初恋の人に似てる」と言ってくれた君は、過去に俺と会ったことがあることを覚えていない
生徒会長の柚原満瑠は、俺・住田与助の想い人である。
才色兼備、品行方正、気遣いが出来てその上コミュニケーション能力も高い柚原会長は、当然他の男子生徒たちからも大人気だ。
校内屈指のイケメンや運動部のエースたちが告白したという噂を、何度も聞いたことがある。まぁ、結果は玉砕だったらしいけど。
完全無欠の高嶺の花。そんな風に周りからは思われている柚原会長だけど、実際の柚原会長は違う。
「お化けが出そうだから」という理由で暗いところを怖がったり、猫が大好きすぎるせいで猫を前にすると偏差値が30くらい下がったり。そんな可愛らしい一面もあったりする。
俺だけが知っている、柚原会長の秘密だ。
そんな彼女だから、好きになったわけで。そんな彼女を助けたくて、生徒会副会長に立候補したわけで。
他の男子たちとは違う。俺が一番、柚原満瑠という女の子を想っている。その自信だけは、確かにあった。
この日の放課後もいつもと同じように、生徒会室で仕事をしていると、スマホにメッセージが届いた。
メッセージの送信者は、柚原会長。そういえば、30分くらい前に生徒会室を出て行ってから、戻ってきてないな。
そう思いながら、メッセージを開くと、
『ちょっと校舎裏に来てくれない?』
……果たし状か何かかな?
内心「昭和のヤンキーか!」というツッコミを入れながら、言われた通り校舎裏に向かう。のだが……
「……あれ?」
柚原会長の姿は、どこにも見えなかった。
おかしいなと思っていると、近くから「住田くーん!」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
声のする方向を見ると、……柚原会長は、なんと木の上にいた。
「何してるんですか、会長? もしかして、木登りして降りられなくなったとか?」
「それは……えーと……」
なんだか歯切れが悪いな。そう思っていると、俺のすぐ横を子猫が通った。……成る程、そういうことか。
差し詰め木から降りられなくなった子猫を助けて、今度は自分が降りられなくなったのだろう。ミイラ取りがミイラになるってやつだ。
猫好きで、心優しい柚原会長らしい行動である。
「今はしご持ってきますから、待っていて下さいね」
数分後。
俺がはしごを持ってくるなり、柚原会長は木から降りる。
柚原会長は小さく「ありがとう」と言った後、どこか拗ねたような表情を見せた。
「高いところが苦手だなんて、幻滅したでしょ?」
「いやいや、幻滅なんてしませんよ。子猫を助ける為に、木に登ったんでしょ? 何かを助ける為に苦手なことに挑む会長は、カッコ良いと思います」
俺が褒めると、柚原会長はポカンと口を開いた。
「どうしました?」
「いやね。昔同じようなことを言ってくれた人がいたなーって。……ぶっちゃけると、初恋の人なんだけど」
「彼は今、どこで何をしているのかしら?」。青空を見上げながら呟く柚原会長に、俺はこう言いたかった。
「それ、俺だよ」、と。
◇
俺と柚原会長が初めて会ったのは、10年前。
当時小学生だった俺は、両親の仕事の都合で祖父母の家に預けられていた。
当然友達なんていないけど、祖父母の家にいてもやることがない。俺は一人、公園でブランコを漕いでいた。
そんな時、声をかけてくれたのが柚原会長だ。
「ねぇ、君何してるの? お友達は?」
「友達は……いないよ」
「友達いないの! 可哀想!」
「言い直すね。今この場には、友達がいないよ」
ぼっちキャラ認定されたくない為、俺は夏休みの間だけ祖父母の家に預けられていることを説明した。
「ふーん、そういうこと。それじゃあ君は、夏が終わるまでこの町にいるのね」
「うん……。折角の夏休みなのに、友達と遊べないなんて、がっかりだよ」
「だったらさ、友達を作れば良いんじゃないかな?」
「友達を作るって……簡単に言わないでよ」
「そう? 結構簡単なことだと思うけど?」
言いながら、柚原会長は俺に手を差し出してきた。
「……?」
「首を傾げてないで、手を出して!」
言われるがまま、俺が手を差し出すと、
「はい、握手! これで私たちは友達だよ?」
友達になった俺たちは、夏の間毎日のように一緒に遊んだ。
二人で川遊びもしたし、虫取りもした。祖母が切ったスイカを縁側に並んで食べて、種を飛ばして怒られたこともあったっけ。
中でも一番記憶に残っているのは、肝試しだ。
真っ暗になった夏の墓地、お化けが苦手な柚原会長は終始俺の服の袖を掴んでは、「怖くない」を連呼していた。
肝試しが終わり、家に帰ろうとしたところで、俺はふとお気に入りのキーホルダーを落としたことに気が付く。
辺りは暗いし、流石に今更引き返す気にもなれない。明日また来るとしよう。
そう思っていた俺の手を、柚原会長は掴んできた。
「落としたキーホルダー、よっくんにとって大切なものなんだよね? 動物に持ってかれたらダメだし、すぐに取りに行こうよ!」
掴んできた手は、微かに震えていて。めっちゃ怖いんだろ? 本当は戻りたくないんだろ?
それでも彼女は、「一緒に探そう」と言ってくれた。
俺は柚原会長に笑いかける。
「僕の為に苦手なことでも一緒にしてくれる満琉ちゃんは、本当にカッコ良いよ!」
友達想いで、優しくて、とても強い女の子。だから俺は、彼女のことを好きになったんだ。
◇
夏休み。
俺は久しぶりに祖父母の家にやって来た。
最後に来たのは、小4の時だっけ? 7年ぶりだけど、変わってないな。
祖父母の家に荷物を置いた後、俺は柚原会長と初めて会った公園に足を運んだ。
ブランコを漕ぐ男の子を見て、当時の自分と重ね合わせる。
もしかして、彼にも友達がいないのだろうか? だったら俺が、友達になってあげようか。
一歩踏み出したところで……別の人物が彼に話しかけているのに気が付いた。
「ねぇ、君何してるの? お友達は?」
俺を救ってくれた、そのセリフ。男の子から声の主に視線を移すと……案の定、柚原会長だった。
男の子は、柚原会長に笑顔で返す。
「もうすぐ来ると思うよ! 友達と遊ぶのが楽しみで、早く来すぎちゃったんだ!」
「そう。友達は大切にしないとダメよ? いずれその子が、あなたの大切な人になるかもしれないんだから」
男の子にバイバイをしたところで、柚原会長は俺の存在に気が付く。
「住田くん? どうしてここに?」
「……満瑠ちゃん、久しぶり」
「久しぶりって、つい先週も学校で会ったじゃない……って、「満瑠ちゃん」?」
その呼び方に、柚原会長は過敏に反応する。
この場所で「満瑠ちゃん」と呼ばれれば、彼女が真実に辿り着くのにそう時間はかからなかった。
「もしかして……よっくん?」
よっくん。当時のあだ名を呼ばれた俺は、ゆっくり頷く。
柚原会長は目尻に涙を溜めながら、俺に抱きついてきた。
「よっくん! よっくん! ずっとずーっと、会いたかった!」
「まぁ、先週も会ったんですけどね」
「もうっ、意地悪言わないで!」
頬を膨らませて拗ねる柚原会長。可愛い。
「でも同じ学校に通っているんなら、どうして正体を隠してたの?」
「隠してたわけじゃないんですけど……。本音を言うと、気付いて欲しかったんだと思います」
それに俺は「よっくん」としてだけでなく、高校生になった住田与助としても好きになって欲しかったのかもしれない。
「夏にこの公園に来たら、いつかよっくんに会えると思ってた」
「……来るのが遅くなって、すみません」
「本当よ、バカ」
もうちょっと早く、ここに来ていれば良かったかな。みっともなくも、そんな後悔をする。
「あっ、そうだ! 忘れてた!」
ふと思い出したように叫んだ柚原会長は、一度俺から離れると、
「はい!」
あの時と同じように、手を差し出してきた。
俺は差し出された手を、握り返す。
「改めての、友好の握手ですか?」
「んー。ちょっと違うかな」
そう言うと、柚原会長は俺の手をグイッと自身の方へ引っ張って。
もう友達じゃいられない。友達でいたくない。
抱き続けた初恋を実らせるように、俺の唇に口付けするのだった。