まがわるい(原田)
学園祭も終わり、その興奮が冷めやらない中でも日常は平凡なものへと徐々に変化していった。
とはいえ、現在のような自習時間においては日常感がないのでひたすらに課題をしつつだらだらと雑談をする時間になっている。
「へーA組の舞台見に行ったらよかったなぁ」
「B組の出し物も凄かったよね」
2クラス合同の芸術科目の授業中、音楽室では女子がそんな会話を繰り広げていた。課題も音楽家についてのレポートを各グループに分かれて製作するというもので提出もまだ先のもの。
今回の授業、ひいては1時間で終わらせようとするものはいなかった。
「学園祭な...。部活の出し物もあったし忙しかったんだよな」
「それな...運動部はやることないだろって思ってたのにな」
A組とB組は他のクラスと比べてクラス間の結びつきが強いことが特徴だと言われている。クラス替えがないことがその一因となっている。
B組は女子が多く、A組は男子が多いという違いもあるが、クラス間の交流も比較的良好である。というのも、男女比があるが故に体育祭などのイベントではチームを組む機会が多い。
昨年も合同種目では好成績を残していたことが印象的だ。
「癒木さんも、学園祭楽しめた?」
「え、あ...うん、楽しめた」
癒木さんはB組の中でも大人しい性格の女子で、クラスの人や部活の人とは喋るけど他とはあまり喋っているイメージがない。それこそ、騒がしいのが苦手らしく、彼女を少しでも脅かそうものならB組の女子が烈火のごとく怒りだす。
特に、男子と喋っているところをあまり見たことがない。同じ部活の後輩とは楽し気に喋っているところはたまに見かけるが同級生や先輩と喋っている様子は見たことがない。
俺がこうして普通に話しかけられるのも他のA組男子からしてみるとすごいことらしい。
え、何この子男子に話しかけられたら死ぬの?
癒木さんと話せるようになったきっかけは去年の体育祭にある。偶然、リレーの並び順が隣で声を掛けたら驚きつつも返事をしてくれた。
その後は俺の顔を覚えていなかったらしく、廊下で声を掛けても「誰?」という表情をされたけど。
ちなみに廊下で
「遥稀、原田くんと知り合いなの?」
「だれ?」
「今話してた子!ほら、ミスターコンの3位の、」
「そうなんだ...。面識はないと思う」
「え?あんなイケメンに話しかけられるなんてラッキーじゃん!」
「いけめん...」
という会話を偶然聞いてしまって少しショックだった。
周囲からイケメンと言われ少し調子に乗りつつも自信が芽生えかけていた自分が少し恥ずかしくなった。
「癒木さんは部活の出し物?もあったんだよね?」
「あ、うん...文集売ってた」
「へーどんなの書いてたの?」
「えっと、」
「はい、ストップ。そこまで」
会話を続けようと質問をしているとB組の中野が制止をかけてきた。
「なんだよ、急に」
「質問攻めして困らせないでよ。遥稀、男子が苦手なんだから」
「え、そうだったの?ごめん、」
男子とあまり喋らない理由はそこか。目がなかなか合わないのもそういうことか。
「あ、えっと、苦手というか、その、私、人見知りで、なれるまでに時間かかるだけだから、」
「いや、こっちこそごめん。目も合わないから嫌われてないかなって少し心配になって挽回しようとしてて、」
「え...目、合ってなかった?」
え、癒木さん、無自覚なのか?
「あ、原田君身長おっきいから首疲れて合わないのかも?」
確かに、俺と癒木さんの身長差は結構ある。男子の方でも高めの俺と女子の中でも低めの癒木さんだもんな。そういうことはあるのかもしれない、のか?
「そういえば、学園祭の時に一緒に回ってたイケメン誰?彼氏?」
考え込んでいる内に話はどんどんと移り変わっていった。
彼氏?今、男子が苦手って言ってなかったか?てことは俺、嫌われてる?
「ううん、中学からの友達」
「そうなの?手繋いでなかった?」
「人混みに流されたり迷子になったり人酔いしないようにだって。いつも、子ども扱いされる...」
いやいやいや、絶対そいつ下心あるだろ!騙されてるって、癒木さん。っていうか、いつもってことは頻繁に手を繋いでるのか?もはや牽制だろ、それ。
なんか、B組の女子が色々と心配したり気に掛ける理由が分かった気がする。無防備すぎて放っておけないんだ。癒木さん。
それにしても、イケメンか。癒木さんの中にイケメンという認識枠があるのだろうか。俺は周囲からイケメンって言われてるけど、癒木さんからしたらピンと来てなかったみたいだし。
「えーでも、イケメンと手を繋いで歩くなんて実質デートじゃん。羨ましい」
「その発言、いろんな人に背後から刺されそうで怖い...」
「ええ?そんなに!?まあ、確かに、ミスターコンで優勝できそうではある」
「去年出場はしたって言ってた。友達が勝手に出してたって言ってて、」
「他薦から出場ってすごいね...。だいたいああいうのって自ら行くものじゃ…。あ、遥稀と付き合ってないなら彼女とかって...」
「聞いたことないから、いない、と思うけど。聞いてみる?」
「いやいやいや、そこまではさすがに...。」
女子が盛り上がってる。さすがに会話に混ざることができないな。
俺、今年は優勝したのに...。この様子だと絶対知らないよな、癒木さん...。イケメンと回ってたなら。
「は、もしかして彼女いたら連絡を控えた方が、いい?」
「え、あ、まあそうなるかな?」
「いるか聞いているなら連絡を控える旨を伝える。彼女さんが可哀そうになる」
そういう気づかいはするんだ...。いなさそうだけど。話を聞く限り。
それからしばらく。俺と癒木さんが授業以外で接点を持つことはなかった。そう、今日までは。
「文芸部部長の癒木遥稀です。よろしくお願いします」
なんと、癒木さんは部長職に就いたらしい。かくいう俺も男子バスケ部のキャプテンに選ばれた。顔見知りがいるだけで安心することはあるだろうからできるだけサポートできるようにしよう。
部長会が終わり、今日はもう帰らなければならない。話しかけるチャンスだ。
「癒木さん」
「原田君、なに?」
「もう帰るよね?このあと用事とかって、」
「ごめん、後輩と約束してるから」
「あ、そっか」
見事に玉砕。
それからタイミングを見て一緒に帰る約束をしようにもすべて用事とかで玉砕。タイミングが悪すぎるみたいだ。というか、文芸部の後輩も相談しすぎではないか?仲が良いのはわかるけども。
そもそも運動部と文化部では活動場所も活動時間も違うし、クラスは別で教室だとB組女子のガードが堅い。
クラスメイトには
「お、原田の好きな癒木だ」
と癒木さんを見かけるたびにからかわれる始末。しまいには大声でフルネームを叫ぶ悪戯を癒木さんが食らい、A組男子に対する警戒レベルが上がってしまった。これでは近づける近づけない。
どうしたものか...。
「へーはるき練習試合見に行くんだ?」
「うん、誘われた。ゆかも行くんでしょ?」
そんな会話が聞こえた。これはチャンスだ。練習試合でいいところを見せられるかもしれない。
いくつかの学校とやる予定でぜひとも応援に来てほしいと大々的に宣伝していた。癒木さんを誘ったやつグッジョブ。
「お、原田なんか気合入ってるな」
「監督!俺、今なら何でもできる気がします!」
「そ、そうか...」
気合は十分だ。その気持ちを維持したまま、俺は練習試合までの練習に打ち込んだ。
とりあえず、良いところを見せて、癒木さんに
「原田君ってイケメンだったんだ」
と思われるようにするんだ。そう、俺は勉強もスポーツもできる完璧なイケメンなんだ。ミスターコン優勝者の実力を見せてやる!
練習試合当日、予想よりも多くのギャラリーが集まっていた。
所々から黄色い歓声が聞こえる。
「原田先輩カッコいい!頑張って!」
「今日はいつにも増してカッコいい!」
なんて声が聞こえる。相手校には悪いが、今の状況かなり気分が上がって調子が良い。
注目を浴びることで気分も調子も上がるなんてナルシストっぽいが、それが俺だ。忘れていたけどな。
歓声を浴びながら俺は癒木さんを探す。俺のことを唯一イケメンだと言わなかった女の子。今日こそ、イケメン認定をさせてみせる!
「よろしくお願いします!」
結果を先に告げると、今日はかなり調子が上がっていつもより得点も決めることができた。試合には負けたけども。良い活躍をすることができた気がする。
ギャラリーに挨拶をしているところで癒木さんを見つけた。授業で見る時よりも表情が柔らかい気がする。これは、ついに俺がイケメンだと気がついてしまったのだろうか。これで、推定全校の女子が俺をイケメンだと認めたことになるはず。なんて気分が良いんだ。
そうだ、記念に癒木さんに話しかけに行こう。うん。
片付けまで終え、校内を探すが癒木さんは見つからない。文芸部の部室ってどこだっけな。途中、試合を見ていた女の子に話しかけられ、写真まで撮るサービスをしつつ探す。
握手に写真、さらにはプレゼントまで。ああ、そうだ。イケメンとはこういうものだ。去年3位だったから自信を少しだけ失くしていたけども本来の俺はこんなにも輝いているんだ。うん。
まあ、3位の時から握手もプレゼントもあったけど。やはり、1位になってからだとより重みというか嬉しさを実感することができる。
ふと、1人の女子生徒がこちらに向かって走ってくるのが見える。あれは、探していた癒木さんだ。
彼女もまた、俺のことを頑張って探していたのだろう。こちらから声を掛けよう。
「癒木さ、」
「蒼!おつかれ」
声を掛けたところで癒木さんは俺の横を素通りしていった。
え?そう?
癒木さんが通り過ぎて行った方に目を向けると、対戦校の生徒。長身のイケメン。
「遥稀、応援ありがとうな」
「応援はしてない。見てただけ」
「それでもありがとうな」
イケメンは爽やかに笑って自然な動作で頭を撫でている。いや、癒木さん、男子苦手って言ってたよな?え、?あれ、うそ?
「ってか、休みの日なのに悪いな」
「部室でやることがあったから問題ないよ。見に行ったのも遅れてだし」
あれ?ということは俺の活躍見られてない?嘘だろ?嘘と言ってくれ!
「この後予定あんの?」
「なおの誕生日プレゼント見に行くくらい」
「俺も姉ちゃんの誕プレ見たいから行ってもいい?」
「わかった」
あのイケメン絶対下心あるだろ!しきりに頭撫でてるし!気づいて!癒木さん!
「そういえば、この前要から水族館のチケット貰ったんだけど、興味ある?」
「水族館かぁ...あ、そういえばこの前由愛ちゃんから誘われた。チケットは要から蒼に渡しておくって聞いたけどそれかな?」
「あ、じゃあ行くんだな。オッケー」
このイケメンなかなかの手練れじゃね?癒木さんの警戒心が低いところを絶妙に突いている。
というか、よく見ると腰を少しだけかがめてるな。癒木さんが気付かない程度に。なるほど、こうして視線を少しだけ近づけることで警戒心と威圧感を減らしているのか。
スゲー勉強になる。
「それじゃ、校門前で待ってるね」
「迷子になったり知らない人について行ったりするなよ?」
「そこまで子どもじゃない」
どうやら一時的に解散するようだ。
俺も咄嗟に隠れたけど早く移動しよう。
そう、立ち上がった瞬間にぞくっと冷たい視線を感じた。その方向を見てみると、イケメンが癒木さんの頭を撫でながらこっちを見て微笑んでいる。
怖っ!悲鳴が漏れないように必死に堪えて走って部室に掛けこむ。
俺の怯えた表情にチームメイトが心配してくれた。
「俺、もうイケメンってことで調子に乗らないようにする...」
そう呟くと不思議なものを見る目で見られた。