最強の友達(舞依)
私にはとても大切な友達がいる。
別の高校に進学してお互い部活や趣味、交友関係が忙しくてあまり頻繁に会うことはできないけれどそれでも大好きで何かあったらすぐにでも助けたくなるくらい大切な友達。
私と遥稀の出会いは小学生の頃。公園の木の下でぼんやりとしていた遥稀に声を掛けたのが始まりだった。最初は小さくて弱っちくて私が守ってあげないとって使命感に駆られる、不思議と庇護欲をそそられる存在だった。
「大丈夫?具合がわるいの?」
私がそう声を掛けると遥稀はびっくりしたようにこっちを見た。そして、震える声で返事をした。
「わ、わるく、ないよ、えっと、」
「あ、私はまい。あなたは?」
「はるき、」
「そっか。よろしくね。はるきだから、ハルって呼んでもいい?」
「う、うん、いい、よ、えっと、まい」
「うん!それで、ハルは何をしていたの?」
「えっと、雲を見てたの」
「雲?」
ハルの言葉を聞いて空を見上げる。空には大きな雲や小さな雲が浮かんでいる。ただ、それだけの光景。私は首を傾げた。
「へん、だよね?」
「ううん、どうして雲を見ているの?」
「かたち、変わるのが、おもしろくて、」
「形が変わるのはふつうのことじゃない?」
「そう、かも、でもね、あの雲はくまさんで、あっちはペンギンさんみたいだなって」
ハルの指さし方向に目を向けると本当にくまさんやペンギンさんに似た雲があった。でも、その雲たちは段々と形を変えていった。
「くまさん、消えちゃったね」
「でもね、今度は、耳がのびて、うさぎさんになったよ。ペンギンさんはカップケーキになっちゃった」
「ほんとだ。ハルってすごいね!」
「すごい...?」
ただの雲なのにハルが指をさすといろんな形に姿を変えてしまう。魔法みたいだと思った。
可愛いくまさんにうさぎさん、ペンギンさん。美味しそうなカップケーキにドーナツ。そして、大きなお城。ハルが指をさす雲はどれも可愛くて美味しそうで綺麗でとても魅力的に見えた。
「まいは、やさしいね」
「え?」
「だって、私がそんな話をしたら、みんな変っていうから」
「変じゃないよ!ぜんぜん変じゃない!だから、大丈夫だよ!ね、もっとお話ししよう?」
私が笑顔でそう言うとハルも笑顔で頷いた。この日から私達は友達になった。
成長するにつれて、ハルは私の友達というだけでなく強力なライバルになった。勉強では算数以外でいつもどちらかが買って負けてを繰り返して、その他のことでも私はハルに負けたくないという気持ちとハルになら負けてもいい、そんな気持ちが芽生えていた。
ハルは私のことをすごいって言うけど私からしたらハルの方が何倍も何十倍も凄いと思った。お話を覚えるのも作るのも上手で、ハルのお話を聞くのが何より楽しかったから。それに、本を読んで素直に泣けるのもすごいことだと思った。
ママにそのことを話すとハルは心が綺麗ないい子なんだねって褒めてくれた。
でも、高学年に上がるにつれて私とハルの交流は段々と減っていった。
休み時間はみんなで楽しく遊んだりするのが好きな私と静かに本を読んだりお話をしたりするのが好きなハル。必然的にお互い休み時間を過ごすグループが分かれた。
もちろん、私が誘うとハルは嬉しそうに遊びに参加してくれたり、逆に私もハルにおしゃべりしようと誘われるととても嬉しかった。
その他にも、私はみんなから頼られるのも好きで徐々にクラスの中心人物として認識されるようになった。
でも、その時の私は知らなかった。愚かだった。目立ちすぎると今度は嫌われてしまうかもしれないという危うい立場に立たされるということを。
「まいってさ、最近調子に乗ってるよね?」
「わかる。自分は何でもできますって感じでしょ?」
「先生のお気に入りだし仕方ないでしょ。顔がちょっと可愛いからって男子からも好かれてるし」
「ちょームカつくよね。あ、いいこと思いついた」
教室に入る前、偶然聞こえてしまった悪口。動けずにいると、教室の中から数人が出てきた。
「あ、もしかして聞いてた?」
「あ、いや、なんにも、今来たから、」
私は必死に取り繕う。
「そうなんだ?じゃあ、教えてあげる。みーんなあんたのことウザいって言ってたよ」
「可愛いからって調子に乗っててマジきもいって」
「頭よくて運動できるからってあんま調子にのんなよ?」
数人は私の肩にわざとぶつかって横を通り過ぎて行った。
その日からクラスで私に話しかける人はいなくなった。
最初は、無視をされたりクスクスと笑われたり陰口を言われるだけだった。でも、次第に行為はエスカレートしてプリントが私の所まで回ってこなかったり逆に回収され無くなったりペンが無くなったりした。
「まい、どうしたの?」
その日は本当に油断していた。体育で外に出ている間に上履きが無くなっていた。体育は最後の時間割で帰りの会が終わってから必死に探した。ありそうな所は全部探したのに見つからない。
そんな時、ハルに声を掛けられた。
みんなに無視をされるようになって私はハルとの接触を避けてきた。もしも、ハルを巻き込んでしまったらと気が気ではなかったから。幸い、クラスも違うから合同の体育の授業だけやり過ごせればどうにかなった。
「あ、いや、なんでもないよ?」
「何か探し物?」
「えっと、」
こんなカッコ悪いところをハルに見られたくなかった。でも、限界が来つつあるのも事実。
ハルは玄関付近のごみ箱に枯れ葉を捨てに来たみたいだった。ドングリを探す過程で拾ったものだそうだ。
「きれいなドングリがたくさんあったんだよ」
「そう、なんだ」
「うん。あとで、見せてあげ、あれ?」
「ハル?」
「まい、まいが探してたのって、もしかして上履き?」
なんで、ハルにバレてしまったのだろう。上履きの話なんて少しもしていないのに。心臓が痛い。
ハルは少し怒ったような表情をしていた。そして、その手元には私の上履きがあった。見つからなかったのは隠されたからじゃなくて捨てられていたからだったみたいだ。
「まい、何があったの?」
「ハルには、関係な、」
「関係なくても、私は、まいが辛いのいやだ」
ハルは目に涙を溜めながらそう言った。
私はハルの涙に弱い。強がろうとしていたのにそれはあまりにも卑怯だよ。私は涙をぐっと我慢してハルの手を引いて学校を出た。
久しぶりに来た公園の木の下で私は最近の出来事についてハルに話した。ハルは全てを真剣に聞いてくれた。
話し終えるとハルは私の頭を撫でた。ハルの従姉のお姉さんが辛い時によくやってくれることらしい。
「まい、辛かったね」
「ううん、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ、だって、まい泣いてるもん。それに、私、とっても悔しくて悲しくて、怒ってるもん」
「もう、何でハルが?」
「だって、まいが傷つけられたことに怒ってるし、まいが辛いのとても悲しいし、まいが辛くて悲しいのに気がつかなかったのがすごく悔しい」
私のためにこうやって感情を爆発させてくれるハルは誰よりも優しくてきれいな心を持っていると改めて思った。今度は私がハルの頭を撫でる。
「大丈夫!今度は私がまいを助けるから!」
そう言って涙をこらえながら笑ったハルはとても頼もしくてカッコよかった。
翌日からハルは休み時間のたびに私のクラスに遊びに来るようになった。ハルとおしゃべりをするだけで楽しくて気が紛れた。体育の時も真っ先にペアを組もうと私の所へと走って来て、あれだけ辛かった休み時間や体育の授業が少しだけ楽しみになった。
「まい?どうしたの?」
「ううん、ただ、楽しいなって」
「うん、私も楽しい。それに、まいが教えてくれたんだよ」
「うん?」
「私達は得意分野が違くて、ライバルだけど最高の友達で、2人なら最強だって」
ハルが少し落ち込んでいる時に言った言葉。2人で力を合わせたら誰にも負けないくらい最強。覚えていてくれたんだ。
「そうだね。私達、最強だね」
ハルとこうして過ごせるのが楽しくてすっかり忘れていた。
ハルのおかげて浮かれていた。そして、ハルを巻き込んでしまっていたことをすっかりと忘れていた。
「ねえ、遥稀は実際まいのことどう思ってるの?」
放課後、先生に呼び出されて教室にランドセルを取りに行ったときのこと。また、あの子たちの声が聞こえた。ハルに話しかけているらしい。
「まいってさ、可愛い子ぶっていい子ぶってウザくない?よくあんなのと話せるよね。私なら無理」
「遥稀もまいみたいになりたくなかったら考えた方が良いと思うな」
体が冷えていくような気がした。そうだ、巻き込んでしまったから今度はハルがみんなに無視されたり物を隠されたりするかもしれない。なんで、忘れていたんだろう。あの日、ハルのことは私が助けるって心に誓っていたのに。
「ねえ、あんたもまいのこと無視した方が良いと思うよ?」
「え?なんで?ふつーに嫌だけど」
嘲笑するような声にハルは平坦な声でそう答えた。
中にいる女子の1人がハルに向かって低くて怖い声を出す。私は固まって動くことができない。
「は?」
「まいは、可愛い子ぶってるんじゃなくて、可愛いだけだし、いい子ぶってるんじゃなくて普通にいい子なんだよ?」
ハルは最初憐れむような口調でそうう言い、それから楽しそうな声色で私の可愛いと思うところといい所を語り始めた。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
「ね?まいは可愛くていい子でしょ?」
語り終えて満足したように上機嫌にハルはそう言った。
「いや、だからそれはさ、そういう振りをしているだけで、」
今度は沙汰すような声色に切り替える。
「そういう素振りはなかったけどな。だって、私の他の人が聞いたらくだらないって言われるような話も聞いてくれるし、それに、まいは嫌がらせされてもあなた達の悪口は何も言わなかったよ」
「そんなの、弱っちいからでしょ。いい気味」
そう言った瞬間、ハルの言葉にまとった空気が一気に冷えた気がした。怒ったようにため息を吐いている。
「どうでもいいけど、これ以上、まいのこと傷つけたら私が許さないから」
今までに聞いたことがないくらい、いつもホワホワしているハルからは想像できないくらい冷たくて鋭い言葉を放った。
相手もハルがそんな風に言うと思っていなかったのか一瞬たじろいたようだ。息をのんで少しだけ声を震わせながら言い返している。
「許さないから何?あんたに何ができるわけ?今度は標的をアンタにすればいいだけだし?」
机を思いっきり叩く音が聞こえて私は我に返る。
まずい、ハルが怪我しちゃうかもしれない!
それだけは防がないと、私は思い切って教室のドアを開けた。
「ハル!...。え?」
私が教室に入ると青ざめたクラスメイトと驚いた表情のハルがいた。そして、要くん?
「ハル!大丈夫?怪我してない?」
「え、うん、大丈夫だよ。もしかして、私がまいのことどれだけ可愛くていい子だと思ってるか全部聞いてた?」
「え、うん、聞いてたけど」
「あ、あの、ね、思ってることは全部本心なんだけど、その、えっと、引いた...?」
顔を真っ赤にしながらハルは必死に弁明している。え、何これ可愛い。
私は無言でハルを抱きしめた。
「か、要くん、これはその、違くて、」
「あ、いや、うん、何が?」
そういえば、何で要くんがここにいるんだろう?ハルは何か知ってるのかな?
「ハル、ちょっといい?」
「まいのこと大好きなのは本当だから!とっても大切で大好きな友達だと思ってるから!」
「それは、わかったけど、何で要くんがいるの?」
「それが、偶然忘れ物取りに来たみたいで、あの中の数人が要のこと好きだったっぽい」
「なるほど?」
緊張が一気に抜けた。ハルが怪我をしなくてよかった。
「え?何遥稀お前呼び出されてたのかよ?探し物手伝えとか言ってこないと思ったら...」
「探し物、あ、そうだった。まい、人員は増えたから隠されたの早く見つけて帰ろう」
「え?探し物ってお前のじゃないの?」
「私のもあるけど、最優先はまいのもの!お揃いのヘアピン」
「ヘアピンってお前がよく付けてるやつ?」
「そう、まいとお揃いで買って、まいが付けると本当に天使級に可愛くて、」
「どうどう、落ち着け。それなら、ベランダに置かれたの見つけたけど、これか?」
「そう!それ!見つかってよかったね!まい!」
さっきまでの冷たくて怖い雰囲気が嘘だったみたいにいつも通りのホワホワしたハルだ。
「とりあえず、状況説明が先な。マジでびっくりした。まいは固まったみたいに教室に入らないし、能天気に入ったら修羅場だし、え?空気読めてないのオレだけ?」
「えっと、」
どこから説明しよう。そもそも、何でハルはうちのクラスにいたのか。普通に呼び出されたのかな。
「まいを迎えに来たらいなくて、お話しようって言われた」
「お前な、複数人数に1人で挑むなよな。何かあったらどうするんだよ?」
「何かって?お話するだけなのに何もあるわけないじゃん?」
「台パンが聞こえた時、何事かと思ったからな?そしたら、何故かお前が囲まれてるし...何をしたんだよ?」
「まいの魅力とすばらしさについて語ってた」
要くんは頭を押さえて天井を見上げた。
わかる。どこかこの会話はずれているんだ。そして、多分ハルはそれを意図してやってる。
要くんは私の方を見て状況説明を求めた。いったい、どこから話したらいいのかわからない。
「お前ら、まだ残ってたのか?早く帰れ」
考えあぐねていると見回りの先生がやって来た。そして、その日は解散となった。
ハルと要くんはまた道場でと呑気に話していた。
「まいちゃん、おはよう」
「あ、うん。おはよう」
翌日から私に対するクラスメイトの態度は元に戻った。ハルの怒りが効いたのかそれとも要くんにこれ以上悪印象を与えたくない心理が働いたのか、それともそれ以外の要因があるのかはわからない。
ただ、言えることはとりあえず落ち着いたということ。私はこれ以上大事にしたくなかったしハルもきっとそれを理解していたのだと思う。
学年集会で先生から「ものを大切にしましょう」と全体に向けて指導が入った時に何人かが肩を震わせたが見ないふりをした。ハルはあの後、結局要くんの追及を逃れられずにある程度の事情は話したと後から謝られた。
「妙なやつに好かれてるんだな、お前」
「要くん、それってハルのこと?」
「あいつ、変人じゃん」
「そう、だね。でも、そういうところが好きなんだよ」
「あと、怒ると怖い。初めて見たわ」
「私も。びっくりしちゃった。でも、少し嬉しいかな」
「だろうな」
要くんは呆れたようにそう言った。それから、上履きの件を私が被害者だとバレないように上手く先生に報告したのは自分だと教えてくれた。ハルに頼まれたらしい。
「それでね、まい聞いてる?」
「あ、ごめん。ぼんやりしてた。どうしたの?」
「この前水族館に行ったときに知ったんだけど、蒼って意外と暗いとこ苦手なんだって」
「へーそうなんだ?」
ちらりと蒼くんに視線を向けると視線をそらされた。
ふぅん。私を差し置いてハルと2人で水族館ね...。苦手なはずないと思うのだけど、もしかして手を繋ぐ口実にでもしたのかしら。
まあ、ハルが楽しそうだし今回は目を瞑ろう。
「はい、これまいにお土産」
「ペンギンのキーホルダー?」
「うん、その子はペンギンの女の子できらりちゃん。私はね、サメ。本当は抱き枕が欲しかったんだけど持ち帰るのが大変だから諦めた」
「ハル、サメ好きだったの?」
「うん、カッコよくて好き。今度はまいも一緒に行こうね」
「ふふ、蒼くんと行ったのにいいの?」
この質問は少し意地悪だったかな。でも、きっとハルは楽しそうに笑いながら言うんだよね。
「まいとも行きたい。特別展示がある時に行こう」
「そうね。行こっか」
私がそう言うとハルは嬉しそうに笑った。まあ、除け者にするのも可哀そうだし行くことになったら蒼くんも誘ってあげよう。
ハルが1番辛かった時にきっと力になってくれたのは蒼くんだから。
「まあ、まだハルは渡せないけどね」
「いや、いい加減認めてくれよ」
私の小さな呟きはどうやら蒼くんに拾われていたらしい。
ハルは能天気に写真をスマホに表示させて無邪気に即興で考えたお話をしている。紙に書き起こすかは別として私に聞いてほしいらしい。
無邪気に笑うその顔を見るたびに私は少しだけ元気と勇気を貰える。
やっぱり、ハルは私の大好きで大切で最強の友達だ。私はいつものようにハルの頭を撫でてそう思った。