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魔王、夏祭りを開催する

 夏休み…聞くだけで何か特別なものを感じさせる季節。どうやら今年も、例の行事が近づいているらしい。

「夏祭りか…」

 ふと、一人呟いてみる。街のあちこちで夏祭りのポスターが貼られているのを見かけるようになり、気がつけばその季節がやってきていた。浴衣に屋台、花火。どれも私にとってはあまり馴染みのないものだが、この世界の人々にとっては夏を象徴する特別なイベントらしい。

 記憶は曖昧だが、どうやら私もこの祭りに参加していたようだ。光里も友理も一親も、楽しそうにその話をしていたのを思い出す。きっと彼女らにとって、この祭りはかけがえのない思い出になっているのだろう。

「……今年はどう過ごすべきか」

 そんなことを考えながら、私はポスターを見つめていた。

 夏祭りに出かけるのは光里にとって酷なことだろう。

 まだ完全には歩けない状態の彼女にとって、人混みの中での移動は想像以上に大変だ。おそらく車椅子で回ることになるはずだが、そんな状況を光里はどう感じるだろうか。

「きっと、気にするだろうな」

 私の頭の中に、あの日病室で見せた光里の表情がよぎる。

 少しずつ前に進もうとしているけれど、自分がみんなに迷惑をかけてしまうのではないかと心のどこかで怯えている。そんな状態で祭りに誘えば、彼女の負担になってしまうかもしれない。

「……どうしたものか。」

 私は窓の外を見ながら、つい小さく呟いてしまった。夏祭りに行けば楽しい思い出が増えるかもしれない。それでも、彼女に無理をさせてしまっては、せっかく前に進もうとしている光里の心にまた重荷を乗せてしまうかもしれない。

「どうすれば、光里が気にせずに楽しめるのだろう」

 私の中に浮かぶのは、彼女が気を使わずに、ただ祭りを楽しめるための方法を見つけること。

「隼人、何か案を出せ!」

 私は窓の外を見ながら、苛立ちを隠さずに隼人に声をかけた。どうすれば光里が気にせずに夏祭りを楽しめるのか、その方法が思いつかなくて心がもやついている。隼人なら、何かいい考えがあるのではないかと思ったのだ。

 隼人は、私の問いかけに少しだけ目を細め、腕を組みながらしばらく考え込んだ。やがて、重い口を開いた。

「そうだな……無理に人混みに連れ出すのは確かに酷だ。でも、せっかくの夏祭りだし、光里が楽しめるようにしてやりたいよな」

 彼は顎に手を当て、少しだけ楽しそうに笑みを浮かべる。何か良い案を思いついたようだった。

「ちなみに学校の屋上。あれが特等席らしいぞ。部活の友達が言ってた」

「ほう……」

 私は彼の言葉に興味を持ち、少しだけ身を乗り出した。

「だから、あえて街中に連れ出さなくても、学校の屋上でも十分花火を楽しめるってわけだ。しかも、利用者以外は利用できない。人混みを避けられるし、光里も気にしなくて済むだろ?」

 隼人は自信ありげにそう言いながら、私の反応を伺っている。確かに…わざわざ無理をして遠出する必要もなく、光里の体調に合わせて楽しむことができる。

「それで、どうやって学校に忍び込む?

 私は再び隼人に問いかけた。夜の学校に入り込むには、普通の手段では到底無理だと考えていた。

 隼人はその質問に、少し驚いたようにこちらを見つめ、それから不敵な笑みを浮かべた。

「忘れたか?俺らには魔法があるだろ? 気配遮断に記憶改竄まで、やりたい放題じゃないか」

 私はその言葉に一瞬、目を細めた。確かに、私たちが使える魔法なら、夜の学校に忍び込むことなど容易い。気配を遮断してしまえば、周囲の誰にも気づかれずに行動できるし、万が一見つかったとしても、記憶改竄の魔法でその事実をなかったことにできる。

 私は小さく頷いた。隼人の言うことに理はある。正式な手続きを踏むのが難しいなら、こちらの方法でやりたいことを実現させる。それが、私たちの持つ力の使い方の一つなのかもしれない。

「そういうこと」

 隼人は自信に満ちた表情で言い切った。その瞳には、光里のためにできる限りのことをしようという決意が宿っているようだった。


 学校の帰り道、隼人と一緒に光里の病院に向かった。外はすっかり暗くなり、周囲には夏祭りの太鼓の音が響いている。どこか浮かれた雰囲気が漂う夜の空気に、心が少しだけ躍るのを感じた。一親と友理は先に学校へ行き、会場の設営をしている。異郷人2人のセンスだとそこが知れているので任せたと言うわけだ。

 病室のドアを開けると、光里は少し驚いた様子でこちらを見た。そんな彼女の前で、私はカバンから持参したものを取り出し、勢いよく見せる。

「浴衣だ。着ろ」

 私の手に広げられた浴衣を見て、光里は目を丸くして口を開く。

「え…!? 」

「行くぞ、夏祭り」

 そう告げると、光里の顔に一瞬動揺が走った。不安そうに視線を落とし、震える声で言った。

「……夏祭りには行きたくない。周りからの視線もヤダし……」

 光里は言葉を詰まらせ、ベッドの上で身を縮めるように俯いた。

 私は少しだけ視線を隼人に向けた。彼は光里の反応に目を細めていたが、やがて穏やかな声で語りかけた。

「今日は、俺たちだけの夏祭りだ。舞台は学校だぜ」

 隼人は光里の横に腰を下ろし、彼女の目を見つめる。私は一度ため息をついて、彼女の目の前に浴衣を広げ直し、優しく語りかけた。

「光里、私たちは光里と一緒にこの夏祭りを楽しみたいんだけだ」

 少しずつ、光里の心が揺れているのが伝わってくる。

「ほら、行くぞ!」

 私は光里に浴衣を手渡しながら言った。まだ少し不安そうだったが、決意を固めたように頷いた。

 私は光里の浴衣の着付けをした。

「……これであってるのか?」

 どうも見本より若干不恰好に見える気がする。浴衣なんて普段着せる機会もないし、完璧にはできなかったかもしれない。

 浴衣に着替えた光里を、私は車椅子に乗せる。浴衣の裾を気にしながら、少しだけ照れくさそうにうつむいている。

 光里は少し戸惑ったように浴衣の裾を軽く引っ張り、鏡を覗き込んだ。彼女もどこか不安そうな顔をしている。

「うーん……ちょっと崩れてるかも。でも、そんなに悪くないよ」

 彼女は笑おうとしているが、どうにも気にしているのが見え隠れする。

 隼人が横で笑いをこらえながら、私の肩を軽く叩いた。

「これが私の限界だ。どうせすぐ動いて崩れるんだから、気にするな」

光里も隼人の言葉に釣られて少しだけ笑顔を見せた。

「でも、似合ってると思う」

 隼人が軽く笑いかけると、光里は照れながらも小さく「ありがとう……」と呟く。

 そんな様子を見て、私は少しだけ安堵し、車椅子のハンドルをしっかりと握った。

「さあ、出発だ。学校までちょっとした冒険だ」

 私は軽く宣言すると、光里の車椅子を押して歩き出した。隼人も横に並んで歩き、祭りの太鼓の音が遠くから聞こえる中、ゆっくりと夜道を進んでい。

 道中、祭りの提灯が所々に灯されているのが見える。どこか賑やかな雰囲気の中、私たちは歩みを進めた。光里を押す車椅子は思ったよりもスムーズに動いてくれた。

 やがて、学校の姿が夜闇の中に現れた。いつもは昼間しか見ないその建物が、今は静かな影を落としている。

 しかし、どこか懐かしさを感じさせる風景に、光里は目を細めた。

「……久しぶりだな、学校」

 光里がぽつりと呟いた。

「教室も見てまわるか?」

 私は車椅子を押しながら、ふと光里に問いかけた。学校に来るのは久しぶりの光里にとって、教室を見て回るのも悪くないかもしれない。懐かしい記憶が蘇るかもしれないし、私も光里との思い出を思い出せるかも知れない。そうなれば、より一層力が強まる。

 光里は少し驚いたように私を見上げ、考え込むように視線を落とした。

「……うん、少しだけ見てみようかな」

彼女の返事を受けて、私はゆっくりと車椅子を押しながら学校の中を進んだ。教室のドアを開けると、そこには普段の昼間とは異なる、静かな夜の教室の姿が広がっていた。

私は軽く笑って肩をすくめる。隼人が一歩前に出て、少し得意げな表情で答えた。

 教室の扉を開けた瞬間、光里は一番端の席を指名してきた。そこの近くに行き、光里を座らせた。

 薄暗い教室の中、夜風が窓を揺らす音だけが響いている。懐かしい雰囲気が、光里を包み込むように漂っていた。

 そして、彼女はふと口を開いた。

「魔緒!昨日のアニメ見た!? ……なんて」

 微笑みながら言葉を続け、教室を見渡している。

「懐かしいな……毎日こんな感じで話しかけてたよね」

 光里そう呟いた瞬間、軽い頭痛を感じ私の中に遠い記憶が蘇った。教室の中で、私と光里が何気なく過ごした日々……そんな断片的な思い出が鮮明に浮かび上がってくる。

 光里が何かに夢中になっていた時、いつも私に話しかけてくれた。その時の無邪気な声、笑い声、そして……あのアニメの話題。私はその瞬間を忘れかけていたが、今こうして光里が言葉を紡いだことで、記憶が呼び覚まされた。

「そうだな、私も少し思い出した」

 私達静かに言葉を返しながら、教室を見渡した。

「隼人君は……?」

 光里が不安そうに問いかける。そういえば隼人の姿が見当たらない。

 私は少し眉をひそめ、面倒そうに肩を落とし言った。

「……知らん! あいつはいっつもどっかに行くんだ。気がつくと現れたり、消えたりしてるからな」

 隼人はいつもそんな調子だった。予告もなしに姿を消して、気づけばいつの間にかまた現れる。

 そんなことを考えていると、突然後ろから隼人の声が聞こえてきた。

「悪い悪い、警備員がいたから別の棟に行かせた」

 振り返ると、隼人が軽く手を挙げてこちらに向かってくる。まったく危機感のない様子で笑っている。どうやら警備員に気づかれそうになって、うまく回避してきたらしい。

「……お前なぁ」

 私は小さくため息をついて、呆れたように隼人を見た。

「心配かけて悪かったな。でも、これでゆっくり屋上まで行けるぞ」

 隼人は悪びれる様子もなく、にこやかに答えた。

 校内のエレベーターで4階の1年生の廊下に到着し、私たちは光里を車椅子に乗せたままスロープを使って屋上へと向かった。

 夜風が心地よく吹く中、ゆっくりとドアを開けると、そこには友理と一親が待っていた。

「お、いらっしゃい!」

 一親が笑顔で手を振り、友理もにっこりと頷いていた。机の上には、たこ焼き、リンゴ飴、焼きそばといった祭りの食材が並べられていて、その光景はまるで本物の夏祭りのようだ。

「うわぁ……」

 光里は驚きの声を上げ、周りを見回す。屋上の装飾も祭りの雰囲気をしっかりと再現していて、カラフルな提灯が優しい光を放っていた。

「綺麗……!」

 光里は目を輝かせながら、見上げた空の広がりをじっと見つめていた。

 ふと屋上の景色に目を移した。遠くに広がる街の明かり、夜風に揺れる提灯の光、そしてその中で笑顔を浮かべている光里たち。

「学校の景色って、こんなに綺麗だったか?」  

 自分で主催したものの、ただの電気街の景色が特別美しく感じられた。いつも見ていたはずの場所が、今では特別な空間に変わっている。

 その時、ふと空に一つの光の球が舞い上がろうとしていた。

「花火……!」

 光里が呟いた。ゆっくりと上がる小さな光の球は、やがて夜空に大きく花を咲かせた。ドーンという音と共に、鮮やかな色彩が空に広がる。

 光里はその花火を見上げ、まるで夢を見ているように呆然と口を開けたままだった。

「すごい……本当に綺麗……」

 たこ焼きを頬張りながら、床に座りながら花火を見た。

「……綺麗だね」

 光里が静かに呟く。

 彼女の声が空気に溶け込むように響く中、私は軽く頷くだけだった。隼人も、友理も、一親も、それぞれが花火を見上げながら、思い思いの時間を過ごしている。

 だが、その時間は長くは続かなかった。

 夜空に広がる花火の光を眺めていたその時、突然、遠くの空から雷鳴が轟いた。私たちは一瞬だけ空を見上げたが、まだ花火は続いている。

「大丈夫だろ…雨降んないって言ってたし」

 隼人が呟いた。

 しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ポツリ、ポツリと冷たい雫が降り始めた。光里が驚いて空を見上げ、次の瞬間、強い雨が一気に降り注いできた。

「うわっ、フラグ回収早すぎだろ」

 私は光里の車椅子を慌てて押しながら、周りを見渡した。

「大雨だ!」

 一親が叫び、急いで近くの屋根の下に駆け込む。光里も、急に降り出した雨に戸惑いながら、浴衣が濡れるのを気にしている。

「すごい雨だな…」

 隼人も苦笑しながら自分の頭を覆うが、雨の勢いは止まる気配がない。

 提灯の光も雨で消され、屋上の祭りの装飾がしだいに濡れて色あせていく。

「あーあ…せっかく用意したのに」

 ようやく屋上の隅にある屋根の下にたどり着き、私たちは雨宿りをしながら、濡れた体を拭いた。

「すごい雨だね……」

 光里が少し驚いたように呟く。先ほどまでの綺麗な花火が、一瞬で雨に流されてしまった。

「最後の大きい花火が……」

 友理が残念そうにため息をついた。

「でも、久しぶりに花火も見れて、お祭り気分 も味わえて……良かった!」

 光里は微笑みながらも、どこか悲しそうな表情を浮かべた。その顔を見て、私は無意識に舌打ちした。

「ちっ……仕方ない」

 突然、私は立ち上がり、手を挙げて隼人を呼び寄せた。

「どこいくの?」

 一親が少し驚いたように問いかけたが、私は軽く手を振りながら答えた。

「トイレ! そんで隼人、お前も来い!」

「はぁ……!? なんで俺まで?」

 隼人は呆れたように眉を上げたが、私はその理由をすぐに告げた。

「夜のトイレが怖いからに決まってるだろ!」

 その言葉に、光里は一瞬驚いた顔を見せたが、隼人は眉をしかめつつも、何かを察したようだった。

「お前、怖いのかよ……ははは」

 隼人が小さく笑った。こいつ…本当にそんな理由だと思っているのか?

 階段を駆け下り誰もいないところで私は真剣な表情で彼に向き直った。

「違う。雨を止めて、花火を再開させる」

 その言葉に、隼人は驚いた顔をして私を見た。そして、私が本気だということに気づいた瞬間、彼の表情が少しだけ引き締まった。

「……まさか、本気か?」

「当然だ。光里がこんなところで終わらせるのは嫌だって顔をしてる。だから、雨を止めてやる。光里のために雨を止めてやりたい」

 私たちは学校のトイレに急ぎ足で駆け込んだ。中に入ると、少し湿った空気が漂っている。

「光里のため……ね。お前がそこまで考えるとはな。普段からもう少し優しさを見せてればいいのに」

「黙れ。光里は今日を楽しんでる。それを途中で終わらせたくないだけだ」

 私は真っ直ぐに隼人を見つめ、心の中で決意を固めた。

 隼人はため息をつきながら、少しだけ笑って言った。

「ま、やることはシンプルだ。お前のやり方で雨を止めればいい。俺はその後のフォローをする。さあ、始めようぜ」

「行くぞ!」

 私は隼人に合図を送り、トイレを飛び出すと、強い雨に打たれながら空を見上げた。

 私たちは魔法を発動させ、空高く舞い上がった。雨に打たれ、びしょ濡れになりながらも、私は両手を天に向け、魔力を集中させた。

「エクストリームウィンド!」

 私は力強く呪文を唱え、雲に向かって手をかざした。魔力が手のひらから流れ出し、雲に触れると、徐々にその動きを止め、雨が弱まっていくのを感じた。

 隼人も同時に手を広げ、風を操りながら雲の動きを抑え込む。空中で二人の魔法が共鳴し、雨はしだいに止まり始めた。

「よし……効いてる!」

 隼人が目を見開き、力を込めて声を上げた。

 私も頷き、さらに魔力を注ぎ込む。最初こそ順調だったが、段々と自然の風が強すぎて威力も精度も下がっている。

「くそ……風が強くて、なかなか定まらない!」

 雨は勢いを増し、雲はますます厚くなる。私は焦りを感じながら、さらに雲に近づこうと決意する。

「もっと雲に向かって上昇するしかない……!」

 私は隼人を振り返り、強い風が顔に当たるが、私は歯を食いしばりながら上昇を続けた。雲がすぐ目の前に迫ってくる。

「仕方ない……最終手段だ」

 私は決意を固め、両手を空にかざした。

「最終手段ってなんだよ…?」

 空に向けて集中し、魔力を集める。周囲の空気が張り詰め、魔法の力が高まっていくのを感じる。隼人が少し後ろに下がり、警戒するようにこちらを見ている。

「エクスプロージョン・ブレイク!」

 私は全力で呪文を叫び、巨大な魔法のエネルギーを空に放った。光の球が雲の中に突入し、轟音と共に激しい爆発を引き起こす。瞬間的に空全体が明るく輝き、雲が四散していく。

「うわっ、すげぇ……」

 隼人が目を見開き、驚いた声を漏らす。

 爆発の衝撃波で、雲は次々に砕け散った。

「まだだ、もう一発!」

 その瞬間、私の手から光の球が空高く舞い上がった。光の球は、夜空の頂点に達した瞬間、激しい爆発を起こし、巨大な閃光とともに花火のように広がる。色鮮やかな光が夜空を埋め尽くし、まるで無数の花が咲き誇るかのように輝いた。

「……おお」

 隼人が目を見張る。

 私は続けて手をかざし、次々と光の球を放っていく。それぞれの光球が爆発し、夜空には次々と鮮やかな光の花火が打ち上がる。どれも力強く、美しく、まるで本物の花火を凌駕するかのようだった。

 気がついたら雨も風邪も止っていた。

「どうだ、これが魔王の力だ」

 私は得意げに笑い、空に広がる爆発の光を眺めた。

「いや、これに関してはさすが魔王って感じだわ…」

 隼人が拍手をして私のことを見つめる。

 雨が完全に止み、私は隼人とともに一親たちの元へと戻った。屋上ではすでに祭りが再開され、今度は空一面に美しい星が並んでいた。

「もう、トイレ行ってる時にすごい花火が上がってたんだよ!」

 一親が笑いながら話しかけてくる。

 あぁ……そういえば、私トイレに行ってた設定だったな。私は苦笑しながら、何とか平静を装った。

「てか、何でそんな濡れてるの?」

「そこは気にしなくていい」

 すると隼人がニヤリと笑い、私をちらっと見てから一親たちに向かって言った。

「こいつ、トイレの中で怯えててさ……ほんと参ったぜ」

「はぁ……!? 」

 私は慌てて隼人に抗議しようとしたが、彼は軽く肩を震わせて話を続けた。

「いやー、魔緒があんなにビビってる姿は初めて見たよ。雨も降ってたし、暗いし、爆発起きるしで、完全におびえモードだったんだ。」

「おい…」

 私はて隼人を睨んだが、楽しそうに私を煽り続ける。

「いやいや、マジで。『怖いから隼人も来い』なんて言って女子トイレに入れたんだからな。ほんと、かわいそうなぐらい」

 一親と友理はそのやり取りを見て、思わず吹き出した。

「魔緒がそんなに怖がりだったなんて……意外だわ!」

 一親がからかうように言い、友理も笑いをこらえながら頷く。

「……余計なことを言うな!」

 私は隼人を睨みつけるが、永遠にニヤニヤと笑っている。

「ぷっ!」

 光里が突然笑い出し、ついには笑い転げるように肩を揺らした。

「ほんと、みんなといると楽しい……!」

 その笑顔は、久しぶりに心から楽しんでいる様子が伺えた。私も隼人も、一親と友理も、自然と光里の笑顔につられて笑みを浮かべた。

 だが、次の瞬間、光里はふっと真剣な表情を浮かべ、車椅子の端をつかんでゆっくりと立ち上がった。

「光里……!?」

 一親が驚きの声を上げる。

 光里は笑顔を浮かべたまま、慎重に一歩一歩踏み出し、ゆっくりと歩き出す。誰の補助もなく、ゆっくりと一歩ずつ。

「来年は……自分の足でお祭りに行くから!」

 光里はしっかりと前を見据え、決意に満ちた声でそう宣言した。

「……約束だ!」

 隼人が優しい声で答え、一親と友理も感動したように微笑んだ。

「来年はみんなでお祭り会場に行こうね!絶対に!」

 友理が声を弾ませながら言う。

 私たちの特別な夏祭りは、こうして静かに幕を閉じた。雲が晴れた夜空には、星がちらちらと輝き始めている。まるで、この夜を祝福してくれているかのように。

「……さあ、そろそろ戻るか」

 私は一言呟き、光里の車椅子を押して歩き出した。隼人も一親も、友理も、それぞれがゆっくりと歩き出し、祭りの終わりを名残惜しそうに感じながら、少しだけ静かに下校の道を進んでいった。


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