楽しい部活(渉)
「お疲れ様です」
そう言いながら僕は部室のドアを開けた。
「あ、お疲れ」
すると、中にいた先輩が1人読んでいた本から顔を上げて挨拶を返してくれた。校舎の隅にある目立たないひっそりとした小さな小屋が僕たち、文芸部の部室だった。部員は1年生4人、2年生4人、3年生1人の計9人で今年は新入生が多いと部長が言っていた。
まあその中でも2年生の2人の先輩はそれぞれダンス部と演劇部の掛け持ちで部室にいたりいなかったりする。
「渉は相変わらず早いね」
「いや、先輩の方が早いですよ」
圧倒的に女子が多い(男子は僕しかいない)中で気楽に話しかけてくれる故に話しやすい遥稀先輩とはそれなりに仲がいいと思う。
部長は緊張するし、めぐみ先輩はすごく女の子らしくて話しかけるのが照れ臭いし、そのほかの先輩もやはり緊張してしまう。
同級生の女子は緊張こそせずに話すことはできるものの、同級生だけあって男子にとって耳の痛い話を結構しているため、話すということにおいては1番話しやすいのが遥稀先輩だ。
言っちゃあ悪いが、近所のお兄さん的な感覚なのかもしれない(女子だけど)。
「そういえば、今日は何するんですか?」
「部室の掃除、と文集についてのミーティングって部長が言ってた」
「うわ、文集か...。書くの苦手なんだよなぁ...」
「それなのに文芸部はいるってかなりチャレンジャーだな...」
先輩の言う通りなので何も言い返せない。
「いや、僕は騙されたんです。友達が一緒に入ろうぜって言って、入部届を一緒に出したはずなのに」
「わかった、わかった。何回も聞いたから」
めんどくさそうに先輩はそう言った。まあ、結局居心地がよくて退部しないでいるわけだが。
周囲からはやれハーレムだの、勝ち格だの言われるけど、決してそんなことはないと言わせてもらいたい。女子の中の男子は男子として認識されていないのだから。
この前なんて、部室で着替えている同級生に遭遇してまい、物凄く気まずくなった(僕だけ)。ラッキースケベだなんて生易しいものではない。あれは。
下手すると学校生活が終わる恐怖に苛まれたものだ。
そう、入部して僕は現実を知ったのだ。そして、女子に対して幻想を抱くのはやめようと思った。うちの部でお淑やかな女子はめぐみ先輩と演劇部と兼部している伊織先輩くらいだよ。チクショー。
「おつかれーって、渉、悲壮な顔してどうしたの?」
「部長、お疲れ様です。急に百面相したと思ったらこの調子で」
「ええ?まあいっか。はい、これ。ポップコーンの種」
「ありがとうございます。機械の方は昨日で洗ってるのですぐに使えますよ」
「よっし、一応かける粉もいくつか持ってきたんだよね。これは料理研究部から貰ってきた」
そう言って部長はカバンの中から物を取り出し机に並べていった。
「これ、一応確認ですけど問題ないんですか?学校でポップコーンって...」
「顧問には許可貰ってるから平気。後で食べに来るって言ってた」
「まあ。うちの部室無法地帯だし、電気ポットとか。去年追い出されたと思ったらラッキーでしたね」
「ね?住めば都ってこのことだよね」
顧問の許可取ってるってそう言う問題なのだろうか?考えるのが面倒になってきた。
「渉はどれ食べたい?尖ったやつもあるけど」
「普通でいいです!」
なんだかんだこのおかしな先輩たちと過ごす部活は楽しいのかもしれない。
それから、部員は徐々に集合していき、ミーティングをしつつポップコーンを摘まんでいた。さすが作りたて、美味すぎる。
「このお茶も美味しいです」
「それはハルちゃんが持ってきてくれたんだよ」
「へぇー遥稀先輩ってお茶に詳しいですよね。部室に常備してあるのどれも美味しいし」
向こうは完全にお茶会だ。入れない...。
「紙質的にはこっちの方が良いですよね」
「んーでもそうすると予算がなぁ。今回どれくらい使えるんだろう。部員が増えたし若干増えてるとは思うけど」
「すみません、演劇部の方からも依頼出しちゃって」
「そこは気にしなくていいよ。演劇部の顧問が依頼料くれるって言ってたし」
「ほんとに?それじゃあ、良い紙使えるかも」
こっちも事務的な話でついていけない...。
「みんなすごい話してるね」
「...ゆか先輩は混ざらないんですか?」
「んー?食べるので忙しいかなぁ。ダンス部の練習でお腹空いたし」
「ゆか先輩は文集の記事何書くか決めてます?」
「ん-決めてないかなぁ。文章書くの苦手だし」
「え、じゃあなんで文芸部に?」
「美味しいお茶とお菓子に釣られちゃった」
うわぁ...思ってた通りではあるけど...。
気にせずにポップコーン頬張るメンタルスゲー。
「それじゃあ、本格的に三―ティーンぐ始めるねー」
紙や諸々の事務的な話が終わったらしく、部長が声を掛けた。
雑談をやめて部長の方を見ると伊織先輩がホワイトボード、遥稀先輩が議事録の準備をしていた。なんか、この3人が幹部と言われている理由がわかる気がする。
しっかりしてるし。
「それで、今回のテーマは、花にしようと思います」
「花、ですか?」
「うん、花。花に関する記事なら何でもいいよ。漫画でもエッセイでも小説でも。というわけで、これからどの花を担当するか決めていきたいと思います」
花、花か...。言われても何も思いつかん。いったい、どうすれば...。
「先輩、書きやすい花ってないですか?」
「え、書きやすいって、」
「渉くん、どの先輩に聞いているのかな?」
「え、うわっ、」
からかうような声音と笑っていないめぐみ先輩に驚く。心臓止まるかと思った。
「めぐちゃん、後輩をいじめちゃダメでしょ。
「いやだって、渉くんって、ほかの2年生には名前付きで先輩って呼ぶのにハルちゃんだけ先輩って呼ぶでしょ?ふつーに紛らわしくない?」
いや、今までも通じてたから問題ないと思いますけど?
でも、1人だけ名前呼ばないって失礼なのか?
「いや、今まで普通に通じてたんだから問題ないでしょ。ったく、男子だから警戒心をむき出しにするんじゃあありません」
「はーい、ハルちゃん。驚かせてごめんね?」
「あ、いえ、」
「えっと、書きやすい花、だよね?どんな記事を書くかによるんじゃないかな?遥稀は小説だよね?」
「はい、いつも通りそうします」
「今回は先輩が指導につく形にしようと思うから何を書きたいかで後から決めても大丈夫だよ」
先輩が書き方を教えてくれるのは心強い。あれ、?でも指導を受けるんじゃ僕の選択肢狭まる気がする。
「それじゃあ、ジャンルから決めていこうか...」
結果、指導者として、僕は遥稀先輩と伊織先輩にお世話になることになった。伊織先輩は花がモチーフとなっている舞台作品について書くそうだけど、物語という面では協力してくれるらしい。
他は漫画を描く2人は部長、エッセイを書く1人はめぐみ先輩が受け持つこととなり、ゆか先輩は僕と同時並行で遥稀先輩が面倒を見るらしい。
本人たちいわく、同じクラスだから部活以外で進めやすいとのこと。
「はぁ、上手く書ける自信なんてないですよ」
「面白い作品を書けばいいんだよ」
「それが1番難しいって前に先輩が自分で言ってたじゃないですか」
「まあ、そうだけど。まずは自分を納得させられる作品を書けるようになったら良いんじゃない?」
「それってただの自己満になるんじゃ...。」
「自分すらも満足させられない人間が他人を満足させることはできないってことだよ」
「な、なるほど...。」
じゃんけんで負けたごみ捨て中に僕たちはそんなことを話していた。
「うわっ、渉が女子と歩いてるー!」
「う、うるさっ」
「誰あれ?知り合い?」
「クラスメイトです...すみません」
「いや、別にいいけど。あの子、絶対私のことを1年生だと思ってたでしょ」
否定できない...。明日クラスで話したらどんな顔をするのだろうか。
「まあ、こういう些細な日常の出来事が作品に繋がるんだよ」
「え、?今の怒ってないですか?」
「え?何を?よくあることだし。こういうのはネタにして昇華していかないとやってられないんだよね」
「そういうとこ、強いですよね...。」
こういうところが本当に器の大きさを感じさせられる。
この前ガチャで爆死して落ち込んでたけど。周囲から見た先輩の印象は概ねカッコいい先輩ということになっている。背は低いけど。
「ゴミ捨て場着いたよ」
「あ、はい。っていうか、重たくなかったですか?」
「え、今さら...」
「す、すみません」
「まあ、途中で気づけたなら良いんじゃない?それに、中学まで古武術で鍛えてたから平気」
「え!?なんか意外」
「よく言われる。部室からカバン取って帰ろう。明日からビシバシいくから」
「お手柔らかにお願いします」
それにしても、今日は運動部が他校練習試合とかをしているらしく、人の出入りや賑わいがいつもと違う。ゆか先輩も途中で慌てて抜けて行ったし。
ゴミ捨て場へも人混みを避けるようにわざと遠回りしていった。
「それにしても、なんか、女子も男子も色めき立ってますね。あちこちから黄色い歓声とむさ苦しい雄叫びが...」
「カオスだね...。興味はあるけど行きたくない...。あ、」
「先輩?」
急に先輩が立ち止まって固まった。視線の先を見て見ると、イケメンと美少女が立っていた。他校のジャージを着ている。今日の練習試合の相手だろうか。
「ハル、久しぶりね」
「ま、い?久しぶり」
突如先輩と美少女が抱き合った。あれ?僕はいったい何を見ているんだ?
はっ!どこからともなく黒いオーラを感じる...。これは、校内にあると噂の先輩のファンクラブか?
...。そこまで考えてさすがにありえないと結論づけた。いや、さすがにそこまで漫画みたいなことはないだろう。
「おーい、俺もいるんですケド見えてますかー?」
「あ、ごめん。蒼も久しぶり」
「元気そうで良かったよ」
うわっ、眩しいイケメンスマイルだ。仲良さそうな様子を察するに中学時代の友達か?
「あ、ハル、その子は?」
「あ、部活の後輩の渉」
「あ、初めまして。1年の羽付渉です」
キラキラ系のイケメンと美少女に挨拶とか何の罰ゲームだよ。眩しすぎる。後光が見える。
「私は清水舞依。よろしくね」
「俺は早緑蒼。よろしく。にしても、遥稀の後輩か...」
「なに?」
「いや、きちんと面倒見れてるのかなって。抜けてるとこあるし」
「蒼くんってば知らないの?ハルは中学の頃から後輩の憧れの的なのよ?面倒見がよくて親しみやすいって。後輩の女の子たちから頼りにされてたみたいよ」
「え?まじで?なんか意外」
「ひどい...。」
先輩がしゅんとしてる。珍しい。そして美少女こと清水さんは先輩を抱きしめて頭を撫でてる。何故か早緑さんに向けてどや顔してる。
「わ、悪かったって。だって小動物感?みたいなのあったじゃん」
こちらに視線で同意を求めてきてる。
「あー先輩はすごく面倒見がいいですよ。僕たち1年生からしたら憧れの的っていうか。アドバイスも的確だし、それに、部に馴染めてるのも先輩のおかげです、し...」
え?何この空気?自分たちの知らない先輩を知れた嬉しさと悔しさが混じってるような視線は...。
そして、清水さん?先輩が今にも窒息しそうな勢いですよ?力込めすぎてないですか?正直羨まし、いえ、何でもないです。
「そう言えば、遥稀は文芸部に入ったんだよな?去年チャットで聞いたけど」
「チャット?そうなの?ハル?」
「え、うん。今もたまにやり取りはしてるけど...あ、ごめん、まい忙しいから迷惑かけちゃダメかなって」
「ハルからのメッセージなら平気よ。だから、私とも定期的にやり取りしない?」
「うん、わかった」
「それに、ママが久しぶりにハルに会いたいって言ってたよ。今度遊びに来なよ」
「ほんとに?私も久しぶりに会いたい。お泊り会も楽しかったよね」
「おと、まり、かい、?」
「そうそう。恋バナしたり、お菓子作ったりしたよね」
「こい、ばな、?」
な、なんか早緑さんがさっきからダメージを受けてる。あれか?娘の知らない一面を目の当たりにしてショックを受けている父親の心境なのか?頑張れ、負けるな、お父さん。
「そうだ、今度のテスト期間にまた勉強会仕様って話してたよな?いつにする?」
今度は早緑さんのターンみたいだ。
テスト期間、いつだったっけ?うわ、勉強しないとやばいよな...。
「あ、再来週に期間が始まる。...原稿も進めないとだ...」
「忙しそうね」
「うう、締め切りが...。今から頭が痛い...」
「フォローはするから大丈夫」
「先輩...。でも、並行して勉強もしないとですよね...。」
「まあ、中間だし科目数は少ないから苦手科目だけやるとして...」
「僕、全部絶望的です...」
「あー羽付も一緒にやるか?」
「え、でも...」
「蒼、頭いいから教えてもらったらいいと思う。引き換え条件はいつもので」
「了解。まあ、遥稀の後輩だし...。」
「珍しく優しいじゃん、蒼くん」
「うるせー」
なんだかんだこの3人は仲が良いんだろうな。なんか、先輩が少しだけ羨ましい。
「そう言えば、2人は何でこんな所にいるの?体育館は向こうの方だけど」
「そういえば、なんか、向こうの方すごく騒がしかったんですけど練習試合で何かあったんですか?」
他校から来たのならなにか事情を知っているのかもしれない。というか、騒がれている原因かもしれないが。
「ハルを探すために抜けてきたの。出番は終わってたし」
「俺も、騒がしいのが苦手で避難してきた」
あ、原因この人たちっぽい。先輩も色々と察しているみたいだ。
そして、遠くから2人を呼ぶ声が聞こえる。これは、早急に避難した方が良いだろう。
先輩も同じ考えみたいだ。
「私達、そろそろ部室に戻らないとだ」
「そうなのか?この前話してた活動時間はもう、」
「カバン置きっぱなしなんですよ。部長が部室閉めれなくて困ってるかもしれないですね」
「それは、引き留めてごめんね?」
「ううん、会えて嬉しかった。また、その、連絡するね」
「うん、またね、ハル」
騒ぎが近づく前に僕たちはその場を離れた。
そして、数秒後に後ろの方が騒がしくなったのを気にせずに部室まで走る。
なんか、放課後だけでどっと疲れた気がする。一旦、テストも原稿のことも忘れて僕は翌日の朝まで現実逃避することにした。
ただ、昨日の現場を数人に見られて質問攻めにあうことを今の僕はまだ知らない。