第2.5話 武闘家少年の過去
ー6年前ー
「ちちうえー? ははうえー? どこですかー?」
幼いヒロイズムは馴染みの騎士を数人連れて,屋敷を歩き回っていた。
(ちちうえとははうえはどこに行ったのだ? 鍛錬が終わったら来てくれるとおっしゃっていたのに……)
不満を抱きながらも,めげずに二人を探し続けるヒロイズムの背後を歩く騎士達も,不安そうに話し合っている。
__お二人に何かあったのだろうか?
__そういえば最近お二人は周囲を気にするような素振りを見せていたな。
__なにか危険な気配を感じていたのかもしれない。
小さくもはっきりと聞こえてくる騎士達の会話が,ヒロイズムを恐怖に引きずり落とそうとする。
「ヒロイズム様,中庭にお二人らしき人影が見えます」
ヒロイズムの記憶にない騎士が後ろから走ってきて,窓を指差す。
(……中庭ということは,花を見ているのだろうか? ははうえは花がお好きだし)
そういえば,貴族女性は基本的に花が好きだと,病で亡くなったお祖母様が言っていた。
「中庭なら先ほど行きましたが,お二人は見つかりませんでしたよ?」
「ではすれ違われたのでしょう」
知らない騎士に不審そうな視線を向ける騎士に,その騎士は呆れたように首を振る。
「フェリクス,とにかくちちうえとははうえが中庭にいるのなら行きましょう」
「……そうですね」
まだ腑に落ちないというような表情をするフェリクス達を連れて,中庭に続く階段を降りる。
知らない騎士もついてきた。
「あ! ちちうえ! ははうえ!」
ヒロイズムは,中庭に佇む両親に手を振る。
「あら,ヒロイズム。鍛錬は終わったのね?」
「え? はい。でもははうえ達は鍛錬が終わったらこちらに来るとおっしゃっていたのに,何故来なかったのですか?」
不満であることが伝わるように,頬を膨らませる。すると,ははうえは不思議そうに首を傾げた。
「え? 先ほど騎士から貴方はこちらに来ると聞いてここで待っていたのですけれど……」
「……騎士から?」
ヒロイズムが同じように首を傾げると,フェリクスがハッとしたように周囲を見回した。
「ヒロイズム様,アナベル様,ジュリアン様! 先ほど見覚えのない騎士がおりました! その騎士は本当にこの屋敷の騎士ですか?」
「……言われてみれば……屋敷内で見たことのない騎士だったような……」
「あの男です。間違いありません。あの男がなにかの目的で貴方方をこの中庭に集めさせたのです!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
「アナベル様!?」
突如,アナベルが頭を抱えて悲鳴を上げた。
騎士達が驚きの声を上げて駆け寄ると,アナベルはしゃがみこんで,途切れ途切れに叫ぶ。
「やっ……やっぱり……狙われて……るのよ……! やっ……やっ……奴ら……に……! いやぁぁぁ!」
再度悲鳴を上げて,ブルブルと首を振る。
「ははうえ? やっ……奴ら,とは?」
「ヒロイズム。知らないか? 最近【5】以上の貴族の館を襲撃し,貴族の一家を誘拐する巨大組織を」
「……まさかっ。【サンクチュアリー】?」
「恐らく,な」
ジュリアンは険しい表情は,確信を持っているように感じられた。
「大正解だよ! ご主人さん」
その声は,空から響いた。
驚いたヒロイズムが見上げると,見知らぬ男が屋敷に隣接する塔の上に立っていた。
その周囲に数人の男が立っている。その中にはあの知らない騎士もいた。
「貴様! 何者だ!」
周囲の騎士達がざっと音を立てて,主を守るように各々の武器を構える。
「何者ってよぉ。あんたらが言ったじゃねぇか? サンクチュアリーだよ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
アナベルが悲鳴を上げて逃げようと立ち上がる。それを咄嗟に彼女の騎士が抑えた。
「うるっせぇなぁ。俺はさっさと終わらせて帰りてぇんだよなぁ」
その言葉は,幼いヒロイズムの逆鱗に触れた。
「貴様! ふざけるな! 人をなんだと思っているのだ!」
「ヒロイズム様!?」
「あぁ? いい度胸だなぁ,チビ。俺に逆らうってのかぁ?」
男が僅かに苛立ったように挑発する。ヒロイズムは,大きな声で続けた。
「あぁ,そうだ。そもそも貴様のような愚か者に,このヒロイズム・クラージュが従うわけがないだろう!」
「ヒロイズム……」
アナベルが感動したように唇を震わせる。男は心底馬鹿にしたように彼らを見た。
「そういう茶番はいいんだよ。時間の無駄だ。お前ら,さっさと終わらせろ。俺はここから見てるから」
そう言って男が軽く手を振ると,男の周囲にいた男たちが一斉に飛びかかった。
場は混乱に包まれた。
ヒロイズムは誰かの悲鳴や怒声が響く屋敷を,フェリクスに手を掴まれて,必死に走っていた。
恐怖で歯の根が合わず,カチカチと音がなるのを止められない。
頬を伝う冷たい汗を,急に降り始めた豪雨が流す。
「ヒロイズム様! この裏口からお逃げください! 少し言ったところに小屋があるはずです! そこから必要なものを持てるだけ持って,逃げてください!」
男達に囲まれたフェリクスは裏口を叩き割り,声を潜めてヒロイズムにそう言った。
「ヒロイズム! 必ず! わたくし達をっ……助けっきゃあああああ!!」
広い屋敷にアナベルの叫びが響く。それを聞いたヒロイズムは,アナベルに届くことを願い,叫んだ。
「必ず! 必ずちちうえとははうえをお救いいたします! クラージュ家の名にかけて! お救いします!!」
言い終わった直後,アナベルの嬉しそうな声が聞こえたような気がした。
「探せ! あのガキを探せ!」
ヒロイズムは,長い間森の中を逃げ回っていた。
比較的近くであの男の怒声が響き,木々の影で息を潜めて様子をうかがう。
荒い呼吸を豪雨がかき消した。
少し立って,声が遠のいていくと,ヒロイズムはゆっくりと立ち上がる。
「こんなところにいたのか,チビ」
目の前に,あの男が立っていた。
「……!?」
「手間かけさせやがってよぉ。まぁいい。貴様の親はどっちもこっちに落ちた。あとは貴様だけだ」
(そんな……ちちうえとははうえが……)
「本当に俺に従わないのかぁ?」
男はどこからか取り出した刃物を突きつける。喉がゴクリと鳴った。
__必ずちちうえとははうえをお救いいたします!クラージュ家の名にかけて!
その瞬間,己の決意が蘇る。その言葉に唆されるように,ヒロイズムは男を強く睨んだ。
「なんだぁ? まだ逆らうってのかぁ?」
「オレはっ……逃げるわけじゃない。絶対に貴様に復讐する!」
そう叫び,ヒロイズムは小屋の方向に走る。
「なっ……! 貴様っ待てっ……ぐあっ!」
追いかけようとした男が苦しそうに呻いた。
(かかった! あそこには父上が仕掛けていた罠がある! 確か僕の記憶が正しければ,やりが横から何本か飛んでくるはず!)
記憶通りの場所にある小屋にたどり着いたのは,襲撃を受けてから何時間もあとだった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
一言:今回は過去の話で少しシリアスな感じになりました。
↑あとがきが少なくなったことを疑問に思われる感想があったので,今回からできるだけ一言コメントを書くことにしました。よろしくお願いいたします。