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魔王、正体がバレる

「ごめん…ハンバーグの材料買ってきてくれないか?今日は、母さんも父さんもいないし俺が料理作ってやる」

 隼人の何気ない一言に、私は一瞬言葉を失った。どうして私が、ハンバーグの材料などを買いに行かなければならないのだろう。しかし、期待するような視線を受けて、断ることもできずにため息をつく。

「……わかった」

 そう答えると、隼人は嬉しそうに微笑んだ。これ以上言い返す気力もなく、私は財布をポケットに入れて家を出た。

 そして、近くのスーパーへと足を運ぶ。

「全く……私はどうしてしまったというのだ」

 私は独り言のように呟きながら、スーパーの中を歩く。野菜や肉、調味料が並ぶ棚の間を通り抜け、買い物かごを片手に必要な材料を探していく。いつの間にか、この世界の人間らしい生活に馴染みすぎている自分がいることに、なんとも言えない気持ちになる。

 この生活が苦痛というわけではない。一親も友理も家族の事も好きだ。むしろ、最近は以前よりも穏やかな時間を過ごせている気がする。だが、それこそが問題なのだ。私には、この世界での本来の目的があったはずだ。支配し、力を取り戻す。そして世界を支配するという。

 せっかく転生しチャンスを得たというのに、今の私は隼人に頼まれ、ハンバーグの材料を買っているだけ。

「……段々と、本来の目的から遠ざかっている気がするな」

 買い物かごの中にハンバーグ用の挽き肉、その他材を入れながら、私は再びため息をつく。

 ハンバーグの材料を一通りかごに入れ、レジへと向かう。

 前の客の会計が終わり、私の番がやってくる。レジの店員はにこやかに微笑みながら、買い物かごの中身を手際よくスキャンしていく。

「お会計2569円になります〜」

 店員が柔らかな声で告げる。私は財布を取り出し、無言で中から数枚の紙幣を抜き取る。細かい額を数える自分が、どこか不思議で仕方なかった。

「……はい、これで」

 店員に紙幣を渡しながら、私は少し考え込む。会計という人間社会の一部。私はこの世界に染まりすぎてはいないだろうか、と。

 袋に入ったハンバーグの材料を手に持ち、スーパーの出口へと向かう。


 帰りに誰もいない公園に寄った。

 夕日が晒されている今、辺りはまだ静かで、鳥のさえずりがかすかに響いている。私はそんな静寂の中、緑の芝生の上に立ち、ゆっくりと手を掲げた。魔力を集め、体に流し込んでいく。心地よい緊張感が全身を包み込む。

「……さて、少しでも特訓をするか」

 誰にも見られる心配のないこの時間、この場所は絶好の練習場だ。

 仮に誰かに見られたとしても、記憶を操作すれば良いだけのこと。気にすることなどない。  

 私は周囲に意識を向けることなく、集中して魔力を高める。

「フレア…」

 手のひらの先に、かすかな光が宿り始めた。それが次第に輝きを増し、炎のように揺らめく。私はその力を丁寧にコントロールし、炎を少しずつ形にしていく。

「まだまだ未熟だな……」

 軽く呟き、私はもう一度、今度は違う呪文を唱え始めた。今のこの人間の身体で、どれだけ本来の魔力を発揮できるかを試すのだ。手のひらから小さな風の玉が生まれ、空中で揺らめく。それを軽く指先で動かし、自在に操ってみる。

 まだ全盛期の頃ほどではないが、少しずつ感覚を取り戻してきた。

 私は満足げに頷く。

「帰るか…」

 本当に人の気配はしなかったが、念の為公園全体に記憶を消す魔法をかけといた。

 そのまま、ハンバーグの素材を持って帰宅した。


---


 翌日、学校に着くと周囲のざわめきが耳に入ってきた。廊下では、学生たちが何かの記事を回し読みし、興奮した様子で話し合っている。その光景に一瞬の違和感を覚えながら、私はその中心へと近づいた。ふと、あるタイトルが目に飛び込んできた。

「空飛ぶ高校生!?その正体とは!?」

 新聞の記事には、がっつりと私の姿が映っていた。しかも、魔法の練習中の写真まで鮮明に載っている。手のひらに浮かぶ火の玉、宙に浮かぶ自分の姿。これを見て、誰もが私の秘密に気づくに違いない。

「迂闊だったな…人の記憶は消えてもカメラの記録は消えない」

 しかし、まさかこんな形で証拠が残り、記事として世間に広まるとは。しかも、相手が学校新聞とは。

 隼人が私の隣に駆け寄ってくる。顔には焦りの色が浮かんでいた。いつも冷静な隼人も、さすがにこの事態には動揺しているようだ。

「おい、これはまずいぞ……!どうするんだ?」

 その声には珍しく緊迫感が込められていた。私も内心焦りを感じていたが、外見にはそれを見せないようにして、新聞をじっと見つめる。

「……やるしかないさ。この記事を書いた記者を探し出して、手を打つしかない。」

 私は短く言い放ち、隼人に視線を向けた。事態の収拾には時間をかけている暇はない。証拠が残ってしまった以上、何らかの対策を取らなければならないのは明白だ。

「手を打つって?」

 隼人は私の言葉に眉を寄せる。私は少し考え込み、軽く首を振った。

「それだけじゃない。証拠を全て消し去る。そして、確実に記者の口を封じる必要がある」

 学校新聞は掲示板全部に貼られていた。

 紙面をじっくりと見つめていると、ページの端にさらに目を疑うような写真が掲載されているのに気づいた。よく見れば、それは先日マンション火災で人々を助けていた私の姿だった。

「これは……マンションでの……!」

 写真には、燃え盛るマンションの中から人々を次々と抱えて飛び降りる私の姿が、鮮明に写っていた。火の粉が散る中で、私が魔法で炎を避けながら救助しているシーンだ。

 隼人もその写真を見て顔をしかめた。

 焦りは一層強くなり、私をじっと見据えた。

「……これは想像以上にまずいな、単に公園での練習を撮られただけじゃないってわけか」

「マンションでの救助も、しっかり記録されていたとはな」

 私はため息をつき、記事を読み進めた。内容は「空飛ぶ少女」として、いくつもの超常現象を目撃したという証言や、奇妙な現場写真を中心にまとめられている。ここに載っている情報だけで、私の異常性がばれかねない。

「しかも、他の目撃情報まで寄せ集めて……これは相当、根が深いぞ」

「……この記事を書いた記者、徹底的に探すしかないな。証拠をすべて抹消して、二度とこんなことを書けないようにする」

 私は冷静を装いながらも、心の中で焦りを募らせた。これ以上証拠が広まれば、人間社会に溶け込む計画が破綻してしまう。

 とりあえず掲示板の新聞を全て燃やし、新聞部の元へ駆け寄った。毎日くだらない内容を書いていたが今回はどうやら特大スクープのようだ。

 新聞部の部室に向かい、私はためらうことなくドアを開けた。

 中には一人、机に向かって一心不乱に何かを書いている人物がいた。

 背中は小さく見えるが、その動きには異様な熱気が感じられる。こちらに気づくと振り返り、驚きの表情を浮かべた。

「あ、結城さん!新聞見てくれました!?すごい反響ですよ!」

 興奮気味に立ち上がり、手元の資料を私に見せようとする。その目は輝いていて、何かを掴んだ者の自信に満ちていた。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、私は内心にざわめきを感じた。

「記憶はないんですけど、カメラは嘘をつかないですからね!」

 記憶はないということは、この男の記憶はすでに一度操作したということだ。

「悪いな……そのデータをぶっ壊させてもらう」

 私は一歩彼に近づき、低く静かな声で言い放った。すべての証拠をここで消し去らなければならない。記憶を操作するだけでは限界があると悟った以上、物理的に証拠を抹消するしかない。彼もそれを察したのか、顔色を変えることなく私を見据えていた。

「……そうくると思いました!」

 次の瞬間、彼の手から煙幕が放たれ、辺り一面が真っ白な煙に包まれた。視界が一気に遮られ、私は咄嗟に目を覆った。煙の中で何が起こったのか確認する間もなく、かすかに窓が開く音が響いた。

「な……!」

 煙が薄れていく中、私は窓の方へと駆け寄った。すると、開かれた窓の外には、新聞部員がまさに脱出する姿があった。彼は身軽に窓枠に手をかけ、あっという間に外へ飛び降りていく。

「嘘だろ……ここ2階だぞ!」

 思わず呟きながら窓から身を乗り出し、彼の動きを追った。新聞部員は軽々と地面に着地し、そのまま振り返ることなく走り去っていく。逃げ足の速さに、私は一瞬唖然とするしかなかった。

「何やってんだ、追っかけるぞ!」

 隼人の怒鳴り声が部室に響き、その勢いのまま飛び降りた。

 地面に着地して、新聞部員の後ろを全力で追い始めていた。素早く起き上がり、駆け出す姿はさすがに元勇者といったところ。

「あいつ、本当に人間か……!?」

 全速力で駆ける隼人の後を追いながら、私は思わず叫んだ。新聞部員の動きは尋常ではない。身軽で、まるで風のように軽々と障害物を飛び越えていく。私たちの足音が周囲に響く中、新聞部員は速度を緩めるどころか、さらにスピードを上げて走っているように見えた。

「仕方ない…」

 肉体の制限を解放して、足を極限まで早くする。

「足速!」

 新聞部の男はびっくりしながらも、角を曲がり軽々と避けられた。急な迂回には弱いのが弱点だが、もうバレているとは。

 隼人も息を切らしながら、その背中越しに私に返事をした。彼も驚いているのか、険しい顔をしながら必死にその背中を追う。

「くっ……ただの新聞部員じゃないのか!?」

 私たちは全力で追いかけるが、新聞部員はまるで姿を消すかのように次々と路地裏に消え、まるで忍者のような動きで逃げ回っていた。このままでは捕まえるのは難しそうだ。

 じわじわと路地裏の逃げ場を減らし、大通りまで追い詰めたが、そこでもまた問題が生じた。

「こう見えて、パルクールやってるんでね!ではでは!」

 突然叫ぶと、すばやく身をひるがえし止まっていたタクシーへと駆け込んだ。こちらの動きを読んでいたのか、彼はすでに逃走の手段を準備していたらしい。私たちが追いつくよりも早く、タクシーのドアが勢いよく閉まり、車はすぐに走り出した。

「なっ……!?」

 私は驚きで言葉を失い、去りゆくタクシーを見送るしかなかった。隼人が激しく舌打ちし、地面を蹴るようにして悔しそうに立ち尽くす。

「くっそ……キリがない……!」

 苛立ちを隠せず、私は手を握りしめた。追い詰めたと思ったのも束の間、またしても逃げられるとは。相手は新聞部員とは思えないほどの機転と準備の良さだ。

 タクシーが走り去っていくのを見送り、私は無意識に奥歯を噛みしめた。隼人は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「……人の目のつくところでは、魔法は使えない…だから大通りに出た、か。中々やるな」

 公共の場、しかも人の目が集まる大通りでは、下手に魔法を使うわけにはいかない。記憶操作で事後処理することも可能だが、手間がかかるうえ、魔力消費量もバカにならない。さらに混乱が広がるリスクもある。

 それを見越してここに逃げたに違いない。

「グラビティスロウって使えんのか?」

 隼人が険しい表情で問いかけてくる。私は彼の言葉に少し驚き、彼を見返した。グラビティスロウ。周囲20メートルほどの時間の流れを遅くする魔法。任意の存在は普通に動く事ができる。強力だが、その分負担も大きい。

「使えるが……昔とは違って一切動けんし、魔力消費も激しい」

 そう答えると、隼人はしばらく考えるように視線を大通りに向けていたが、やがて決意を固めたように頷いた。

「今の状況を打開するには、やるしかない」

 彼の声には焦りが滲んでいた。確かに、普通に追いかけてもあの新聞部員の逃げ足には追いつけない。私たちの動きを読んで逃げ道を先に準備しているあの男を、このまま野放しにしておくわけにはいかない。

「……仕方ないな」

 私は息をつき、足元に魔力を集中させた。グラビティスロウは大きな魔力を使う魔法だ。発動した瞬間、私は一切動けなくなる。それでも、この状況を変えるにはこの手しかないのだ。

「いくぞ……!」

 隼人が私を背負いタクシーに近づく。

 意識を集中し、周囲の空気を感じ取りながら、私はゆっくりと魔法を発動させた。瞬間、周囲20メートルほどの範囲にかすかな歪みが生まれ、すべての動きがゆっくりと鈍くなっていく。タクシーも、街の人々の動きも、まるで時間がゆっくりと流れ出したかのように。

「今しかない……!」

 幸運なことに、タクシーはちょうど信号に引っかかって停まっている。ゆっくりとした世界の中で、それはまるで絶好の機会を与えられたかのように見えた。

「隼人……!」

 私は声を張り上げることもままならず、隼人に視線を向けた。

 無言でうなずくと、グラビティスロウ+超スピードでタクシーに向かって動き出す。このくらいのスピードならカメラに映ろうとも、速すぎて認識できないだろう。

 私は魔力の消費で体に重圧を感じつつ、タクシー内でカメラを構えている新聞部の男を見た。

 隼人がタクシーのドアに手をかけ、勢いよく引き開けた。

「これで終わりだ」

 そう言いながら、隼人はSDカードを勢いよく握り潰し、その小さな破片を地面に放り投げた。カードは砕け散り、記録されたデータは完全に消滅した。

「解除」

 そして時は正常時動き出す。新聞部は突如SDカードがぶっ壊れ発狂していたが、今の私らに知ったことではない。


---


 後日、学校はいつもと変わらない平穏な日々を取り戻していた。廊下を歩く生徒たちの間には、特に騒がしい話題もなく、私たちに関する噂や記事の気配も一切ない。私は周囲を見渡しながら、静かに安堵の息をついた。

「ふう……これでひとまず安心だな。」

 隼人と共に行った証拠の完全な破棄。その甲斐あって、私の正体が拡散されることはなかった。あの日、新聞部員からカメラを取り上げ、SDカードを破壊し、あらゆるデータを消し去ったおかげで、危機は未然に防がれた。相手が手強かった分、念には念を入れて処理した。あれ以来、新聞部の活動も大人しくなり、目立った動きは見せていない。

「まあ、しばらくは安心できるだろう。だが、次はもっと気をつけないと」

「分かってる」

 私は素直に頷きながら、心の中で今回の出来事を反省した。

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