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癒しの木  作者:
陽だまりの場所
10/90

前向きの魔法(涼音)

 夏休み、特別講習などを経て、文芸部の部室には珍しく全員が揃っていた。


「それじゃあ、最終的な原稿チェックを始めます」


 部長のその一言により空気が引き締まった。部員全員で1つずつ回し読みする形で誤字脱字がないかなどの確認をする作業。誰かに自分の書いたものを読んでもらうのはやっぱり緊張する。

 私に渡された原稿は渉君のものだった。渉君は遥稀先輩にアドバイスをもらいつつ書き進めていた、四苦八苦しながら物語を書いていたのを覚えている。

 遥稀先輩の書く物語は何度か読んだことがあって、皮肉をきかせたものやワクワクするものといろんな種類があって面白いと思う。実は、去年の同人イベントで遥稀先輩や部長の作品と出会って私はこの部に入部したという経緯がある。

 本人たちには話していないけど。


「それじゃ、少し休憩にしよっか」


 ちょうど半分の原稿の確認が終わったところで部長がそう声を掛けた。肩の力がふっと抜けていく。

 正直、他の人の原稿を見て少しだけ自信を失くした。文章を書いたり考えたりするのが苦手だって言っていた渉君の作品もとても面白かったし、他の先輩のものもジャンルは違えど引き込まれるものがあった。

 私の作品は他の人に面白いと思ってもらえているのだろうか。


「涼音ちゃん、はどうする?」

「え?あ、はい、な、何でしょうか?」


 どうやらぼんやりし過ぎていたみたいだ。遥稀先輩が少し驚いた顔をしていた。


「あ、いや、アイス買いに行くけど何が良いかなって」

「アイス、ですか?」

「うん。暑いからまとめて買いに行こうかなって。ほら、この前じゃんけんで負けたからその買い出し」

「はぁ、何で僕ら負ける確率が高いんでしょうね...」

「特典としてアイス選び放題だから」

「店に着くまでが地獄ですけどね」

「あ、えっと、私も、」

「うん?」



 私も一緒に行ってもいいですか?

 そう聞くと遥稀先輩は驚きつつも嬉しそうに頷いてくれた。そうして、私と遥稀先輩、渉くんはお店へと向かった。

 遥稀先輩は渉くんと会話しつつも話題を私にも振ってくれた。上手く答えられなかったり詰まってしまっても嫌な顔をしない。会話も沈黙もすべてが心地よかった。

 考えてみると、遥稀先輩や部長とは他の先輩と比べてそこまで話したことがなかったかもしれない。私が緊張していたのもあるし、遥稀先輩は後輩だと渉君と話していることが多い。

 渉君も先輩だと遥稀先輩が1番話しやすいと言っていた。私はどちらかというとめぐみ先輩やゆか先輩、伊織先輩が話しやすいと感じてしまう。

 先輩たちは仲が良くて、結構いろんな話をしているのを見かける。授業の話に最近の話題、イベントやゲーム、漫画や小説の話。それぞれ見ている媒体や推しているジャンルは違うのにとても楽しそうだ。


「ついた」

「あ、暑い...早く入りましょう」


 話しながら歩いているとお店までつくのが早かった。

 自動ドアをくぐって中に入るとひんやりとした空気が体を包み込む。涼しい。

 アイスコーナーにはいろんなアイスが並んでいた。頼まれたアイスがあるのかを確認しつつ自分が買うものを選ぶ。

 アイスキャンディーにソフトクリーム。かき氷も美味しそう。


「先輩決めました?」

「うん。渉は?」

「僕も決まりました。結局いつもと同じのにしちゃうんですよね」


 決まっていないのは私だけだ。早く決めないと迷惑になっちゃう。

 えっと、どれに...。


「涼音ちゃん、慌てて決めなくても大丈夫だよ」

「で、でも、迷惑になっちゃうんじゃ...」

「平気だって。もう少し涼みたいし。ね?先輩」

「うん。もう少しこの涼しい幸せな空間を味わおう」


 2人は優しくそう言った。


「じ、実は、どっちにしようか悩んでいて」

「どれとどれ?」

「えっと、お餅のアイスのバニラ味か、期間限定味かで」


 それだけの選択なのに悩んでしまう自分が情けない。でも何かを選ぶことは私にとってとても難しいことだ。みんなが右を選んで自分だけ左を選んでしまった瞬間、私は異端となる。

 そのことを考えると身が竦んで動けなくなる。


「涼音ちゃん、朗報があるんだけど聞きたい?」

「朗報、ですか?」


 先輩はうつむいていた私に目線を合わせてそう言った。


「うん。実は、私はそのお餅アイスのっ間限定味を選んだの。だから、涼音ちゃんがもしよければ1つ交換してくれないかなって」

「良いんですか?」

「もちろん。2つの味食べれたらラッキーでしょ?」

「そ、それじゃあ、私はバニラ味にしますね」

「うん。それじゃあ買って戻ろうか」


 この一件から私と遥稀先輩の会話量は徐々に増えていった。

 渉君が話しやすいって言っていたのが分かるくらい穏やかで朗らか。いつもニコニコしている気がする。


「あ、涼音ちゃん、お疲れ。今から部室?」

「はい。遥稀先輩もですか?いつも早いのに珍しいですね」

「日直だったからだよ」


 廊下で会うたびに話しかけてくれて、この前は作品の相談にも乗ってくれた。そのおかげで私も少しだけ描くことに前向きになれた気がする。


「あれ?涼音じゃん」

「あ、速水、さん」

「あんた、文芸部に入ったんだっけ?中学の時もいっつも隅っこで本読んだり絵を描いたりしてたもんね」

「あ、うん、そうだね」


 同じ中学校出身の速水さん。少しだけ苦手な人。


「涼音ちゃんの友達?」

「あ、えっと、」

「そうそう、うちら友達なんよ。ってか、あんたは何組?あんたも涼音と同じ部活の根暗仲間?」

「は、速水さん、この人は、」

「ああ、私は2年B組の癒木遥稀。涼音ちゃんと同じ部活だよ、仲間、仲間」

「え...?先輩...?あ、いや、」

「大丈夫だよ。よくあるから気にしてないよ」


 本当かな。もし、内心怒ってたらどうしよう...。

 速水さんも気まずさからかもごもごしていて会話にならない。


「涼音ちゃんは昔から絵を描いたりしてたの?」

「あ、はい、教室の、隅の方で...えっと、いじめてるわけじゃ、」

「涼音ちゃんの作品ってね、絵が上手いこともそうだけど、話の内容もとても温かくて優しい気持ちになれるんだよね」

「そ、そうなんすか」

「学園祭で売る文集にも収録予定だからぜひ買って読んでみてね。えっと、清水さん、でいいのかな」

「あ、はい、えっと、や、約束があるので、失礼します」


 速水さんは慌てたように走って行った。

 肩にこもっていた力が抜けていく、苦手な人と話す時はいつも緊張してしまう。怯えたり緊張してしまうから余計に、高圧的に来られるのに。


「涼音ちゃん、大丈夫?」

「あ、はい、遥稀先輩、すみません」

「え、涼音ちゃんが謝るようなことしてないよ?」

「1年生に間違われて嫌な気分になりましたよね?」


 私が恐る恐る聞くと遥稀先輩は吹き出した。そして、笑いながら話した。


「本当に気にしてないよ、よくあることだし」

「ほんとのホントですか?」

「うん。渉といる時とかも高確率で間違われるし、この前なんてお祭りの時に屋台のおじちゃんからおまけ貰ったりしてラッキーなこともあったし」


 本当に気にしていないようでほっと胸を撫でおろした。私のせいで先輩たちが嫌な思いをするのは嫌だから。

 ゆったりと部室へ行くと、1番遅かった私達を心配した顔で皆が出迎えてくれた。

 遅刻してしまった申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると遥稀先輩は私の頭を軽く撫でて飴を手渡してくれた。


「実は、また1年生に間違えられちゃって、その誤解を解くのに時間がかかったんだよね」

「えー?はるきまた間違えられたの?」

「そうなんだよね。困った。威厳が足りないのかな?」

「威厳があるはるきはなんか嫌だなぁ」

「え、それはそれでショック」


 冗談っぽく遥稀先輩とゆか先輩が話すことで少しだけ空気が和んだ気がする。


「次からは早めに誤解を解けるようにね」

「はい、部長。あ、学園祭の文集の販売場所いいとこ抑えられそうですよ」

「ほんと?どこら辺?」

「映画上映をするクラスがあるじゃないですか?その周辺を抑えられそうって先生が言ってました。美術部もその近くらしくて」

「結構いいとこだね。さすがにこの離れでの販売は厳しいからラッキーだね。当番どうしよっか?」


 ひとまず、各クラスの出し物を報告してから当番を決める。

 模擬店をするクラスもあれば舞台発表をするクラス、イベントを企画するクラスなど様々だ。

 私のクラスは舞台発表でダンスをする予定。その他に舞台発表のクラスは部長の所と渉君のクラスだけらしい。文芸部の2年生と同じ1年の由梨と未海のクラスはそれぞれ模擬店をするらしい。


「2年って模擬店が多いんですか?」

「そうでもないよぉ。半々くらいじゃない?ちなみにうちのクラスは童話喫茶」

「童話、ですか?」

「そうそう。それぞれ童話をモチーフにしたコスプレをするんだぁ」

「童話が入り乱れて結構カオスだよね。狼が何匹もいるし」


 確かにカオスだ。お話し的に食べられる人が何人もいそう。


「B組のその発想というか企画力は相変わらずすごいよね。うちは普通にお化け屋敷。遥稀おすすめの怪談の本役に立ったよ。ぜひ遊びに来てね」

「え...怖いの苦手だから遠慮しとく。廊下の向こう側から絶叫聞こえてきたし」

「そんなに恐くないのに。というか、オススメされた本は結構怖かったのに怖がりはうそでしょ」

「それはそれ、これはこれ」

「はいはい、それじゃあ、当番決めるよ」

 

 当番は1日目と2日目に分かれて決まった。各々学園祭を回る時間も作りたいからだ。1日目に5人、2日目に4人の人員で先輩と後輩でペアないし3人グループを組む。

 くじ引きの結果、1日目は部長、遥稀先輩、ゆか先輩、私、渉君となった。渉君がほっと胸を撫でおろしていたのは見なかったことにしておこう。


「午前と午後どっちがいいとかある?ちなみに私のクラス午後から発表だから午前が良いな」

「私は当番午前なので午後で大丈夫ですよ。ゆかは、」

「私は、当番午後だった気がするぅ。午前がよかったのに」

「2日目は午前でしょ、あ、すぐにダンス部の発表だっけ?」

「そうそう。本番前にもめ事がないことを願ってるぅ」

「2人はどう?」

「えっと、僕のクラスは午前の予定です」

「わ、私のところもです」


 1年生2人に2年生1人...。本来なら先輩2人に1年生1人が理想的なはずなのに。ど、どうしよう。


「分かれられそうで良かったですね」

「ね。遥稀なら去年も販売していたし大丈夫でしょ」


 大丈夫、かなぁ。さっきの出来事を考えると1年生3人が店番してるように見えるんじゃ...。


「先輩、本当に大丈夫ですか?また、1年に間違えられるんじゃ...」

「いや、心配するとこそこ?」

「いや、だって、1年生だけだと思われたら色々と面倒なことが起きそう、じゃないですか」

「平気だよ、ね?遥稀」

「でも、先輩、もしもあの人たちが来たら、」

「さすがに他校でわざわざ問題起こそうとはしない、でしょ」

「ハルちゃん?」

「何でもないよ」


 先輩の表情が一瞬曇った。でも、すぐに元に戻った。その理由はきっとこの中じゃ部長と渉君しか知らないのだろう。




 学園祭は思ったよりも盛況でいろんな人が来場している。

 出番が終わり、急いで販売場所へ向かうと遥稀先輩は引継ぎをしていた。


「涼音ちゃん、お疲れ。呼吸整えてからで大丈夫だよ?」

「す、すみません」


 部長とゆか先輩も背中をさすったり水を渡してくれた。そして、私と同様に渉君も慌ててやって来た。


「渉もお疲れ。落ち着け―」

「あ、ありがとう、ございます、すみません、クラスのやつに、つかまって、」


 すごくぜぇぜぇしてる。

 少し落ち着いたところを見計らって引継ぎ事項を部長が話し始めた。一応、部活のグループチャットにも連絡は入っているけど念のためということらしい。


「午前中で売れたのは10冊かな。お金はこのボックスに入れてね。売れた部数はきちんと記録しておくこと」

「午後は各部での出し物とかが盛り上がるらしいからそこまでお客さん来ないかもだってー」


 その他諸々の注意事項を話してから部長とゆか先輩はそれぞれのクラスへと向かって行った。店番、少しだけ緊張するなぁ。それは、渉君も同じみたい。


「先輩、クラスの方からそのまま来たんですか?」

「そうだよ。1日目だし午前中はそこまでお客さんいなかったかな」

「それ、いったい何のコスプレなんですか?」


 渉君がそう聞いたので改めて遥稀先輩の格好を見てみる。

 白いブラウスに赤いスカートに長めのソックス。そして、赤いフード付きのマント。


「赤ずきんちゃん、ですか?」

「涼音ちゃん、正解。正解者には飴をあげます」

「あ、ありがとうございます」


 小さめの籠から飴を取り出してくれた。芸が細かい。


「すみません、癒木遥稀のクラスって、え、遥稀?」

「あれ、要?」

「おまっ、コスプレしてんの?ぷはっ、」

「おい、何笑ってんのよ」


 他校の男子生徒...。遥稀先輩の知り合い、だろうか。


「他校の学園祭に来るって、暇なの?」

「ちげーよ。彼女がどうしても来たいって言うから...」

「祭りのリベンジをしに来たと。健気だね」

「おい、泣き真似するふりして笑ってんじゃねーぞ」


 なんか、いつもの先輩と違う気がする。少しだけ、少年っぽさがあるというか、中性的な部分が強調されている気がする。


「ルカさん、遊びに来ちゃいました」

「夢実さん、いらっしゃい」

「まさか、本当に知り合いだったとは...。」


 男の人の後ろからは可愛らしい女の子が出てきて遥稀先輩と握手を交わしている。ルカさん、は先輩のペンネームだ。夢実さん、というのもきっとそうなのだろう。

 それにしても、見たことがあるような気がする。


「改めまして、小泉由愛です。要くんとお友達だなんて驚きました」

「友達というか、悪友だけどな」

「癒木遥稀です。遥稀って呼んでね。由愛ちゃん」

「はい、遥稀ちゃん。実は、学園祭で文集を売るって聞いて買いに来ちゃいました。2冊いただけますか?」

「もちろん。はい、どうぞ。はい、要も」

「え、オレ買うとは、まあ、いいけど」

「え、マジで買ってくれるの?冗談だったのに...?」

「これでお揃いの物持てるからな」

「...可哀そうなやつ」

「うるせーよ」


 思い出した。夢実さんはこの前のイベントでコスプレをしていた人だ。写真待ちをしている人が多かったのを覚えている。声、掛けたら迷惑かな。


「この文集は部員全員の作品が載っているんだ。渉が小説で、涼音ちゃんは漫画と表紙のイラストも描いてくれたんだよ」

「わぁ、素敵な絵ですね。よろしくお願いします。涼音ちゃん」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 声を掛けられて握手までしてくれるなんて...。優しすぎる。


「渉、だったか?この傍若無人の限りを尽くす暴君に困っていないか?」

「いや、誰が暴君だ」

「先輩は面倒見がよくて頼りになりますよ」

「遥稀が、頼りになる...?あの世話されてばっかの遥稀が...?言わされてないか?」

「要の私に対するイメージがどういうものなのかよくわかったよ」

「冗談だって。変人だとは思うが傍若無人とは思ってないって」


 向こうも話が盛り上がっているらしい。


「イベントでコスプレ見て、素敵だと思ってたんです」

「本当ですか?涼音ちゃんはしないんですか?」

「興味はあるんですけどハードルが高くて...」

「ふふ、よく言われます。今度のイベントは参加されますか?」

「はい、遥稀先輩たちと参加するつもりです。売り子ですけど」

「それじゃあ、また会えるんですね!学外で友達ができてうれしいです」


 友達...そっか、私は由愛ちゃんと友達になったんだ。今。なんか、嬉しいかも。


「涼音ちゃん、どうせなら一緒に写真撮ったら?」

「え、」

「遥稀ちゃん、シャッターお願いします!」

「承知」

「え、」


 と、とんとん拍子に進んでいく。あ、写真、もう送られてきてる。遥稀先輩、仕事が早すぎます。


「遥稀ちゃんもコスプレしたらいいのに」

「サイズがね...今回のこれもお母さんにお願いしたものだし」

「え?すごい、遥稀ちゃんのお母様って神?」

「いや、人」


 また違った一面に私は思わずシャッターを切った。

 なんか、少しだけまた前向きになれたかも。そうだ、イベントに出す本、まだ間に合うかな。少しだけ部長とに相談してみよう。

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