魔王vs勇者
夏休み、最高にだらけた日々が続いている。夏祭りが終わってから特に何も予定がないこの一週間、私は家でぐうたらと過ごしていた。
一親と隼人は部活に追われて遊ぶ暇なんてないし、友理は実家に帰省中で会う機会もない。光里はリハビリに一生懸命取り組んでいるが、毎日見舞いに行くのもさすがに気を使ってしまう。だから見舞いの頻度も抑えている。
となると、私に残された選択肢は……家でダラダラすること以外ない。
「……よし、今日もこれでいいか」
ソファーに寝転がり、お菓子を口に放り込む。スナックの袋が手の届く範囲にいくつも散らばっていて、まるで戦場のようだ。夏休みだというのに、これと言って特別なこともせず、ただソファーに横たわって過ごしている。
「なんだ、魔王ともあろうものがこんな生活か……」
私は一人ごとを呟きながら、ついにはスマホをいじり始めた。気づけばもう一週間、毎日こんな生活を送っている。
「……私は何してるんだ?」
天井を見上げて、何とも言えない虚無感に襲われる。
「くそ、こんなだらけた生活で良いのか?」
ふとそう思うが、ソファーから起き上がる気力もない。魔法の特訓も、ひとまず頭から消えている。
「……ま、もう少し休んでから考えるか」
そう呟きながら、私は再びお菓子を手に取って口に運んだ。
夏休みは、いつの間にか最高のだらけタイムになっていた。
「もう見終わったのか……」
気がつけば、12話のアニメをすべて見終わっていた。夢中になっていたせいか、時間の感覚がすっかり麻痺していたようだ。スマホの画面を確認すると、時刻はすでに12:00を回っている。
「一気に見てしまったな」
私は重い腰を上げてソファーから立ち上がる。昼になったのに、家の中はやけに静かだ。そういえば、両親も仕事でいないんだった。
「昼飯……どうするか」
私はキッチンを覗いたが、冷蔵庫の中は空っぽに近い。
「仕方ない……買い物にでも行くか」
私は手早く身支度を整え、財布とスマホを手に取って玄関へ向かった。いつもならだらけている時間だが、今日は何となく外に出てみようという気になった。
「さっさと行って、帰ったらまたアニメでも見るか……」
そう自分に言い聞かせながら、私はドアを開け、外に出た。夏の強い日差しが私を迎え、少しだけ目を細めながら歩き出す。
コンビニで簡単に昼食を買い込み、家に帰った私は、再びソファに沈み込んだ。お菓子と冷たい飲み物を手元に置いて、買ってきた弁当を食べながら、何となくスマホでアニメを見始める。完全にだらけモードだ。
「やっぱ、これが夏休みだよな……。」
自分に言い聞かせながら、ソファーに身を委ねた。
気がつけば、時間が過ぎていく。昼過ぎの静かな家は、私にとって最高のくつろぎ空間だった。両親もいないし、何も考えずにだらけるには絶好の機会だ。
しかし、そんなゆるい時間が続いていた時だった。
「おい、魔緒いるか?」
突然、玄関のドアが開き、隼人の声が響いた。
「……え? 隼人?」
思わず目を向けると、隼人がリビングに入ってきた。通常ならもっと遅く帰ってくるはずなのに、今日は何故か早い。私はソファに寝転んだまま、彼を見上げた。
「お前、早いじゃないか。なんでこんな時間に?」
隼人は鞄を下ろしながら答えた。
「コーチが過労でぶっ倒れて帰ってきた」
「……ふん、そうか。まあ、私はこの通り、だらけて過ごしてるところだ」
私は冷たいコーラを手に取り、ぐいっと一口飲んだ。
隼人は私の様子を一瞥し、少し呆れたように笑った。
「お前、相変わらずだな……夏休みなんだから、もう少し外に出ろよ」
「何を言う。だらけるのが夏休みの醍醐味だろうが」
私はソファに深く沈みながら、しれっと答えた。
「流石にだらけすぎだろ……」
隼人がソファに座りながら、私の方を見て軽くため息をついた。
「魔法もしばらく使ってないんじゃないか?」
「使っている。ほれ」
私は飲み物を手を使わずに取りながら、証拠を見せた。
「でも、こんなくだらないこと以外で…魔法を使ってないかもな」
ソファに寝転んだまま、ぼんやりと答えた。
隼人は眉をひそめ、呆れたように言う。
「魔王だった頃の誇りはどこ行ったんだよ」
私はその言葉に、少しだけ気が引けたが、それでもすぐには起き上がる気力が湧かなかった。
「分かってるさ。でもな、たまにはこうしてだらけるのも悪くない。夏休みだし」
隼人は肩をすくめて、立ち上がった。
「いいから運動するぞ」
隼人は腕を組み、少し厳しい表情で私を見つめた。ソファに座り続ける私に向かって、命令のように響く。
「そろそろお前も体を動かせ。種目は任せるけど、何でもいいからやれよ。テニスでも、ランニングでも、魔法でもな」
隼人は真剣な顔をしていた。
「何か賭けをするならやってやろう」
すると隼人はニヤリと笑い、
「もしお前が俺に勝ったら、好きな食べ物、飲み物、デザート……何でも買ってやる」
と付け加えた。
「……好きなもの、何でも?」
私は目を輝かせた。
「そうだ。お前が選ぶ種目で、もし俺に勝ったらな」
隼人は余裕のある笑顔を浮かべながら、私を見つめた。
「ふん……それは面白い提案だな」
私はその言葉に少しやる気を出し、立ち上がった。
「で、何をやるんだ?」
隼人が問いかける。
私はしばらく考えた後、ニヤリと笑って答えた。
「どうせやるなら、魔法の勝負だ。運動なんて面倒だし、私の得意分野で勝負してやる」
隼人は驚いたように目を見開いた。
「お前、それって……本気のやつか?」
「もちろんだ。運動は嫌いだが、魔法でなら簡単に勝てるだろう」
私は自信たっぷりに答えた。
「分かったよ。じゃあ、魔法で勝負だ。お前が本気なら、俺も全力で応えてやる」
隼人は真剣な表情に変わり、私に向き合った。
「勝ったら……スイーツパラダイスにでも連れて行ってもらおうか」
私はすでに勝利を確信し、食べたいものを思い浮かべながら、魔力を集め始めた。
「フィールドチェンジ」
隼人が軽く指を鳴らした瞬間、私たちの周囲が一瞬にして真っ白な世界に変わった。まるで全ての色彩が消え去ったかのように、空も地面も、どこまでも白が広がっている。
「なんだこれ!?」
私は驚いて辺りを見回した。
「異空間だ。俺たちが本気でやり合ったら、街が潰れるだろ?ここなら、どんな魔法を使っても問題ない」
私はその言葉に呆然としながらも、少しずつ状況を理解し始めた。
「なるほどな。これなら派手にやっても誰にも迷惑はかからないってわけか」
「そういうことだ」
隼人は不敵な笑みを浮かべ、私に向かって身構えた。
「さあ、遠慮なく本気を出せよ。お前が選んだ勝負なんだからな」
「面白いじゃないか」
私は魔力を集めながら、ニヤリと笑った
「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぞ。お前の負けが見えるまで、一瞬だ」
隼人は静かに目を細め、私の挑発に応えるように魔力を高めた。
「俺も手加減しないからな。全力でこい。」
異空間の静寂が、徐々に緊張感で満たされる。
「行くぞ!」
私が叫ぶと同時に、空気が震えるほどの魔力が爆発的に解放された。
「エクスプロージョン・ブライト!」
私は両手から強力な光の球を放ち、隼人に向けて真っ直ぐに撃ち込む。光球は猛スピードで彼に迫り、周囲を強烈な光で包み込んだ。
だが、隼人は動じることなく、指を軽く動かした。
「エア・ディフェクト!」
瞬間、周囲の空気が異様に歪み、私の光球がねじれたかのように反転し、空中で霧散してしまう。
「くっ……!」
私は一瞬動揺したが、すぐに次の魔法を準備する。
「これじゃ終わらないぞ、魔緒!」
隼人は笑いながら、今度は逆に自分の魔法を放ってきた。
「エア・スラッシュ!」
鋭い風の刃が音を立てて私に向かって飛んできた。
「バリア・シールド!」
と叫んで魔法の壁を展開する。風の刃が激しくバリアに当たり、周囲に響く衝撃音が広がる。
私はバリアを解いて、再び攻撃態勢に入る。
「アース・スパイク!」
地面から鋭利な岩の槍を次々と出現させ、隼人に向かって一斉に放つ。だが、隼人は瞬時に空中に跳躍し、軽々とかわしてみせた。
隼人は笑いながら、空を飛び私に向かって急降下してきた。
「ちっ……やるな」
私は苛立ちながらも、すぐに新たな魔法を準備した。
「アイス・ブラスト!」
氷の槍を無数に空中に召喚し、隼人に向けて一気に発射する。だが、隼人は風の魔法を使い、空中で鮮やかに回避してみせる。彼の動きは速く、私の攻撃がことごとくかわされていく。
「全力で来いって言ったろ?まだこんなもんか、魔王様!」
「黙れ!」
私は次々と魔法を繰り出すが、隼人も負けじと魔力を全開にし、互いの攻撃が激しくぶつかり合う。
「グラビティ・プレス!」
私は周囲の重力を操作し、隼人の動きを制限しようとする。だが、隼人は空中で反発するように強力な風を操り、重力を振り払ってみせた。
「すげぇな、お前!」
隼人が少し息を整えながらも、笑顔を浮かべて言う。
「でも、そろそろ終わらせるか!」
「終わるのはお前だ!」
私は全力で魔力を集め、最強の魔法を放つ準備を整えた。
「は…!?」
私は魔力を集めようとするが、いつものようにスムーズに力が湧いてこない。手のひらにかざした光が徐々に弱まり、息が少し上がるのを感じた。
「……魔力が……なくなりかけてる……?」
これまでの戦闘で、かなりの魔力を消費してしまっていた。気づけば、魔力を使い続けている私の体は疲労感で重くなり、さらに魔力を集めようとするが、思うように力が集まらない。
おかしい…記憶やら色々思い出してきて最近では容量も増えたと思っていたのに。
「まずい……」
隼人は私の異変に気づいたのか、少し距離を取ってこちらを見ていた。
「お前、魔力が底をつきそうだな」
「……まだ終わってない!」
私は強がって叫び、もう一度魔力をかき集めようとしたが、明らかに限界が近いことを感じていた。
魔法を放つ準備をしていたが、そのための魔力はもうほとんど残っていない。ここまでだとは思わなかったが、戦闘の激しさに予想以上の力を消費していた。
「無理するなよ。俺たちの勝負は、ここで終わりみたいだな」
「くっ……」
私は悔しさで歯を食いしばり、再び魔力を集めようとするが、手のひらから放たれる光はすでに弱々しいものだった。
「……負けたのか?」
その瞬間、私は膝をついてしまった。魔力の枯渇による疲労が体全体に広がり、どうにも動けなくなっていた。
「終わりだよ。お前、もう魔力が残ってないんだろ?」
隼人は微笑んで手を差し出した。
「これ以上無理しても倒れるだけだ。ほら、立てよ。」
私は隼人の手を見つめ、一瞬ためらったが、悔しさを胸に秘めたまま、その手を取った。
「奢りの件は勝ち負けに限らずやってやる。何がいい?遠慮なく言えよ」
「スイーツパラダイス!ケーキとアイスを好きなだけ食べたい!」
私は迷わず答えた。
「……本当に甘いもの好きだよな」
隼人は呆れたように笑いながらも、財布を取り出した。
「いいよ、今日は好きなだけ食べていい。魔緒が満足するまでな」
私はその言葉を聞いて、勝負に負けた悔しさが少し和らいだような気がした。
「よし、それなら存分に食べるぞ!覚悟しろよ、隼人!」
隼人は苦笑いしつつも、私の勢いに負けて小さく頷いた。
「はいはい、好きなだけ頼んでくれ……解除」
次の瞬間、家の中に戻ってきた。私は即部屋に行き服を着替えて、隼人の腕を引っ張った。
「さあ、スイーツパラダイスに行く前に、まずはコンビニでスイーツでも買っていくか……」
「なんでだよ…」
私は隼人と軽い会話をしながら、道を歩いていた。だらけた体に少しだけ風が心地よく、頭の中には甘いものが満ちていた。




