散る花火(要)
賑やかな雰囲気に焦げたソースの香ばしい香り。
そして、キラキラと光る提灯に祭り名物の食べ物たち。
隣には可愛い彼女。
「が、いたら最高だったんだけどな」
「さっきから何ぶつぶつ呟いてるんだよ」
そう、オレの隣を歩いているのは可愛い彼女なんかじゃない。イケメンの友達だ。
「何が悲しくて野郎と祭りを回らないといけないんだろうな...。」
「いや、誘ってきたのそっちだろ。彼女を誘ったけど断られたからって」
そう、オレは彼女をお祭りデートに誘ったのだ。しかし、返事は友達と約束してるからムリ。とのこと。彼女のことは束縛するつもりは全然ないし、友達との約束があるのなら仕方ないとも思う。だが、へこむかへこまないかと言われればそれは別問題ということで。
「にしても、蒼もよく誘いに乗ってくれたよな。約束とかなかったのかよ?」
「特にないな。まあ、誘われはしたけど」
「それに乗れば可愛い女子とお祭りデートできたんじゃね?」
「要、俺が騒がしい女子苦手なの知ってるだろ?」
「そう言えばそうだっけ」
万年モテ期の蒼を羨ましいとは思うが、付きまとわれるのは面倒なの知ってるからからかいはしない。うん。それにしてもさすがの祭り。カップルが多いな。コンチクショウ。
高校に進学してからはそういったこともなく可愛い彼女もできて幸せではあるが、用心に越したことはない。もしも厄介ごとに巻き込まれたらオレだけの問題にならない可能性もあるからだ。
「あ、あれ、」
「ん?知り合いでもいたか?お、あれは、」
「あれ、蒼くんに要くんだ。久しぶり」
「なおじゃん。久しぶり。1人か?」
蒼が発見したのは中学時代の友人、なおだった。相変わらずの小動物だな。
「ううん、遥稀と来てるんだ」
「遥稀と?もしかして迷子か?」
「いや、大判焼きが呼んでるとか言って買いに行った」
「相変わらずの変人だな...。」
遥稀、ともそれなりに長い仲のいい付き合いだ。同じ習い事をやっていてラノベの貸し借りやアニメの感想の語り合いなどを行った仲間である。
制服のスカートの長さ問題やデザイン性についての議論も懐かしい。
「なお、ごめん、待たせた」
「おかえり...大判焼き以外も買ったの?」
「たこ焼き。あと、りんご飴はおまけでもらった」
「遥稀、久しぶりだな」
「要だ。久しぶり」
今日は2人浴衣で来たらしい。制服や私服と違った格好は新鮮さが良い。
クッソ、彼女の浴衣姿も絶対に可愛かっただろうに...。
「遥稀のその髪飾り良いね。髪型も新鮮だな」
「ありがとう。まいのママにやってもらった」
「は...?まい...?」
遥稀の髪型を褒めた蒼が固まった。
「遥稀、まいちゃんの家にお泊りしたんだって。それで着付けもしてもらったんだよね?」
「うん。髪型はまいとお揃い。まいは今彼氏とデートしてるから頑張れば見つけられると思う」
「そういえば、お前ら謎に仲良かったもんな」
「羨ましい?」
「いや、まったく。それよか、オレの彼女自慢してもいい?いいよな?」
オレはスマホを取り出して彼女の写真を見せながら自慢を始めた。うんうん。やっぱり可愛いよな。
「うっわ、中学だと恋愛に興味ありませんみたいな雰囲気出してたのに彼女できるとこうなるんだ...」
なおの冷たい視線は気にしない。だって彼女は可愛いし。
「今の写真、超かわいかった」
「やはり同志にはわかるのか?」
「撮り方にこだわりを感じる。ポーズも良き。スカートの長さも完璧すぎる」
「だよな!?いや、この写真はオレも1番のお気に入りなんだよ」
「このブレスレット、まさか、」
「気がついてしまったか?これは12巻に出てきたアイテムのモチーフのペアブレスレットだ」
「12巻は泣いた。買うかどうか迷ったやつを...。彼女さん誰推し?」
「確か、先輩推しだった気がする」
「先輩もいい。わかる。私は後輩推しだけど」
「そこ本当にブレないよな。ちな、これ彼女のコス写真な」
「え、まじ?会ったことある。写真撮ってもらった」
「は?マジで!?うわっ、マジだ...ってか、オレより先に出会って写真撮ってる、だと、?」
「羨ましい?」
「はい!とても!」
くっ、オレの彼女なのになんか負けた気分だ。
そういえば前にイベントで推してる小説の同人作家に認知貰えたことがあるって言ってたな。遥稀のことかよ。
「遥稀、美波も探さないといけないのにゆっくりしてられないよ?」
「あ、そうだった。忘れてた」
「やっぱり...」
「美波って、やっぱお前ら迷子か?」
「違う。今日は美波のデートの尾行に来た」
「いや、普通にダメだろ」
「許可は取ってる」
それ、やる意味あるのか?つーかなんで美波も許可してるんだよ。やっぱりこいつら変人だ。
遥稀、なお、美波の3人の中には常識人枠がいない。自由過ぎるマイペースな遥稀にド天然でそれを自覚していないなお、一見しっかりしているくせに悪ノリしたり口の上手い遥稀にのせられる美波。抜群のチームワークを発揮できる一方、一歩間違うと災害レベルの珍行動を取る恐ろしいやつら。
なおと美波に悪気はなくとも遥稀は時々確信犯的に場を引っ掻き回す。まあ、甚大な被害を出す前に止めたり調整できるのも遥稀くらいだけど。
「許可って...実際迷子になってるようなものだし大丈夫なのか?」
「いざとなったら美波に居場所聞くから平気だよ」
「それ、尾行の意味ないだろ。これだから阿保とド天然の組み合わせは」
「要にディスられた。心外」
「阿保に阿保って言われたくないよね」
...。こいつら。行き当たりばったりで事実だろうが。
「でも、この人混みじゃ割と危ないんじゃ...遥稀、人混み苦手だろ?」
「そうだよ。ってか、人混み苦手なのによくイベント参加できたな?」
「部活メンバーで参加したから平気だった。それに、対策は考えてある」
「対策?」
遥稀はドヤ顔でそう言ってなおと手を繋いだ。対策ってこのことか?
「いや、ガキか」
「な、な、」
「対策になってねーだろ、阿保」
「手を繋いでおけばひとまずはぐれることはないし、人酔いしてもなおについて行けばどうにかなる」
それ、なおがどこにいるのか居場所を把握できていなかったら意味なくね?ダメだ。2人ともそれなりに頭いいはずなのに祭りのテンションでIQが著しく低下している。
祭りという開放的な気分になる場で犯罪に巻き込まれる可能性が出てきた。頭が痛い...。
蒼も同じ考えのようだ。
「遥稀、俺達も一緒に回っていい?」
「?2人はデート中じゃないの?もしくは待ち合わせ中?」
「やめろ、変な想像をすんな!」
「要の彼女の話聞いてただろ?要が彼女に誘いを断られたから仕方なく一緒に回ってただけだよ」
「かわいそ」
「おい、遥稀笑いをこらえながら言うな。それと蒼さん?仕方なくを強調して言うのやめてくれます?悲しくなるから」
オレの味方はどこにもいないようだ...。
それから、結局4人で祭りを回ることになった。
なおと蒼の間に遥稀を配置し迷子にならないように万全の体制を取って。所々買い物をする屋台ではおまけがもらえたりするのがラッキーだな。
「お嬢ちゃん、お兄ちゃんとお使いかい?兄妹仲が良いっていいね。これはおいちゃんからのおまけだよ」
「ありがとうございます!おじちゃん...要、なに?」
屋台から離れたところで遥稀の声のトーンが元に戻った。スゲー特技だな。
「いや、中学の時のお前ならキレてただろうなって思っただけ」
さすがに怒りを露わにすることはなくても否定したりはすると思ってた。穏便に済んで意外だ。
「屋台も混んでたし否定するのめんどくさかったから。おじさんも気まずくなるだろうし。それに、」
「それに?」
「おまけがもらえてラッキー的な?」
「まあ、確かにな。大人になったんだな、お前も」
「元からですー。あれ、なおどうしたの?」
「あ、遥稀、要くん、あれ...」
なおが指さしが方向を見ると蒼が逆ナンされてた。さすがイケメン。
なおいわく、トイレから戻ってきたらあの状態だったらしい。救出しようにもお姉様がたの圧が強すぎて1人で行くのは怖いとのこと。いや、オレでも怖い。
「逆ナン初めて見た」
「呑気にベビーカステラ食ってる場合かよ。蒼のやつ困ってんぞ」
「やっぱり私、救出に、」
「やめとけ。口の強そうなあのタイプは絶対攻撃してくる」
「さすが、メンヘラ吸引機。はい、なおあーん」
「嫌な記憶を思い出させやがって...ここは、オレが...」
「要くんが行ったら余計に状況が悪化するよ」
「え?どういう意味?」
「ああ、メンヘラ吸引機の異名に恥じないくらいには女の子寄せ付けるからな。巻き込まれそう」
「だから、笑いながら言うな!くそ、どうすれば...」
なおが行くと彼女に間違われて攻撃される可能性があるし、オレが行くと巻き込まれる可能性がある。穏便かつ諦めさせて平和に終わる方法...。考えろ、考えるんだ。
「これ美味しいね」
「おじさんが飴細工のおまけもくれた」
くそ、微笑ましい姉妹みたいなやり取りしやがって...。待てよ、姉妹?
そうだ、オレ達はさっき兄妹のお使いに間違われておまけを貰った。つまり、遥稀が幼い雰囲気を醸しだして幼げな感じで行けばいけるのでは?
「遥稀!」
「な、なに?」
「層を救えるのはお前しかいない!」
「は?」
作戦を説明すると遥稀は渋い顔をした。まあさすがにそうだよな。
「ちなみに実行してくれた暁には向こうの屋台のワッフルを御馳走すると約束しよう」
「隊長!作戦を実行いたします!」
ワッフルの効果強すぎだろ。いや、食べ物で釣られる遥稀がチョロいのか?
いや、ともかく乗ってくれたんだ。飽きないうちに実行させねば。こいつの頭の中には可愛いろりのデータが入っているはずだ。いける、はず。
「とりあえずチューニングする。あ、あ、あー。このくらいの高さでいい?」
「おお、ロリじゃん、いける。あとは、そうだな、イメージは6巻の妹風で」
「え?そこは3巻でしょ」
「どっちでも良いから!早く行かないと、」
「よし、遥稀出陣だ!」
「承知!遥稀、参る!」
遥稀の背中を見送り様子を見守る。よし、ターゲットに近づいたな。
うおっ、僧の服を引っ張った。あざとい!
「え?遥稀?」
「お兄ちゃん、どこ行ってたの?」
「え、?え、>」
蒼、戸惑わずに察してくれ!頼む!
「何この子?妹ちゃん?」
「うん。はるね、お兄ちゃんとはぐれて、こわかった...」
「え、っと、お母さんとか他の家族とかは?」
「今日はね、お兄ちゃんときたの。だから、はぐれて、こわくて、」
おい、蒼!お前も何か言え!固まるな!
「あー...えっと、お姉ちゃんたちも一緒に回っちゃダメ、かな?」
「でもね、でもね、お兄ちゃん、かのじょいるから、」
「は?彼女持ちかよ!」
「落ち着きなって、あ、怖がらせちゃってほごめんね?」
「えっと、お兄さんとはぐれないように、気を付けてね?」
「うん、おねえさんたち、ばいばーい」
気まずくなったようで去っていった。可哀そうに。
「隊長、任務完了いたしました!」
「よくやった、にしても凄かったな。完全に騙されてたぞ」
「アニオリのお祭り回を参考にした」
「さすがだな...」
蒼は未だに放心状態である。まあ、同級生に急にお兄ちゃんとか呼ばれたら固まるよな。
「蒼くん、大丈夫?」
「は、今悪い夢を見ていたようだ。近親相姦はダメだ」
何言ってるんだ?こいつ。必死に現実逃避しようとしている。
「遥稀、蒼くん気分悪いみたいだから少し一緒にいてあげて。ワッフルは私達で買ってくるから」
「承知。適当に座るとこ探しとくね」
「なあ、遥稀と蒼2人にして大丈夫かよ?」
「蒼くんなら大丈夫だよ。遥稀のこと守ってくれる」
「はあ?なに意味わからないこと言って、」
中3の秋ごろからなおは変わった気がする。いや、なおだけじゃない。遥稀は夏頃から雰囲気が少しだけ暗くなった。オレは同じクラスじゃなかったから詳しくは知らなかったけど。
クラスに遊びに行くと食い入るように本に没頭しているのを何度か見かけたことがある。話しかけると肩を少し震わせてからいつものように返す。
ただ、学校という場を離れた道場ではいつも通り快活だから特に気にしていなかった。そして、日を経るごとに遥稀は沈んでいった気がする。ぼんやりしていることが増えていたし、道場での練習中にも武器を足元に落としてすごく心配されていた。本人はうっかりとか言って誤魔化していたけど、危うく大怪我をするところだったのに。
「要くんは遥稀のことどう思ってる?」
「どうって、変人だろ遥稀は」
「そう言うことじゃなくて、私はね、すごく後悔してるの」
「後悔?」
「遥稀のこと守れなかったって。遥稀が笑顔を忘れるまで何もできなかったことを」
なおは悲痛な面持ちでそう言った。守る、ね。
「あいつは誰かに守られるようなタマじゃないだろ」
「でも、」
「オレが知ってる癒木遥稀は、誰にも弱みを見せようとしない死ぬほど頑固で強いやつだ。誰かに守られるよりも誰かを守りたいタイプっていうか、そんなやつ。そんでものすごい阿保」
そうだ。遥稀は強い、だからこそ脆い。それに気づけない時点で守ることなんて不可能だ。誰か寄り添ってくれる人間がいるだけであいつが折れることはない、と思う。なおは良くやった方だとオレは思う。
「なおはどうしたいんだ?多分、あの阿保は守られることを望んでないぞ」
「どうって、」
「今のお前は後悔に酔っているみたいに見える」
「...。」
「後悔が悪いことだとは思わないけど、いつまでもそのことに酔うのはやめた方が良いぞ。遥稀はもう前を向いてるんだからな」
「え、」
蒼に聞いた話だと、恐怖というかトラウマはまだ拭えていなさそうらしい。だけど、高校に進学して、クラスや部活、後輩との話を楽しそうにしていて、人と関わることとは向き合って前向きに取り組んでいるらしい。あいつらしいやり方で。
「当事者が気にしていないことを過剰に気にするのはやめとけ。遥稀はきっと楽しいと思ってるからなおと交流しているんだろ?嫌なことはバッサリ切るんだから」
「そう、だね。遥稀が誰よりも強いこと、誰よりもわかってたはずなのに...」
「あ、なおお帰り」
「うん。ただいま。何してたの?」
「渉、あ、後輩から送られてきた原稿チェック」
「渉、結構面白いこと書くんだなって笑ってた」
「蒼くんも知り合いなの?」
「うん。この前テスト勉強一緒にしたから。でも、1科目だけ補習食らうとは哀れな」
「遥稀の書いたのはないの?」
「一応あるけど、今度見せてもいい?感想欲しい」
やっぱり楽しそうにしてるよな。こいつら。
「ほい、約束のワッフルだ。心して食え」
「隊長!ありがとうございます」
「うむ。あ、これは蒼の分な」
「ありがと、お金、」
「あーいいよ。こいつの見張り大変だったろ?」
「私は野生動物か何かか?」
「お、そろそろ花火だな」
ギャンギャンと吠えるのを無視しているとなおが遥稀の口にワッフルを突っ込んだ。それを見てなんかほっこりした。なおの方も大丈夫そうだな。
「あ、美波からメッセージだ」
「探すの忘れてたね...。そうだ。写真を美波に送ろう。はい、2人ともピース」
「なおは撮らないの?」
「撮るよ。はい、蒼くんお願い」
「あ、わかった」
写真を撮っている間に花火が始まった。はあ、オレも花火の写真を彼女に送るかね。
そういえば、何で蒼は中3の時から遥稀の隣を死守してるんだろうか。そう一瞬思ったもののその思考は花火の音で吹き飛んだ。