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癒しの木  作者:
陽だまりの場所
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わたしのヒーロー(めぐみ)

 きっかけはよくあることだった。でも、その単純でありふれたものは簡単に私の世界に色を付け始めた。


「おはよう。ね、昨日の課題やった?」

「英語の?終わってるよ」

「さすがめぐみ、えらすぎる」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。あー6限の日本史の課題もやらないとだ」

「へーそんなの出されたんだ。どんなの?」

「好きな歴史人物についてのレポート。なんとなく選択しただけなのに...」


 そんな友達の様子を見て少し前のハルちゃんの様子を思いだした。彼女の場合は誰について書くか候補が多すぎて悩んでいたみたいだけど。


「あ、そうだめぐみ、B組の癒木遥稀さんと仲良かったよね?紹介してよぉ」

「いいけど、なんで?」

 私は少しだけ探るような視線を友達に向けた。いや、別に他意はないけど。

「あの子、いつもレポートとかノートが良いって褒められてるから何か参考になりそうなアイデアをお持ちではないかと思いまして...」

「まあ、いいけど」


 急にかしこまった口調になった友達に少し呆れつつ、私は了承した。友達は面白い人だし、きっと彼女も興味を示すはずだ。いろいろなことに興味を向けるハルちゃんはとても輝いている。そんな彼女を眺めているだけで私の世界は色彩をより濃くする。私はもう一度世界が鮮明に色を付ける感覚を味わいたいのだ。



 私がハルちゃんと仲良くなったきっかけ、それは去年の体育の合同授業だった。

 3クラスの合同授業。ペアを作りなさいという指示が苦手で困っていた私ににこやかに声を掛けてくれた。


「一緒に組まない?」


 いきなり声をかけられて驚いた私に首をかしげながら彼女は私の返答を待った。戸惑いながらもなんとか返事を返した私を見てもう一度微笑み、


「報告してくるね」


 と明るく言った背中をぼんやりと眺めていた。ペアが見つかり、私の心に残ったのは安堵感だけだった。運動音痴で体育が苦手なのに、迷惑をかけてしまうんじゃないか、なんて考えはこれっぽちも沸いてこなかったから不思議だ。

 そして、次の授業もその次の授業も私達はペアを組んだ。いつも声を掛けてくれるのはハルちゃんで、それがだんだん当たり前になっていた。当たり前なんて滅多にない。そのことが私の頭から抜け落ちていたのに気が付いたのは1度学校を休んで授業に出られなかったその後だった。

 更衣室で着替えているとこんな話が聞こえた。


「今回の授業も遥稀ちゃんと組めたらいいなぁ」

「あんた、前の授業からそればっかり言ってるよね。ってか、この前は相方が休んでくれてラッキーとか言ってたもんね?」

「だって、やるなら苦手でも楽しい方が良いじゃん。ミスっても怒らないし、明るい言葉掛けてくれるし」

「わかる!あの子なんか話しかけやすい雰囲気あるよね」

「そうそう!だから、お互い相方が休みだったから話しかけたんだよ。驚いてたけど良いよって言ってくれたし

「あ、でも今日は癒木さんと組んでた子いたから厳しくない?」

「だから、先手必勝、組まれる前に声を掛けるんだよ」

「肉食ですなぁ。ま、がんばれー」


 まずい、っと思った。このままだとまた1人になってしまう。それだけは何とか回避しないといけないのに。自分から話しかけるだなんて...。

 そう思ってはいたものの、少しだけ彼女から声を掛けられるのではないかと私は期待していた。話しかけられる前にきっと、私を見つけてくれると身勝手にもそう心の片隅で思ってしまった。


「それじゃあ、ペアを作って」


 ついにその時はやって来た。分かれ始めはまだ声はかからない。彼女に見つかる場所へ移動してせめて、声を掛ける素振りはしたい。

 見つけた。私は頼りない声を出して話しかけようとした。


「ゆ、癒木さ、」

「癒木さん、今回も一緒に組んでもいいかな?」


 少しの勇気を出した私の言いかけの言葉は綺麗に遮られてしまった。


「え、うん、いいよ」

 そして、彼女も微笑みながらそう答えた。先を越されてしまった。一瞬、目の前が真っ暗になる。

 だけど、そんな感覚に浸っている暇はない。

どうにか気持ちを切り替えてペアが決まっていない子を探す。しかし、どれだけ周りを見渡しても決まっていない子なんて見つからなかった。

 誰かと視線が合うたびに逸らされる。そして、こちらをチラチラと見る視線やコソコソ話、嘲笑とも見れる表情が私の心を突き刺し、抉っていく。

 少しの苛立ちを覚えたところで私はふと思いだした。

少し前まで私もあちら側にいたことを。困っている人がいたとして、憐れむだけ。いや、本気で憐れんだことなんてないそれすらもポーズで、憐れむことのできる自分を演出していたにすぎない。本当は無関心なくせに関心があるふりをして表情や言葉を取り繕う。自ら何も行動しない。

 まさに、因果応報。

私には彼らに対して苛立ちを覚えていい権利なんてなかったのに。


「村雨さん、」

「え、」


 その事実に打ちひしがれているとふいに、いつもの安心する声が聞こえた。彼女だ。


「先生が3人でも良いって。だから、一緒に組も?」


 視界の端で先生がこちらに向けて親指を立てているのが見えた。きっとすぐに相談しに行ってくれたのだろう。気がつかなかった。


「あ、ありがとう」


 私は震える声でお礼を言って彼女に目を見た。憐みや同情で声を掛けてきたのかもしれない。失礼にもそう疑ってしまっていた。でも、彼女の瞳からは憐みも面倒くささも同情も一切感じられなかった。

 彼女の瞳は澄んでいて、視線がかち合ったときには恥ずかしそうに視線をそらした。そして、また視線を合わせて私を安心させるように微笑んだ。




 彼女のそんな振る舞いは好感を集める一方、中には気に入らない人もいたようで、次の体育の授業では彼女が1人になってしまった。前回の私の時と同様に誰も彼女に声を掛ける人はいない。みんな遠巻きに1人の彼女を眺めるだけ。

 この前助けてもらった私は声を掛けるべきなのだろう。だけど、どうやって...?この空気の中声を上げる勇気なんて私には、


「あれ?遥稀、余ったの?珍しい」


 私が声の掛け方を考えていると空気を壊すようにそんな声が聞こえた。視線を向けると彼女と同じクラスの人が話しかけていた。


「余ってるならうちらと組も?」

「え、いいの?ありがとう」

「いいって、いいって。ってか、1回組んでみたかったんだよね」


 誰も何もできないうちに話は進んでいく。彼女はクラスメイトに肩を抱かれたり頭を撫でられたりと楽しそうに話している。見たことの無い表情だった。

 彼女たちには悔し気な視線が所々から向けられているけど気にしてしないらしい。

 そして、会話に夢中になっている彼女に気が付かれないよう、数人のB組の生徒がこちら側に威嚇するように静かにひと睨みしてその日の体育は始まった。 

 そういえば、以前先輩に聞いたことがある。A組やB組はクラス替えがないが故にクラス自体の結束力が強いと。もちろん、クラス内にも派閥やグループがあるため1枚岩ではないし、クラス内での分裂はよくあることだけども。ただし、外から攻撃や干渉があった場合やクラス対抗で何かを行う時に限ってはその垣根を越えて強い結束力を発揮する。だからAB、特にB組とは極力対立しない方がいい、らしい。

 誰かが、彼女はどの派閥やグループにも所属していないから多少問題がないはずなのに、とぼやいていたがそうではないらしい。

むしろ所属していないからこそ、どのグループとも渡り合える、に近いのかと思った。グループの利害関係を無視して個人同士で関係を結ぶことができる。それがグループのリーダー的な人だった場合、今回のようにグループ全体で擁護に回られることがあるのだ。

 それを誰もが失念していた。


「やっぱ、遥稀って動けるじゃん」

「足は遅いのにね、なんでだ?」

「どうやったら速く走れるかを知りたい。教えて」

「んー普段の動きを早くしてみるとか?いつものんびりしてるし」

「えー遥稀はゆったりのんびりしてんのが可愛いんだから却下」


 彼女は会話の度に頻繁に頭を撫でられ、そのたびに「ちぢむー」と不満の言葉を口にしている。そうすると今度は頬を突かれるなど、和やかな時間が流れている。本気で嫌がる素振りも見せないあたり、個人同士で本当に仲が良いのだろう。


「いやー遥稀がいると和むしアガるわ」

「わかる。素直に褒めてくれるし、遥稀の前だと悪口とか愚痴を言いたくなくなるんだよね」

「ふつーにみんな優しいしすごいから言ってるだけなのに?」

「それは遥稀だから優しくしちゃうんだよ、このこの」

「ち、ちぢむし、くるしぃ」

「はいはい、落ち着きなさい。遥稀がつぶれちゃうでしょ」


 クラスでも慕われていて、仲良くて、それなのに、移動の時は1人。私とはきっと真逆。

 彼女に対して謎が少しだけ深まった。




 授業が終わり、移動を始めたところで私は声を掛けてみた。まだ少し声は上擦っている。


「あの、癒木さん、」

「あれ?村雨さん、どうしたの?」

「あ、や、あの、さっきはごめんね」

「さっき?」

「えっと、体育の時、一緒に組めなくて、困ってたのに」

「あーちょっとだけ困ったけど、気にしてないよ?」


 頬を描きながら彼女はそう言った。その瞳は本当に何も気にしていないように見えた。何事もなかったように言い、何とも思っていなさそうに見える。そして、ふいに吹き出して笑った。


「村雨さん、わざわざそんなことで謝るなんて面白いね」

「え、だって、」


 B組の人たちの目が怖かった、とは言えない。彼女たちは本当に仲が良さそうだったから。それに、怖かったのはB組の人たちだけじゃない。彼女を1人にしようとした人たちもそう。

 そして、そんな人たちに屈してしまった自分が情けなくて恥ずかしかった。


「癒木さんってすごいんだなって思った」


 臆することなく、私に声を掛けて手を引いてくれた。周りの視線を一切気にせずに明るい言葉を掛けてくれた。


「急にどうしたの?すごいの基準は置いておくとして、私よりもすごい人なんてたくさんいるよ」

「それでも、すごいよ」

「ふふ、やっぱり村雨さんって面白いね。ありがとう。村雨さんにもきっとすごいところはあると思うよ」

「例えば?」

「例えば?んー可愛いところ?」

「かわっ、!?」


 あまり人には言われたことのない言葉だった。話しかけないでくれオーラが出ていて「怖い」と言われたことはあったけど。


「うんうん、可愛いと思うよ。普段からニコニコしてたら話しかけやすいかなとは思う」

「やっぱり、怖いのかな」

「怖い、というか話しかけにくい雰囲気はあると思う。うん」


 彼女はうなりながらそう言った。


「それじゃあ、何で私に声を掛けたの?癒木さんならもっと他の人にも声を掛けられるしかけられたはずでしょ?なんで、私に、」


 話しかけにくいなら放っておくのが1番なのに。やっぱり本当は同情して仕方なく話しかけたのだろうか?

ますます理解ができない。彼女の近くにいたわけではないのに、普通なら近くにいる人に声を掛けた方が楽なのに。それなのに。

私は緊張を悟られないようにしつつ言葉を待った。そんな私の気持ちを他所に彼女はなんでもないように言葉を放った。


「んーなんとなく」

「な、なんとなく?」

「うん、なんとなく、村雨さん面白い子かもしれないなーって思って。直感を信じてよかったって思ってる」


 からっと笑いながら言う彼女から目が離せなかった。

心の片隅でもしかしたら特別に見える彼女から見た私は何か光るものがあって同じ特別だから声を掛けてくれたのではないかとわずかに期待していた。

しかし、彼女の言い分は予想の斜め上で、嬉しいとは言い難いものだった。でも、不思議と彼女の言葉に落胆することはなかった。理由は分からない。



 次の授業では私達はまたペアを組んだ。

癒木さんは、朗らかに楽しみながら運動部相手から容赦のない集中攻撃を受けていた。

しかし、一切それに怯むことなく楽し気に全てを防ぎきる。「きついー」と笑いながら。

 そして、防ぎ切った後にはきちんと攻撃に繋げる。攻撃に転じた彼女の瞳は好戦的でギラギラしていて普段とのギャップに思わず目が離せなくなった。

 華麗にスマッシュを決めた彼女の背中を見てこれまでの認識が変わった。

特別に可愛くてカッコ良くて、そして、頼りになって優しい。

私にとって彼女はただの憧れではなくなっていた。

 その日から、彼女は私のヒーローになった。




「めぐみ?ぼんやりしてどうしたの?」

「あ、何でもないよ。それじゃあ、お昼一緒に食べる?」

「うん!よろしくね、それにしても、仲良くなれるかなぁ」

「大丈夫だと思うよ」


 ハルちゃんは基本的に人を嫌わない。

悪口を言われていてもそれを全て流す懐の深さを持っている。

 そして何より人の良い面を何より重視している節が見える。人の良い部分を引き出すのが上手なのだろう。

彼女の周囲では誰かの悪口を言ったり不愉快になる行動を取る人はあまりいない。

 あの魔境と呼ばれているB組の中で彼女は唯一無二で圏外で頂点なのだと思う。全ての矛盾を包み込むことが出来るのが最大の魅力なのかもしれない。

 彼女は私の憧れでヒーローで、手が届きそうで届かないそんな存在。

私の中でその事実が変わることはきっとない...。

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