹の水仙すいせんの花のつぼみだ。


大黒屋:はあ?竹でできた水仙すいせん?しかもつぼみ?

    どうせなら花が咲いてるとこ作りゃあいいじゃねえか。

    つまらねえ物をこしらえて…どうするんだよそんな物。


甚五郎:同じくここに、竹でこしらえた花立はなたてがある。

    この花立はなたての中に水を一杯にんで、この水仙すいせんを差したらな、

    宿やどおもての一番目につくところに掛けておくんだ。

    そして紙に売り物と書いてっておくんだ。

    明日になれば必ず買い手がつく。買い手がついたら宿賃やどちんを払う。


大黒屋:買い手がつい”たら”?

    「たら」なんてのは、あまりあてにならねえな。

    なべにするとうめえけど。


甚五郎:それと言っておくが、

    くれぐれも花立はなたての中の水を切らさないようにな。

    取り返しのつかない事になるから。


大黒屋:ぁ~わかったわかったよ、本当に…。

    夜遅いんだから、それこっちに貸しなよ。


    …やれやれ、まぁだまされたと思ってやってみるか…。


語り:何のかんのと言っていましても、そこはやはり人の良いご亭主ていしゅ

   花立はなたての中に水を一杯に満たしますと竹の水仙すいせんを差し、

   おもてへ出ますと目立つところのくぎに引っ掛けました。

   さらに言われた通り、紙に「売り物」と書いてり付けると、

   あくびをしながら布団ふとんもぐり込みました。

   宿屋稼業やどやかぎょうの朝は早いもので、暗いうちから大戸おおどを開けます。


大黒屋:ふああぁ~…。

    ああ、そういえばあの竹細工たけざいくは…。

    …お?これってるんじゃねえのか?

    ずいぶん水が少なくなってるぞ。

    るような花立はなたてをこしらえるなんざ、ロクな腕じゃねえな。

    ああ、水切らすなって言ってたな…。


語り:減った水をしてやり、掃除そうじませますと亭主ていしゅはまた奥へ引っ込

   みます。

   この時、何かの事情でもって朝早くにこの神奈川宿かながわしゅくに入って参りま

   したのが、肥後ひご熊本、五十五万ごじゅうごまん五千石ごせんごく大大名だいだいみょう細川越中守ほそかわえっちゅうのかみ様のお行列

   でございます。

   越中守えっちゅうのかみ御駕籠おかご大黒屋だいこくやの前に差し掛かりましたその時、お天道様てんとうさま

   がパーッと差して来ました。

   それがちょうどおもてに掛けられていた竹の水仙すいせんにあたりますと、

   どういう仕掛けがしてあったのか、パチっと小さな音を立てて、

   つぼみだった水仙すいせんが花開いたのであります。

   同時にあたり一面、何とも言えない良い香りがただよい出します。


越中守:なんじゃ、このえも言われぬ良い香りは…。

    む、あれか……!?よもや、あれは…!

    これ、駕籠かごを止めよ!

    【じっと竹の水仙を凝視して】

    ~~………間違いない、あれはまさしく…!

    これ権十郎ごんじゅうろう綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろうはおらぬか!?


綿貫:はっ、権十郎ごんじゅうろうこれにひかえおりまする。

   お呼びでございましょうや?


越中守:うむ。

    はあれに掛かっておる竹の水仙すいせん、たいそう気に入った。

    よって所望しょもうしたいゆえ求めて参れ。

    はこのまま本陣ほんじんまで進む。

    よいな。


綿貫:かしこまってそうろう


   【二拍】


   うちの殿様も物好きな御方おかただ。見るもの見るものみんな欲しがる。

   あんなゴミのような細工物さいくもの非番ひばんの日にそれがしがこしらえて

   さしあげるものを。

   金子きんすを出してまで求める事もあるまいに…。

   まぁいたかたない、これも役目じゃ。

   しかし汚い、見すぼらしい宿だな。


   あーこれこれ。

   この宿のあるじはおらぬか?


大黒屋:!これはお武家ぶけ様、いらっしゃいまし!


綿貫:おお、そのほうあるじか。


大黒屋:はい、手前てまえ当宿とうやどあるじ大黒屋金兵衛だいこくやきんべえにございます。


綿貫:…欲の深い名前だな。


大黒屋:よく言われます。

    何か御用でございましょうか?


綿貫:それがし、細川越中守ほそかわえっちゅうのかみ様の側用人そばようにん綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろうという者である。


大黒屋:はぁ、変わったお名前ですな。

    おたぬき様とおっしゃられますか。


綿貫:誰がおたぬきだ。

   綿貫わたぬきだ。


大黒屋:これはご無礼ぶれいいたしました。

    それで、どのようなご用で?


綿貫:うむ、今しがた我が殿が御駕籠おかごでご通行になられたおり

   あれに掛かっている竹の水仙すいせんをたいそうお気に召された。

   よって所望しょもうしたいのだが、あたいはいかほどであるか?


大黒屋:え、何でございます?


綿貫:聞いておらんかったのか?

   我が殿があれなる竹の水仙すいせんをたいそう気に入られた。

   所望しょもうしたいが、あたいはいかほどだ?


大黒屋:あたいですか…うちはあたいはございません。

    夜中に蕎麦屋そばやが引っ張ってくるのが屋台やたいでございます。


綿貫:なにを申しておる。

   そのほうよもや異国の者ではあるまい!

   値段はいくらだと聞いておるのだ!


大黒屋:なぁんだ値段ですか…値段なら値段と、そうおっしゃってくださ

    いまし。

    あたいだあたいだっておっしゃられるから分かんない……。

    【はたと思い当たる顔をしている】


綿貫:?いかがいたした?


大黒屋:ぁいやいや、あれをこしらえたのが二階におりますので、

    急いで聞いて参ります。

    恐れ入りますが、しばらくこれにてお待ちを。

    おぉいおっかあ、お武家ぶけ様にお茶を差し上げておくれ!

    【二階へ駆けあがっている】

    はっ、はっ、はっ…おい一文いちもん無し!

    からっケツ!


甚五郎:また始まったな。

    どうしたんだい。


大黒屋:喜べ、買い手がついたぞ!


甚五郎:ほう、買い手がついたかい。

    相手はどんな奴だ?


大黒屋:どんな奴だなんて、そういう事を言うと口が曲がるぞ。

    聞いて驚くな、肥後ひご熊本の細川越中守ほそかわえっちゅうのかみ様だぞ!


甚五郎:おぉ、越中えっちゅうが来たか。


大黒屋:んなっ、ふんどしみたいな言い方するな!

    けどお前さん、珍しい腕を持ってるじゃないか。

    今朝早く見た時はまだつぼみのままだったけど、今さっき見たら

    こう、花みたいに開いてるじゃないか。

    まああんなものは売ったってせいぜい五文ごもん十文じゅうもんだが、相手は

    大大名だいだいみょうだ。どうだい、思い切って一朱いっしゅくらいの事を言ってみるか

    い?


甚五郎:バカな事を言いなさんな。

    この宿やど勘定かんじょう二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅだろ。それを一朱いっしゅで売ってどうする

    んだい。


大黒屋:じゃあ、いくらで売るって言うんだ?


甚五郎:そうだな、他の大名だいみょうであれば今少し欲しいだが、越中守えっちゅうのかみ様ならば

    二百両にひゃくりょうもらっておこう。

    そう言ってくるといい。


大黒屋:ちょちょ待て待て、そんな大それた額…自分で言ってこいよ!

    その侍ってのがな、おたぬきて名前なんだがまるでツキノワグマ

    みてえな顔してんだよ。こんなひげがブワッと生えて目がギロッと

    してておっかねえんだ。

    そんな顔にうっかり言ってみろ、たかだか竹でこしらえた水仙すいせん

    二百両にひゃくりょうとは足元あしもとを見るにもほどがある!

    って長い奴をぎらり引っこ抜いてスパッと首でも斬られてみろ、

    明日からおもて歩くのに方向がつかなくなっちまうんだ。


甚五郎:むやみやたらに刀は抜くものではない。

    せいぜい殴られるくらいだ。


大黒屋:それだって嫌だよ!

    なんだってお前の代わりに殴られなけりゃならないんだ?


甚五郎:ご亭主ていしゅの前だが、この世に人と生まれて何が苦しいと言って、

    金儲かねもうけをするくらい苦しいことは無いんだ。

    行って苦しんでくるといい。


大黒屋:お前が行けよ!


甚五郎:ご亭主ていしゅが行くんだよ。


大黒屋:いやお前が行けよ!


甚五郎:ご亭主ていしゅが行くんだ。


大黒屋:だからーー


甚五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    私の目を見るんだ。

    優しく言ってるうちに行きなさい!


大黒屋:ぅわ、わかったよ…!


    ~~なんだよ、うちにはおっかねえ奴らそろってんな…!

    本当に言うのかよ…。

    まったく、こっちの身にもなれ…!


    大変、長らくお待たせをいたしましてーー。


綿貫:な、なんだ、どこぞの司会者みたいに出てきたな?

   して、いかほどであると申しておった?


大黒屋:えぇ、あの、それなんでございますがね、

    これは手前てまえの申す事ではございませんで、あの、二階にいる

    一文いちもん無しのからっケツが申す事なんで、苦情くじょうがあればじかにそちらに

    ーー


綿貫:いいからはよう申せ。


大黒屋:奴の申しますには、他の大名だいみょうであれば今少し欲しい

    ところであるが、んんっ、越中えっちゅうならばーー


綿貫:なにィ!?


大黒屋:ぁいやいや!私めではなく、二階の奴がそう申しましたので!

    うんと怒っておきましたから!

    そんなふんどしみたいな言い方をするなって!


綿貫:いやおぬしの方が失礼だな!?

   ~~で、いくらだと申した?


大黒屋:ですから、あの二階の奴が申しますには、

    ほか、他の大名であれば今少し欲しいとこであるが、ごほん、

    越中守えっちゅうのかみ様であればぁぁ…二百両にひゃくりょう【←ここは

    崩して言う。何と言っているか聞き取れない感じで】


綿貫:…大丈夫かおぬし

   はっきり申さぬか。いくらじゃと申した?


大黒屋:っで、ですから、他の大名だいみょうであればーー


綿貫:そこは分かった、いくらじゃと申した?


大黒屋:で、ですから、越中守えっちゅうのかみさまであれば、【指を二本立てている】

    これだと申しておりました。


綿貫:ほう、指を二本立てたな。

   他の大名だいみょうならばともかく、越中守えっちゅうのかみ様ならばこれじゃと申した

   か。

   うむ、二十文にじゅうもんであるか。


大黒屋:【声を落として】

    けたが違うよ…!

    話がまるで合わねえな…


    っに、二百両にひゃくりょうだと申しておりました。


綿貫:な、なに二百両にひゃくりょう!?

   たかだか竹でこしらえた水仙すいせん二百両にひゃくりょうとは、

   足元あしもとを見おって!

   武士を愚弄ぐろうするにもほどがある!

   このッたわけ者ッッ!【殴る・SEあれば】


大黒屋:ッづうッッ!!


綿貫:まったく…たわけておるわ、ふんっ…!


大黒屋:あたた……

    ほら言わんこっちゃねえ。だから殴られるって言ったんだ。

    殴ったって買ってくんならいいけど、買わねえで真っ赤になって

    怒って帰っちまったよ…。


    おいっ一文いちもん無しのからっケツッ!


甚五郎:まだ言ってるよ。

    どうした、殴られたか?


大黒屋:当たり前じゃねえか、あんなのに二百両にひゃくりょうなんて言ったら、

    殴られるに決まってるだろ!

    どうするんだよ。


甚五郎:怒るな怒るな。

    しばらくおもてで立っているといい。

    そうしてれば、いまご亭主ていしゅを殴ったさむらいが必ず青くなって戻ってき

    て、

    「あるじ最前さいぜん手荒てあらな事をしてすまなかった。どうかあの竹の水仙すいせん

    をそれがしにゆずってもらいたい」

    と、両手をついて頭を下げるから。


大黒屋:ほんとかよおい…。

    どうもおめえの話は夢でを吹っ掛けているようであてにならね

    えけど、じゃ、立っててみるよ。


語り:いっぽうその頃、物を知らないおたぬき…ではない、綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろう

   カッカカッカカッカカッカしながら細川越中守ほそかわえっちゅうのかみの休息している

   本陣まで戻って参りました。


綿貫:まったく…あんなものが二百両にひゃくりょうとは、それがしをあなどるにもほどがある

   …けしからん!

   だがこれも役目、復命ふくめいせねばなるまい。


   殿、綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろう、ただいま立ち戻りましてございます!


越中守:おお権十郎ごんじゅうろうか、待ちかねておったぞ。

    求めて参ったか?


綿貫:それが、あまりと申せばあまりに高価でございまして…。

   買わずに戻って参りました。


越中守:なに、高いと申すか。

    いかほどじゃ?


綿貫:は、それにござりまするが…

   これは、それがしの申す事ではございませぬ。

   あの宿のあるじが申しましたことゆえ、苦情があればじかにお願い申し上

   げまする。

   宿のあるじが申すには、他の大名だいみょうであれば今少し欲しい所であるが、

   越中えっちゅうならばぁぃいやいやいや、越中守えっちゅうのかみ様であれば、

   【二本指を立てている】

   これぐらいではないかと、無礼な事を申しておりました。


越中守:なに、他の大名だいみょうであれば今少し欲しい所であるが、であれば

    これじゃと申したか。

    指を二本立てたという事は…そうか、二万両にまんりょうか。


綿貫:えっ、に、にまん…ぃいやいや殿、ちとけたが多うござります。

   二万両にまんりょうではなく、二百両にひゃくりょうじゃと、そう申しておりました。


越中守:なに、二百両にひゃくりょう

    権十郎ごんじゅうろう、そのほう、それが高いと申して求めて来なんだと申すか。

    たわけめ、物を知らぬにもほどがあるぞ。

    あれを作りし者を誰じゃとおもうておるか。


綿貫:はい、あの宿やどの二階にいる一文いちもん無しのからっケツだとーー


越中守:【↑の語尾にやや喰い気味に】

    たわけた事を申すな。

    よいか、あの竹細工たけざいくはな、このたび左官ひだりかんを許された名人、

    甚五郎利勝じんごろうとしかつの手になるものぞ!


綿貫:えッ、ひッ、左甚五郎ひだりじんごろう!!?


越中守:どんなに金を積まれても、気が乗らねば仕事に及ばぬ名人の

    細工物さいくもの

    あれと同じものは京の大内山おおうちやまにひとつ、

    そしてさきの旅籠はたごと合わせてもこの世に二つしかないという逸品いっぴんじゃ。

    それをたかだか二百両にひゃくりょうが高いと買わずに参るとは、

    このたわけめッッ!!

    すぐに取って返して求めて参れッ!

    首尾しゅびよく手に入らばそれで良し、もし万が一売り切れでもして

    おったおりには綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろう、そのぶんには捨て置かぬぞ!

    役目不行届やくめふゆきとどきのかどにより家は断絶、その身は切腹せっぷくを申しつくる

    ぞ!!


綿貫:えっ、そ、そんなッ!?


越中守:ぐずぐずするでない、はよう行って参れッ!


綿貫:はっははぁーッただちにィッッ!


語り:ところ変わってこちらは旅籠はたご大黒屋だいこくや

   言われた通り、さっきからぼーっと与太郎よたろうみたいな顔をして

   つっ立っているご亭主ていしゅ


大黒屋:あの文無もんなし、あんなこと言ってたけど、本当に戻って来るのかね

    ……って、お、おぉ?

    あっちから走ってくるのは…さっきのさむらいだ。

    ほんとに来たよおい。

    な、なんだありゃ、片っぽが下駄げたいてて、片っぽが草履ぞうりつっか

    けてるじゃねえか。

    文無もんなしの言う通りになったぞ…あの野郎、さっき人のこと

    殴りやがって、ようし、どうするか見てろ。


語り:ご亭主ていしゅかたきを取るのはこの時とばかりに、表にけていた竹の水仙すいせん

   いそいそと店の中に隠し、代わりに炭黒すみくろぐろ々と「売り切れ」と書いた

   札をけた。なかなか意地いじの悪い事であります。

   そこへ息もえにやってきた綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろう


綿貫:【ドンドン戸を叩く・SEあれば】

   あるじッ!あるじはおるかッ、あるじッ!!   


大黒屋:へい、どちら様でーーああ、これはどうもこだぬき様。


綿貫:誰が子だぬきじゃーーぃいや子だぬきでも良い。

   あるじ最前さいぜん手荒てあらな事をしてまなんだ!

   どうかあの竹の水仙すいせん、それがしに二百両にひゃくりょうゆずってもらいたい!


大黒屋:ああ、あれですか、いや、残念でございます。

    先ほど手前てまえをひっぱたいた後、どこかへ行ってしまわれたでしょう。

    いや、まだ物はあるんですけど、入れ替わりに来た方に売る約束

    付いてしまいましてね。

    ですので完売でございます。ええ、売り切れでございます。

    またどうぞ。


綿貫:っ…それはならぬ、それはならぬぞ…この通りじゃ。

   先ほどはそれがしが悪かった。物を見る目が無かった。

   金は即金で払う。ここに二百両にひゃくりょう、それからこれはそれがしからの

   りょう膏薬代こうやくだい込みで百両ひゃくりょうして三百両さんびゃくりょう、どうかあの竹の水仙すいせん

   売ってくれんか。

   これこの通り、なんとかそれがしにゆずってもらいたい。

   売ってくれ、売ってくれぇぇぇ…!【泣きだす】


大黒屋:な、泣いちゃったよ…。

    …あの、一つうかがいたいのでございますが、

    どういうわけであの竹の水仙すいせんに、そんな高いお金を出してお求め

    になられますので?


綿貫:あるじ…そのほう知らぬのか?

   物を知らぬにもほどがあるぞ。

   あれを作りし方を誰と心得こころえる。

   このたび左官ひだりかんを許された名人、左甚五郎利勝ひだりじんごろうとしかつ先生の作であるぞ。


大黒屋:へッ?名人甚五郎めいじんじんごろう先生ったら有名じゃありませんか。存じてますよ。

    二階のアレは違いますよ。何をおっしゃいますかアレはね、

    あの二階にいる、一文無いちもんなしのからっケ…からっケツ、からっケツ…様が

    …?

    甚五郎じんごろう先生ィィィ!?


綿貫:そうじゃ、失礼があってはならんぞ。


大黒屋:【半泣き】

    もう手遅れだよぉぉ…

    いろんなことぱーぱーぱーぱー言っちゃいましたよォ…。


綿貫:そういうわけだ。

   竹の水仙すいせんをこちらへ…。

   あぁ良かった、これでそれがしの首もつながった…!

   これはな、細川家ほそかわけ末代まつだいまでの家宝になるであろうぞ。

   ではあるじ左甚五郎ひだりじんごろう先生によろしゅうお伝え下されよ。

   御免ごめん


語り:三百両さんびゃくりょう払って意気揚いきようよう々、綿貫権十郎わたぬきごんじゅうろうは竹の水仙すいせんを抱えて本陣へ

   引きあげていきました。

   かたやご亭主ていしゅ、目の前に置かれた大金たいきんながめ、しばし呆然ぼうぜんとするも

   すぐ我に返って女房にょうぼうを呼び立てます。


大黒屋:おっかぁ!おっかぁ!


おかみ:なんだいお前さん、そんなに大声出して。


大黒屋:おめえっ、あの、二階の人っ、ありゃただの人じゃねえ!


おかみ:なに言ってんだい、タダだよあれは。

    一文いちもんも払わないんだから。


大黒屋:とんでもねえ!

    二階にいる一文いちもん一文いちもんもお持ちでないお方は、

    いま有名な名人、左甚五郎ひだりじんごろう先生だったんだよ!


おかみ:えぇぇあの人が!?


    そうだろぉ、あたしも最初見た時、どことなく品があるなぁって

    、特に目つきが上品だと思ったよ。


大黒屋:嘘つけこの野郎、よくしれっとそういうこと言えるな…。

    と、とにかく謝らなきゃならねえ。

    おめえも一緒に来な。


    ごめんくださいまし、ごめんくださいまし!

    失礼をいたします、ちょっとこちらを開けさせていただいて

    よろしゅうございましょうか?


甚五郎:おぉご亭主ていしゅかい。

    なんだいあらたまって。

    さっきまでみたいに黙ってガラッと開けなよ。

    おかみさんも一緒とは珍しいね。こっちへお入り。


大黒屋:汚い部屋でございますが、通さしていただきますんで…!

    失礼いたします。

    左甚五郎ひだりじんごろう先生とはつゆ知らず数々のご無礼ぶれいだん

    ひらに、ひらにお許しくださいませ…!!


甚五郎:あぁバレちゃったか。いや、勘弁してくれ。

    あのさむらいから聞いたのかい。

    いや、お二人をからかうつもりじゃなかったんだ。

    先生とかなんとか、堅苦かたくるしいのは嫌でね。

    さっきまでにからっケツと呼んでおくれ。


大黒屋:よくこの口が曲がりませんことで…。

    しかしながら、先生のような御方おかたがこの汚い旅籠はたご

    お泊りになりまして、そのような粗末そまつな身なりでは

    誰がどう見ても左甚五郎ひだりじんごろうとは思いもよりません。

    本当でございますよ。

    先生が甚五郎じんごろうでございましたら、こないだうちの前に来ました

    乞食坊主こじきぼうず、ありゃ事によると弘法大師こうぼうだいしかもしれません。


甚五郎:ははは、そんな事もないとも言えないねえ。


大黒屋:それから竹の水仙すいせんでございますが、三百両さんびゃくりょうで売れましたの

    で、どうぞおおさめのほどを…。


甚五郎:はて、三百両さんびゃくりょう

    私が言ったのは二百両にひゃくりょうだが。


大黒屋:なんでも、さっき殴ったりょう膏薬こうやく代込みだとかで…。


甚五郎:はははそうか、あのさむらいもよほどあわてたと見えるな。

    百両ひゃくりょうはご亭主ていしゅの才覚によるもうけだから、取っておきなさい。


大黒屋:いえいえとんでもない!


甚五郎:いやいや、いいから取っておきなさい。

    考えてみれば私が卸屋おろしや、ご亭主ていしゅ小売屋こうりや百両ひゃくりょうはご亭主ていしゅもうけだ

    。あとは私がもらっておくから。

    ちょいと待っておくれ。


    ここに五十両ごじゅうりょうある。

    これを宿賃やどちん、そして今まで掛けた迷惑料として取っておいてくれ

    。


大黒屋:っいぃえいえいえ、とんでもないことでございます!


甚五郎:いいから、取っておきなさい。

    余ったら、おかみさんに着物の一枚でも買ってやるといい。

    政宗まさむねでないやつをね。


大黒屋:!!

    【声を落として】

    ばかっ、だからああいう事はべらべらべらべら大きい声で

    言うもんじゃねえんだ!


おかみ:えっ、あっ、その…どうも…ごめんくださいまし…。


甚五郎:はっはは…。

    あえて憎まれ口を叩かせてもらうが、宿屋稼業やどやかぎょうをしていれば

    どんな客がまるかしれない。

    身なりで決して、人の良し悪しを決めてはならないよ。

    困った人があったら、私の顔を思い出して泊めてやっておくれ。


おかみ:は、はいっ、恐れ入ります…!


大黒屋:時に甚五郎じんごろう先生にお願いがございます…!


甚五郎:なんだね?


大黒屋:いかがでございましょう。神奈川じゅうの竹を買い占めますので

    、竹の水仙すいせんの花束をこしらえていただく事は

    できませんでしょうか?


甚五郎:バカな事を言っちゃいけない。

    ご亭主ていしゅの前だが、私は二度とあれは作らぬつもりだ。


大黒屋:それはまた、何故でございます?


甚五郎:考えてもごらんよ。

    竹に花を咲かせれば寿命がちぢむ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桂歌丸

春風亭一之輔



※用語解説


自分で建てた寄席よせを自分でつぶして:その昔、昭和の時代に若竹わかたけという寄席よせ

                を私財を投げうち、借金までして総額

                六億以上をかけて建てた落語家がおら

                れたそうな。しかし立地りっちが悪くわずか数年で閉

                鎖。その方は、自身が出演する国民的

                演芸番組の司会者を務めるかたわら、地方

                をまわってかせいでわずか6、7年で

                借金を完済したそうな。


大黒屋金兵衛だいこくやきんべえ:このはなし大黒屋だいこくやはみすぼらしい旅籠はたごあるじだが、

       実際の大黒屋金兵衛だいこくやきんべえ吉原よしわら大見世おおみせ大黒屋だいこくや金瓶大黒きんぺいだいこく

       有名。まあ、同姓同名なんでしょう、多分、おそらく、

       もしくは、きっと、めいびー。


左官ひだりかん:語源は宮中の営繕えいぜんを行う職人に、土木部門を司る木工寮の属

   (四等官の主典)として出入りを許したというものが巷間こうかんに広く

   知られているが諸説ある。


飛騨山添ひだやまぞえ:かつて岐阜県本巣郡に存在した村で、合併で本巣村(1960

     年に本巣町に町制施行)になった後、2004年(平成16年)

     2月1日に真正町、根尾村、糸貫町と合併し本巣市となってい

     る。今の岐阜県は当時の飛騨国(現在の岐阜県北部)全域も

     含まれるのでちょいとややこしいとこもある。


表駿河町おもてするがちょう:現住所は中央区日本橋室町。 町名の由来は江戸城の向こうに

     駿河の富士山を望むことができた事から。

     ここからの富士山の眺めは江戸一と言われていた。


三井八郎右衛門みついはちろうえもん:のちの三井財閥、その礎を作り上げた三井の総領家であ

        る北家の当主が代々襲名していた名前。

        そりゃ運慶先生の作品の一つや二つや三つや五つ、

        持ってても不思議はない。


運慶うんけい:生年不詳~貞応2年12月11日(1224年1月3日)

   平安時代末期~鎌倉時代初期にかけて活動した仏師で慶派に属する

   。


恵比寿えびす様:ご存じ七福神の一柱。商売繁盛や漁業の神様として知られてい

     る。


大黒だいこく様:同じく七福神の一柱。五穀豊穣、商売繁盛、財福、開運などのご利益がある

    とされている。


逗留とうりゅう:旅先である期間とどまること。滞在。


奥州おうしゅう:かつての陸奥国むつのくにの別称であり、現在の福島県、宮城、岩手、青森県

   、そして秋田県の一部を指す地域を指す。東北地方全体を指すこともある。


素寒貧すかんぴん:非常に貧乏で何も無いことや、その人を指す。


猫の百尋ひゃくひろみたいな帯:猫のはらわたのこと。よれよれにくたびれた帯の

          事を指して言う。


一升いっしょう:酒一升は1.8リットル。米1升は10合で約1.5kg(炊飯前)を指す。

   もち米も同様。


茶代ちゃだい:宿泊料とは別に帳場(宿主)へ客が与える金銭の事。

   ちなみに心づけは部屋の女中や荷物係の下男などに与える金銭を

   指す。

   欧米のチップと違う点は、日本ではそれらを渡す際は紙、もしくは

   祝儀袋やポチ袋などに包んで渡すのが礼儀とされる事である。


正宗まさむね:正宗は当時の名刀である。

   着物の生地が弱っているから触れられると着物が切れてしまう、

   を「さわると切れる」の洒落しゃれに掛けている。


金沢八景かなざわはっけい:日本の武蔵国倉城郡(後の久良岐郡)六浦荘村と金沢村

     (現・神奈川県横浜市金沢区)にかつて見られた優れた風景。

     そこから「八景」の様式に則って8つを選んだ風景評価の一つ

     。 現在では金沢八景駅周辺を指す通称地名になっている。


兜島かぶとじま:同名の島は日本各地に存在するが、この場合の兜島は品川の

   「目黒川」の河口に積もった土砂によってできた州の「洲崎」を

   指す。


大内山おおうちやま:京都市右京区にある仁和寺の北側の山で、山号としても知られて

    いる。宇多天皇が仁和寺内に離宮を設けたことから、皇居や御所

    を指す言葉として転用されている。


肥後:肥後国の事で現在の熊本県一帯を指す。西海道に属し、国府こくふ

   国分寺こくぶんじは現在の熊本市にあった。

   7世紀後半に肥前国と分割されている。


細川越中守ほそかわえっちゅうのかみ:細川家は室町末期、戦国時代から続く名家で、

      有名なのに細川藤孝(幽斎)、細川忠興父子がある。


側用人:江戸時代に幕府や諸藩で置かれた役職で、主に将軍や藩主の側に

    付き添い、相談役や取り次ぎ役を務めた人物を指す。


越中ふんどし:長さ約100cm、幅約30cmの布を筒状に縫い、

       そこに紐を通した下着のこと。別名クラシックパンツや

       サムライパンツとも呼ばれる。

       医療用の下着であるT字帯も越中ふんどしの一種。?

       六尺ふんどしに比べて着心地が良く、脱ぎ着がしやすいと

       いう特徴があり、一部の裸祭りでは六尺ふんどしに代わっ

       て越中ふんどしが使われる場合もある。


旅籠はたご:日本で昔からある旅人向けの宿泊施設を指す。現代では「旅館」や

   「ホテル」と呼ぶものが一般的だが、「旅篭」は歴史的な文脈で

   使われる言葉。また、旅籠の食事や旅籠の宿泊代などを指す場合も

   ある。


二十文にじゅうもん:一文=現在の価値で約32.5円。

    なのでだいたい640円くらいであろうか。


二両三分三朱にりょうさんぶさんしゅ:一両=現在の価値で約7万5000円~8万円

       (金の含有量や製造年代によって左右される事も)

       一分は約二万円、一朱は初期の価格だと約6,250円、

       中期~後期にかけては1,875~3,125円、

       幕末は187~250円と時代によって大きく変動する。

       このはなしは細川越中守(三代目)が出てくるので、

       約238750円なーりー。

       二万両ともなると、約16億円。


与太郎よたろう:落語などで間抜けな言動で失敗を繰り返すキャラクターを指す。

    例「与太郎のような馬鹿なことをするな。」

    また、でたらめな話、嘘、冗談を「与太郎話」「与太話」と

    表現することも。


弘法大師こうぼうだいし:真言宗の開祖、空海が没後に贈られた諡号。

     空海という名前は、彼が修行後に名乗るようになった名前。


膏薬こうやく:油・蝋で薬を練り合わせた外用剤。

   皮膚に塗ったり、紙片または布片に塗ったものを患部に貼るなどし

   て用いる。軟膏と硬膏があり、ふつう硬膏の事を指す。


竹に花を咲かせれば寿命が縮む:竹の寿命は種類にもよるが、数十年~

               百数十年と言われる。

               竹は寿命を迎えると稲に似た花を咲かせ

               て枯れる。

               つまり竹に花を咲かせる=寿命が尽きる

               ということに引っ掛けたサゲである。



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